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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
5章 竜或いは戦士の未来
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64 : 銀



「……で、こうなったってわけ?」


 二股の黒猫亭、一階ホールにて。カウンターに立ったツュンデンさんは言った。


「ま、そういうわけだな」


 あの後、レーゲン(ババア)とジルヴァは共にコピー品の「帰還の楔」にて宿へ直行。俺達は正規品の楔を用いて、御役所内から正式に帰還した。五人で入る姿を見られている以上、いきなり六人目が出てきたら騒ぎになる。おまけにジルヴァは羽根つき角つきで怪しさ全開だ。


「とりあえず、この子を離してくれない?」

「ツ゛ュ゛ン゛テ゛ン゛〜!」


 ツュンデンさんはこの子、と言って、しがみつくジルヴァを指さした。正規ルートで戻ってきた俺らは、帰宅真っ先にその光景を目にしたのだ。ツュンデンさんの首にしがみつくジルヴァと、倒れないように腕を突っ張るツュンデンさん。

 とりあえず風呂に入り、私服に着替えて下に降りてきたが、未だくっついたままだった。


「だって嬉しいんだもん!! レーゲンに続いて、キミと会えるだなんて……! うぅうぅ……ツュンデン〜 !」

「あー泣くんじゃないさ、ほら!」


 ジルヴァの鼻をかんでやり、その頭をぽんぽん撫でる。俺達はその光景を、丸机に座って見ていた。


「あにうえたちが早くかえってきてくれてうれしいな!」

「そうですね、クヴェル」


 朝早くだったこともあってか、クヴェルは眠たげな目を擦っている。それでも俺達が戻ったことを喜んでくれていた。


「それで、とりあえずどうするの?」

「んー、ジルヴァが正式に出入りできるように冒険者登録を済ませたい。とりあえずな」


 ババアの提案により、コピー品の帰還の楔はジルヴァの「里帰り」用に使うことになった。集落がある島付近の浜辺へ常に刺しておくことにより、いつでもジルヴァが「家」へ帰れるようにしようと決まったのである。

 故に、正式な冒険者登録をしてギルド加入させて、正面から出入りさせようと方針を定めたのだが。


「でも、この子を外に出すとなったらねぇ……」


 そう言ってツュンデンさんは、頭の先からつま先までジルヴァを眺める。

 銀色の髪に瞳。これはいい。しかし竜の特徴を残す角、羽根、尻尾。あとは……服装。


「お主の格好は……外に出すには、少々……のぅ」

「? なにが?」


 紐と布で作られた簡素な服装は、街の人達からしたら()()刺激的かもしれない。あの集落では普通であったため、あまり厳しく言えないが。……ニワトリ野郎がいたら卒倒するんじゃねえの?


「うーん、体格が違うからアタシやロゼの服貸すってのもねぇ……」

「その羽根や角を隠すとなるとなぁ……」


 ロートやシュヴァルツが首をひねる。そこでロゼがぽん、と手を叩き提案した。


「今の服の上から羽織るものなら、良いのではないでしょうか? 服の中に羽根をしまうのはなかなか難しいですが、畳んだ上から上着で隠せば目立たなくなりますわ」


 流石翼持ち。そういえば初めてであったとき、ロゼはヴェールで背中まで覆っていたっけか。ロゼがジルヴァの手を引き二階へ上がった。これで羽根問題は解決か。


「あとは角と耳……か。あれ耳なのかどうなのか怪しいけど」


 ジルヴァの耳は俺達と異なる。クヴェルやババアのような、知恵の民特有の尖った耳とはまた違う。魚のヒレのような、花びらのような形をしたものが顔の横にくっついているのだ。


「帽子を被せて、耳は横髪を降ろさせたら?」


 ロートの提案。


「ほら、グリューンはいつもフードの下に耳隠してるじゃない。ホントはフードのある服がいいけど、あの子顔はかわいいし出した方がいいわよ」


 帽子か、角が貫通しなければいいが。


「いい感じの帽子見繕わなきゃねー」

「私の古いやつがあるか探そうか?」

「あ、母さんお願い」


 どこにしまったっけーと呟きツュンデンさんが階段を上る。残った俺、シュヴァルツ、ブラウにクヴェルの男連中と、ロートとババアは無言を保つ。


「……ロートも上行ってやったらどうだ?」

「あ、うん」


 そしていよいよ残ったのは野郎達とババアのみになった。クヴェルが居心地悪そうに、ブラウの膝の上で身じろぎする。


「……ギルド申請、イケるかな」

「イケるだろ、多分」


 御役所、とは言うもののその実管理は雑だ。名前を書いて提出、以上。その名前が偽名だろうとそいつが犯罪者だろうとお構いなし。冒険者という役職を大人が嫌う理由だ。

 静かなホール内、二階から声が聞こえてきた。


 ──ちょ、ちょっと待って待って痛い! 痛いってばロゼ!!

 ──我慢なさいませ、ここをこう、すれ、ば!

 ──痛い痛い痛い!! これ、ボクの羽根無事なの!? ねぇ!

 ──もう少しの辛抱です。ええい!

 ──うわぁぁぁぁ!!


「何してんだあいつら!?」

「羽根は一体……どうなってるんだ」


 ロゼが普段街を歩くとき、羽織るヴェールの中によく収まるなと思ってはいたが……なかなか強引な手段でしまっていたらしい。


 ──身長は同じくらいなのに、なんでここまで違うかね!

 ──ちょっときつくない?

 ──母さんこの服イケるんじゃない?

 ──よーしいくわよ、そりゃ!


「…………」

「……」


 聞こえてくる声に、俺達はなんとも言えず黙り込む。



 かれこれして、女子達が降りてきた。ロゼとロートが満足げな表情を浮かべている。ツュンデンさんに手を取られ、ジルヴァが階段を降りてきた。


「キツイ……窮屈だよ……」

「我慢する!」


 長い銀の髪、顔の横に流して耳を隠している。頭に乗る大きめの帽子。胸元はしっかり隠し、腹からへそ周りを出す服装にショートパンツ。太ももまでを覆うロングブーツ。袖が広い上着を羽織り、羽根も尻尾も隠していた。


「私のおさがりだけど、サイズがあってよかったねぇ」


 得意げなツュンデンさん。……昔のツュンデンさんはあんな格好をしてたのかよ。


「上着はとりあえず、(わたくし)の羽織をお貸ししましたわ」


 なるほど。ふんふんと頷いていると、ロゼは小声で呟いた。


「これでシュヴァルツ様の目から刺激的な光景を隠せますわね!」

「人が女の子慣れしてないみたいに言うなっ!!」


 事実だろ。

 ジルヴァはくるくるとその場で回り、全身を眺める。それにしても羽根を畳む技術とはすごいな。ハオリのおかげもあるだろうが、リュックサックを背負っている程度の膨らみに抑えられている。


「似合う!? ヴァイス!」

「おー、そうだな」

「もうっ! テンション低いなぁ!」


 頬を膨らまし腕組みをする。左肩から肘にかけて彫られていたタトゥも隠されているし、見た目は問題なさそうだ。


「やれやれ騒がしい。細かいところは後々揃えるとしてじゃな……小僧」


 ババアが俺に向かって指をさしてきた。人に指をさすな。


「ジルヴァに外を見せてやれ。役所に向かう前に、この街を見せてやれ。おぬしが案内せよ」


 なんで俺が!? 絶対あっちこっちに興味を持って大変なことになるだろ……。よっぽど俺が嫌そうな顔をしていたのか、ババアは指をぶんぶん振った。


「おぬしがリーダーじゃろうが! 連れてってやらんか!!」

「あーうるせえうるせえ! お前らも来いよ!?」


 シュヴァルツ達の方を頼る。俺一人で抑えれるとは思えない。


「やだ」

「嫌」

「クヴェルとの再会を邪魔しないでください」

「シュヴァルツ様が行かないのであれば私も」


 全員即答。なんて野郎だ!!

 ぐいと袖を掴まれる。振り返れば、目をきらきら輝かせたジルヴァ。思わず喉が引きつった音をたてる。


「行こう! ヴァイス!!」

「だぁ──! 約束しろよお前! 絶対俺から離れない、絶対変なことに興味を持たない、絶対! 面倒事に! 首を突っ込まない!!」


 指折りして目の前に突き出してやる。「うん!」と即答。本当にわかってるのか!?


「普段僕がお前に言ってることじゃないか」

「うるっせえシュヴァルツ! 精霊二匹こいつと俺につけといて、なんかあったら駆けつけてくれ!」

「はいはい」


 これで何かあればシュヴァルツ達が来てくれる。一安心──とは言い難いが、まあどうにかなるだろう。ちらりとジルヴァを見る。彼女もこっちを見て、にっと笑った。


「じゃ、いってきます!」

「いってくるね!」

「はーい、いってらっしゃい」


 扉を開く。ジルヴァは迷宮内から宿へ直行したため、これが本当に初めての「外」になる。差し込む光に、ジルヴァは目を細めた。



 賑やかな声、踏みしめる石畳の感触。照りつける日差しのぬくもり、吹き抜ける風の涼やかさ。見上げる空は晴天。ジルヴァは、空を見上げながらゆっくりと前に出る。


「──────」

「この程度で感動するにはまだ早えぞ?」


 呆けている彼女の手を掴む。まだまだここは路地裏だ。案内すべき場所は沢山ある!




 大通りの市場。様々な物が売られる賑やかな通り。店番をしていた店主にからかわれる。


「どうしたヴァイス! まぁたべっぴんさんをつれて!」

「うるせー!!」



 冒険者の集う出会いの広場。復興した教会。珍しく表に出ていたシスター・フランメに絡まれる。


「ロートは連れてないのかい」

「多分すぐ来るよ!」



 裏通り、コキアとポプラの働く道具屋を早めに駆け抜けようとして捕まる。


「あっ、ヴァイスさん! そのお方は──」

「忙しいのですんませんッ!!」



 ロートと出会った階段、ブラウと再会した路地裏、「朝鳴鳥(あさなきどり)の会」を眺めた階段──こうしてみると、俺達の思い出の場所は路地裏ばかりだ。それからそれから、沢山沢山。




 そして、階段を登りきる頃には、少しずつ日が傾いてきていた。 ジルヴァは何も言わず、辺りを見回しながらついてきている。その手を引いて、()()に立たせた。


 黒猫通りと山犬通りの境界付近。ロゼ出会った日、俺達が荷車で滑り落ちたあの斜面──の、頂上。見下ろす風景。沈む夕日を反射して、大きな水路が橙色に光る。人々の暮らす家、立ち並ぶ店、行き交う人々。多くを一望できる場所だ。


「これでも、まだまだこの街を紹介するには至らねぇ」


 今日見て回ったのは、黒猫通りの一部。この迷宮都市ゾディアックと呼ばれる国の、十二分の一。そしてそのゾディアックすら、世界から見れば十三分の一なのだ。


「──夢を叶えたら、全部見れるかな」


 ジルヴァは言った。俺は頷く。


「ああ、お前の家族も、仲間も、全員見れるさ」


 俺の視界のすみっこで、地面にぽたりと雫が落ちる。


「ヴァイス」


 その声は、震えていた。


「キミと出会えて、よかった」


 俺はそれに答えず──静かに、夕日を眺めた。赤い夕日が街を染めていく光景を、ただ静かに、眺め続ける。





 同時刻、路地裏にて。


「なんっとかトラブルを起こさずにこれたわね……」

「絶対今度会ったときにコキアさんから質問攻めにされる……」

「頑張ってくださいませ、シュヴァルツ様!」

「どうして私まで来なくてはならなかったんですか」

「あにうえ、ヴァイスにぃ、うれしそうだね!」


 物陰から押し合い圧し合い、夕日を眺める二人を見つめる影があったとかなかったとか。




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