62 : 神を撃ち落とす
俺とジルヴァは小屋に戻り、待っていたシュヴァルツ達に説明した。
「ま、というわけでジルヴァ仲間になる……予定だ!」
「仲間になるよ! 絶対!!」
「急すぎだ馬鹿ヤロ────っ!!」
真っ先にシュヴァルツの叱咤を食らう。ロートはあんぐり口を開き、ブラウは嫌そうな顔、ロゼは「おめでとうございます」と拍手。ババアはにやりと笑っていた。
「どういう心境の変化じゃ?」
「別にぃ」
下手なことを言えばロートやロゼがうるさい予感がするので黙る。
「ま、俺達が島を出るときにこいつがついてくる度胸があればの話だけどな」
「ついていくとも! 絶対!」
ふんすと鼻を鳴らし得意げな様子。
「ところで出るのはいつにする?」
「まー武器は出来上がっとるしの……あまり長い間おるのもなんじゃし」
「えー!! もう行っちゃうの? それは待ってよ!!」
飛び出してきたジルヴァが俺とババアの話を遮る。両手をぶんぶん訴えた。
「ボクの準備はまだだし! あと一日待ってよ! 多分みんなもそうしてって言うからさ!!」
「うがー!! あと一日だぞ!? 明日の朝一番にはこの島を出る! から! な!!」
大声で叫びながら指を突き出す。わかったとでも言うように首を縦に振った。わかってるのか本当に。
「にしても……ホント、どーゆー変化なわけ? あんた」
ロートが頬杖を付き、俺の脚を引っ叩きながら問う。
「もしかしてあれ? ジルヴァちゃんの熱い思いに揺れ動かされちゃった感じ?」
「うるせー脳味噌ピンク! そーゆー考えしかしねーのかよ!」
「あぁ!? いきなりすんなり認めたら普通怪しいと思うでしょうが!!」
胸ぐらを掴み上げられ応戦する。この野郎! 事実だろうが! 掴み合いをする俺達を、見下すような視線でブラウが一瞥する。
「やめてくださいお二人共。程度が知れます」
「ここぞとばかりに罵倒すんなブラウテメェ!!」
「あんたもおかしいとは思ってるんでしょうが騎士サマぁ!」
ロートの指摘にじろり、と温度のない瞳を向けた。
「勿論です。……しかし坊っちゃんは言ったところで止まりませんので」
「おーよくわかってんじゃねーか」
「諦めてんのね……」
ロートとブラウの視線がジルヴァに向けられる。関節技をかけられている俺の姿を見、ジルヴァはえへんと胸を張った。
「ヴァイスはボクの思いに答えてくれたんだよ! ボクが『キミと共に地上に出ることが願い』だって伝えたらね!!」
「余計なこと言うなジルヴァ!!」
その言葉に、ロートとロゼの表情が変わった。
「ねえ聞いたロゼ? あの子あんたに負けず劣らずの堂々っぷりよ?」
「私も負けてはいられませんわね……もう少しアピールが大事ということでしょうか?」
「さり気なく僕を巻き込むなロゼェ!!」
こそこそ耳打ちをしながら、ロゼはシュヴァルツへくっつく。ほらみろややこしいことになった!
ジルヴァはわかっているのかわかってないのか。きょとんと首を傾げる仕草──多分わかってない。
まあいい、俺はため息をつき小屋を出る。
「とりあえず解散だな。ねみぃ」
「そうだな。夜明けまで話し込んだし」
シュヴァルツやブラウも続く。野郎達は隣の小屋だ。
「ボクもそろそろ戻るね。準備してくる!」
意気揚々と走り出すジルヴァ。こちらに振り返りぶんぶんと手を振った。
「……ふり返さないわけ?」
「しねえよんなこと」
目が覚めたのは昼過ぎ。ブラウに思いっきり引っ叩かれて飛び起きた。集落の人が持ってきてくれたという朝食を齧り──パンに似ているがパンより硬い何かで肉を挟んだものだった──、小屋の中でぼんやりする。
シュヴァルツはもう外に出ているようで、小屋の中にはブラウしかいない。
「ヴァイスおにーちゃぁぁん! おはなしきかせてぇ!!」
「ギャア────ッ!!」
のんびりした静寂を切り裂く子供達の襲撃。ブラウこの野郎気づいていやがったな!?
「私はここで」
「逃げるなコラァ!!」
服を引っ張り髪を引っ張り、ゴーグルを取る子供もいた。熱を持った目で見つめてくる少女達に悪戦苦闘しつつ、俺は小屋から逃げ出す。
「あらおそよう」
「助けろ!!」
涼しい顔で言うロート。子供二人を抱えながらも落ち着いている。子供慣れしているな……。
「教会の子達とおんなじもんよ! はーいそこのおにーちゃんはほっといて、ロートおねーちゃんと遊ぼうね〜」
腐ってもシスターか。両手をひらひらさせれば、子供達は飛びついていった。
「かみむすんでぇ!」
「いーよいーよ。どんなのがいい?」
「わたしも!」
「わたしだって!」
「ぼくの服もむすんで!!」
「はいはい交代ね!」
なんとか子供達は離れた。さて、シュヴァルツ達はどこにいる?
バレないようにこっそり移動し、茂みの中へ。枝葉をかき分けると、昨晩──いや、今朝方か。ジルヴァと話した海岸に出た。
白い砂浜、貝殻や魔物の骨が混じっているのか眩しいほどに白い。真っ青に見えた海は、遠くに行くほど緑色になっている。絵の具を垂らしたような青空との対比が美しい。
ざぱんと遠くで飛沫。魔物だろうか。穏やかすぎて、迷宮内だということを忘れそうになる。
「何やってんだヴァイス」
「いたのかよ」
浅瀬でしゃがみこんでいたシュヴァルツがこっちを向いて言う。隣にはロゼ、少し離れたところにブラウがいる。
「このあたりの砂を見てくれ。魔物の骨だけじゃない、砕けた真珠が多いんだ。拾って売りつけるだけでも商人達は眼を見張るぞ」
「……わかんねーよ」
爛々と目を輝かせ説明してくれるがわからん。
「ここから見たら壮大ですわ……」
ロゼが頭上を仰ぐ。こんもり茂った木々の中から突きだす、切り立った岩山。真ん中から真っ二つにされたように割れている。
「表から見たら何もない島なのにな」
シュヴァルツは相変わらずしゃがみこんで地質調査を行っている。ロゼもしばらくつきっきりだろう。
「なんでお前ここにいんだ?」
「……あまり集落の民と関わりたくないので」
低い声で言うブラウ。竜が嫌いだなんだと、一体何があったというのか。とりあえずついてこいと促して海岸から引き離す。
「お前何があったんだよ昔に」
「答える必要はありません」
「言えよ」
そんな会話をしながら集落中央へ向かう。石工らしいのみを構えた男性がこちらを見て気づいた。
「おやお二方! おはよう御座います」
「あ、おはようございます……」
はきはきと挨拶をされ、頭を下げる。もうすっかり信頼されているようだ。……別に「ゼーゲンの意志を継ぐ者」になるわけではないのだが。
「ジ──タツヒメサマはどこに?」
「竜姫様でしたら工場の方に。朝から『刀』を研いでおられます」
「カタナ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる俺に、男性はおやと声を出した。
「ご存知ではありませんか?」
「ああ、分からない。武器か?」
少しお待ちを、と言って男性は家の中へ。すぐにそれを持って出てきた。ジルヴァが持っていた細身の剣らしきもの。剣と比べて反りがあり、細長い。柄の部分もシンプルだ。
「これが『刀』です。我々が最も扱う武器ですよ」
「へぇ。剣とは違うんだなぁ」
鞘から抜いて見せてもらった刀身、美しく光るそこに俺の顔が映り込む。
「ええ。剣より鋭く、細く、しなやかで、それでいて重い。ヴァイスさんは短剣使いだそうですが、小刀は如何ですか?」
そう言って、刃渡りの短いものを見せてくれる。
「かっこいいけど、俺はいいよ。あいつが打ってくれたこれもあるし」
使い慣れた形の武器が一番だ。ジルヴァが打ってくれたこれは、以前のものよりずっといいものだ。それを見て男性の目つきが変わる。
「これは……少し見せてもらっても?」
「え、あ、どうぞ……」
男性はしげしげとそれを眺め分析する。
「これは……神造武装ではありませんか!」
「しんぞーぶそー?」
なんだそりゃ。首を傾げる俺に向かって、男性は早口でまくし立てる。
「神霊の素材から作り出した武器のことです! この地上で唯一、神霊の完全撃破を可能とする武器! それこそが神造武装!! 流石は竜姫様……あの若さでこのようなものを生み出せるとは……!!」
そういえば、渡してきたときにジルヴァも何やら言っていたような……。神霊の命を刈るとかなんとか。
「神霊って、倒しても復活するんじゃねえのか?」
「通常の武器であれば、彼らの魂を刈り取ることはできません。しかし、神霊の素材より生み出された神造武装であれば、その魂ごと砕くことは可能なのです」
となれば、二十年前に五層の神霊を完全撃破したというゼーゲン達は。
「ええ、ゼーゲンと共闘したギルド『イヴェール』、そのリーダーである方が所持していたのです。八属神槍、八つの属性を扱う槍を」
その言葉に、沈黙を保っていたブラウが反応した。まあ、眉を動かす程度だったが。属性を扱う槍、ブラウの持っている「略式霊槍」に似ているな。ブラウのものは四つの属性だった気がするが。
「その後五層の神霊から得た素材を用いてフル殿も神造武装を手にしたはず……」
「誰が打ったんだ? その頃あいつはまだガキだったんだろ?」
「ガキ!? なんと無礼な!! ……まあご本人は気にしておられんし構いませんか。ええ、当時武器を打ったのは彼女の父、現族長です。族長は一時期、ゼーゲンの冒険に同行したこともあるのですよ」
へぇ。それなのにジルヴァが外を目指すのを許さないのか。変な話だな。
「色々ありがとう。ところで質問いいか?」
「ええまあ。答えれるなら」
「あいつが俺達についてくるってなったら、困るか?」
ジルヴァが本当についてくるならば、彼女はここから離れることになる。ジルヴァは集落の人々から好かれており、愛されている。そんな彼女を連れ出し、ここに損害を与えることになるのなら──それは、心苦しい。
「もしや、竜姫様を誘拐など……!」
「しねぇしねぇ!! あいつが、ついていきたいって言うからな。……勝手に言って、無理矢理ついてきて、集落の人が悲しんだりしねえのかなって思ってよ」
男性はうーんと首を傾げ、それから答えたら。
「竜姫様は皆から好かれ、鍛冶も上手く、狩りの腕も抜群です。他の集落との交流も、ほとんど竜姫様が請け負っています。竜姫様がいるおかげで、生活が楽になったことも多いですね」
やはり彼女は、この集落の中でも必要な存在なのではないか。
「ですが、我々は皆、二十年前のあの子を知っています。ゼーゲンの活躍に目を輝かせていた姿、ついていきたいと駄々をこねた姿。彼らの喪失を嘆き、泣きじゃくっていた姿を知っています」
そう語る彼の顔は穏やかで、慈愛に満ちたもの。柔らかくほほえみ、彼女がいるであろう鍛冶場に視線をやる。
「あの子は二十年、私達のために沢山頑張って、我慢してくれました。だから、あの子が笑って楽しそうにしてるなら、それで充分です。元気で、笑ってさえいてくれれば」
つまり、それは──。男性は笑う。俺は「そうですか」と一言答え、挨拶をしてからその場を去った。
「本当に、彼女を加入させるつもりですか?」
ブラウが問う。俺の答えは簡単だ。
「明日の朝、あいつが俺達についてくれば加入するし、ついてこなければそういうこと。全部、あいつ次第だ」
恐怖を乗り越え俺達を選ぶか、恐怖に負けてここに残るか。それは、俺にはわからない。




