表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
5章 竜或いは戦士の未来
67/157

65 : こぼれ話



 燕の旅団一行が街へ向かったのと同時刻。二股の黒猫亭にて。


「レーゲン」

「なんじゃ、ツュンデン」


 カウンターを挟んで向かい合う二人。二十年前、共にゼーゲンの仲間として肩を並べた二人。


「あの子達は、どんな反応をしたんだい?」


 ツュンデンがグラスの縁をなぞる。注がれているのは年代物のウイスキー。


「シュヴァルツとロートは驚いておった。ロゼは、瞬きをしただけじゃった。そして、ヴァイスとブラウは苛立っておった」

「苛立つ?」

「うむ。ヴァイスは己の意志で進んできた道を、定められた未来だと言われ腹を立てているようじゃった。そしてブラウは、ゼーゲンの意志を継ぐことに腹を立てておった」


 レーゲンがウイスキーの瓶を掴もうとして、ツュンデンに没収される。


「キツく言われたのう。親の進んだ道を子が進む道理はない、自分達はゼーゲンではない、と」

「騎士君が? 意外」


 酒の代わりに注がれた果実水を飲み下す。


「失礼なもんじゃ。儂は、『意志を継げ』とも、『お前達がフルの夢を叶えろ』とも言っとらんのにな」

「まあ、そう聞こえちゃうだろうねぇ」


 ツュンデンは、ちびちびとウイスキーを舐めた。


「儂の手で叶えられるなら、とうに動いて奴の本懐を果たしているというのに。それができない己が歯痒い」

「仕方ないさ。あの子達は『未来』を見てないんだから」


 しばしの沈黙。


「……世界を変えるのは、()()()()だ。私が見た未来に、レーゲンの姿も、私の姿もなかった。私達がどれだけ動き回ろうと、世界は動かないし、変わらない」



 それは定められた事象、故に何があろうと変わらない。ツュンデンが見た「最悪の未来」が、それを証明していた。


 ツュンデンが見た「最悪の未来」。泣き叫ぶ自分、取り押さえられる仲間達、なすすべもなく、引き剥がされる自分自身。


 それは、ゼーゲンの仲間達が捕らえられる瞬間の光景だった。どんなに避けようと画策し、動いても──皆は捕らえられ、散り散りになった。その結末が、フルの処刑だ。



「儂らは、()()に甘えておったのかもしれんな。極論言ってしまえば……自分達が何もしなくとも、必ずあの子らが世界を変えると決められているのじゃから」


 五層の神霊テュポンが、彼らに未来を見せた理由。


 ──やがてくる最悪に絶望し怯え続けろ

 ──幸福という結末のわかった物語を進め


 今にして思えば、悪趣味極まりない所業。幸福の未来だろうと、最悪の未来だろうと、やがて訪れる確定された事象を、待つことしかできないのだから。


「若造の言葉ではっとした。──儂がすべきことは、意志を伝えることではなかったのじゃ」


 レーゲンの、目の色が変わる。


「フルは己が処刑された後の未来──二十年も先の、未来を見た。その時奴は生きておらんのにじゃ」


 とん、とカウンターを指で小突いた。


「テュポンが見せた未来は、厳密には個人個人の未来ではないのじゃろう。この世界という盤に刻まれた出来事、その中で各々の『理想』に近い事象を、幸福の未来として儂らに見せた」


 当人が生きていようと、死んでいようと、()()()()()()()()()()()()()()()()()を見せつける。その理想が生きているうちに実現するか、死してから実現するかはわからない。随分と、性格の悪い趣向である。


「つまり、儂自身が見た『幸福の未来』は、たとえ()()()()()()()実現する」

「──レーゲン?」


 ツュンデンが、声を上げる。


「ブラウの言葉や、ジルヴァの決意で気づいたよ。儂がすべきことは、待つことや育てることではなかった」

「ねぇ」

「動かなくてはならなかったんだ。託すのではなく、道を作ることだった」

「待って」

「あの子達にしか世界が変えられないというのなら、あの子達が進む道に立ち塞がるものを、排斥すればよかったんだ」

「やめな!!」


 ツュンデンの声に、レーゲンは言葉を止める。顔を手で覆い、ツュンデンは力なくへたり込む。


「ねぇ、レーゲン、やめないかい? 今更、もう二十年も経ったんだ。恨むとか、怒るとか、もう、遅いよ。私達はもう、大人なんだから」


 力なく呟くその声に、常の覇気はない。


「大人じゃから怒らない、というのは違うじゃろう」


 レーゲンは、淡々と返す。


「大人も子供も、心の器は同じよ。受け取った負の感情を何倍にも膨らましてしまう者、そのままの大きさで受け止めてしまう者、それが子供じゃ」


 ツュンデンは顔をあげない。


「その感情を抑え込み、畳むことができるのが大人なんじゃと儂は思う。限られた器に、多くを溜めることができることこそが、な。──しかしそれでも、限界は来る」


 レーゲンはとん、と己の胸を叩く。


「負の感情が器から溢れれば、怒り、暴れ、泣きもする。大人も子供も、変わらんよ。──儂はおぬしより遥かに生きてきた。それでも、完全に怒りや憎しみを忘れたことはない」


 ゆっくりと、ツュンデンは顔を上げた。彼女の金の目と、レーゲンの色を変える瞳が交差する。グラスの中の氷が溶けて、からんと軽い音を立てた。


「レーゲン、兄さんを、殺すつもり?」

「ああ。あやつだけは、許せん」


 ツュンデンの兄、ルフト。現ゾディアックの国王にして──元ゼーゲンの戦闘員。仲間を売り、その地位を手に入れた男。


「恨むか?」

「……言っただろ。私はもう、恨むとか、悲しむとか、怒るとか……疲れたんだ」


 ぐい、とグラスを傾ける。


「『なんで』も『どうして』も、二十年前に言い飽きた。それでも……私が今無事なのは、兄さんがいるおかげ」


 追加の酒を注ぐ。


「兄さんをどうなろうと、もういい。冷たいって思うかもしれないけど、私はただ、子供達が大事。この宿が大事。あの子達が帰る場所を守るのが、私にできる精一杯」


 グラス越しに覗くのは、二十年前の日々。彼女が兄と駆け抜けた光景。少しだけ、目を伏せる。


「────願うなら、もう一度だけ、ゆっくり話がしたいけどさ」


 その回答に、レーゲンは沈黙。果実水を飲み干した。

 しばしの沈黙。秒針の音が一階ホールを支配する。




「……ねぇ」

「なんじゃ」


 沈黙を破ったのは、ツュンデンだった。


「あんたはなんで、そこまでして、フルの夢のために動くんだい?」


 その言葉に、レーゲンは目を見開く。顎に手を当て思案し、少しの間を開けて、笑った。


「幾多も繰り返す輪廻の周回。……一度くらい、一人の男のために捧げるのも──悪くはなかろう」

「────そっか」


 ツュンデンは残った酒を注ぎ、そのまま呷る。喉を焼くアルコールの刺激に眉をしかめた。


「レーゲン」

「何」

「フルのこと、好きだった?」


 一拍の間が開く。


「歳下は好みでないわ」

「そっか」


 空になった二つのグラスをさっと回収。流水の音。


「レーゲン」

「ええいなんじゃさっきから!」


 水を止める。


「人生の先輩へ質問なんだけどさ、子育て、成功した?」

「した。おぬしは?」


 先とは違う、間髪入れずの返答。レーゲンからの問いに、ツュンデンもまた間髪入れずに返答。


「した。胸を張って、それだけは言えるさ」


 そして、二人は笑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ