71 : 質問
気を失ったクヴェルを抱いて、ブラウは立ち上がる。何も言わず背を向けた。
「待て!」
その肩を掴み無理矢理こっちを向かせる。奴は心底嫌そうな顔をしてその手を振り払った。
「坊っちゃんには関係ありません」
「なにがだよ! クヴェルだって、あんなに苦しんでたんだ。何かしらの理由が──」
その時気づく。クヴェルの鳩尾。服に隠されたそこが、微かに光っている。ブラウがさっと隠そうとしたが俺はその前にクヴェルの前を開いた。
「────え」
白い体に埋まる宝石。金の縁取り、中央に鎮座する宝石は金や緑に色を変える。その色を、どこかで見たことがある気がした。ネックレスやペンダントではない。確かにその体に、埋まっている。
「────っ! 離れてください!!」
始めて、ブラウが感情を顕にして叫ぶ。声を張り、俺から離れる。
「おい、ブラウ。それ、なんだよ」
五年の月日をブラウ達とは過ごした。クヴェルとだって、何度も遊んだ。ブラウより一緒にいた時間は長い。それでも、そんなもの、見たことがない。思い返せば、今までずっとクヴェルは肌を晒すことが少なかった。
「話す必要は、ありません」
「必要ってなんだよ!!」
俺はブラウの胸倉へ掴みかかる。
「どんな理由があったらお前と話ができるんだ! どんな経緯があったらお前は答えてくれるんだ! なんでそんなに隠すんだよ!! いい加減答えろ! ブラウ!!」
「──坊っちゃん」
酷く無機質な声だった。奴は空いた片手、その人差し指を立てて唇に当てる。静かに、というサインらしい。
「お静かに。クヴェルが、起きる」
俺は歯噛みして一歩下がった。観念したように奴は椅子に座り直す。長いため息。
「ツュンデンさん。毛布などは、ありますか」
「あ、あるよ。待ってな」
呆気にとられていたツュンデンさんが奥へ走る。ホールで寝こける奴のために、厨房の奥に毛布は常備されていたのだ。クヴェルを椅子に寝かせ、ツュンデンさんに渡された毛布でその体を巻いてやっていた。
「──ひとつずつ、質問はひとつずつ答えます」
それでも、今までと比べれば確かな進歩だ。俺も佇まいを正す。向かい合い、その俺達をツュンデンさんが眺める体制になった。
「質問その一。お前はなにもんだ?」
「私は私です。誓って、どこかの刺客などではありません。貴方の父親に拾われ、貴方の父親に仕える騎士です」
まずは軽い確認からだ。答えてくれると言うなら答えてもらおう。
「質問その二。クヴェルは本当の弟か?」
「本当の弟です。同じ母の腹から生まれ、共に過ごした半身、かけがいのない存在です」
本心からの言葉だろう。信用できる。さてここからだ。
「質問その三。お前は羊領に来るまでどんな日々を過ごしていた?」
「──私達は十六まで、ゲイブやリラと共に暮らしていました。元々リラを育てていた人の元に、我々が転がり込んだのです」
そこで引っかかる。
「質問その四。転がり込んだってことは……お前達は元々他の場所で暮らしてたのか?」
「まあ……そうです。クヴェルが生まれたときに両親が亡くなり、十三で放浪生活をしていましたから。そんな中、孤児になったばかりのゲイブ、不良だったリラと意気投合し共に」
さらりと不良だったことが発覚したリラだが……それはまあ置いといて、だ。
「質問その五。その槍とか、お前の力はそこでの暮らしで身についたものか?」
「そうですね。三年間みっちり学びました。リラの親代わりにして我々の保護者だった人は、かなりの腕前でしたから。……話によれば、ゼーゲンと肩を並べて戦った男だとか。それほどの方とは思いませんでしたがね」
もうそのへんは突っ込んだら負けだ。複雑すぎる。なんでそんな人がリラの親代わりだったんだ、とかどんな経緯で槍を貰ったんだとか聞きたいことは多いが……。その話を聞いたツュンデンさんがへぇっ、と声を上げた。
「槍って……あんた、あのクソ陰険ピアス野郎のところで育ったわけ!?」
「ええまあ。ゲイブやリラも共に」
「はぁーそりゃまた……あいつ子供の面倒見れたんだ……」
酷い言い様だ。肩を並べて戦った、というだけのことはある。ジルヴァがわかったんだから、ツュンデンさんも槍を見れば──そうか、ブラウは宿にいる間槍の包みをほどかないから。
「以上ですか?」
「んなわけねえだろ。本題だ」
俺はちらりとクヴェルの寝顔を見る。ぐったりとしており、苦しげな様子だ。
「質問その六。お前とクヴェルはどうして、蟹領から羊領へやってきた?」
「────」
沈黙。少しの間思案をしている様子だ。それでも答えるまで待つ。答えてくれるといったのだから。
「……当時、私は十六歳でした」
俯き、手を組み交わしながら言った。
「私達は日中働いており、その間クヴェルは村の方の元に預けていたんです。……三歳になったあの子には、森の中の家より友達のいる村の方が良いと思いましたから」
そこで、長いため息。
「ある日、クヴェルを預けていた家に……火を放たれました。中にいた老婦人と、クヴェルは──それを食らった。その事件があり私は、その村を離れることにしたのです。行く宛もなく彷徨い歩き、ただ、私達のことを知らない場所へ往こうとあるき続け……辿り着きました」
火災──!? 何故、なんでクヴェルがそんな。そして俺は、最後の質問に移る。
「質問その七……。さっき見えたクヴェルの胸、あれは、なんだ。あの宝石みたいなものは、あれはなんで、クヴェルに埋まってたんだ」
ブラウは、がっくりと肩の力を抜いて項垂れた。目を伏せ、手元をじっと見つめている。
「かつて私には、親友と呼べる友がいました」
突然語られる、脈絡のない言葉。深く聞かない。答えるのを待つ。
「その友は、私達兄弟を救ってくれた命の恩人でした」
ブラウの──親友。この、弟以外には心を開かないようなこいつに、そんな友が。
「リラ達の元で共に暮らし、共に過ごし、共に鍛えあいました。ずっと、この家族で、過ごしたいと願った。ずっと、彼と友でいられると思った」
過去形、なのは。
「クヴェルの胸に埋まるそれは、『竜の眼』。神話の時代に実在したとされる竜、その瞳。あらゆる臓器の代わりを務め、埋め込まれた対象の身に『竜』の力を与えるとされる秘宝」
竜──! まさか、こいつが言っていた竜との「縁」とは、そこに由来しているのか!?
組み交わした指先を眺めながら、ブラウはどこか遠くを見る。
「それはかつて、私の親友『クライノート』が持っていた物。──クヴェルを生き返らせるために、彼が自らの命を捨てて託してくれたものです」
ブラウはそっと、眠るクヴェルの頬を撫でた。
室内は沈黙に包まれる。窓の向こうから聞こえる雨音だけが、この空間に音が存在することを示していた。
「──質問その八。それと、さっきのクヴェルの言葉には、なんの関係があるんだ」
あの、明らかに何か意味を持つ言葉。俺にはわからないが、こいつにはわかったのだろう。
「──竜の力には、様々な種類があります」
俺の前に指を出す。一本、二本と指折り示した。
「謎は多いですが現段階で確認したもの……まず並大抵ではない治癒力。次に老いの減速、そして──未来視」
未来、という言葉を聞いて真っ先にちらつくのはジルヴァ。奴と、ゼーゲンの皆は五層の神霊撃破時に未来を見せられたという。ブラウは首を横に振った。
「少し異なります。……その神霊とやらが見せたのは、この世界に刻まれた『事象』。明確に起こる『事実』です。しかしこれは違う。この先に起こる『可能性』を、分岐点を見せるのです」
可能性、それはつまり変わることもあるということか? そもそもブラウは何故そんなに竜についての知識がある?
「どっちにせよ、クヴェルは『未来』を見たってことだよな?」
「ええ、おそらく。……今まで、そんな予兆はなかった」
スケッチブックをめくる。これらも無意識のうちに未来を見ていたのだとすれば……クヴェルの「予言」は、かなりの確率で的中するということになる。
「さっきの『予言』は、どういう意味だよ……」
「わかりません」
──こわいのが、でてくる。
──大きなくじらが、せんをしてるの。うみをふさいでるの。それを、こわして。下からでてくるこわいのを、とめて。
脳内で先の言葉を反芻する。海を塞いでいる栓、くじら? わからない。
悩む俺を他所にブラウは深く考え込んでいた。そして顔を上げ、立ち上がる。クヴェルを抱いた。
「以上です」
「待て、まだ聞きたいことが……!」
静止の声も聞かない。黙って階段を上がっていった。行場の無い手が空を掻く。どうにもならない胸騒ぎがした。雨音は強くなる。ツュンデンさんに肩を叩かれるまで、俺はただ、立ち尽くしていた。




