6 : 銀の月
「今日の夕方ぁぁ!?」
「急すぎるでしょ!!」
ロートや俺のブーイングに、ツュンデンさんは耳をふさいで聞こえないふりする。
「カッコつけて『椿の刻』なんて言ってんじゃねー!!」
「夕方五時〜七時でしょうが!!」
「椿の刻」、など古い呼び方だ。今時そんな言い方する人はいない! 何歳だ!
「うるせーカッコつけたいでしょなんか秘密の作戦みたいで!!」
「ツュンデンさんそれは馬鹿です」
「黙ってなシュヴァルツ!」
「なんで俺達がわざわざんなことしなきゃなんねーんだよ!!」
「衛兵の仕事でしょーが!」
大ブーイングの嵐に、ツュンデンさんは頭を抱える。
「まあそのとおりなんだけど……。衛兵共だけじゃ手が足りないってんで、この黒猫通りの連中が呼ばれたのさ。あと山犬通りの連中も、ね」
山犬通りはお隣だ。それはまた随分と大きな作戦じゃないか。
「大きな作戦とはいえ、なんで今日中なのよ。しかも夕方からって……今日会議で決定したことなのよね? いくらなんでも早すぎない?」
「作戦が奴らに漏れて、逃げられるのを防ぐためだってさ」
「そもそもそのぎんげつキョー? って何したんだよ」
近隣住民を騒がす新興宗教、といえども、そんな大手で叩くほど危険な行為をしているのか。その質問にツュンデンさんは「そーなんだよねぇ」と頭をかいた。
「この辺りでずっといるけど、近隣住民がこの銀月教に誑かされたとか、何かされたとかいう話は聞かない。新興宗教つったって、何を信仰するかは各々の自由だろってのに……。なんでこんな急に、潰す叩くの騒ぎになったんだか」
「シスター連中からもそんな奴らの話聞かなかったわよ」
そういえばロートはシスターだったか。……シスターって兼職できるものなのか?
「でもまあ、王宮も絡む評議会案件だ。冒険者なら逆らわないほうがいい」
「げェ!! 評議会案件……?」
その名前が出たら冒険者として、逆らうわけには行かない。
評議会とは冒険者を管理し、迷宮と街の治安を守る「御役所」だ。下手なことをして冒険者の資格を剥奪されたらことである。
「何やら、どうにもお偉方は銀月教が許せないそうだ」
「ところで今日なんでそんな会議にシュヴァルツ連れてったの?」
「私は出てない。こいつ出して私は他所から話聞いてた」
「本当に嫌な大人ですよね」
シュヴァルツは溜息をつく。シュヴァルツの使い魔を使って──俺の後をつけさせて監視させたりしていた奴だ。まさか盗聴機能もついていたとは──話を聞いていたらしい。どんだけ会議嫌いなんだ。ところで、と視線をブラウの方へ向ける。
「ヴァイス、本当にブラウさん、ギルド入りするわけ?」
「させる!」
「……まだ承諾しておりませんが」
「じゃあお前はどーやって俺を見張るんだぁ??」
「…………生存報告してください。私はクヴェルと共にいます」
「それでも俺の護衛か畜生────ッッ!!」
ホントになんでこいつが騎士やれてるんだろう。仕方ないので奥の手を使わせてもらう。ツュンデンさんとロートに絡まれていたクヴェルを呼び寄せ、耳打ちする。クヴェルは頷くと応じてくれた。ブラウの服の裾を引き、手をもじもじさせながら口を開く。
「ぼーけんしゃとしてがんばるあにうえ……、とってもかっこいいとおもうなぁ」
無言でブラウが真後ろに倒れた。後ろでツュンデンさんとロートもひっくり返っている。シュヴァルツが俺の拳を取り空に掲げた。勝利宣言である。
「こちらでよろしいですか」
「うむうむくるしゅうないくるしゅうない」
もんのすごい目付きで睨まれながら、名前と出身領が書かれた書類を受け取る。
「これでギルドメンバーあと一人だぁ!!」
立ち上げに必要なのは四人、ロートは数に含まれないのでようやく三人目だ。俺がナイフ、ロートが銃砲、シュヴァルツが杖による魔法。
「ブラウさんの武器って──」
「槍、です」
ブラウが背負っている長い筒、そこには槍が仕舞われている。確かにこいつは長物使いだった。屋敷を抜け出した俺は、よくその場にあった角材などで殴られていたっけか。
長物ならばなんでもいいらしく、質素な槍から物干し竿まで振り回していたのをよく覚えている。
「羊領からこちらまで来るということで、私物の槍を用意しています」
「へぇ〜」
こいつの腕前はよく知っている。俺が十一のときに親父がブラウとクヴェル兄弟に出会ったのがきっかけだそうだ。腕っぷしの強さと身体能力を買った親父が、二人まとめて屋敷で保護しブラウを騎士学校へ通わせたらしい。
その後ブラウは主席で騎士学校を卒業し、俺が十三のときに護衛として屋敷にやってきたというわけである。
「まだ昼過ぎかー。作戦とやらは夕方だろ?」
「じゃあ騎士サマの登録ついてくわ。アタシも申請してこなきゃ」
「よろしくお願いします、ロート嬢。クヴェル、お留守番しててくださいね」
「あー悪くない響き。よろしく騎士サマ」
「いってらっしゃいあにうえ! ロートねぇ!」
冒険案内人も、新しく付いていく先を見つけると御役所に申請しなくてはならない。冒険者としての登録をしに行くブラウと二人で宿を出た。
俺とシュヴァルツはカウンターに座り、ツュンデンさんに声をかける。クヴェルはツュンデンさんが手招きしていたが、俺の膝に乗せた。相変わらず軽い。
「んじゃ作戦、とやらの説明を聞こうじゃねえか」
「どうせロート達が帰ってきて説明するのにぃ?」
「僕に至っては一回聞いてるんだぞ」
「俺は聞いてねぇ」
文句を垂れるシュヴァルツの口を掴む。ほっぺたの引っ張り合いを始めた俺らを他所に、ツュンデンさんはカウンター下から地図を取り出した。クヴェルが欠伸を漏らす。
「今は私達がいる黒猫大通りは、北を十二時として見たとき十時の位置。んで九時の位置が山犬大通り。大通りの間、路地裏は入り組んでるし謎に高低差がある」
「俺らよく階段座ってるしな」
「山犬大通りは黒猫大通りより低い位置にある。いや、正確には黒猫大通りが何故か周りの通りより高い位置にあるんだ」
「そだっけ? シュヴァルツ」
「そうだよ。土地勘ゼロか」
ゼロだよ。
「んで問題はここから。謎の高低差、この黒猫大通りの地下には、巨大な空間がある。それも何百年も昔からね」
この街の地面は石畳だ。地下に謎の空間が存在する?
「なんのための?」
「一応存在自体は知られてたんだ。私らはずっと、災害時や迷宮内から魔物が飛び出してきたときに避難場所にするんだと思ってた。まあ、そうやすやすと中に入れないんだけどね」
「塞がれてるのか?」
すとんと肩をすくめて見せた。
「そう。入口はどこかわからないし、見つけたとしても鍵がされてて入れない。この街に住んでる人達も、長い間存在しか知らなかった……」
「それと今回の作戦とやらに、なんの関係があるんだ?」
ぴしりと指を突きつけられる。人に指は向けないで欲しい。
「そこ。今回お偉いさん方は、その地下空間──地下街に銀月教の本拠地があるって言い出したのさ」
「急だな」
「急にね。しかも、何をしてるかもわからないただの新興宗教よ? なんでそんな奴らが誰も入ったことのない地下街なんかにアジト作ってるわけ?」
ノリノリで「ブッ叩く」なんて言ってたが、本人は不思議でたまらなかったようだ。首をひねってうんうん唸っている。
「地下街……気になるわねー私も入りたいー」
「いや、行けよ。俺らに行かせないで行けよ」
「行けないのよ、私は」
口をとがらせてツュンデンさんが言った。
「事情があって、衛兵がいるところには顔出せないのよ。ほら一応、私ゼーゲンのメンバーだから」
その言葉に反論できなくなる。ロートから話を聞くに、ギルドゼーゲンは、一応お尋ね者だったのだ。
「色々あって、私は王都から出れないのさ。宿屋をやってるけど、衛兵の元に顔は出せない。でもこういう街中の人間を呼んだ会議は出なきゃならないから、今日だってシュヴァルツを借りたのよ」
「そのために僕使ったんですか!」
念押しのように指を向けられる。だから指さすなっていうのに。
「再度言うけど、私は作戦に参加できない。目立つ行動を取れば即座に捕まるのよ」
「だからって俺達なのかぁ……」
「頼むよ、一週間飯代チャラにしてあげるし、報酬はあんたらが総取りでいいから」
蜘蛛の一件で手にした金も、いつまでもあるわけじゃない。ギルド成立までは迷宮入りしないつもりだったが、集まらなかったら一回入るのも検討しないとならない。
「ちなみに作戦参加の報酬ってやつは?」
「こちら」
「よしやるか」
「現金な奴」
具体的に幾らかは言えないが、それだけあれば武器の新調も可能なのでは、と思う金額だった。
「でも夕方までとりあえず休憩させてくれー。なんかどっと疲れたんだよー」
「朝からなんか忙しかったらしいね」
「そーだよー。朝から気絶するしブラウに捕まるし親父と直談判するし今日色々ありすぎだろ!」
「僕が会議聞いてる間、お前ホントに色々あったんだな……」
それからクヴェルを床に下ろし、カウンターに突っ伏して仮眠の姿勢に入る。
「お手伝いすることありますか?」
「あら〜いい子ねぇ〜。じゃあ、お野菜仕舞うの手伝ってくれる?」
クヴェルとツュンデンさんの話し声を聞きながらうとうとしだした頃合いに、けたたましい音を立てて扉が開いた。
「ちょっとぉ! この騎士サマ弟君の自慢しかしないんだけどぉ!!」
「当たり前でしょう私の弟は自慢できるところしかないのですから」
「顔良くてもこれは駄目!! 不良物件だわ!!」
「不良物件」
丁度ツュンデンさん達が食料庫に引っ込んだタイミングだったため、ブラウの方も止まらない。クヴェルがいなければ、ブラコンアクセル全開だ。
「まだまだ話すことは多くありますが。では続きのクヴェルが四歳の頃の話から──」
「あぁもう変な男しかいない! クヴェル君!? クヴェル君どこ──!?」
「うるせぇてめぇらぁ! 寝させろ────っ!!」
どこかに存在する大聖堂。いくつかの影が歩き回る。
「どうする、兵にここを感づかれている」
「まさかここがバレるとは」
「何故糾弾されなければならない? 我らは正しき教えの元に従っているだけ……」
「案ずるな、姫様さえ、姫様さえお守りすれば」
影達は立ち止まり祈りを捧げる。
「全ては銀月の御心のままに──」