78 : 救出大作戦!
男の体が倒れる。その上着を掴んで背負い投げ。奥であたふたしていた下っ端をまとめて倒す。下っ端をのした三人が俺を見て口々に言った。
「やるときはやるんじゃな、王子様代理」
「かっこよかったよ王子様代理!」
「流石だね王子様代理」
「恥ずかしいからやめてくれますッ!?」
あーもう締まらない! 恥ずかしさをかき消すように俺は巨体に潰された下っ端の元へ走る。抜け出そうと藻掻いている奴を見下ろし、しゃがみこんだ。俺の姿を見た途端にひぃっと声を上げる。……人を化け物みたいに扱いやがって。魔力も扱えない小市民だこちとら。
「おいあんた!」
「うわぁぁあ! 命だけは、命だけはぁ!!」
駄目だ怯えきってる。完全に気絶した巨体を押し上げ、震える男を引っ張り出す。ツュンデンさんとグリューンが、辺りを見回し俺達に言った。
「私らはまだ残ってる奴らを叩く! 二人は情報を聞き出しな!」
「了解!」
その指令に答えるため、俺は男へ向き直す。
「質問に答えてくれさえすりゃあ、攻撃なんてしねえ。俺達はただ、攫われた子達を助けてぇだけだ!」
それでもじたばたと暴れる姿に辟易する。さてどうするかと首をひねっていると、レーゲン先生が肩を叩いた。
「口から聞き出す必要は無い」
男の頭に手をかざす。ぶつぶつと小さく呟きぐっと額を押した。男はがくん、と力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
「せ、先生!? 何をしたんですか!」
「慌てるな。危害を加えてはおらん」
男は口をぱくぱくと繰り返す。何かを言ってるのかと耳を澄ませば、言葉が聞こえてきた。
「俺達、は、竜の眼、を探して、活動を」
自白の類か。脳への干渉、とんでもない人だ。
「いつから探している」
「何十、年も……ずっと、探して、あの方達のために……」
「あの方? 誰だよ」
俺の問いかけに男は首を振る。知らない知らないと繰り返した。目は泳ぎ、嘘を言っているのは明らかだ。問い詰めようとしたところで、レーゲン先生に止められる。
「今は良い。……それで、お主らはどうやってここまで辿り着いた?」
男はがたがたと震え、虚ろな目を泳がせながらも答える。答えるしかないのだ。
「十年近く、前、ようやく見つけた。でも、あの方達に届ける前に、奪われた。ある、組織……取り返しに行ったけど、その時にはもう、そこからも奪われていた」
この集団は、ある人物達に「竜の眼」を届けようと何十年も駆け回っていた、ようやく見つけ出した矢先、別の組織に奪われた。それを取り返そうとしたが、その時すでにその組織からも盗まれた、ということらしい。
そこで騎士野郎──ブラウの親友、ゲイブ達の家族とやらに渡ったのか。
「それから捜索が続いて、そんなときに、知らない男が教えた……村と、持ち主の、名前」
「教えた?」
「それを頼りに、見つけ出して……クライノート、おびき出すために、燃やした」
そこで──クヴェルは死に、蘇生のためにその少年は死んだ。自身の竜の眼を、クヴェルに託した。
「出てきた少年をそこで捕まえる、つもりだった。でも、バレた。一緒にいた少年に見つかって、仲間は捕まった」
ブラウのことだろうか。だからブラウは竜の眼について、その竜の眼を託された弟が狙われることについて──知っていたんだ。
「それから、行方がわからなくなって、何年も経った。諦めかけたときに、ある男がやってきた。三ヶ月、前」
口を挟まず、続きを待つ。
「男は、あることを条件に、俺達にこの街と、宿を教えた。隠れ場所、まで。……胡散臭いと思ったけど、やってきたら……いた。あのときのガキと、死んだはずの、小僧」
数年前と、今。二度もこいつらにブラウ達兄弟の居場所を教えた奴がいる!?
「条件、白翼種の娘をさらって、渡すこと、約束……」
その男は情報と引き換えに、ロゼちゃんを求めた? どういうことだ、なぜ「竜の眼」とロゼちゃんが繋がる。白翼種は確かに貴重だ。全滅したと思われていても不思議ではない。
不死をもたらす竜の眼に、あらゆる万能薬になりうる白翼種。ブラウ達がいることを知っていたのなら、ロゼちゃんが宿にいることも知っていたはずだ。まとめて独り占めしてしまえばいいのに、何故その男はわざわざ情報を渡し、ロゼちゃんを求めたんだ?
「その男は、何者なんだ!」
掴み掛かる。男はあ、あと言葉にならない声を発したあと、弱々しい声で言った。
「銀……の、刺繍、きつ、ね……」
「あぁ!?」
「わからな、わから、わからない、わからないわからないわからない!」
突然男の体が跳ね、もがき苦しむ。その尋常じゃない様子に戸惑うと、レーゲン先生が再び強く額を押し込んだ。男はまた力なく崩れる。
「最後じゃ。お主らに竜の眼を探すよう、命令をくだしたのは誰じゃ!」
額を押したまま問う。男はまたうわ言のように繰り返しながら、ようやく聞き取れる声を出した。
「──じゅう……に、き、ぞく」
思わず言葉をなくす。十二貴族、十二貴族と言ったのか!? レーゲン先生は直様額から手を離し、びしりと叩いた。男が気を失う。レーゲン先生の横顔に一筋、汗が伝った。
「先生、十二貴族って、十二貴族が、こいつらに竜の眼を探させていたんですか!」
「……その通りじゃ」
俺の親父、ヴァイスの親父、いや、俺達二人だってその中に入る。なんで、そんなこと何も知らない。竜の眼なんて、今まで聞いたこともなかった。
「今はあとじゃ! ツュンデン達が全員倒してくれた、小娘達を探すぞ!」
そうだ、二人を助けるのが先だ。俺は男を投げ出し広場を抜けた。ツュンデンさん達は増援も倒しており、詰め所のような場所で地図を探しているところだった。ここで寝泊まりしていたのか、棚やら机やらが並んでいる。
「聞き出せた?」
「二人の居場所を聞き出す前に駄目になった」
「そりゃクソだ。地図は見つからないよ」
「倒した奴らを野放しにはできないし、目が覚める前に二人を連れ出したいところだね」
そうだ、あの連中を野放しにはできない。また繰り返しになってしまう。二人を救出次第、衛兵に連絡せねば。いや、その間に逃げられたらいけない。拘束するか。
「儂に任せよ。一分で終わらせる」
「流石」
ツュンデンさんはええいわからん! と頭を掻きむしった。
「捕まえられてるとしたら小部屋なり牢屋なりだろう。でもその場所がわからない。地図もない。こりゃもう闇雲に探すしか──」
その時、音が響く。ずずず、と動く音、一斉に振り返る。
「みな、さま」
「ロゼ!」
「ロゼちゃん!!」
クヴェルを抱きかかえたロゼちゃんが、棚の裏から出てきていた。奥は隠れ部屋になっていたようだ。棚を横に動かし出入りする仕組みらしい。
「無事だったんだね!」
「ええ、外の騒ぎで人が出払った隙に、脱出できました」
「さっすがロゼちゃん! ……でもよく出口わかったね」
ツュンデンさんの疑問にロゼはああ、と答えた。
「一応、この地下空間で何年も過ごしてましたので……。内図や隠し部屋等は、把握しておりました」
そうか、元々ここを根城にしていた新興宗教団体……そこの教祖という立場に彼女は据えられていたんだ。
ロゼちゃんは俺、ツュンデンさん、グリューン、そして奥で倒れている男達、それを魔術で拘束するレーゲン先生を順々に眺める。それから、深々と頭を下げた。
「私のせいで、ご迷惑を、おかけしました」
「ロゼちゃんのせいじゃないよ! 言うなら私の責任だ!」
「誰も悪くない! 強いて言うなら攫ったあいつらが悪い!」
「気にしないでよ、ロゼ」
「──そして」
口々に言うと、ロゼちゃんは頭を上げ、春の日差しのような笑みを浮かべた。
「──皆様、ありがとうございます」
その笑顔。より一層──シュヴァルツのヤローが、許せなくなる。こんな子にこんな笑顔を向けられて、そっけなく当たるなど……最低男だ。
俺も一途に愛されたいものだ。……あの晩、朝鳴鳥の会で出会った仮面の彼女。素顔も知らない彼女に、俺は恋い焦がれている。彼女に愛され、微笑みを向けられたら──
「何にやにやしてるの? キモいよオランジェ」
「お前っグリューン! 酷すぎだろ! オイコラ!!」
──同日、夜半──
レーゲンが拘束を終え、一同は広場に集まる。クヴェルの容態は落ち着いたようで、今はツュンデンの腕に抱かれている。オランジェが男達をまとめて縛り、あとは戻るだけとなった。
「さあ、早く戻ろう! 衛兵に連絡しなきゃ」
「でもどうします? 直接行って事情を聞かれたら厄介ですし……」
「あんたが考えて。よろしく!」
「くぅ〜ツュンデンさんの期待に答えるため、不肖オランジェ、知恵を振り絞ります!!」
先程までの緊張感はどこへやら、気の抜けたやり取りを繰り返すツュンデンとオランジェの横で、グリューンは引っかかるものがある。
ロゼが出てきた棚の裏、隠し部屋の中。今はまた出入り口が塞がれているが、そこから漂う、何かの臭い。棚をずらして確認してみようと、グリューンが振り返ったその時──
「グリューンさん?」
ロゼが呼び止めた。
「何かございましたか? 早く出て連絡をしなくては……」
「いや、なんでもない」
グリューンは気のせいかと自身を納得させ、オランジェ達を追いかける。ロゼは少し立ち止まり、背後を見た。
隠し部屋の暗がり、鉄格子に空いた円形の穴。そして、床に転がる胴体に大穴を穿たれ、真っ二つに分担された男の体。
その紫水晶の瞳が明かりに照らされ銀色に揺らめき──ロゼは、背を向けて歩き出した。