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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
6章 騎士或いは兄の願い
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72 : 私は貴方を守ります



「あ、にうえ、どこ?」

「私はここにいますよ、クヴェル」


 伸ばされた小さな手を、そっと握る。寝台に横たわったクヴェルは身動ぎして体を起こした。


「もう大丈夫なのですか?」

「うん。……ごめんね、あにうえ」


 申し訳無さそうに俯くクヴェルの頭を、ブラウは撫でた。何を謝る必要がある、そう込めた視線を向ければ、より一層クヴェルは縮こまった。


「ここに、いられなくなる?」

「…………」


 ブラウは、答えることができなかった。

 キャビネットに置かれた本、壁に貼られた絵、この街で築いた思い出が二人を縛る。


「ごめんなさい、あにうえ、ごめんなさい……! ゆめを見たら、もう、かかなくちゃいけないきがして……どこかにのこしておかなきゃ、()()()()()()()きがして……!」

「責めやしません。……遅かれ早かれ、『竜の眼』の存在はバレていたんです。だから……貴方が気にすることじゃない」


 クヴェルの涙を指先で拭う。その体をまた寝かし、しゃくりあげる肩を擦った。


「それよりもクヴェル。教えて下さい。貴方の見た『可能性』、それは、どんなものだったのですか?」

「……」


 クヴェルは目を閉じる。そして、その唇を開いた。


「海の中、なの」

「ええ」

「五つの大きな岩があって、そこから水のはしらがのびてるんだ」

「水の柱……ですか?」

「うん。……そのまんなかに、大きなくじらがいるんだ」


 海の中、付き出す五つの岩、水の柱。そして(くじら)


「そのくじらがね、海にあいたおっきなあなを、ふさいじゃってるの」

「穴……」


 ブラウは合点がいったように思考する。


「くじらがふさいじゃってるせいで、海の水が下に行かないんだ。そのせいで、下にいるわるいものがおさえられないんだ」

「悪いもの、とは? 魔物ですか?」


 クヴェルはゆるりと首を横に振る。わからない、と小さく言った。


「でも、よくないものなのはわかるの。こわくて、おさえなくちゃいけなくて、すごく──つよい。止めなくちゃ、()()()()()()


 そこで、クヴェルはブラウに視線を向けた。金の瞳にブラウが映る。


「あにうえ、止めて。あれを、出しちゃだめ。おねがい」

「……勿論ですとも」


 ぎゅっと手を握りしめ、ブラウはその甲を額につけた。


「私は貴方の兄。私は必ず、貴方を守ります。クヴェル。大丈夫、兄を信じなさい」


 そう言うと安心したように微笑み──クヴェルは目を閉じた。その頭を優しく撫でる。そして目を閉じたまま、クヴェルは言った。


「あにうえ」

「なんですか?」

「クライにぃなら、あにうえのちからになれるのにな」


 頭を撫でる手が、止まった。


「ぼくはまだこどもだから、ずっとずっと、よわいから。なにもできない。あにうえのちからになれない。ぼくが見た未来なのに、ぼくのちからで何もすることができない」

「クヴェル──」

「おねがいあにうえ、ひとりでいっちゃだめ」


 続けようとした言葉は、そこで止まった。ブラウは唇を噛み締める。


「もう、いやだよ」



 彼らの脳裏に焼け付く光景。

 焼け落ちる家、泣き叫びながら手を伸ばすブラウ、崩れた民家の中から現れた人影。差し出される血に濡れた宝石。叫び声、消して忘れられない──笑顔。



「もうぼくのために、だいじな人がいなくなるのは、いやだよ」


 ブラウは、何も言えずに目を伏せた。



 クライノート。 ブラウ達兄弟の命の恩人にして、家族、そして親友だった少年。その身に竜の眼を宿し、竜の力を得た少年。

 その竜の眼を狙い現れた野盗により、火を放たれ焼け落ちた柱に心臓を貫かれたクヴェル。クヴェルを救うために彼は──自身の心臓、すなわち「竜の眼」をクヴェルへ与えた。

 忘れられない、忘れてはいけないとブラウは常に言い聞かせている。あの日、弟のために死した親友の()()を。


 ──関係のないクヴェルを巻き込んだのは俺だ。

 ──止めないでくれ、ブラウ。みんなに、ありがとうと伝えてくれ。

 ──()()()()()()()


 心臓を失った弟。笑って、己の心臓を引き抜いた友。抱き寄せた友の体、その冷たさ。反対に、ぬくもりを持ち始めた弟の体。何もできなかった自分自身。胸の奥に燃え滾る後悔──それを、ブラウは忘れない。



「──大丈夫。私は、貴方の元からいなくなったりしません」


 ブラウは微笑み、また頭を撫で直す。大丈夫、となんとも繰り返し、クヴェルに、自分自身に言い聞かせた。


「もうなにも、失いません。失わせやしません。私が、貴方の見た未来を変える」








 一階ホールにて、俺は立ち上がる。階段を上がり、自室がある三階ではなく二階へ。

 手前から一、二、三番目。元は空き部屋だったそこの前に立つ。少し間を開け、躊躇のないノック、ノック、ノック!


「なにようっさいわね! ばんばんばんばん叩くんじゃないわよ!」

「開けていいよー!」


 中から声、ヴァイスは扉を開けずに言った。


「一階集合」


 きゃんきゃん言っていた声が止み、二人揃った返事が届いた。


「了解」







 そして一階ホール。ロゼとババア(レーゲン)以外の面々は集まり、俺からの話を聞いていた。シュヴァルツは無言で思案し、ロートはわからないことに首をひねり、ジルヴァだけは何かが引っかかるような反応を示す。


「……と、言うわけなんだが」


 一通り話し終え、沈黙。真っ先に口を開いたのはロートだった。


「それ、間違いなく騎士サマ、ひとりで行くわよね」

「ああ。賭けても良い」


 駄目だそりゃ、と肩をすくめる。次にジルヴァが手を上げた。


「海の穴、くじら、その情報は確かだね?」

「おう。間違いない」

「そのくじら、てのはどういう生き物なの?」


 地上の生物ゆえ、ジルヴァが知らなくても無理はない。クヴェルのスケッチブックを一ページもらい、適当だが絵を描いて説明した。

 それを見、ふむふむと頷く。椅子をとんとん、と叩きつつジルヴァは言った。


「間違いない。そのくじら、が噂の『リヴァイアサン』だ。大穴、は五層への穴。下にいる悪いものってのが微妙だけど……」


 巨大な二足歩行の獣、みたいな姿だったセト。

 鳥の翼と下半身を持つ女の姿をしていたハルピュイア。

 そして、巨大な鯨? 神霊とやらはどうなっているんだ。


「まあとにかく、リヴァイアサンを倒すことがその『未来』を変えること、なんだと思う。その他の特徴を聞けば更にはっきりするかもね」

「その特徴を聞けば、騎士サマなら賢いしさっと気づくでしょうね。……そうすりゃ、いよいよひとりで突進よ」


 ロートの言葉にうんうんと頷いた。あいつは絶対ひとりで行く。間違いない。それに無理矢理ついていくのはいいとして、だ。


「ロゼはどうするんだよ」


 シュヴァルツの言葉にロートとジルヴァは黙り込んだ。俺もまたそれに並ぶ。


「彼女はまだ動き回れる状態じゃない──と、思う。正直、師匠が過労って言ってたのも信じられないし、もしかしたら……何かあったのかもしれない」


 そこなのだ。今、ロゼを連れて迷宮に行こう! と言うわけにはいかない。しかし今の彼女を残して行くことは不安だ。


「ロゼが心配な以上、彼女を残して行くわけには行かない。師匠やツュンデンさんがいるとはいえ、不安要素が──」

(わたくし)の心配は、不要です」


 響いた声に皆が顔を上げる。階段を降りてくるロゼの姿だった。側にはババア、ブランケットを羽織り降りてくる。顔色は迷宮内にいたときよりだいぶ良さそうだ。


「大丈夫……なのか?」

「ええ。かなり楽になりましたわ。ご心配おかけしましたシュヴァルツ様、皆様」

「いや元気ならそれが一番よ」

「そうだよ!」


 ロゼはにっこり微笑む。ババアがふんと鼻を鳴らした。


「過信するな。まだ迷宮探索に向かうほどは回復しておらん」

「うっ……」


 やっぱりまだ駄目じゃないか。ロゼは取り繕うように早口で言った。


「た、確かにまだ動き回れはしません。ですが、この宿の留守番程度なら、できますわ」


 そう言って、俺達を見る。


「私は大丈夫。だから、ブラウさんを助けてあげてください」


 微かに視線が天井へ移る。話を聞いていたのか。


「……ロゼ、本当に……いいのか?」

「シュヴァルツ様? 私だって……いつまでも守られてばかりでは、嫌になりますわよ?」


 ふっと微笑むその顔に、シュヴァルツは目を逸らした。なんとも言えぬ空気を振り払うため、俺はぱちんと手を叩く。


「んじゃ、決まりだな」


 大きく伸びをして周りを見回す。仲間達は勿論、ババアもツュンデンさんもこっちを見ていた。


「俺らは、()()()()()ぞ!」

「おうっ!!」



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