80 : 彼岸花
──Side Rohto──
打ち上げられて空を舞う。一緒にいたジルヴァやシュヴァルツはまた別の場所に吹き飛ばされた。だんだん身体が落下するのはわかる。
「どこまで飛ぶわけ!?」
思わず突っ込むけど誰も答えない。波の青が広がる眼前に、岩の足場が見えてきた。海から突き出したテーブルみたい。広さはそこそこ、思いっきり走り回れるほどじゃないけど、さっきまでいたところよりかは広い。真ん中に水が溜まったみたいな場所がある。
このまま叩きつけられるわけにはいかない! 銃砲を構える。思いっきり水を浴びちゃったけど、大丈夫、撃てる。弾倉の中は濡れてない。
「向日葵!!」
着陸の寸前、地面に向かって弾丸を放つ。その反作用で落下の衝撃が和らぎ、なんとか無事着地できた。足場の上を転がる。
「何なのよここ……」
明らかな意図を持って飛ばされたことは確か。見渡す視界にリヴァイアサンの巨体が見える。あそこから打上げられ、ここまで吹っ飛んできたわけか。視界の範囲に、同じように伸びた岩場が見える。似たのが四本、もしかして、みんなも似た場所に飛ばされた?
「!?」
視線を感じた。振り返り銃砲を構える。そこには、さっき上から見えた水溜りがあった。泉みたいに、ぽっかり真ん中にある。
そこから、立ち上がる姿。身体は透き通り、実態はない。脚はなく、泉から直接伸びたような格好。言うならば、水でできた、女に似た何か。
伏せていた目──に当たると思うけどそうかどうかはわからない──が開かれる。半透明な身体と違って、奥から覗く真っ赤な瞳。
そいつは口を開き、何かを言った。声にはなってない。声に至る振動を発してはいない。それでも、何かを言ったことはわかった。
銃弾のように放たれた水が、頬を掠める。直感で首をひねらなければ、鼻を撃ち抜かれていた。何、これ。ただの水、でしょ?
女の指先から撃たれる水の弾丸。地面を転がり、その場から離れた。奴の動きは緩慢で、あまり素早くはない。右に避け回り込むように接近、即座に振り向けず背中はがら空きになった。掴んだ銃砲で、思いっきり奴を薙ぐ。
ぱしゃん、と手応えはない。そうだ、奴が水でできているなら、打撃なんて通じない! 左脚を掴まれた。殴ればただの水になる癖に、そっちから触るのはアリとか、タチわっるい!
「人の脚触ってんじゃないわよ!!」
右脚で掴んだ腕を蹴っ飛ばす。水溜りを蹴っ飛ばしたような虚無感。クソ! 全力で蹴り上げるのに蹴った感がないのは気持ち悪い!
少し離れた場所、音を立てて、足場が伸びてる!? 天へ伸びるような岩柱、誰がやったの? 何をしたの? ええい、負けてる気がしてしょうがない!
距離を取る。銃砲を掴み魔力を流した。アタシの魔力に応じて硬度を増し、盾にも武器にもなってくれる。母さんの冒険を共に過ごした、相棒の名は伊達じゃない!
この銃砲は特殊だ。持ち手の操作で放つ弾丸の種類を変更でき、中に詰めた様々な弾丸を撃ち出せる。中の弾丸は、ちゃんと火薬の詰まったものだけに留まらない。空の薬莢も詰まってる。空の薬莢があることで、中へ魔力を詰めて弾丸を生み出すことが可能になる。
脚で弾倉の戸を閉め、しっかり掴む。
「──しつこい!!」
あいも変わらず飛んでくる水、銃砲を盾にしたまま突撃! 相手が水で実態が無いなら、砲丸でも散弾でも効果は無い! 質量をぶつけろ!!
奴は泉と繋がっていた、その泉から切り離して──
「──うぐっ!!」
水に突っ込む感覚もなかった。奴は即座に実態を解除し水に戻った。右内腿に激痛。水に血が落ちる。鋭い針のようなものが、太腿を貫通している。その先が、顔の寸前で止まっていた。水の針、なるほどね。すぐさま実態は解かれるけれど、刺された痛みは消えてくれない。
だけど隙はついた。銃口は真下を向いている。
「鳳仙花!!」
炸裂する無数の弾丸。速さと数に特化した弾、いくら実態もない水とはいえ、全体が散り散りになれば少しは効くでしょ! というか、効いてくれないと困る!
眼前、真下から伸びる水の塊。女の形を成した水、その頭部が激突した。頭突き!? 鼻の奥が痛み、血が流れる。揺らぐ女、その顔が笑みを浮かべた──ように見えた。
「かわいいアタシの顔に、何してくれてんの・よッ!」
女を蹴り上げ一歩後退、泉の真上から離れ銃砲を構え直す。
「鳳仙花!!」
散弾を飛ばすが、ぱしゃんぱしゃんと飛沫を上げるだけ。クソ! 馬鹿らしい!! 鼻血を拭い、走った。留まってたらまた撃ち抜かれる。銃砲を盾にするのも、やりすぎたらまずい。
考える時間が欲しい。この危機を脱する策を練る時間が!
奴はあの泉から出現してる、そこから切り離せば勝てる? でも奴は水、実態が無い。物理攻撃は通用しない!
そもそも、倒す必要はある? ここから逃げ出して、仲間との合流を図ったほうがいい?
──いや、そんなのアタシの誇りが許さない! 母さんの娘、伝説の冒険者の血を引く者として、そんな姿はゴメンだわ!
コイツはここで倒す! 何か得があるわけじゃなくても構わない。用意されたこの場所で、用意された敵を倒す!
アタシは魔術が得意じゃない。できるのは強化程度。銃砲にまとわせそれで殴る、そんな使い方ばっかりだ。正直言って、空の薬莢に魔力を詰めて新しい弾丸を生み出すことも、苦手。慣れて無い分時間がかかる。
武器や手足を硬くする魔術と、属性を生む魔術は難易度が違う。
大気中やあらゆる生物の体内に存在する「魔力」を集め、まとわせるのが前者であり、その「魔力」を捏ねて火や氷などの「事象」を作るのが後者である。
出来上がってるものに飾り付けをするのと、イチからものを作るのとでは、わけが違う! アタシは魔法使いなんかじゃないし、上手くなんかやれっこない!
「────ッ!!」
頭ほどの大きな水の塊が、砲弾のような勢いで脇腹にめり込んだ。骨の鳴る音がする。折れた? ヒビ? 勢いに押され、もんどり打って身体が吹っ飛ぶ。海に落ちるのは、まずい!
空中で体を捻じり、地面に銃砲の底をつく。岩の表面を削りながらブレーキ、なんとか淵ギリギリで止まった。でもその隙を逃してはくれない。地面を踏みしめる足、左足先を弾丸が貫く。
痛みに歯を食いしばる。こんなので、負けるわけにはいかないでしょ! オランジェはハルピュイア戦で左腕が吹っ飛んでも剣を握った、ヴァイスは! 脇腹が抉れても短剣を離さなかった!
あいつらよりおねーちゃんのアタシが、両脚程度でガタガタ言ってらんないわよ!!
「完全無欠のロートちゃんに、不可能なんてないんだから!!」
手元を操作。モード変更、「出力」から「精製」へ。空の薬莢を取り出し、握る! 体内の魔力を、この中にブチ込む。イメージしろ、あいつに届く弾丸を!!
銃砲への強化に裂く魔力は無い。慣れてないから、勝手がわからない。雨のように降り注ぐ水鉄砲を全身で受ける。
大丈夫、魔力のガード無しでもこの銃砲は耐えてくれる。奴が泉から離れない以上、距離を取れば威力は軽減されている。母さんの冒険を耐え、魔物の血肉で生み出されたこの子が、水鉄砲如きに貫かれちゃ、情けない!
魔法に一番必要なのは、イメージだ。こんなことを可能にしたい、こんなものを作りたい、そのイメージを実現させる「魔力」と「呪文」を与えてやれば、それは不可能ではなく可能に変わる。
息を吸って、吐く。全身に巡る魔力を、大気中に漂う魔力を、一点に。アタシの握る薬莢に、込める。
イメージは、雷。雷の速度で奴に向かい、内から弾ける。泉の底まで伝達し、形を保つ力を破壊する! そんな力を、そんな弾丸を、生み出せ──!!
手の中に響く、爆ぜる音。ぱり、ぴり、と伝わる感触。思わず息を呑む。感傷に浸る時間は無い。耐えてくれてる銃砲に悪い。
空からぱらぱら水が降ってきた。雨? いや、空は快晴。にわか雨ってやつ? ここは迷宮だってのに。濡れた髪を払い、弾丸を握る。
「魔法弾、装填!!」
特別な弾倉に弾丸を押し込む。操作、「精製」から「出力」へ。盾にしていた体制から、射出の体制に以降。剥き出しになった体に、水の弾丸は突き刺さる。肩、二の腕、脇腹、脚。引き金を引く腕さえあれば、あとはどうにでもなる!
「風向き東から微風! 視界良好! 目標地点──バッチリ!!」
引き金に手をかける。あとは、この魔力の塊に名前をつけるだけ────
「穿て! 彼岸花ッ!!」
駆け抜ける閃光。走り抜ける雷。まばたきの速度より早く、女の体に到達する。女の胎内、水の中に留まった弾丸。その刹那、駆ける衝撃。女の体から、泉から、足場の底から響くばちん、という音。
足場が揺らぐ。嫌な音がした。ごご、と言う地鳴りに似た音。待って待って待って、まさか──!
底から足場が、崩壊した。内部破壊、イメージはしたけど、こんな規模は考えてない! 身体が浮く。食らったダメージが大きかった。思うように動けない。このまま海に落ちたら、一緒に落ちた瓦礫と共に沈む! 死ぬ!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ────ッ!!」
銃砲を掴んだまま、アタシは海上へ投げ出された。




