69 : 異変
「やべぇやべぇ! 早く渡りきれ!!」
「だぁ──っ! なんっでお前はこうも面倒事を引き寄せるんだよ!!」
「みんな急いで! 追いつかれちゃうよ!!」
「シュヴァルツ様お手を!」
「ずるいわよそれはァ!」
猛ダッシュで橋を渡り切る。眼下の波が大きくうねり、ざぱんと音を立てて巨大な魚が姿を現した。
「逃げろォ!!」
猛烈な飛沫を頭から浴びつつ、俺達は次の島へと走り出す。
探索開始から三週間。俺達は四層中盤へと突入していた。
橋を渡れば巨大魚やタコと遭遇、島を進めば猿やデメモコモコとの遭遇。蒸し暑い環境故、食料の長期保存もままならない。その日狩ってその日に食す。そんな生活を続けていた。
今日もまた、命からがら橋を渡り終え島の中を歩く。
「ヤシモドキだ、とれとれ」
「そうだな、水分補給は大事だ」
細長い木から、丸っこい実が連なってなっている。図鑑によれば「ヤシモドキ」。地上にもある「ヤシの実」によく似た形状、味らしい。ただ「ヤシの実」の表面には毛みたいなのがついているらしいが、これにはない。
短剣を突き立て殻を割り中をすする。これがかなり美味しい。みんなでずるずる啜りながら、一時休憩だ。
「結構すすんだなー」
「あと一週間も歩けばリヴァイアサンの元まで着くね」
三層からの落下地点は、四層の外側にある。そこから五層への大穴、中央に向かって渦巻状に島を進む。今俺達は中央近辺まで来ていた。
「なんたって暑くて嫌になるわー。一旦街戻らない? リヴァイアサンと交戦するときにはニワトリ君達も呼ぶんでしょ?」
「んー……そーだがなー」
がじがじと殻の破片を噛む。硬くて少しざらついた表面は、味も何もしたもんじゃないが噛み心地はいい。
「ここ、ほら。次の島への橋。これが他と比べてちょっと長いんだ」
俺の指差す方、シュヴァルツやブラウも覗き込む。
「ほんとだな。ざっと……三キロくらいか」
「そ、だからここまでは渡り切っときてぇなーって」
「それは良い判断かと」
シュヴァルツとブラウ、知能派の賛同も得られた。
「まあ、キリがいいならそこまで行きましょ」
「ボクはキミの言う場所ならどこへでも行くよ!」
ロートとジルヴァもうんうん頷く。しかし、
「────」
ロゼはぼんやりと、ヤシモドキの実を持ったまま口を閉ざしていた。
「ロゼ? 大丈夫か?」
シュヴァルツが声をかけ、はっとする。俺達の視線に気づき慌てた。
「あっ、は、はい! すみませんわ……すこし、ぼんやりしていて……」
「大丈夫? 体調悪くした? それとも毒?」
すぐさまロートが額に手を当てる。ロゼはぶんぶん手を振ってそれを制した。
「大丈夫ですわ! 少し疲れただけです。次の島まで、ですわね!」
ぱっと見せるのはいつもの笑顔。
「…………」
シュヴァルツは不安げな目をしていた。俺は噛んでいたヤシモドキの殻を吐き出す。
「もう少し休憩してから行こう。橋は長えし」
「そうだな。休んでおいて、ロゼ」
シュヴァルツがそう言えば、ロゼは少し俯いて、これから頷いた。
「わかりましたわ。みなさん、ありがとうございます」
「仲間、だからな!」
俺の言葉に、ロゼはもう一度頭を下げた。
そして、
「来てる来てるよ! 向こうから!」
「距離はァ!?」
「結構遠……駄目っ! 速い!!」
殿を務めるジルヴァの声。島から島への移動手段はこの、いつの時代からあるのかわからないような木の橋だ。無数の魔物に襲われ、水を引っ掛けられしただろうにも関わらず、壊れることはないらしい。
しかしまあ、橋が壊れないとしても俺達が危険なのは変わりないのだが!
「走れ走れェ!」
「走ってるでしょうが!!」
「シュヴァルツさん、大丈夫ですか」
「だいじょっ……ぶ、じゃ……ない……でっ、す……!」
シュヴァルツなんてとっくに死にかけだ。そのすぐ横をロゼは走っているのに、モヤシめ。すぐさまブラウに担がれていた。
「うわ──っ!! 来たよ来たよ!」
「あぁもう面倒臭いっ!」
ざぱんと荒波立てて姿を表す魔物。首の長いトカゲみたいな見た見た目だ。翼のない竜とやらがいれば、こんな見た目なのだろうか。
ロートとジルヴァが片脚を軸に体を転回させる。その勢いのままロートは銃砲を構え、ジルヴァはカタナを抜いた。
「いくわよ!」
「十色抜刀──」
銃口を向け不敵に笑うロート。ジルヴァのカタナに、ばちばちと魔力が集約している。
「向日葵!!」
ロートの銃断が炸裂したのが先。威力も範囲も大きい弾だ。魔物の顔面に命中した。
「んな……!」
表面を焦がした程度。あの弾は、神霊おも貫いた「鉄線花」ほどの貫通力はないにせよ、充分な殺傷能力を秘めていたはずだ。常に水の中にいることで、火薬に耐性があるのか?
「あぶねぇ! ロート!!」
不安定になったロートへ、魔物の首が古い降ろされる。叫び、短剣を抜いたが間に合わない──!
「白兎赤烏!!」
よく通るジルヴァの声。閃光のように鋭い一撃が、魔物の首を両断した。そのまま落ちてくる首、どちらにせよ橋に衝撃が来る!
「略式霊槍、真空波」
強烈な風により、その首は吹き飛ばされ──波間の向こうへ消えた。
「助かったよ!」
「急いでください」
ジルヴァの感謝も華麗に流し、走るのを再開する。遅れていたロートとジルヴァも走り出した。まだ橋は中間地点だ。
「一旦、これで見える範囲の危険は────」
そのとき、背後からどさり、という音がした。
「ロゼ!!」
ブラウに担がれたシュヴァルツが悲痛な声を上げる。振り返れば、ロゼが橋板の上で倒れ込んでいた。苦しそうに顔を歪め、心臓付近を押さえている。
「アタシらが連れてく! 止まるんじゃないわよ!」
ロートの叱責。その言葉に従い、俺は前を向いて走る。ロートもジルヴァも力は俺より強い。ロゼ一人抱えるくらい造作もないだろう。
ロゼの無事が心配だが、まずは橋を渡り切ることが先。渡りきったらすぐ、帰還の楔で街に帰ろう。医者なり、レーゲンなりに見せれば容態はわかるはずだ。
「大丈夫か! ロゼ!!」
ロートに背負われたロゼが、薄く目を開く。シュヴァルツを捉え、瞬きした。
橋を渡り終え、即座に帰還。ここは役所内、帰還の楔を置く間だ。
「シュヴァルツ様……」
「待ってろ、すぐに医者に──」
「大丈夫……で、す!」
声を振り絞り、ロゼはシュヴァルツの手を握った。
「このようなことで、お手を煩わせはしませんわ……。申し訳、ありません……」
「君が不調な方が心配だ! どんな症状だ? それさえわかれば……」
「お医者、様、は……必要……ないです……」
ロゼは少し躊躇する素振りを見せたあと、囁くようなか細い声で言った。
「レーゲン、様……あの方、なら」
「師匠が……?」
ババア? 確かにババアは博識だが、医療の心得など……。しかし、彼女が望むのだ。
「わかった。ババアに見せて、その上でどうにもならなかったら医者だ。いいな、ロゼ、シュヴァルツ」
「でも、先に医者の方が──」
まごつくシュヴァルツの肩を叩く。
「ロゼは器の民、それだけじゃない。白翼種だ。以前みたいに、手先足先の怪我を治療するのとは違う」
俺の言葉にシュヴァルツは黙った。ロゼは本来、滅びたはずの種族。普段街を歩く際は、ジルヴァと同じく翼を隠しているのだから。人の怪我を癒やす血など、やましいことを考えている人間にとっては喉から手が出るほど求めているはずだ。
「……わかった」
ロゼの荷物から、宿から役所までの移動に使っていたケープを探す。しかしその前に、シュヴァルツは自身のマントを脱いで彼女にかけた。貧弱のくせに、モヤシのくせに、ロゼを抱き上げる。
「シュヴァ、ルツ様……」
「喋らなくていい」
そのまま走り出した。俺達はその背中を追いかける。
窓から見える外の景色。しんしんと雨が降っていた。




