67 : 探索再開
作戦会議から一晩。俺は溢れるあくびを抑えながら一階へ降りた。出発の予定は昼前だ。早めに起きてジルヴァの冒険者登録を済ませなければならない。
「おはようヴァイスにぃ! ……ねぐせついてるよ?」
「んーおはよ、クヴェル。これはファッションだよファッション」
クヴェルが自分の頭を指さす。このあたり、と教えてくれているようだ。その細い指に薄青の髪がからみつく。指したあたりを適当に抑えてカウンターに座った。シュヴァルツはとうに起きて、ババアと二人話をしている。
「お早いお目覚め、何食べる?」
「昨日の残りでいいぜ」
「はいはい」
今いるのは俺、シュヴァルツとババア、壁際に立つブラウとその横にいるクヴェルだけらしい。ロート、ロゼ、ジルヴァの三人は昨晩同室で過ごすとのことだったため、夜遅くまで話し込んでいたんだろう。
「鷹の目連中は?」
「オランジェさんとグリューンさんは眠っておられ、ゲイブとリラは素材の売却に向かってます」
「働きものー」
クヴェルが水を持ってきてくれた。それに感謝し、奥の厨房に向かって声を上げる。
「ジルヴァ起こさないとな。ツュンデンさん! ギルド登録の紙ってある?」
「あー、もう無い! 役所行って書いてきて」
どちらにせよジルヴァを起こさないとだ。立ち上がり階段を上がった。どうせ朝食が出てくるまでにはまだ時間がある。
二階の部屋、女子部屋をノックするのは気が引けるが、仕方ない。
「おーい、起きろジルヴァ! お前のギルド登録だぞー」
扉を叩き、そう呼びかければ中からどたどた、という物音。嫌な予感がして即座に階段まで退避する。
「おはようっ! ヴァイ──」
「ちょおっとあんた────ッ!! その格好で外はまず──って、あら」
階段の影でため息を付き、俺はそそくさと階段を降りた。
「朝からうるさいぞ、ヴァイス」
「るっせえシュヴァルツ。うるさいのは女子達だよ」
席につくとほぼ同時に熱々のグラタンが出てきた。手を合わせてからスプーンを持つ。
冷めるのを待ってからかきこんだ。暫くして上からどたどた響く音。階段を駆け下りるジルヴァの影。
「おはようっ! みんな!!」
眩しいほど快活な挨拶に笑顔。ツュンデンさんのお下がりの服に身を包み、満面の笑みで隣りに座った。
「今日はボクの初陣だね!」
「その登録に行くんだはよ飯食え!!」
ジルヴァから遅れてロートとロゼが降りてきた。あくびを漏らすロート、ロゼは毎朝の日課であるシュヴァルツへのハグを行っている。
「また賑やかになりましたね」
壁際から聞こえるブラウの声に、俺はため息で応対した。
そして、
「よしっ! 探索再開だ!!」
帰ってきた迷宮四層。塩の匂いと波の音。
ジルヴァのギルド登録は色々あったが上手く行った。そうして無事、正式に役所を通ってここまでこれたというわけだ。
「うーん落ち着く!」
大きく伸びをしてジルヴァが言った。服装は街で用意されたものではなく、彼女の私物である。羽織は着ていた。袖をまくっている。本人曰く、「ボクの服は魔物の素材から作ってるから激しい動きにも耐えられるのさ!」とのこと。
「さぁ、行くぞ!!」
「楽しみですね、シュヴァルツ様!」
「楽しくはないかな……」
三層と違って高いところではないのに、シュヴァルツは憂鬱げ。面倒くさいやつ。
「そういやあ、ここどこなんだ」
「三層から降りてきて二個目の島だな。一つ目の島でお前が魔物にさらわれて、そこから次の島で発見されたから、そこだよ」
全然進んでねえな。
「案内は必要ないんだろ? 魔魚に乗るのも」
「もちろんだ!」
「流石にとんでもない方向に行ったり迷子になったら助けてよ!?」
他の冒険者よりも楽をして進もうというつもりはない。武器を作ってもらったりはしたが、冒険の醍醐味である探索自体で楽をしたくはない。その答えに満足そうに微笑む。
「今回の探索はどのくらい潜る?」
「んー、進んでない期間が長かったからな。目標は……一月弱かな」
ロートの問いに俺は答えた。
一層は隅々まで見回って一月弱。
二層は道に迷いまくって一月超え。
三層は定例会議や休みを挟んだせいで二ヶ月超え。
さて、四層はどれだけかかるか。
「三層と違って上下がないので、それよりか早いのでは?」
「四層は割とわかりやすいよ。二層みたいに岩壁とかもないし、浜辺に行けば次の島も確認できるし」
なら一月で結構進めそうだ。
もう見慣れた浜辺から森の中へと歩き出す。鬱蒼と茂る木々、一枚の葉っぱが大きくて変な形をしている。
「こんな葉っぱ見たことねーな」
「ああ、羊領じゃ見慣れないな」
湿度が高く温度も高い。南の方の領ではこんな気候もあるのだろうか。
「このあたりの植物は獅子領と似たもののようです」
ブラウが言った。獅子領……南だな。細かな島々から成る国である。
「流石ブラウ、エセ知恵者なシュヴァルツより知ってんな」
「誰がエセだお前。ところで、よく知ってましたね獅子領のことなんて」
後ろから石がぶつけられた。物を投げるな!
羊領は北西に位置している。リラやゲイブともともと暮らしていたとは聞いていたが……それでも、お隣の蟹領住まいだったはず。
「保護者──いや、友人が、世界各地を旅する知人がいたので、そこで」
旅人の知人か、なるほど。共に暮らしていたというリラやゲイブが物知りなのも頷ける。しかし、やっぱりブラウには謎が多いな。
「その槍をキミに渡したのは、その『知人』かい?」
俺の横を歩くジルヴァが、ブラウに問うた。ブラウが背負う槍を、じっと見つめている。
「前々から気になっていたんだ。その槍、それは──」
「貴女にお答えする義理はありませんが」
彼女の疑問を一掃する。深緑の瞳が冷たく向けられた。
「──つれないなぁ」
「皆が皆、貴女の加入を許したとは思わないことです」
張り詰める空気。ロートがため息をついて耳打ちしてきた。
「ねぇ、騎士サマって何があったの? 竜を嫌ってるとか……」
「知らねえよ。俺も昔から知り合いなわけじゃねぇんだから」
ブラウとは五年程度の付き合いしかない。そもそも自分から話をしたがらないし、俺も深く聞こうとはしない。
「シンプルに女嫌いなんじゃねえの? ロートよく突っかかってるし」
「人が喧嘩売ってるみたいな言い方やめなさいよ。絶望的にデリカシーに欠けた発言するから怒ってるだけだし」
ちらり、と後方に視線をやった。ジルヴァとブラウはあれ以上言い合いに発展するでもなく、適度な距離を開けている。
「騎士サマは、女嫌いというより……人間嫌いでしょ」
「確かに」
あいつは基本身内以外を信用していない節がある。ゲイブやリラ相手に砕けた口調をしているのは見たことあるが、俺達にそんな話し方をしたことはない。基本常に敬語、罵倒するときでさえ敬語だ。
「話してる場合じゃないぞ!」
シュヴァルツの声。前方に火の塊が現れる。シュヴァルツの精霊か!
「魔物だ!!」
枝葉をへし折り目の前に現れたのは、俺二人分くらいの大きさをした猿。猿なんて生き物は図鑑でしか見たことがないが、地上に住む奴らとは大違いなのだとわかる。しかもそれが何匹も。ざっと数えて──八匹!
剥き出しの牙をがちがち鳴らし、長い腕を振りかぶる。ジルヴァが打ってくれたこの短剣を使うチャンスだ!
「さぁどんなもんだ、四層!!」




