81 : 昇天烙印
──Side Lira──
激しい水柱に打上げられ空を舞う。不安定になった体制は格好の餌食だ。握りしめた小石の破片に魔力を流し、内部の構成を変化させる。
「イグジスタンス!」
俺の使う錬金術は、物質を作る「式」を解析し、再構築する技だ。そのものを作る「式」に使われている数は変わらない。かけ合わせ、足して引く、その組み方を変えて質量を増したり他の物質に転換したりする。
次々に巨大化する石。それを足蹴に目先の大きな足場へ移動する。中央部に泉を備えた大きな足場、周りより高い位置にあり、同じようなものがここを含めて五本伸びている。落下地点はここだった、打ち上げられたみんなも、同じように足場に降りているだろう。
体積を増したとはいえ、中の密度は変わらない。一歩蹴るごとに砕ける石。その破片を回収また膨張、蹴って砕いてまた回収。それを繰り返してなんとか地に足が着いた。
ブラウ君は、ゲイブは、他の皆は無事だろうか。足場は岩、ここを伸ばして元に戻れるかどうか。
ぱしゃん、と背後から響く音。中央部の泉、そこから水が伸びている。揺らぎ、形を変え、女性を模した姿になった。あれは、一体。
びしり、と地面が鳴る。足元を見れば、弾丸を打ち込まれたような跡。何かを撃たれた? 泉を見る。女性の姿が、こちらに手を向けている。
その指先からぷくりと雫が滴り、それが銃弾のような勢いでこちらに向かってきた。紙一重、こめかみを掠める。水? たかが水が、こんな威力になるとは。
錬金術を発動させる呪文は、大きく分けて三種類。再構築した物質を攻撃に使う「アクチュエータ」、それ以外、防御や補助に使う「イグジスタンス」。そして、物質を分解し新たなものを生み出す「クリエーション」。
クリエーションに関しては長期間持たず、しばらくすると崩れてしまう。ハルピュイア戦で、折れたオランジェ君の剣に施した技だ。
腰から下げた鞄の中に手を突っ込み、取り出すのは鉄板。
「イグジスタンス」
鉄板を構成する「式」を解析、再構築! 密度を高め、硬度を上げる。弾丸すら弾き返せる硬さ。その分大きさは縮んだが、支障はない。
上上右下左左上左右! 弾けた一発、背後からの奇襲も防御!
──俺の眼鏡に込められた力、ただ視力の補正だけではない。動体視力の向上、そして「式」の解析をより早く可能にする力が込められている。独り立ちの際、俺の育ての親がくれたもの。育ての親、つまり、ブラウ君達にとっても保護者となる人。
両親を無くした俺の前に現れ、「友人のガキに死なれちゃ気分が悪い」と言って、いきなり俺を引き取った人。育て、鍛え、錬金術の基礎と体術を叩き込み、十を過ぎて荒れた俺のことも、何も言わず見守ってくれた人。
あの人は、両親を事故でなくして荒んでいたゲイブを家に置くことを、許してくれた。行く宛もなく彷徨うブラウ君に、クライ君、クヴェルを受け入れてくれた。今に思えばあの人は、随分なお人好しだった。
鉄板一枚で弾丸を弾きながら、走る。鍛錬していたのは、ブラウ君だけじゃない!
接近したところで、鉄板を放つ。相手は水だ、ダメージはないだろう。だが目的はそうじゃない。ある程度の距離を保った状態で、俺は拳を固める。
「イグジスタンス!!」
鉄板が面積を増し、泉を囲う。簡易的な檻の生成だ。相手が水であり、泉がある限り出現するなら、封じてしまえばいい。そして、追加の鉄杭を一気に放つ。鉄杭が音を立てて檻にぶつかった。
「アクチュエータ!」
ぶつかった鉄杭が、まとめて檻と一体化する。見えはしないが、今檻の内部には無数の棘が生えていることだろう。もっとも、この程度が効くとは思わないが。
地面に手をつく。息を吸って、吐いた。
何故だろう。様々な感傷が頭の中を駆け巡る。
あの頃、六人で暮らしていた日々を思う。
朝起きて、みんなでテーブルを囲んで朝食を食べた。ブラウ君は壊滅的に料理ができないから、当番の日は俺とゲイブで必死にサポートした。クライ君が主体となっての鍛錬。どんな相手にも負けないように、毎日毎日森や山を走り回った。
そんな当たり前の日々が、俺は幸せだった。子供の頃に両親を亡くして、俺はずっと──家族が、欲しかった。
あの日、クライ君が死んだ日のことを覚えている。村での火災に気づき駆けつけた頃には、全てが終わっていた。クヴェルに心臓を、竜の眼を託しクライ君が死んだことを、俺達は全て終わった後に知った。
そしてブラウ君は──笑うことを、やめた。自身の素性がバレぬよう、知恵の民の特徴であった耳、髪からはみ出す部分を切り落とし、心の民に見せかけた。クヴェルを連れて、家を出た。
──俺は自分を救ってくれた、恩人のために生きようと思ってた。
いつか、クライ君が言った言葉。彼はブラウ君達を救ったけれど、彼もまた誰かに救われていた。その人のために、その人の分まで何かを成したいと、いつも話していた。
──でも、思うんだ。今こうしてお前達と過ごす当たり前な日々が……すごく、すごく幸せだって。
その言葉を、当時は何も思わなかった。クライ君を亡くし、ブラウ君達が立ち去って、その言葉の意味を理解した。ああ、あの当たり前は、とても素晴らしいものだったんだと──
今なら言える。俺は、あの当たり前な日々のためならなんだってする。大切な人達のためなら、この命だって、賭けてみせる。
「──解析完了。構成式、書き換え開始」
膨大な量の「式」の書き換えには、多大な魔力と精神力を使用する。あの泉を封じたのも、この時間稼ぎのためだ。
俺には家族だけじゃない。大切な仲間もできた。オランジェ君に、グリューン、燕の旅団のみんな。全員大切だ。
それでも、ブラウ君。俺は、君に笑ってほしい。あの頃みたいに笑って、俺達を引っ張ってほしい。そのためにも、力をつけた、知恵を学んだ。俺は手に入れた全てを使って、君達兄弟に立ち塞がるものを、壊す! それがあの日、何もできなかった俺の償いだ!!
この戦いはただの前座。こんなところで長い間、留まってはいられない。
脳内に流れ込む膨大な「式」。それらを設計、再構築。魔法に必要なのはイメージだ。それを形にする力は、俺にある!!
「書き換え、完了!!」
鼻の奥から鉄の臭い、ぼたりと落ちた鼻血が地面に染みを作った。ローブの袖でそれを拭い、俺は泉を覆った檻を解除する。
今から行う膨大な「構築」、それにあの檻は、不要だ!
自由になった女はこちらに指を向ける。生憎もう、それは俺には届かない。
「昇天・烙印ァ!!」
俺のしゃがむ地面を残し、すべての足場が消失する。正確にはそうじゃない。すべての足場、その分の質量が、中央の泉へと集められた。
その膨大な質量は、泉の底から水を押し上げ、天の果てまで奴を突き上げる。印を押す如く、天へ昇る如く。降り注ぐ飛沫に、奴の残滓は見当たらない。派手に伸びた岩の柱、打ち上げられた奴はもう泉とは呼べないだろう。
さて、ここからどう帰るか。クヴェルのために戦うブラウ君のためにも、早く戻らないと。




