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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
5章 竜或いは戦士の未来
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51 : 亀の甲より年の功



「あの短剣が、折れたじゃとぉ!?」

「……はい」


 祭りの翌日。俺はカウンターに座るババアの前で頭を下げていた。カウンターの上には、布に包まれた──ダガーの破片。


 まだしばらく休暇と言ってブラウはクヴェルを連れて教会に。オランジェは、昨晩のことを引きずっているのか部屋から出てこない。ゲイブとリラはまだ寝ている。グリューンはロゼに引きずられて買い物に行った。

 今二股の黒猫亭、一階ホールにいるのは俺とババア、シュヴァルツとツュンデンさんだけである。



 先のハルピュイア戦により、幼い頃ババアからもらった二本のダガーは折れてしまった。市場のおっさんいわく「超逸品」なもの。なんでそれを俺にくれたのか、そのあたりは謎だ。

 ババアは指でこめかみ付近を抑え、ため息をつく。


「……まあもう渡したものである以上、今更どうこうは言わんが……折れたか……」

「なんか、すげえ品だって聞いたんだけど……」


 俺の言葉に、ババアはああと声を上げる。


「それは気にせんで良い。たまたま儂が持っておっただけじゃ。儂にとってはあのようなもの、無用の長物じゃったしな」


 他の短剣を握ってわかったが、やっぱりあれは相当な品だったのだ。俺はまた深々と頭を下げる。


「モウシワケゴザイマセンデシタ……」

「……よい。頭をあげよ」


 ババアは折れた刃と残った柄を眺める。


「まっさか、あの鳥頭を割ろうとするなどなぁ……」

「鳥頭は石頭的な意味じゃないですよ師匠」


 シュヴァルツのツッコミ。


「してお主。代わりの短剣は?」

「前にツュンデンさんからもらったやつがあって……。あと、やっぱり揃いのが欲しいから、二本は買った」


 俺はベルトから三本を出す。一本は、ツュンデンさんから貰ったもの。ほか二本と比べて刃渡りが少々長い。もう二本は以前使っていたものと同じ長さの簡素なダガーだ。


「握った感触や振るったときの重さに違和感があってさ、直すために研いだり柄に皮を巻いたりしているんだけど……。違うんだよなぁ」

「うむ、それは、そうじゃろうな」


 ババアは顎に手を当て少し思案。


「ところでツュンデンさんが寄越したやつ、あれ鍛冶屋から貰ったものじゃないんですよね」

「おっとバレた? あれ、地下倉庫に眠ってたやつなのさ」

「あれも相当な業物らしいですよ。……なんでそんなものを地下倉庫に」

「まあ、色々あったわけよ」


 ツュンデンさんとシュヴァルツの会話が聞こえてくる。超逸品をぽいっと子供に渡すババアも、そんなものを地下に放っといた挙げ句俺みたいなやつに渡すツュンデンさんも、器がデカいというか雑というか……。


「……ハルピュイアの、素材はどこにいった?」


 唐突な問い。俺は目を瞬かせたあと、記憶を辿る。

 たしか撃破直後、俺とオランジェの手当で大騒ぎだったため、その場での解体は不可能だった。そこでゲイブとリラが、御役所の職員に解体を依頼したのだと聞いている。


 三層突破は冒険者にとっての鬼門である。常々あそこを超える段階で多くの死傷者が出ており、冒険者を死なさないことに心血を注いでいる御役所にとっては悩みのタネだった。

 それを俺達が倒したことで、あの地は数ヶ月安全となったのである。

 職員の人達からは感謝され、解体も快く引き受けてくれたとか。評議会内にある「大型魔物解体部隊」の指導の元、ハルピュイアは髪の毛と羽、爪とばらばらにされて俺達の元へ届けられたのだ。


「えーと確か、置き場に悩んで……便所にでも置いたんじゃなかったっけ?」

「コラァ! どこ置いてんのさ!」


 頭を引っ叩かれた。しかしこっちとしても、自分達を苦しめた相手の髪やら爪やらは欲しくないのだ。即座に売ろうとしたが、「こんなもん扱えるか」と市を追い返された。


「ふむ……」


 ババアは椅子から飛び降り、便所に入る。すぐにまとめて吊るしてあった髪の毛と、オブジェにしていた爪を持って出てきた。


「天井から髪の毛の塊を吊るすな。何事かと思われるじゃろうが」

「えー」


 それからしげしげとそれを眺める。ちなみに羽根は袋に詰めて二階の脱衣場に置いてある。ツュンデンさんにバレたらぶん殴られかねない。


「うむ、よし。小僧共」


 そしてババアは俺とシュヴァルツに言った。


「儂を迷宮に、連れてゆけ」

「はぁ?」



「……何いってんですか師匠」


 ババアの発言にしばらく固まり、長い沈黙の後シュヴァルツが言った。ババアは「言った通りじゃ」と呟いて頷く。


「何いってんのさレーゲン! 私らは一応お尋ね者、御役所の管理も今は厳しいんだよ?」


 ツュンデンさんがカウンターから身を乗り出して言った。そうだそのとおりだ! ボケたのかババア!


「ぶちのめすぞ小僧。正攻法で行けないのはわかっとるわい。……あれじゃ、あるんじゃろう? 帰還の──なんとかとやら」

「帰還の楔のことか?」

「それじゃそれじゃ」


 二本で対になっており、一本を持ち歩き、地面に刺せば即座にもう一本の元へ戻る、という便利なアイテム。今はハルピュイアのいた浮島に突き刺さっているはずだ。

 本来神霊のいるエリアに刺すことは推奨されていないが、今回は緊急事態だったので仕方ない。まあ撃破しているし安全だが。


「師匠、あれは確かに便利ですが、使うには御役所の中を通らないといけないんですよ。無理ですって……」

「そーだぞ。しかもあの楔は悪用禁止のために迷宮内と役所以外では使えないんだぞ」

「それも承知の上じゃ。お主ら、儂を誰だと思っておる?」


 何をわかりきった問いを。


「見た目ガキの中身ババア」

「意外と子供っぽい」

「クソガキ」

「全員まとめて吹き飛ばすぞ!」


 レーゲンがぱっと手の中に杖を出現させこちらに向けた。やめろやめろ! てか俺達だけじゃなくてツュンデンさんも言っただろ!?


「あの楔を作るのに、儂も協力しておる! あの楔の仕組みも、刻まれている術式も、把握済じゃ!」


 作るのに、協力しただと? あの楔は二十年前には無く、最近生まれたものだと聞いたが。


「儂は大魔女じゃぞ? 二十年前、冒険者をしている最中にその楔の構想を聞いてのぅ。便利じゃし、儂としても欲しいから意見を出してやったんじゃ。話を聞くに、おそらく儂のアドバイスがそのまんま入っておるようじゃし」

「意見を出したって……」

「無論。迷宮内と対となる座標を即座に割り出し転移させるという複雑な術式を小型軽量の物体に収める大きさにまとめ上げ、その上で迷宮内の目隠し用術式も取り入れ尚且量産を可能とした技術力は儂のおかげじゃ。雑な転移ではまるごと地面に叩きつけられて挽肉になる故一度肉体の構成を解きその状態で座標を移動するという非常に高度な術式、当時の役所連中では思いつきも、実行もできなかっただろうがなぁ儂は」

「うるせえうるせえわからんわからん!」


 長々と喋り立ててババアは得意げに腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。そういうところが子供っぽいんだ。ちなみに話の内容はさっぱりわからん。


「というわけで、楔を取ってこい」

「無茶言うなやババア!」


 思わずデカイ声を出した。何が「というわけで」だ! 御役所に置いている楔を取ってこいってことかよ。


「長時間取るわけじゃあない。ちょちょいと取ってきてくれれば、儂がぱっぱと複製してやる。改造もしてやるぞ? この宿、二股の黒猫亭からでも迷宮内に飛べるようにな」

「もろアウトだわ」


 犯罪だ。御役所にバレれば怒られるのは俺達だし、ババアの存在がバレれば牢屋送りだろう。


「やかましい! 御礼の品持ってきたとかいう言い訳を立てて、とっとと役場へ行って取ってこい!」

「理不尽クソババア────っ!」


 杖で追いたてられ、俺とシュヴァルツは宿から追い出された。







「……これでいーのか」

「うむ」


 役場へ御礼の品を持っていき──廊下と部屋を血塗れにしたお詫びとも言える──謝罪した隙に、シュヴァルツが炎の精を使ってこっそりと楔を回収した。

 今ババアの前には楔が置かれている。器用に外装を分解し、刻まれた術式を確認している。それから鼻で笑った。


「本当に儂の教えたそのまんまを使っておるな……。これは権利を訴えても良いのではないか?」

「師匠はお尋ね者でしょう一応」


 そこから、こつこつと作業を行い始めた。何もすることがないので俺達は大人しく、席についてぼーっとすることにした。




「おはようございますツュンデンさん……レーゲン先生……」


 暇を持て余しポーカーを始めた俺達の背後から声。階段からふらふらなオランジェが降りてきた。見るからにげっそりしている。時刻はもう昼前だ。


「おそよう。何食べる?」

「別にいいです……ツュンデンさんの美味しいご飯が食べられないのは心残りですが、喉を通らないので……」

「おや残念」


 ()()()()()をロート達から聞いているツュンデンさんは、にやにやと嫌な笑いを浮かべる。やな大人だ。


「そのままだと冒険に支障が出るんじゃないの? 明日から探索再開らしいけど」

「はい……あいつらへの威厳のためにも……」


 威厳も何も、奴がそうなった原因は仲間の一人にあるのだが。それにしても、これは中々である。グリューンもここまでとは思っていなかっただろう。


「だっせ」

「ぶっ飛ばすぞクソ詐欺野郎!!」

「るっせぇヘタレクソボケ」

「やめんか!」


 いつもの調子で掴み合いをする俺とオランジェ。

 先程ツュンデンさんが言ったが、明日からまた探索再開である。半月以上の間、探索停止を余儀なくされていたのだ。体が訛ってしまう。


「三層で出会った()()()のこともあるからな」


 探索再開は早いほうがいい。

 ちなみに、鷹の目連中はリハビリも兼ねて一層からの再探検だ。先を急ぐあまり見落としていたものを再確認するという任務である。四人も同時に出発予定だ。


「よし! できたぞ!」


 ババアが高らかに掲げるそれ。なんと書いているのかもわからないような文言が刻まれた紙が巻き付けられた長い針。……雑すぎないか?


「それで大丈夫なのかぁ?」

「儂を疑うか。とにかく! これでこの宿から迷宮内へ転移が可能になったぞ」


 宿から出発して帰還すると宿に戻り、役場から飛ぶと役場へ戻る。宿から出発して出てくるときは役場、などということは、本人曰くありえないらしい。随分と自信過剰だ。


「レーゲン先生流石です! 貴女の知識と技術には、到底頭が上がりません」

「わかりきったことを褒めるでないわ若造め。深い意味はないが飴をやろう」


 オランジェの言葉にわかりやすく調子に乗るババア。

 初対面のときにオランジェはレーゲンを女児扱いしたのだが──それでも敬語、片膝付きと恭しく接していた──、結果として顔面に杖の殴打を食らう羽目になった。その後オランジェは謝罪し、「先生」と呼んでいる。


「とにかく、これで問題はないわけじゃな」


 ババアはそういうと立ち上がり、立てかけた杖を握った。


「明日、儂も同行してやろう。迷宮四層、『大母(たいぼ)絶海(ぜっかい)』へな!」



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