68 : 承認
投げられた石を横にかわす。地面にめり込む強さ、当たったら骨は砕けるか。しかし一挙一動は遅い。後方にてロートが銃砲を構えるのが見えた。射線から外れる。
「まずバラけさせるわよ! 鳳仙花!!」
ロートが撃ち出す散弾、一塊になった猿の群れを散らした。
まず一匹が逃走。俺、シュヴァルツとロゼの元に一匹、ロートに一匹。ブラウとジルヴァの元にそれぞれ二匹ずつ。
「疾風の加護を!」
ロゼの呪いが広範囲へかけられる。これで投石に当たることはなくなった。目の前に伸ばされた腕を掴み、体をひねって投げ飛ばす。抜き取った短剣を握り、構える。
ロゼに向かって猿の手が伸びた。黒く汚れた爪は鋭い。
「爆ぜろイグニス!」
魔力によって生み出された炎の小爆発。ロゼの顔面に迫った腕は、醜い悲鳴とともに離れた。
「ありがとうございますっ! シュヴァルツ様!」
「僕の側から離れるなよ!」
「わかりましたわ!」
「ひっつけっていう意味でもない!!」
あちらは大丈夫。怒り狂った声を上げて突っ込んでくる猿に向かって、勢い良く短剣を振り上げた。
「クロスナイフ!!」
腕から武器に通した魔力が、バッテン印の斬撃を発生させる。そこで驚いた。斬撃の出力が、以前のものとは桁違いだ。以前、三層にてジルヴァと出会ったとき。あのとき撃ったものより遥かに大きく、鋭い。
猿の体にバッテン印の傷が生まれ、血を吹く。この距離で、あの深さ。これは……相当なものを受け取ったぞ!
「邪魔よ!」
ロートが銃砲で直接猿を弾き飛ばす。距離を保ち、構え直した。
「鉄線花!!」
撃ち出された鋭い弾丸が、正確に奴の眉間を撃ち抜いた。未だ交戦中のシュヴァルツ、ブラウ、ジルヴァ。二匹を捌いているブラウとジルヴァに手を貸すべきか。
「どりゃぁ!!」
魔力無しの純粋な太刀筋。猿の体を斬り伏せ、その勢いのまま二体目を斬り上げる。空を舞う血を振り払い、崩れ落ちる体をジルヴァは蹴り飛ばした。
「略式霊槍──不知火」
ブラウの槍、その刃先から火が噴き上がる。間合いを広く取って二匹の猿を薙ぎ払った。毛皮に火が引火し悲鳴を上げる。その上に先程ジルヴァが蹴り飛ばした猿の体がぶつかり鎮火された。
「やっぱりそれは──」
「無駄口を叩く暇がありますか」
積み重なった猿の体、槍を突き刺し付け根のひねりを回した。
「略式霊槍、轟雷」
ばちん、と弾ける音がして苦悶の声が止む。それとほぼ同時に、シュヴァルツと交戦していた猿が悲鳴を上げて逃げ出したところだった。
襲ってきたのが八匹いて、倒したのが五匹。初手で逃げられた奴、俺が斬りつけた奴、シュヴァルツと交戦した奴、その三匹は逃げられた。
「群れで襲われると危険だな」
「そうね、さっき逃げた奴が仲間呼んでくるかも。素材の回収もしたいけど……一旦ここを離れましょ。あんたらも──」
振り返ったロートが固まった。その方を見ると、ジルヴァとブラウが向かい合っている。
「その槍は、どうやって手に入れたものなんだい?」
指差すのは、ブラウの手に握られた槍。
「何故か出力は半減しているが……それは間違いなく神造武装だよ。かつてゼーゲンと肩を並べて戦ったギルドのリーダーが手にしていた、『八属神槍』だ。どうして君が、それを持っている?」
ブラウの槍が、俺と同じ神造武装? 神霊の素材から生み出された武器? 確かに、先端から魔法が出る槍など生半可なものではないと思っていたが……。しかしあいつはあの槍を昔から持っていたぞ?
「騎士サマ、前その槍は知り合いからもらったって言ってたじゃない」
「そうですわ。確かあのときは、『欠けている』と言われたような……」
ロートとロゼの指摘に、ブラウはちらりと視線をやった。
「話すのは後だ! まずは移動すっぞ!!」
この空気は嫌な予感がする。本能的に察した。すぐに呼びかければ、皆渋々ながらもついてくる。
「シュヴァルツ」
「なんだよ」
「お前、ブラウについてどのくらい知ってる?」
「知らないよ。お前の方が知ってるだろ」
そんなの知るもんか。あいつにとって俺は主人の息子。俺があいつを仲間だと思うのとは、確かな溝がある。
森を抜け、光が指した。遠くの浜辺に橋が見える。ここなら大丈夫だろう。
「好きに離せよ、お前ら」
「ありがとうヴァイス。助かるよ」
「…………」
余計なことしやがって、というのを全身でアピールしてくるブラウを無視。ロートと俺とで二人の背後に立つ。なにか始まっても止められるようにだ。
「──先ほど貴女はこちらを神造武装なるものと称しましたが、その根拠は?」
「三つある。槍自体に込められた魔力、先端から魔法を生むという特性。そして……なにより、神造武装の特色である、『承認』を必要としたこと」
承認? 俺達の疑問を他所に、ブラウはぴんときたらしい。
「神造武装は神霊の素材から造り出すもの。神霊とはすなわち、神だ。そして──神の一部は、武器に宿る。ヴァイスの短剣にも、ボクの刀にも。そして……君の槍にも」
神が宿る……つまり俺の短剣には、あのハルピュイアが入ってんのか!? そう考えるとぞっとする。奴に抉られた脇腹がぴきりと痛んだ。
「神造武装は、ある条件が揃えば本当の力を発揮することができる。その条件は、言葉での『承認』だったり、定められた『動作』だったり」
その時はっとする。ブラウがいつもあの槍を使い際に発する言葉──
「ボクの場合は『十色抜刀』だね。……さっきの『略式霊槍』。あれは、確かに『承認』だ」
「じゃあ、俺のコレもその『承認』をすれば、すげえ技が出せんのか!?」
ブラウが槍の先端から魔法を生むように、ジルヴァが圧倒的な技を放てるように、俺の短剣にも特別な力が──!
「それは、キミと武器との付き合い方次第かな」
「は?」
俺のわくわくを他所に、ジルヴァはあっけらかんと言い放つ。武器との付き合い方?
「神霊と言っても、あくまで神だ。いくら武器に宿っているだけとはいえ──神様ってのは随分と誇り高いからね」
ジルヴァはとんとん、とカタナの柄を叩いた。
「だからこそ、叩き込むんだ。『自分がお前を使うんだぞ』ってね。武器に名前を与え、使い倒す。そして宿る神霊が相手を認めたとき──神霊は、歩み寄る」
この短剣に教えこんでやらなければならないのか。ハルピュイアの見た目を思い出す。あいつを従えなくてはならないと。
「歩み寄った先で、神霊自身から『承認』なり『動作』なりを聞き出すんだ。そうしてようやく──神造武装は、本当の力を発揮できる」
ジルヴァも、二十年前のゼーゲン達も、そうやって圧倒的な力を手にしたのだろうか。はっとする。ということは、あの槍を使いこなしているブラウは?
「本題に戻ろう。魔力、特性、承認。以上、ボクがキミの槍を神造武装だと思う理由だ」
「……なるほど」
そこでようやく、ブラウは沈黙を破った。
「では答えますが、この槍は知り合いから譲ってもらった。それ以上でもそれ以下でもありません。略式霊槍という文言と使い方は、その知り合いから教わりました」
「教わったって──その槍を使っていたのは、一人だけなんだよ!? そもそも、神造武装をそんなぽいってあげちゃうなんて……」
今までの説明をまとめよう。
ブラウの持つ槍は、今何故か出力が半減しているとは言っていたが、元々は神造武装だった。そしてその槍は、ある男が持っていた。そして、ブラウは知り合いから槍をもらったと。元の持ち主は、かつてゼーゲンと肩を並べて戦ったという──
「これを譲ってくれたのは私……いや、私達の保護者であり、友だった男です。──まさか、それほど大層なものとは思いませんでしたが」
「とんでもない人だなキミは!!」
思わずデカイ声を上げるジルヴァに同意する。それって、つまり、そのギルドのリーダーとか言うのに育てられたってことじゃないか! ブラウだけじゃなく、ゲイブやリラも、ましてやクヴェルも!
「じゃ、じゃあなんで! その槍は完全じゃないのさ! どうして、半減しているのさ!」
「それは……」
ブラウは嫌そうな顔をした。少し言葉をつまらせ、躊躇する素振りを見せる。
「────その男が、改造したんです。一本を、二本に」
「その二本目はどこだよ!? 八属神槍は、この世界に一本しかないとんでもない代物なんだ! 半減したとはいえ、そんなのがもう一本あるとなれば……!」
慌てふためくジルヴァを見、ブラウは目を伏せた。
「二本目の行方は、知りません」
「そこが大事なんだよ!!」
俺達四人は顔を見合わせた。ようやくブラウのことが少しはわかるかと思ったが……実際のところ、さらに謎が深まったばかりなのだった。




