55 : 誰も知らない島
人が住む、次第に人が集まり、集落となる。そこから村や街に発展し、国になる。それは世界の常識だ。
故に考えれば当たり前なのだが、彼女達「まつろわぬ民」にも帰る場所があり、彼女らの住む集落がある。
「──と、言うわけで! ボクはジルヴァ! よろしくね、『ツバメノリョダン』!」
と、角と羽根を持つ少女「ジルヴァ」は、一通りの説明を終えたあと、僕らに向けて快活な笑顔を見せた。
「キミ達を、ボクの住む村へ案内するよっ!」
四層突入から半日、僕らは早速寄り道をしている。
「みんながどう言うかだよね。ボクは勿論大賛成なんだけどさ」
「まーなんぞあっても、儂の顔を覚えとる奴はいるじゃろ」
「そーだね。何かあっても、ボクがキミ達の味方だよ」
そして僕らは皆、海岸に立っている。
彼女──ジルヴァの住む集落へ向かうために。
「いやなんでですか師匠」
和やかに話す師匠に問う。うるさいとでも言わんばかりに師匠はこっちを見た。
「言ったじゃろう。儂がついてきた目的はこやつら、まつろわぬ民に会うためじゃ。自分から向かわなくて良いのじゃから、都合がいいじゃろう」
「そーゆー以前に! なんでその集落に向かってるんですかなんで信頼しきってるんですか! 聞きたいことの答えはまだですよ!?」
早口でまくし立てればヴァイスに止められる。お前はまだ話を聞いているかもしれないが、僕らからしたら急なことで意味がわからないんだ。
まつろわぬ民? 瘴気によって体が変化? ゼーゲンとの関係? ああもう! 頭がおかしくなりそうだ!
「落ち着けよシュヴァルツ、とにかく行ってから考えようぜ」
「なーんーでっ! お前はそんなに落ち着いてるんだよっ!!」
「だってあいつ、敵意ねえもん」
あっけらかんとした態度に嫌気が差す。思わず歯を食い縛った。こいつのこういう余裕綽々なところが、僕は嫌いだ!
「まあまあシュヴァルツ様、レーゲンさんもああ仰っていますし……」
「敵意の有無と信用の度合いは別物だ」
彼女の話を聞くに、僕達「外の者」は彼らに忌み嫌われている可能性のほうが高い。ゼーゲンの皆が歓迎されていたとしても、彼らと僕らは別物だ。ジルヴァと師匠の擁護が効くとは限らない。
「それは同意です」
僕の懸念に、ブラウさんが賛同した。ブラウさんはその深い緑の瞳をジルヴァへ向ける。
「これでも一応護衛として、私はここにいます。坊っちゃんを救ってくださったことは感謝しますが、私にはどうしても……あなたを信用できない」
腐っても歳上。普段はアクセルに回ることも多いが、やはりこういう場では信頼できる。
「あなたの身体的特徴。それは、『竜』のものでしょう。私は生憎──『竜』とは縁がありまして」
そう言ってブラウさんは槍を向けた。
竜、そう言ったのか? 空想の世界、魔法の実在するこの世界においても架空と呼ばれた存在。真っ先に思い浮かんだのは、ゼーゲンのリーダー、フルの通り名。──「竜鱗」
「故に、少々、竜というものが信用できず……いや、個人の感情で言うならば、嫌いです」
ブラウさんの過去は謎が多い。しかし、竜と縁? 竜は架空の存在、そんなの、弟のクヴェルですら知っているだろう。
ブラウさんの槍。それが彼女へ向けられる。
「わからず屋どもめ……」
師匠が杖を取って前に出るのを、彼女は制した。
「必要はないよ」
そう言って、彼女は前に出る。腰から下げていた剣も捨てた。丸腰の状態で、目と鼻の先に立つ。両腕を上げて宣言した。
「未来の仲間と、ボクは争いたくはない!」
「誰が仲間よ!!」
横からロートが噛み付いた。そのとおりだ! なんで仲間確定なんだよ!
「キミ達には、何があっても手出しはさせない! ボクがキミ達を守る! やましい気持ちもなにもない。ただボクは、レーゲンの願いを叶えたい。レーゲンの頼みを聞きたい! そして、キミ達に、ボクの故郷を知ってほしい!」
それでも槍を降ろさないブラウさんに向かって、ジルヴァは再度叫ぶ。
「確かにこの羽根も、角も、竜のものだ! だけど、キミ達と同じ──人間だ!! キミと竜の間になにがあったかは知らないが、ボク達に生まれる体を選ぶ権利はないんだ! ────生まれ持った呪いに、ケチをつけられる道理はない!!」
その言葉にブラウさんの目が見開かれるが、それでも槍は降ろされない。師匠が痺れを切らして前に出るより先に、声が響いた。
「ブラウ」
ヴァイスだ。前に出て、槍の刃先へ手をかざしている。
「槍を降ろせ」
「しかし──」
「主の命令だ。聞け」
いつにない気迫に、ブラウさんは不満を隠さず槍を降ろした。
「お前の好き嫌いについては知らねえし、今は聞きもしない。だが、こいつは恩人だ。仲間云々は別として……危害は加えさせねぇ」
「──そういうところは、旦那様とよく似ていますね」
苦々しく表情を浮かべつつ、後ろに下がる。直様ジルヴァはヴァイスへと抱きついた。
「ボクを庇ってくれたの!? ありがとう!」
「うが──ッ!! ひっつくなテメェ────!」
まともに話が出てきている以上、彼女もまたヴァイスの「対象外」なんだろうが……何故だろうか引っかかる。蕁麻疹や気絶は起こさないが、ロート達に対してほど無関心ではない。少し嫌がってる?
「庇うってことはボクを仲間として認めてくれているんだね!?」
「ちげーよ! どんな解釈だよ!!」
あれか、面倒くさい歳下に慕われているときの感じか。
「仲間って……ちょっとヴァイス! 流石にいきなり加入させたりしないでしょうね!?」
「しねえよ!!」
ロートのツッコミにも即座に答える。良かった、ロゼ加入時のようにすんなり「入っていいぞ」とないうかと思った。ジルヴァはロートを指差し質問。
「キミ! ツュンデンの娘でしょう!?」
的中だ。まあ、二人共姉妹のように似ているしな。
「あの頃のツュンデンにそっくりだ! とっても綺麗!!」
「ヴァイス、そんなに無下にしないで加入させてあげてもいいと思うんだけど」
「チョロ過ぎんぞお前!!」
本当にチョロい。しかしホントにロートはツュンデンさんのことが大好きだな。
そんな言い合いの最中、波が急に高くなる。皆がそちらを向いた中、ヴァイスにひっついていたジルヴァだけが「あ」と声を上げた。
「きたきた!」
そういえば彼女の故郷に向かうと言って、なぜ僕らはこの海岸に留まっていたのだろう。
押し寄せる波と共に現れたのは一匹の巨大な──亀。川や池で見た亀とは違う。手足がヒレのようになっている。
「さあみんな乗って! ボクの住む島まで一直線さ!」
乗るって……どこに?
波に揺れる甲羅の上。僕達はゆったりと海の上を進んでいた。まさか島、さらに移動手段は船でも漕ぐのかと思えば亀の上など……。
「この子には姿隠しの術がかけられていて、そのおかげで誰にも見つからず島と外を行き来できるんだよ」
「……へぇ」
「ボクらの故郷はバレると駄目だからね。この亀や大鳥を移動手段にしてるのさ」
「この亀って……魔物じゃねえのか?」
ヴァイスが甲羅を叩く。確かに、こんな大きな亀は見たことがない。ので、おそらく魔物だろう。
「そうだよ。でも、ボクらの移動手段である以上……友達や家族みたいなものだよ。労ってあげてね」
愛おしげに頭を撫でている。魔物と共存し、生活する……今までなら考えもしなかった光景だ。
「ん? でも三層でデメモコモコの首ぶった斬ってたよな?」
「デメ……ああ、キミ達はそう呼んでるんだっけ。まあ、斬るよ。食料と害を成すもの、それらは斬る」
さらりと、そう言ってのけた。先程まで亀を撫でていた顔とは違う。
「同じだろう? キミ達だって肉や魚を食べる、でも可愛がる動物は殺せない。そういうところの分別をつけていないと、ここじゃあ生きていけないよ」
彼女は大きく伸びをし、波の向こうを見る。分別、か。……家畜と愛玩動物の違い、そこを分けて考える。それは僕らが常の生活で、当たり前にしていたことなのだ。確かに何らおかしいことではない。
「そういやぁ、島って言ってたけど、そんなの見つかり放題なんじゃあないの?」
ロートの指摘にジルヴァは笑って「いい質問!」と答える。
「四層は海の上に浮かぶ島を渡っていくようになっている。三層と同じように、島同士は橋がかけられてるからね。けどボクらの住む島はその橋を落としている。海の中にぽつんと浮かぶ、木と岩だけの島さ」
孤島とは言ったが、そもそも橋を渡らずとも移動手段はあるのでは。
「わざわざ橋をわたらなくても、船漕げば一発なんじゃない?」
ロートの指摘、そのとおりだ。船を漕いで海上を進めば、島同士を迂回する必要もない。
「いい指摘だね。だけど無理なんだ。ここの海は島の百倍危険なのさ。ヴァイスの呑まれかけたタコだけじゃなく、怪魚にウミヘビ巨大生物! 船を漕いでも数分で海の底さ」
ゾッとする発言だ。僕達は大丈夫なのか? 今はゆったり進んでいるが……この下にはそんな危険生物達が潜んでいるというのに。ヴァイスが身を乗り出して、下を覗いてみる。
「この子のおかげで魔物達も気づかないから大丈夫! 落ちたらどうかわからないけど」
ヴァイスがそっと身を戻す。いい判断だ。
「見えてきたよ!」
指差す方向。こんもりと茂った木々の緑、そこから伸びるごつごつとした岩山。その岩山には、真ん中から割られたみたいに谷間がある。
「確かに岩と森しか無い島ですねー」
「そうだろうそうだろう? こっちは表側だから!」
表? 気になる言葉の後亀は方向転換。ゆっくりゆっくりと向きを変え、島の周りを回っていく。
「表側は他の島から見える。でも裏側は四層の最端にある。だから、誰からも見られない」
谷間は狭そうに見えたが、三角状になっていたらしい。岩壁に張り付くように、家と足場が見て取れる。そして岩山の麓。そこに広がる茂みと木々、その隙間から見える──民家や石垣の数々。
「ようこそ、ボクの故郷へ」
そう言って──ジルヴァはにぃと笑った。




