77 : 王子様
──夕刻──
俺とグリューンはツュンデンさんからのメモを片手に路地裏を駆ける。シスター・フランメという方にこれを見せ、ツュンデンさんがかつて使っていた銃砲を借りてくるようにという指令だ。
出会いの広場、以前騒動によって焼け落ちたらしいが、立派に再建されている。中に入り声を上げた。
「申し訳ありません、シスター・フランメはおいでですか?」
返事はない。若いシスターの方々もおらず、俺は奥を覗いた。
「なんか用かい? ニイチャン」
ひやりとした気配に怖気が立つ。飛び上がった俺達の背後には、煙草を加えたクールなレディ! 前髪から覗く顔半分に走った傷、ワイルドで素敵だ。
「始めましてレディ、不躾な真似お詫びいたします。シスター・フランメ様をご存知ですか?」
「ほぅ、悪くない子だね。私がシスター・フランメさ」
ビンゴ。俺はツュンデンさんからだと伝えメモを差し出す。それを見た彼女は、大きく目を見開くとすぐに折りたたんでポケットへしまった。来な、と手招きされ恐る恐るついていく。祭壇の裏。
「とんでもねぇ野郎だね。あいつだって、もう寝させてもらいたいだろうにさ」
そんなことをぶつぶつ言いながら彫刻の裏に手を突っ込む。
「あの火事からなんとか出せたけど、メンテナンスは中途半端、なんだよ、っての。まったく……ツュンデンに言っときな」
ごとん、と引っ張り出してきたのはロートちゃんが担いでいる銃砲によく似た棺桶のような箱。彫刻の台座のように置いていたが、カモフラージュだったのか。
「撃って二発まで。乱暴に扱えばぶっ飛ぶから気をつけなってな」
……それ、俺達で運ぶんですよね?
「ああ懐かしい! 私の相棒!」
重い銃砲を引きずり店内へ帰ってきた俺達を出迎えたのは、いつものエプロンを脱いだツュンデンさんだった。常のワンピースではなく、裾の短い動きやすそうな格好になっている。
手渡した銃砲を愛おしそうに撫で口づけをした。……いーな。
「何考えてんのさ」
「いや、何も」
やましいことなどなにもない。
「撃っても二発まで、あと乱暴に扱うなって言ってました」
グリューンが伝えるとツュンデンさんは舌打ちをした。
「フランメ……ちゃんとメンテナンスしとけってのさ。まあいい、一発で十分さ」
下部分の装置を弄り軽い点検をする。そんなツュンデンさんの傍らで、レーゲン先生は地図を睨む。
「準備はできたか」
その言葉に俺たちは揃って頷いた。
「行き先は山犬通り水路際、朝までにケリをつける! ゆくぞ!」
「おう!!」
──同日宵の口、山犬通り水路周辺にて──
「ここか!」
坂道を猛ダッシュで駆け下り水路が見える広場に立つ。日も沈んだ頃だからか、出歩く人もいない。顔を隠したツュンデンさんとレーゲンさんも怪しまれることなくたどり着けた。
「ここのどこかに……!? わっかんねえって!」
見渡す限り石畳。このどれかが外れて地下に繋がってるとか……ヒントがなさすぎる!
「グリューン! 叩くぞ! 音が変だったら教えてくれ!!」
「そんな方法じゃ明日になるよ」
じゃあどうするんだよ! と顔を上げた瞬間、俺の視界を覆った黒い影。ぎりりり、と張り詰める弓の音。グリューンが弓を振り絞り、矢を引いている。狙うのは真下の石畳。
「グリューンさん?」
「ペネトレーション」
ふっと手が離される。凄まじい勢いと強さを持った矢が破壊音を立てて石畳を貫いた。
魔力を扱えるというのは、ここまで大きいのか。一本の矢で石を割り、一本の剣で鉄を切る。魔力を扱えない自分自身が──とても、情けなく感じる。って、じゃなくて!
「ほう、指示を出す前にやってくれたか」
「よし行こう」
「いや待て待て待て! こ、これ!!」
粉塵が上がっている。人ひとりが通れるほどの穴が空いている。これ誰かが落ちたりしたら……っていうかそれより、中に誘拐犯がいたらバレるだろ!
「案ずるな、後で儂が塞ぐ」
「そうじゃなくて──」
「人に見つかる前に飛び込むよ! 中の奴らが気づくより先に、ロゼちゃん達を連れ帰ろう!」
「えっちょっ、うわ──────っ!!」
ツュンデンさんが思いっきり背中を押し、俺は穴の中へ落ち込んだ。
──同時刻、地下空間にて──
薄暗闇、荒い息遣い。かき消されそうなほど小さく、それでいて苦しさが伝わってくる。
床に座り込む人影は、その声の主を抱き上げそっと撫でた。安心させるように、落ち着かせるように。そして、部屋の外を見る。
二人がいたのは牢屋のような場所。石畳の床の上には、情け程度のぼろ布が引かれているだけ。無情な格子に向かい、影は声を上げた。
「ここからお出しください!」
声の主──ロゼは、歯を食いしばり格子の外を見る。向かい正面、椅子に座って二人を眺める男はにやりと笑った。
「嬢ちゃん、あんた、今自分が置かれてる状況がわかってんのかい?」
「わかっております。その上で言っています。私とクヴェルさんを、出しなさい!」
力強く、ロゼは言い放った。格子の向こうから二人を眺める男は、じっとロゼの目を見つめ、にやりと笑う。
「強気だなぁ、嬢ちゃん。……それにしても、いいもんを拾ってきたもんだ」
粘っこい声に、ロゼの腕に鳥肌が立った。
「元々、竜の眼は俺達が見つけ出した。十年近く前に盗まれ、行方がわからなくなり……何年か前、ようやく発見した。そこでも奪還は失敗し、結果そのガキの身体に埋まった。この街で、あの男を見かけたときはビビったよ。忘れられねえ顔だからなぁ」
苦しそうに呻くクヴェルを、より強く抱きしめる。
「まさか種族の特徴でもある耳を切り落としてまで、素性を隠してたのは驚きだが……まあ、見つけちまったんだから運がいい」
かちゃん、と牢の外から音。ロゼは警戒して一歩下がった。
「あんたを渡すのを条件に、情報を得たんだ。嬢ちゃん、ちょうどあんたを探している人がいたんだ」
男が立ち上がる。格子に手をかけ、がしゃりと揺らされた。びくりとロゼの肩が震える。
「手出しはしねえよ。だからそのガキを離しな。そのガキは元の死体に戻るだけ、あるべき姿に戻るだけだ」
クヴェルが身を震わせた。意識は無いが、それでも恐怖を感じ取っているのだろう。ロゼはその頭を撫でる。優しく、柔らかく撫でる。
「──大丈夫ですわ。ブラウさんのぶんも、お守りします」
ロゼは怯えもせず、男を見据えた。
「ふん、強気だねぇ。強がってるだけか? 部屋にいた女は殴って気絶させたし、他の奴らはいなかったし、何よりお前達がここにいると知る奴はいない。大半の連中は、地下空間の存在なんて知らないからな」
笑みを浮かべながら話す男を見、ロゼは笑った。その声を聞き、男は眉をひそめる。
「何が面白いんだ嬢ちゃん。……恐怖で頭がやられたか? それは困る」
「ご安心を。正常ですわ。……あまり、ナメないでくださいまし?」
ロゼは不敵に笑い、暗がりから強く男を睨みつけた。微かな明かりに照らされる紫水晶の瞳が揺らぎ──冷えた銀色に変わる。
「私だって、守られるだけではありませんわ」
──同日夜半、地下空間にて──
「へぇ、こんなふうになってんのかい」
「じめじめして気持ちわりいな。長居したくないぜ」
薄暗い通路内を走る。踏みしめる床は湿ってぬかるみ、壁には蜘蛛やらヤモリやらが走る。ここいらは人があまり行き来していないようだ。レーゲン先生が出してくれた明かりを頼りに進む。通路はあまり広いと呼べず、四人並んで走ればだいぶ窮屈だ。
「十中八九ここだとはいえ、まだ確証はないからね。ハズレならすぐ出なきゃいけない」
「少し集中したい、おい若造、おぶれ」
「えっ!? は、はい!」
レーゲン先生を抱き上げる。見た目通り軽い。それでもここにいる誰よりも長生きだというのだから不思議だ。レーゲン先生は目を瞑り集中していた。しばしの沈黙。目を開く。
「ここより東に十数メートル、人の気配がある。そこへ向かうぞ」
「でも一本道ですよ」
通路に降りてからずっと一本道だ。東に十数メートルといえど、そこにつくまでにどれだけかかるか……。
「まかせな! 少し離れて」
ツュンデンさんの声。グリューンが思いっきり俺の首根っこを引っ張り下がらせる。ツュンデンさんが銃砲をしっかり掴み、脚を踏みしめた。湿った地面がぐっと抉れる。おいおいまさか!
「破潰ッ!!」
凄まじい破壊音が通路内にこだまする。魔力をまとった銃砲が、レンガで作られた通路の壁をぶち破った。ぱらぱらと粉塵が飛んできては砕ける。これ、シスター・フランメ氏が言っていた「乱暴な扱い」なのでは。
崩れた壁の向こうは通路の集まる広場になっているようだった。壁に火が灯っている。つまり、人がいる! レーゲン先生が俺の腕から地面へ着地した。
肩に銃砲を背負い直したツュンデンさんが堂々と広場に突入する。向こう側が騒がしくなってきた。広場の向こう、その壁に扉がある。声は扉の向こうから聞こえてきていた。
──なんの音だ。
──ここがバレるはずがない。
──役所か?
──ふざけるなよようやく金が手に入るところなのに!
「これは……当たりかい?」
ツュンデンさんの言葉に小さく頷く。俺は背負っていた剣を、鞘ごと抜いた。流石に、人を斬ることには抵抗がある。鞘をつけて、頭を殴らなければ死にはしないだろう。──グリューンは思いっきり矢じりのついた矢をつがえる。いや殺す気かよ。
「侵入者だ!!」
飛び出してきたのは若い男。見るからにチャラチャラしたタイプだ。奥からも同じような連中がわらわら出てくる。飛び込んできた男を殴りつけ撃退した。
「雑魚はすっこんでな!!」
そう叫びツュンデンさんは、ナイフを持って接近してきた男の手に思いっきり踵落とし。相手の腕からナイフが離れた瞬間に鳩尾に拳。男は泡を吹いて気絶した。
「あんたがうちから攫った子はどこに──あら、やりすぎた」
「おい、加減せぬか」
そういうレーゲン先生は、子供だと舐めきって突っ込んできた男に杖を叩き込みつつ言う。翼を模した細工はかなり痛そうだ。
何かを叫びながら男がこっちに向かってくる。手には棍棒。応戦しようと剣を構え直した瞬間、横からグリューンが男を蹴り飛ばした。壁まで吹っ飛ばされ叩きつけられ、咳き込んだ一瞬、矢で壁に縫い留められる。
「僕のリーダーに何をする」
流石グリューン。普段は馬鹿にしてくるが、こういうときは本当に頼りになる奴だ! まとめて十人程のした辺りで、大柄な男が出てきた。髭を蓄えた筋骨隆々な男だ。
「何だテメェら!!」
ツュンデンさんやレーゲン先生は下っ端の相手をしている。ならば出るのは俺だ。グリューンに任せてばかりいては、リーダーの名が廃る。
「女子供じゃねェか……お前ら、こんな連中に慌てふためいてたのかよ」
「本当に強いんですよこいつら!」
男は拳をばきばき鳴らし俺を見た。体格も全然違う。奴は俺を見下し言った。
「竜の眼と白翼種を取り返しに来たのかァ? そいつァできねェ相談だ」
俺をナメきってるのか、にやにやと笑いを浮かべていた。それはどうでもいい。ナメられるのは慣れている。だがこいつは、ロゼちゃん達のことを、人として呼ばなかった。
竜の眼と白翼種。ロゼちゃんとクヴェル。シュヴァルツが、ブラウやリラ達が、俺の仲間が大切に思う存在を──もののように扱った。それがやけに、腹が立つ。
「どんな関係だか知らねェが、あいつらはお前らとつるむより、よっぽどいいところへ行けるんだよ。大人しくガキは帰って──」
一切の躊躇なく跳躍、振り上げた拳を奴の顔面に叩き込む。手に伝わる骨の感触、慈悲として頬にしてやった。鼻だったら砕けていただろう。俺の手にもダメージはあるが、気にしていられるか。
男の巨体がぐらりと傾ぐ。下っ端が叫び声を上げていた。
「お前ら、何者だよ!!」
何度目かの問いかけ。俺は手を合わし骨を鳴らしながら答えた。
「王子様代理」
何かを叫びながら起き上がった男相手に、剣の柄をブチ込んだ。




