57 : ボクの価値
「ただいま──って! なにやってるの!?」
戻ってきたジルヴァは盛大な大声を上げた。泡を吹いて倒れるヴァイスとそれに縋る女の子達、半分はブラウへと集まっている。歯噛みしながらヴァイスを眺める少年達。
「色々あったんだよ」
「いやー元気だねみんな……」
「ところで……どうしたんだ、君」
擦り傷打撲跡、腰からぶら下げた剣。彼女は自分の出で立ちを見て、はははと笑った。
「まーちょっと、父さんと揉めてさー」
「それは大丈夫なんです?」
「だいじょーぶ! ぶっとばしてきたからね!」
「大丈夫じゃないじゃない!」
子供達が竜姫様、と声を上げて集まっていく。
「ところで、なんでその、『竜姫』なんて呼ばれているの?」
ロートが疑問の声を上げた。皆がぱちぱちと目を瞬く。
「たつひめさまはぞくちょーのむすめ、だからね!」
「やめてよみんな〜。そーゆーのは言わなくていいんだよ」
族長の娘? ってことは、この集落内でもかなり地位が高いのでは?
「族長と言っても、大したことはないよ。クソ親父だし」
「ぞくちょーさまはね、でんせつの『かじし』、なんだよ」
「全然大したことあるじゃねえか」
「鍛冶師」、でいいのだろうか。伝説の、と呼ばれるとは相当な腕前……。彼女、やはり位が高いのではないか。
「む、そういえばおぬしはあいつの娘じゃったな」
「ひどいやレーゲン! 忘れてたの?」
「丁度いい、奴に頼みがあってきたのじゃ。呼んできてくれぬか?」
師匠の知り合いでもあるのか。族長に頼みとは、一体なんだと言うんだ。頼まれたジルヴァは、今まで見せたことのない渋い顔をして口を閉ざした。
「どうしたおぬし」
「いやぁ……できればあいつは呼びたく」
「俺ならここにいるぞ、小娘」
唐突に現れた声。師匠の真後ろに立つ背の高い男。銀の髪と瞳、角や羽根はジルヴァのものより立派だ。気が付かなかった。僕は師匠の真正面に座っていたが、姿も足音もわからなかった。
「儂を小娘呼ばわりとは……相変わらずか? 族長様よ」
「小娘を小娘と呼んで何が悪い」
突如出現した大男の姿に、子供達はわきゃあっと悲鳴を上げてヴァイスやジルヴァの後ろに隠れた。男はじとりとこちらを一瞥。ため息をついてから口を開いた。
「相変わらずで嫌になる。小娘、なんの用だ」
「はっ、そう言いながらわざわざ出迎えとは、礼儀がなっとるようで安心じゃわ」
煽る師匠。男は無言で師匠を睨みつけた後、ジルヴァの方を指さした。
「俺はこの馬鹿娘を拾いに来ただけだ。レーゲン。お前も、そこのガキ共も、用が済んだら早く立ち去れ。この村に余所者を入れる余裕はない」
馬鹿娘、と呼ばれたジルヴァが腹立たしげに立ち上がる。彼女もなかなかの長身だが、それでも男は見上げるほどに高い。
「誰が馬鹿だクソ親父! レーゲンやみんなを悪く言ったら、許さないぞ!」
「お前は黙ってろ。……お前は早く、自分自身の価値に気づくべきだ」
そう言われて彼女はぐっと歯噛みした。力強く彼を睨みつける。
「もういいだろう!? ボクはずっと、『未来』のために生きてきたんだ! ようやくすぐそこまで来たのに……今更! 諦められるか!!」
「何が未来だ。……事あるごとに冒険者を覗いては、そうかなそうかなと近づこうとして、何度危険な目にあったか覚えているのか」
「彼らは違う! 彼らは、本当にゼーゲンの意志を継ぐ者なんだ!!」
彼女は腰からぶら下げた獲物に手をかける。子供達は彼女から離れ、後ろに下がった。ジルヴァを応援するように男へ向かって舌を出す。
「彼女、ロートはツュンデンの娘! そしてボクの直感が告げている……。彼、ヴァイスもまた、ゼーゲン縁の者だと!!」
「俺は全く血縁ないぞ」
「へ」
そのとおりだ。ヴァイスは血縁的に見れば、ゼーゲンメンバーと全く関係がない。十二貴族の一員ではあれど、冒険者としてみれば彼にはなんの縁もない。拍子抜けした声を出したジルヴァ。ヴァイスは僕を指差す。
「血縁者って言うならこいつだろ。リーダー? と聖女? の息子だし」
「場がこじれることを言うな!!」
あえて言わなかったのに、あっさりバラされた。僕自身まだ飲み込めていない事実である。
「────お前が、あいつらの子……?」
男とジルヴァ、子供達は皆揃って僕を見る。男の視線が痛い。ジルヴァは予想が外れ驚いているのか硬直した後、また構え直して宣言。
「……とにかく! ボクは彼らについていくんだ!!」
「アホンダラァ! 誰が認めるか!! ゼーゲンの縁者となれば尚の事。暫く島から出るな馬鹿野郎!!」
「は〜!? この岩野郎! 何がボクの価値だ!! ボクの価値はボクが決める。親父に決められるつもりはないっ!!」
しばらくいがみ合う。村の大人達はゼーゲンの一員である師匠に対して信頼を寄せていたが、族長という彼は違うらしい。態度からして、ゼーゲンというギルドを嫌っているように感じる。
「そこまでにしておけ。子供達が見ておる」
師匠の一喝。ジルヴァはふんと鼻を鳴らすと顔を背けた。
「おぬしへの頼みはこれじゃ」
そう言うと師匠は袋を取り出し地面に置いた。その袋は、三層の神霊──ハルピュイアから得た素材が入っているものである。
「これで短剣を打って欲しい。二本」
端的に告げる。男はその袋を取り、中身を見た。微かに眉を動かしてから、その袋をジルヴァへ投げつける。
「俺はもう二度と、外の者へ武器は打たない。お前がやれ」
「……これはレーゲンの頼みだからするのであって、親父の頼みだからするんじゃあないぞ」
「知るか。……ついでに、そいつらにお前の価値を見せつけてやれ」
そう言い残すと、男は去った。その背中に向かってジルヴァは悪口を投げつけ、ひとしきり貶したあと僕らの方を向いた。
「たつひめさまの『かじ』がみれるの?」
「うん、鍛冶場貸してくれる?」
「かあさんにきいてくるね!!」
袋を手にしたジルヴァは中身を取り出ししげしげと眺める。それからこちらに向かって笑った。
「クソ親父がごめんねー! ひとまず武器を打つから、ついてきて!」
「私達はここからの侵入は……」
「いーのいーの! なんだかんだ親父以外の大人もさ、外には憧れてるから!」
ロゼの心配もなんのその。ジルヴァは元気よく指を突き上げた。
「短剣ってことは……ヴァイスが使うのかな? まっかせて! ボクが全身全霊を込めて造ってみせるよ!」
「俺の武器を造らせるのが目的だったのか?」
ヴァイスの疑問に頷く師匠。短剣が折れたとぼやいていたのは目にしたが、まさか代わりを作るためにここまで来るとは……。外の鍛冶師に頼むのでは駄目だったのだろうか。
「外の連中ではハルピュイアの素材を活用することはできん。神霊の素材は、こやつらにしか扱えぬ」
苦労の末に一時撃破を成したハルピュイア、その素材を使って武器を作る……。一体、どんな品が出来上がるのだろうか。
「おとうさんがばしょいいって! つかってー!」
「ありがと! 行こう!!」
ジルヴァは笑ってヴァイスの手を取った。引きずられるようにして集落の中心部へと連れて行かれる。
「キミ達は、今まで見てきた冒険者達の中で、最もゼーゲンに近いんだ!」
木々の隙間を走りながら、彼女は銀の目を光らせて言った。
「血縁や容姿じゃない。ボクを受け入れてくれた。ここまで信じてついてきてくれた。……そりゃあ、あのブラウサン? にはあんなことされたけど、それでもずうっとマシ!」
きっと彼女は今までも、これはと思う冒険者に近づいていたのだろう。その度に、大きなショックを受けていたはずだ。
それでも諦めきれなかったのは? 彼女がそれほどまでに固執する「未来」とは?
「きっと集落のみんなも、キミ達を好きになるさ! 二十年前の、ゼーゲンとおんなじでね!! ──で、ボクを仲間に入れてくれるっていう件は」
まだ言っていたのか。ヴァイスは嫌そうな顔をして言った。
「お前の親父が言っていた、お前の価値ってなんだ」
その言葉に彼女は息をつまらせる。しかしぐっと唇を噛み締めながら、彼女は続けた。
「──今から、見ればわかるさ」




