64 : 銀
「……で、こうなったってわけ?」
二股の黒猫亭、一階ホールにて。カウンターに立ったツュンデンさんは言った。
「ま、そういうわけだな」
あの後、レーゲンとジルヴァは共にコピー品の「帰還の楔」にて宿へ直行。俺達は正規品の楔を用いて、御役所内から正式に帰還した。五人で入る姿を見られている以上、いきなり六人目が出てきたら騒ぎになる。おまけにジルヴァは羽根つき角つきで怪しさ全開だ。
「とりあえず、この子を離してくれない?」
「ツ゛ュ゛ン゛テ゛ン゛〜!」
ツュンデンさんはこの子、と言って、しがみつくジルヴァを指さした。正規ルートで戻ってきた俺らは、帰宅真っ先にその光景を目にしたのだ。ツュンデンさんの首にしがみつくジルヴァと、倒れないように腕を突っ張るツュンデンさん。
とりあえず風呂に入り、私服に着替えて下に降りてきたが、未だくっついたままだった。
「だって嬉しいんだもん!! レーゲンに続いて、キミと会えるだなんて……! うぅうぅ……ツュンデン〜 !」
「あー泣くんじゃないさ、ほら!」
ジルヴァの鼻をかんでやり、その頭をぽんぽん撫でる。俺達はその光景を、丸机に座って見ていた。
「あにうえたちが早くかえってきてくれてうれしいな!」
「そうですね、クヴェル」
朝早くだったこともあってか、クヴェルは眠たげな目を擦っている。それでも俺達が戻ったことを喜んでくれていた。
「それで、とりあえずどうするの?」
「んー、ジルヴァが正式に出入りできるように冒険者登録を済ませたい。とりあえずな」
ババアの提案により、コピー品の帰還の楔はジルヴァの「里帰り」用に使うことになった。集落がある島付近の浜辺へ常に刺しておくことにより、いつでもジルヴァが「家」へ帰れるようにしようと決まったのである。
故に、正式な冒険者登録をしてギルド加入させて、正面から出入りさせようと方針を定めたのだが。
「でも、この子を外に出すとなったらねぇ……」
そう言ってツュンデンさんは、頭の先からつま先までジルヴァを眺める。
銀色の髪に瞳。これはいい。しかし竜の特徴を残す角、羽根、尻尾。あとは……服装。
「お主の格好は……外に出すには、少々……のぅ」
「? なにが?」
紐と布で作られた簡素な服装は、街の人達からしたら少々刺激的かもしれない。あの集落では普通であったため、あまり厳しく言えないが。……ニワトリ野郎がいたら卒倒するんじゃねえの?
「うーん、体格が違うからアタシやロゼの服貸すってのもねぇ……」
「その羽根や角を隠すとなるとなぁ……」
ロートやシュヴァルツが首をひねる。そこでロゼがぽん、と手を叩き提案した。
「今の服の上から羽織るものなら、良いのではないでしょうか? 服の中に羽根をしまうのはなかなか難しいですが、畳んだ上から上着で隠せば目立たなくなりますわ」
流石翼持ち。そういえば初めてであったとき、ロゼはヴェールで背中まで覆っていたっけか。ロゼがジルヴァの手を引き二階へ上がった。これで羽根問題は解決か。
「あとは角と耳……か。あれ耳なのかどうなのか怪しいけど」
ジルヴァの耳は俺達と異なる。クヴェルやババアのような、知恵の民特有の尖った耳とはまた違う。魚のヒレのような、花びらのような形をしたものが顔の横にくっついているのだ。
「帽子を被せて、耳は横髪を降ろさせたら?」
ロートの提案。
「ほら、グリューンはいつもフードの下に耳隠してるじゃない。ホントはフードのある服がいいけど、あの子顔はかわいいし出した方がいいわよ」
帽子か、角が貫通しなければいいが。
「いい感じの帽子見繕わなきゃねー」
「私の古いやつがあるか探そうか?」
「あ、母さんお願い」
どこにしまったっけーと呟きツュンデンさんが階段を上る。残った俺、シュヴァルツ、ブラウにクヴェルの男連中と、ロートとババアは無言を保つ。
「……ロートも上行ってやったらどうだ?」
「あ、うん」
そしていよいよ残ったのは野郎達とババアのみになった。クヴェルが居心地悪そうに、ブラウの膝の上で身じろぎする。
「……ギルド申請、イケるかな」
「イケるだろ、多分」
御役所、とは言うもののその実管理は雑だ。名前を書いて提出、以上。その名前が偽名だろうとそいつが犯罪者だろうとお構いなし。冒険者という役職を大人が嫌う理由だ。
静かなホール内、二階から声が聞こえてきた。
──ちょ、ちょっと待って待って痛い! 痛いってばロゼ!!
──我慢なさいませ、ここをこう、すれ、ば!
──痛い痛い痛い!! これ、ボクの羽根無事なの!? ねぇ!
──もう少しの辛抱です。ええい!
──うわぁぁぁぁ!!
「何してんだあいつら!?」
「羽根は一体……どうなってるんだ」
ロゼが普段街を歩くとき、羽織るヴェールの中によく収まるなと思ってはいたが……なかなか強引な手段でしまっていたらしい。
──身長は同じくらいなのに、なんでここまで違うかね!
──ちょっときつくない?
──母さんこの服イケるんじゃない?
──よーしいくわよ、そりゃ!
「…………」
「……」
聞こえてくる声に、俺達はなんとも言えず黙り込む。
かれこれして、女子達が降りてきた。ロゼとロートが満足げな表情を浮かべている。ツュンデンさんに手を取られ、ジルヴァが階段を降りてきた。
「キツイ……窮屈だよ……」
「我慢する!」
長い銀の髪、顔の横に流して耳を隠している。頭に乗る大きめの帽子。胸元はしっかり隠し、腹からへそ周りを出す服装にショートパンツ。太ももまでを覆うロングブーツ。袖が広い上着を羽織り、羽根も尻尾も隠していた。
「私のおさがりだけど、サイズがあってよかったねぇ」
得意げなツュンデンさん。……昔のツュンデンさんはあんな格好をしてたのかよ。
「上着はとりあえず、私の羽織をお貸ししましたわ」
なるほど。ふんふんと頷いていると、ロゼは小声で呟いた。
「これでシュヴァルツ様の目から刺激的な光景を隠せますわね!」
「人が女の子慣れしてないみたいに言うなっ!!」
事実だろ。
ジルヴァはくるくるとその場で回り、全身を眺める。それにしても羽根を畳む技術とはすごいな。ハオリのおかげもあるだろうが、リュックサックを背負っている程度の膨らみに抑えられている。
「似合う!? ヴァイス!」
「おー、そうだな」
「もうっ! テンション低いなぁ!」
頬を膨らまし腕組みをする。左肩から肘にかけて彫られていたタトゥも隠されているし、見た目は問題なさそうだ。
「やれやれ騒がしい。細かいところは後々揃えるとしてじゃな……小僧」
ババアが俺に向かって指をさしてきた。人に指をさすな。
「ジルヴァに外を見せてやれ。役所に向かう前に、この街を見せてやれ。おぬしが案内せよ」
なんで俺が!? 絶対あっちこっちに興味を持って大変なことになるだろ……。よっぽど俺が嫌そうな顔をしていたのか、ババアは指をぶんぶん振った。
「おぬしがリーダーじゃろうが! 連れてってやらんか!!」
「あーうるせえうるせえ! お前らも来いよ!?」
シュヴァルツ達の方を頼る。俺一人で抑えれるとは思えない。
「やだ」
「嫌」
「クヴェルとの再会を邪魔しないでください」
「シュヴァルツ様が行かないのであれば私も」
全員即答。なんて野郎だ!!
ぐいと袖を掴まれる。振り返れば、目をきらきら輝かせたジルヴァ。思わず喉が引きつった音をたてる。
「行こう! ヴァイス!!」
「だぁ──! 約束しろよお前! 絶対俺から離れない、絶対変なことに興味を持たない、絶対! 面倒事に! 首を突っ込まない!!」
指折りして目の前に突き出してやる。「うん!」と即答。本当にわかってるのか!?
「普段僕がお前に言ってることじゃないか」
「うるっせえシュヴァルツ! 精霊二匹こいつと俺につけといて、なんかあったら駆けつけてくれ!」
「はいはい」
これで何かあればシュヴァルツ達が来てくれる。一安心──とは言い難いが、まあどうにかなるだろう。ちらりとジルヴァを見る。彼女もこっちを見て、にっと笑った。
「じゃ、いってきます!」
「いってくるね!」
「はーい、いってらっしゃい」
扉を開く。ジルヴァは迷宮内から宿へ直行したため、これが本当に初めての「外」になる。差し込む光に、ジルヴァは目を細めた。
賑やかな声、踏みしめる石畳の感触。照りつける日差しのぬくもり、吹き抜ける風の涼やかさ。見上げる空は晴天。ジルヴァは、空を見上げながらゆっくりと前に出る。
「──────」
「この程度で感動するにはまだ早えぞ?」
呆けている彼女の手を掴む。まだまだここは路地裏だ。案内すべき場所は沢山ある!
大通りの市場。様々な物が売られる賑やかな通り。店番をしていた店主にからかわれる。
「どうしたヴァイス! まぁたべっぴんさんをつれて!」
「うるせー!!」
冒険者の集う出会いの広場。復興した教会。珍しく表に出ていたシスター・フランメに絡まれる。
「ロートは連れてないのかい」
「多分すぐ来るよ!」
裏通り、コキアとポプラの働く道具屋を早めに駆け抜けようとして捕まる。
「あっ、ヴァイスさん! そのお方は──」
「忙しいのですんませんッ!!」
ロートと出会った階段、ブラウと再会した路地裏、「朝鳴鳥の会」を眺めた階段──こうしてみると、俺達の思い出の場所は路地裏ばかりだ。それからそれから、沢山沢山。
そして、階段を登りきる頃には、少しずつ日が傾いてきていた。 ジルヴァは何も言わず、辺りを見回しながらついてきている。その手を引いて、そこに立たせた。
黒猫通りと山犬通りの境界付近。ロゼ出会った日、俺達が荷車で滑り落ちたあの斜面──の、頂上。見下ろす風景。沈む夕日を反射して、大きな水路が橙色に光る。人々の暮らす家、立ち並ぶ店、行き交う人々。多くを一望できる場所だ。
「これでも、まだまだこの街を紹介するには至らねぇ」
今日見て回ったのは、黒猫通りの一部。この迷宮都市ゾディアックと呼ばれる国の、十二分の一。そしてそのゾディアックすら、世界から見れば十三分の一なのだ。
「──夢を叶えたら、全部見れるかな」
ジルヴァは言った。俺は頷く。
「ああ、お前の家族も、仲間も、全員見れるさ」
俺の視界のすみっこで、地面にぽたりと雫が落ちる。
「ヴァイス」
その声は、震えていた。
「キミと出会えて、よかった」
俺はそれに答えず──静かに、夕日を眺めた。赤い夕日が街を染めていく光景を、ただ静かに、眺め続ける。
同時刻、路地裏にて。
「なんっとかトラブルを起こさずにこれたわね……」
「絶対今度会ったときにコキアさんから質問攻めにされる……」
「頑張ってくださいませ、シュヴァルツ様!」
「どうして私まで来なくてはならなかったんですか」
「あにうえ、ヴァイスにぃ、うれしそうだね!」
物陰から押し合い圧し合い、夕日を眺める二人を見つめる影があったとかなかったとか。




