76 : 計画立案
──夕刻、二股の黒猫亭にて──
「悪い……やられた」
頭に包帯を巻かれたツュンデンさんが深々と頭を下げる。レーゲン先生は未だ部屋に残っているから、俺とグリューンで話を聞いた。
「ロゼちゃんは元気そうでね、でもクヴェル君が苦しそうだったから二人で見てたのさ。そうしたら……窓からいきなり三人、飛び込んできた」
まだ痛むのか頭を押さえている。ぎり、と歯軋りをした。
「ひとりは窓から投げ飛ばしたけど、その隙に二人目から殴られた。真っ先にクヴェル君を狙ってね、ロゼちゃんが止めようとしたけど、二人まとめて連れて行かれた。……白翼種だとわかったからだろうね」
ツュンデンさんはテーブルに手を付き、額がぶつかるまで頭を下げる。
「すまない! 私の失態だ……本当に、あいつらに合わせる顔がない!!」
「ツュンデンさん! 頭を上げてください!!」
「そうじゃツュンデン、悪いと思うなら行動じゃ」
階段からの声。レーゲン先生が降りてきていた。
「即座じゃが割り出したものじゃ。足跡、体格、風貌、攫われてすぐだったのが幸いじゃったな」
翳した手、机の上に浮き出す足跡、足は大きい。男のものだろう。それが三種類、話通り三人らしい。
「靴裏についていた少し泥濘んだ土らしきもの。この石畳の貼られた街においてこのような土は無い。おそらくヘドロ等じゃと思われる。故に奴らの潜伏場所は水路、もしくは水路付近」
凄い。俺達がツュンデンさんの手当にあたふたしている間にそこまでを割り出している。
「しかし水路付近となると……そのあたりに潜伏できる場があるとは思えん。このあたりの水路と言えば山犬通りじゃが……。水路脇の民家……いや、それではここまで足裏にヘドロはつかん。直に水路に……? しかし水路内に長期滞在できる場など……」
頭を抱えるレーゲン先生、がり、と親指の爪を噛んだ。ツュンデンさんが声を上げる。
「地下空間だ。ロゼちゃんと出会ったとき、水路の側から出てきたって言ってた」
地下空間、話だけは聞いた。ロゼちゃんが元々所属していた新興宗教、その総本山だったと言う場所。この黒猫通りの地下に存在する巨大な空間。
「石畳の一つが外れて、ロゼちゃん達はそこから出てきたらしいけど……正式な入口は水路にあるのかもしれない。クヴェル君を狙う奴らが、そこを知ってるのなら……そこにいる可能性もあり得る!」
「近所の人が話してた、不審者!」
「そうだね。近くをアジトにしてここを見回ってて、クヴェル君を誘拐する隙を狙ってた訳か……」
五年前にクヴェルを襲った連中が、何故今クヴェルに気づいたのかはわからない。しかし、攫われたのは事実。
「その場所を教えてください。すぐにでも向かい──」
「私も行く」
ツュンデンさんが立ち上がる。すぐさまレーゲン先生が止めた。
「怪我人は黙っとれ。儂と小僧達で向かう」
「今回は私の責任だ。ここで下がっていられるか!」
「何を言っとる! 小僧達を連れていき、ここを手薄にした儂の責任じゃ!」
「いいや私だ! あんたに罪はない!」
「わからん奴じゃな! 儂の──」
「はいストーップ!!」
思わず間に飛び出した。お前は関係ない、と言わんばかりの目で見られるが、負けはしない。
「今は救出が最優先でしょう! お二人で言い合ってる時間はありません!」
二人はそこで引き下がった。胸を撫で下ろす。グリューンが矢筒を背負って立ち上がった。
「早く向かおう。移動される前に」
「お、おう! ツュンデンさん、場所を教えて下さい!」
俺も続いて立ち上がる。ツュンデンさんも続くと、少し待ってと言った。
「一応私らは顔を隠さなきゃいけない。バレたら事だ。そんで……少し、寄りたいところがある」
「寄りたいところ?」
疑問符を上げる俺らに、ツュンデンさんは頷き言った。
「教会だ。あそこに、一番最初に私が使ってた相棒がある。それさえあれば百人力さ」
──同日夜半、迷宮四層「太母の絶海」にて──
焚き火の中、俺達は顔を突き合わせる。四層探索再開から一月半、神霊リヴァイアサンの根城目前まで到着していた。
昼間に狩った獣の肉を噛みしめる。地図を見、作戦を練った。
「敵はクソデケェ魚、不安定な足場と水辺が戦場になる。近距離戦は不向きか」
「僕の得意な魔法は火、相性があんまりだな……」
「アタシも火薬が濡れるのはよろしくないね」
……それ、結構ピンチなんじゃねえの?
「一応雷の魔法も出せなくはないけど……火ほどの威力は出せない。まずいな」
「ボクの技にも雷は無いね」
「地面にさえ触れられれば足場は作れます。それでも不安定なのは変わりませんが……」
リラの言葉。錬金術師、と言いつつも以前のハルピュイア戦では壁を作ったりしていたから汎用性は高いだろう。
「俺は体術か投擲専門っすからいよいよ不利っすね。……そうなれば」
「──私の槍、しかありませんか」
この中で最も高威力の雷を放てるのはブラウ、奴の持つ略式霊槍だ。一同納得の頷きを見せる。ばちっと爆ぜる薪の火。
「んじゃ、作戦はどうする?」
「まず突入は日が出てからの方がいいでしょう。暗中で水場に飛び込むのは危険すぎます」
間髪入れずにリラの指摘。そりゃそうだなと頷く。火に照らされた地図を指でなぞった。
「もうこの現在地から北に数キロ進めば向こう岸に付きます。そして向こう岸からはぽつぽつと、飛び石のように足場があるだけです。そこを進めばリヴァイアサンは押し寄せてくることは間違いない」
この島を渡り切るまで、厄介な敵に捕まらなければ小一時間だろう。ど真ん中を突っ切る予定だ。あまり海岸沿いを走って警戒させるのは避ける。
「足場に乗ればすぐに戦闘と考えましょう。まず俺がリヴァイアサンまでのルートを作ります。その分周りの足場を少々削ることになると思うので、皆さんはそれぞれ退避してください」
「了解」
「その道をリー……ブラウさんを中心に進みましょう。俺は足場建造のために殿を勤めます」
「んじゃ、俺とジルヴァでブラウを補佐するか」
「そうだね! 頑張るよ!」
物言いたげな顔でブラウがジルヴァへ視線をやった。
「ロートさんは後方から砲撃、シュヴァルツさんも魔法で掩護、ゲイブは……まあ、頑張ってください」
「なんで俺だけ適当っすか!!」
「ざっと組みましたが……どうですか」
俺は作戦の良し悪しなどわからない。突っ込んで叩く! しか知らないからな。シュヴァルツの方を見る。今までのメンバーでは、作戦立案はシュヴァルツの担当だった。シュヴァルツは驚いたような反応を示す。
「あ、はい……。それでいいかと」
「歯切れわりいなお前」
「いや、流石だなって……。考える前にすっと作戦が決まるって、こんなに楽なんだな……」
「いつも決まらねえみたいな言い方やめろよ」
誰のせいだ、と言わんばかりに睨まれるが無視。リラはそれを見て笑った。
「すごくなんかないですよ。予め考えていただけです。今までの『燕の旅団』の進み方を見れば、シュヴァルツさんの作戦立案は素晴らしいものだとわかります」
掴み合いをしていたシュヴァルツの顔が、赤く染まる。こいつは褒められるのに弱い。だからロゼに強く出れないんだ。チョロい奴。
「あのハルピュイア戦だって、橋から飛び降りるなんて強行策──大胆かつ誰も思いつかなかった方法ですよ」
「あ、それ考えたの俺」
「えっ!?」
「策士ヴァイスと呼んでくれ!」
自慢げな俺にリラとゲイブが驚き、ジルヴァはきょとんと首をひねる。ロート、ブラウ、シュヴァルツが一気に俺を睨んだ。
「あのときはお前いきなり突き飛ばしやがって!! 死んだかと思ったからなほんとに!!」
「あれは作戦とは言わないわよ自殺よ自殺! 心中!!」
「二度と、二度と坊っちゃんは作戦会議に参加しないでください」
三人からぼこぼこに言われた。
「ねえねえ! ハルピュイア戦って……」
「聞かなくていいわジルヴァ! あんたが首突っ込んだらヤバくなる!」
緊張感なくぎゃいぎゃい騒ぐ俺らに、リラとゲイブは笑った。ひとしきり笑って夜空を眺める。偽物の空、大きく息を付き、ゲイブは寝そべる。
「今頃オランジェ君達、どうしてるっすかねぇ……」




