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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
5章 竜或いは戦士の未来
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59 : 彼らの夢



 宴の喧騒は遥か彼方。男は薄暗い室内に横たわり天井を眺めていた。瞼を閉じるが眠りはしない。静かな部屋の中には微かな呼吸音だけが響く。


 ふと視線を横へ滑らせた。壁にかけられる鍛冶具一式。男は忌々しい物を見たように顔を顰め、立ち上がった。





「さて──集まってもらったものの、どこから話そうかのぉ」

「いきあたりばったりかよクソババア!!」


 ここに来た当初案内された小屋、その中にみんな揃って円座で並ぶ。祭りの後、解散した僕らは先の伝達通りこの小屋へと戻ってきていた。集落の方々は揃って広場の側に泊まればいいと謝罪してくれたが、丁重にお断りして帰ってきたのだ。


「何からでもいいです。ゼーゲンの……父と母について、話してください」


 どれもこれも、師匠の口からゼーゲンの真実を知るため。僕の両親がゼーゲンの二人だと知って尚、明かされない不明な点を暴くため。どんなことより、これが最優先だ。


「急かしおって……。じゃが、そうじゃな。悩んでおっても仕方ない。話そう」


 ジルヴァの方へ視線をやる。「足らぬ点があれば補足せよ」と付け加えると、ジルヴァは大きく首を振る。



「まずギルド『ゼーゲン』。そのリーダー、『竜鱗(りゅうりん)のフル』についてじゃな。シュヴァルツの父、ゼーゲンを伝説へと導いた男──。

 ……奴は、見た目こそシュヴァルツにその面影があるが、中身はヴァイスに瓜二つじゃ。無鉄砲、無頓着、無神経。その上、一度決めると止まらない猪野郎」

「この集落に訪れたときだって、フルは凄かったね。ボク達を見て、『飛べるのか?』って聞くんだよ。真っ先に。

 見た目が人間じゃないことを恐れる前に、好奇心が勝っちゃってるんだ。……そのあたりは、ヴァイスとは違うかもね。でも、恐れ知らずなところはそっくり!」


 そしてジルヴァは、目を輝かせて笑った。


「フルは、ボクにジルヴァという名前をくれたんだ! ただの子供だったボクに、冒険者としての──証をくれた」


 胸元から取り出す金属片。鉄の破片のような歪なもの、窓から差し込む光に照らされる。


 ──Jiruba.


 ゾディアックから迷宮に入る際、衛兵に翳す冒険者の証。それを模したものだということは、なんとなくわかった。彼女は大事そうにそれを抱きしめる。歪な鉄片、ゆがんだ文字。釘で引っ掻いたような文字には、僕らが思う以上の価値があるのだろう。


「名前をもらったって──それは、あんたがこの集落で名前を呼ぶなっていうのと、関係があるの?」


 ロートの指摘。ジルヴァはあ、と声を漏らすとまた鉄片をしまった。


「うん、説明してなかったね。各層ごとの集落、民で文化や生活様式は異なるんだけど……その中でも、この島のみんなは最も魔物に近い。

 故に、ボクらは『集団で一人』、という共通認識がある。集落の皆は家族であり、自分自身である……だから、ボクらに個人としての『名前』は、存在しない」


 名前がない存在。彼女が呼ばれていた「竜姫(たつひめ)」は、便宜上の呼び名であって個人名ではないのだろうか。


「そうだね。竜姫っていうのは、この血を引く女の子のことを指す。だからボク個人の名前ではないんだ」


 ジルヴァは僕らに懐かしむような目を向ける。正面を見ているようで、僕らを透かしてどこか遠くを見ているのかもしれない。


「二十年前。どうしても外に行きたいと強請るボク達に、フルは言ったんだ。『大きくなって強くなって、俺達のことを忘れてなかったら、みんなで一緒に()()を見に行こう』って!」


 空。この迷宮内でも観測できるが、それは地上で見るものとは大きく異なる。そうか、この迷宮内で暮らしている彼女達にとって──空は、触れられないし見もできないんだ。


「……でもボクは我慢できなくて、海を渡ってまでゼーゲンのみんなを追いかけたんだ」

「いきなり後ろから魔魚にしがみついて突っ込んで来たんじゃぞこやつ」

「いっそいで島に引き返してきて、泣きじゃくるボクを送り返した。そしてフルは──冒険者としての、外に出た日の為の、名前をくれた。ボクの、ボクだけの、名前」


 名前を貰ったのは彼女だけ。それを後ろめたく思うからこそ、彼女は仲間の前で名を呼ばれることを避けたのか。

 フル……父は何を思い、彼女に名と冒険者の証──の紛い物──を与えたのだろうか。

 ついていきたい、という意志から神霊討伐や旅立ちにまで付いてきた気概を認めて? それとも彼女に、何かしらの可能性を感じて? ……考えたところで、わかるはずもない。


 長くなったジルヴァの語りを遮るように、師匠が咳払い。視線が師匠の元へと戻る。それを見計らって、師匠は口を開いた。




「そんな奴じゃが……本名は『フルーフ』。奴は、『呪いの子』と呼ばれていた」

「呪いの子……?」

「ああ。──奴は、天秤領を治める『ライブラ家』、その妾腹(めかけばら)に生まれた子じゃった」


 その言葉に、僕は思わず噴き出した。ライブラ家? ヴァイスと同じ、十二貴族の一員? そしてその息子の僕は──


「ライブラ家は正妻との間に生まれた正式な長男がおった。しかし、フルが生まれる直前、その長男と正妻は不慮の事故で亡くなった。当主は嘆き悲しみ、怒りに震えた。そして、妾腹として生まれたフルが『呪い』で妻と子を奪った、そう思うようになった」

「なんだそれ、ふざけてんじゃねえか!」


 ヴァイスが噛み付く。ロートもロゼも深々と頷いた。逆恨みにも程がある。


「儂もそう思う。しかし世間的に見れば、跡継ぎはフルしかおらん。フルは父親と顔を合わせることもなく生活を続けた。そしてフルが十七になった頃、事件がおこる」


 師匠は頭を押さえ、ため息混じりに言った。呆れたような声色で。


「当時蠍領で行われておった鎖国政策──通称、『鳥籠政策』。民を外へ出さず、重税を背負わせ搾取する。己を天上の存在と信じてやまなかった十二貴族の犯した、人を人と思わぬ鬼畜の所業……」


 ヴァイスの顔が険しくなる。彼もまた十二貴族だからこそ、思うところがあるのだろう。身内の恥、とでも言わんばかりだ。


「何十年にも及ぶ鳥籠政策、しかしそれによって虐げられた一部民衆を解放するための暴動が発生。その首謀者が、フルじゃった」


 本日幾度目かの絶句。ヴァイスは感極まって立ち上がり指を鳴らした。


「っしゃぁ! やってやれ!!」

「うむ。奴は見事に暴れ、千を超える民衆を逃した。しかしすぐに鎮圧される。蠍領主を殴りつけるところまでは行かず、捕まることになった」

「チッ」

「そのことが上の者にばれて、即座に絶縁と極刑が発令された。しかし奴もそう簡単に捕まってはやらん。包囲網を見事に潜り抜け、迷宮を目指した。世界の中央に存在する、広大な迷宮を」



 殆どを師匠が、一部をジルヴァが語る昔話。

 それを聞く僕達は、いつしか──笑っていた。

 全員だ。あのブラウさんですら、しかめた眉を緩めるほど。

 それほどまでに彼らの旅路は、過酷で、破天荒で、無茶苦茶で、楽しいものだった。



 旅路で出会った仲間達。


 逃げる道中に出会った武器商人の兄妹。

 古びた神殿に眠っていた不老の魔女。

 飢饉の生贄に捧げられようとした少女。


 胸躍る冒険、手に汗握る戦い。(少年)(少女)の、運命的な出会い。無鉄砲な(リーダー)を、支えた兄妹。そこに並んだ師匠の存在。


 たった二人で神霊を薙ぎ倒す力を持っていたギルド。

 「復讐」のために、ゼーゲンと協定を結んだギルド。


 切磋琢磨し合えるライバル達の存在。緊迫する神霊との戦い。その先に待ち構えるものの為に、突き進むゼーゲン。

 辿り着いた深層。そして、それから。



 最後の言葉を聞く頃には──僕達は、言葉を無くしていた。

 感動ではない。疑問符と、怒りによってだ。



「──そして。多くの民を救い、世界の真実を知ったフルは、()()()によって、銃殺の後、谷底へ突き落とされ……死刑となった」



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