66 : 作戦会議
「なんっじゃその刺激的なレディは────ッ!?」
夕刻、二股の黒猫亭に怒号が響き渡る。俺達は揃って耳を塞ぎ、嵐がすぎるのをやり過ごしていた。
ジルヴァとの街探索から戻ってきた直後、燕の旅団別働隊──鷹の目連中が帰還した。俺達がこんなに早く戻ってきているのも想定外だったらしいが、真っ先に食いついたのはニワトリ野郎だった。
「はじめましてレディ。俺の名は『オランジェ』、以後お見知りおきを」
流れるようにジルヴァの手を取り口づけを落とす。ナンパ野郎め。ジルヴァは困惑した様子で俺の方を見た。
「ねえヴァイス、何、これ」
「これはニワトリっていう生き物だ。女を見れば口説き朝になれば鳴く」
「なるほど」
「何嘘教えてんだテメェコラァ!!」
割と間違ってない気もするが。グリューンがうんうんと頷いている。
「というか来いやお前よぉ……」
襟首を掴んでホールの隅へ連れて行かれる。
「一体どちら様なんだよあのレディは……」
「迷宮内に住む『まつろわぬ民』のジルヴァだ。燕の旅団に入るぞ」
「それがわっかんねぇって言ってんだよ!!」
猛烈な一撃を背中に浴びた。この野郎!
「ボクのヴァイスに何をするんだい!」
「んなっ……! 詐欺野郎テメェ!! どんな関係だコラァ!!」
ああもう面倒なことになった! このクソニワトリ野郎が!! 俺も奴の頬を掴み耳を掴み応戦する。ここからはフィジカルの勝負だ!
「あーあ、始まったよ」
「ほっときなさい」
取っ組み合いを始めるヴァイスとオランジェを横目に、僕らは夕飯を突いた。ツュンデンさん特製グラタンである。
「お疲れ様です、みなさん」
「いやーみなさんが早く帰ってきてたのは意外だったっすね」
「お疲れ」
ゲイブさんとグリューンが隣に並ぶ。リラさんは内側の方へ回り水を注いでいた。
「色々あったんですよ」
「まぁ見知らぬ女性が増えてますしねー。なにがあったんすか」
ヴァイスとオランジェの取っ組み合いに乱入するジルヴァを眺め、実はと僕は切り出した。
「はー……そりゃまた結構な」
「まつろわぬ民……」
「また学者が泡を吹いて倒れそうな案件ですね」
とりあえず、ジルヴァの素性とゼーゲンの意志についての説明を終えた。師匠は素知らぬ顔をして、丸机に座り夕飯を食べている。師匠が説明してくれればいいのに。
「二日会ってないだけで、大事になったっすねー」
「ホントにそうですよ」
長々とため息をついた。ジルヴァが羽織を脱ぎ捨て、背中の羽根と尻尾があらわになる。オランジェが困惑の声を上げ、騒動は更に大きくなる。
「あれは俺らから説明しときますね」
「よろしくおねがいします」
すぐに袖まくりしたゲイブさんと、ホールの隅から様子を見ていたブラウさんが二人の頭を殴って、その場をおさめた。
「おいおいおいおいなんだってんだよ……」
事情を聞いたオランジェが眉間に皺を寄せヴァイスを睨む。再び胸倉を掴み上げ吼え立てた。
「お前! なぁに一人だけちゃっかりパワーアップしてるんだコラァ!!」
「は〜? 新しく武器作ってもらっただけですぅー」
「な・ん・だ・よ!! 『しんぞーぶそー』って!! ハルピュイアを倒したのは! 俺! だ! ぞ!」
「お前が『売れねえならいらねぇ!』つっただろ!!」
「パワーアップできるなら! 先に言え!!」
「わかるかァ!」
そして再び、ゲイブさんとブラウさんの拳が炸裂した。それを見届け、ロートがばさりと地図を広げる。
「とりあえず、今後の探索方針を決めよーじゃないの」
そのまま作戦会議となった。丸机に四層まで四枚の地図を広げ、それを皆で囲む。
「ニワトリ君、リハビリはどうだった?」
「快調だったよロートちゃん。探索もバッチリだ」
「なら安心」
軽口を流れるようにスルー。
「とは言っても、流石に十人の大所帯で迷宮を進むってのは……」
「多すぎると面倒ですしね」
迷宮慣れしているロート、頭脳派のリラさん、年長者のゲイブさんとブラウさんが会議をまとめる。
「やっぱり別行動ですか」
「ギルド統合後も帰還の楔回収されなかったし、有効に使わせてもらうっすよ」
本来一ギルドに一対しか与えられない帰還の楔だが、鷹の目と統合された現「燕の旅団」には二対ある。回収忘れではない。「別働隊」として行動する、と言うと認められたそうだ。二十人を超える大所帯にはよくあること、とよく喋る双子の役人が話していたらしい。
「言えばいくらでも作ってやるというのに」
「師匠、それホントは駄目なんですってば」
ちなみに、迷宮案内人時代にロートが持っていた楔は、彼女の正式加入時に返却済みである。
「んー、普段の探索はバラけるとしても、階層を抜ける際には来てもらいたいわね」
階層を抜ける際には、神霊との交戦が予想される。二層のセト、三層のハルピュイア。どちらも戦闘は避けて通れなかった。
近年、五層へ進んだという冒険者の話は耳にしない。それほどに四層突破は難しいということだ。
「四層の神霊が何かはわかりませんが、厳しい戦いになることは予想されますからね」
「あ、四層の神霊ならボクしってるよ?」
さらり、とジルヴァが言った。全員の視線を浴び、えっへんと胸を張る。等に帽子や羽織は脱ぎ捨てていた。
「四層の神霊は、海を統べるもの『リヴァイアサン』。四層中央部を生息域とし、五層への穴を塞いでいる存在だ」
四層中央部。そこに行くまで、いくつの島を渡ることになるのだろうか。
「巨大な体躯に石のように硬い皮膚、口から火を吹く海の長──ボクも、一度だけ鉢合わせたことがある」
攻撃も通らず、近づくことすらできないのか。交戦して、彼女は無事で済んだのか?
「二十年前、ゼーゲン達が五層の神霊を倒したってときか?」
「違うよ。そのときは、リヴァイアサンは撃破されていたんだ。数ヶ月したらまた復活したよ」
二十年前は恐ろしい時代だったらしい。五層の神霊を完全撃破しただけでなく、四層の神霊まで一時撃破したとは……。
「確か五年くらい前かな。一度、上に行けないなら下へ行ってみようとしたんだ。その時魔魚で思いっきり突っ込んでさぁ」
僕達の元へ飛び込んできたときの魚か。ん? ということは、リヴァイアサンは海にいるのか?
「もう大変だったよ。神造武装であるはずのこの刀すら、解放前じゃあ通らない、デカいから攻撃範囲は広い、おまけに足場は不安定と来た! 魔魚も怖がっちゃって、無理矢理奮い立たせて必死で離脱したなぁ」
「リヴァイアサンは、海の中にいるのか? そんなの、どうやって戦えば……」
亀やその魚などの移動方法を知らなければ、冒険はそこで詰みではないか。
「海の中といえば、海の中だね。なんて言えばいいのかな……四層中央部、海のど真ん中に五層への穴がある。そして、その周りをリヴァイアサンは根城にしている」
「海に大穴って……水下に落ちるじゃねえか」
「落ちる。そして、リヴァイアサンが根城にしている周辺には海面まで突き出してる岩場があるんだ」
なるほど、その岩場を足場にするのか。
「順路を辿って最後の島まで辿り着いたら、そこから岩場を渡って中央部へ、そして穴へってのがホントのルートさ。まあ、海を渡る手段があればショートカットできるけどね」
「ちゃんとしたルートで行くぞ俺は」
「わかってる。でも、岩場を渡って──と、上手くは行かない。不安定な岩場を渡る中で、ほぼ確実に、リヴァイアサンに見つかる」
不安定な岩場での交戦。帰還の楔を使っても、戻ってくるのは神霊の生息域。神霊の生息域から離脱しようにも、その間に攻撃される……なるほど、鬼門とされるだけはある。
「ごちゃごちゃ考えるより、まずはその場所を目指すぞ!」
ぱん、とヴァイスが手を鳴らした。
「とりあえず俺達は四層を進む、鷹の目、お前らはどうする?」
「仕切るな! どうするってもな……また一層から冒険をやり直すってのは癪だし……」
その時、「じゃあ!」とジルヴァが手を上げた。
「頼みたいことがあるんだ。比較的浅い階層でできる仕事!」
「一体何かなジルヴァちゃん!!」
食いつくオランジェ。グリューンが冷めた目でその背中を見ている。
「各層で取れる素材が欲しい。魔物から採れる物だけじゃなくて、鉱石なんかも」
「? 鉱石?」
ジルヴァは大きく頷き、地図を指さしていく。
「本来魔物の素材から武器を作る際は、その魔物の生息域に合わせた鉱物が必要になる。例えばヴァイスに渡した短剣も、三層の素材を使ってる。ちょっとキミ、剣を見せて」
三層の神霊であるハルピュイアの素材を使うときは、三層で採れる鋼を使う、ということか。ジルヴァはオランジェの背負う剣を抜いた。刃をじっと見、渋い表情を浮かべる。
「やっぱり。魔物の素材を使ってるのに、外の鋼を使ってるな……」
「だ、駄目なのかそれじゃあ」
「駄目じゃないけど、真価を発揮できないのさ。硬さも鋭さも、元の半分も活かせない」
ペンを借り、ジルヴァは地図へ印をつけていく。印どころか、細い抜け道のようなものも描き込んでいく。
「良い素材と合う鋼、それさえ揃えば上等な物が作れる。鍛冶師の方が手探りで作り上げたものを否定するつもりはないけれど、この剣はもっと輝ける!」
そして描き込みを終え、ジルヴァは地図を叩いた。
「一から四層まで、採れる鉱石と採れる場所を描いたよ! それから、武器にする際のおすすめの魔物もね!」
リラさんがそれを興味津々に見る。描き込まれた抜け道は、まつろわぬ民しか知らないものだろうか。
「できればそれを採ってきて欲しい。それだけの素材があれば──みんなの武器を、何段階も上にできる!」
自信満々だ。しかし、彼女が打った武器の良さは等に知っている。その言葉に、嘘はない。
「俺に任せときなジルヴァちゃんッ!! なんでも採ってきてあげますともっ!!」
「頼もしいよ! ありがとうニワトリ君!!」
「ん〜〜オランジェです!」
オランジェ自身が乗り気だし、残りの三人も異論は無いだろう。
「よしっ! というわけで、当面俺達は四層探索鷹の目連中は素材集めだ!! 明日から出発だぞ!」
「急!!」
そして会議はお開きになる。食器を片付けようと立ち上がったところで、コップを落とす音がした。
「ご、ごめんなさい……!」
音の方を見れば、クヴェルがコップを落としてしまったらしい。床に破片が散らばっている。
「か、かたづけます!」
「クヴェル、触ってはいけない! ……箒と塵取りをお願いします」
すぐさまブラウさんが指示。ゲイブさんが二つを取りに立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「てが、すべっちゃって……ごめんなさい……」
「気にしなくていいさ、怪我は?」
泣き出しそうなクヴェルに向かってツュンデンさんが優しく言う。さっと隠したが、その指先から血が滲んでいるのを見逃さなかった。
「怪我をしてますわ、その程度なら治療を……」
「だ、だいじょうぶだよ! ね、あにうえ!」
「……ええ、ロゼ嬢の負担にもなりますので」
その言葉に、違和感を覚えた。普段のブラウさんならクヴェルが怪我をすれば、何より治療を第一にするはずなのに。
「箒持ってきたっすよ!!」
そそくさと片付けを行い、ブラウさんがツュンデンさんに頭を下げる。クヴェルの血がぽたり、と床に染みを作った。




