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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
4章 愚か者或いは英雄の決意
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45 : 男の意地



 ブラウの誕生日、休養日から二週間後──。

 俺達は今、三層終了目前まで来ていた。道順を辿れば、あといくつかの島を超えるだけだ。


「もうあそこに島が見えていますわね!」

「おい……ロゼ、そんなに身を乗り出すなよ……」


 橋の上からロゼが下を覗く。確かに眼下には、最後の浮島──神霊ハルピュイアの根城が広がっていた。大きさは今まで通過した島の中では小さい方だ。


「この橋、ほんとにほぼ島の真上を通っているんだなー」

「距離だってかなり近いわよ!」

「ハルピュイアさん? は見えませんが……ここでも襲われそうですわ!」


 こんなに近いのに、橋がないからというだけで遠回りを余儀なくされる。ここから次の島を通過し、一段低い位置にある島々を通ってから橋を渡らなくてはならない。面倒だ。


「飛び降りれたら早いのになー」

「ふざけたこと言うなよ。心臓が止まる!」


 シュヴァルツはあいも変わらず下を見ないように歩いている。下が吹き抜けの空よりマシだろ。


 その時きぃぃん、と言う鳴き声が響く。顔をあげるとそこには、極彩色の羽を持つ大きな鳥がいた。こんな足場の悪いところで戦いとは面倒だ! 


「出たな!」

「できる限り早く倒してくれ!」


 シュヴァルツは足手まといになるので、ロゼと共に下がらせる。大口を開けて、鼓膜を直接揺さぶるような超音波を発した。即座に耳を塞ぐ。


 この大鳥は『コルパ』という魔物だ。羽根は上質なローブの素材になるのだが──肉はまずい。何よりこんな場では素材を取るのも難しい。ここは諦めるしかない。攻撃してきた以上、見逃すことはできやしない!


「クロスナイフ!」

「略式霊槍、真空波」


 俺の斬撃とブラウの槍から放たれた風が、奴の両翼を切り裂く。緩んだ隙にロートの銃砲が火を吹いた。大口を開けたその中にブチ込まれ、奴は真っ逆さまへ落ちていく。ハルピュイアの頭の上に落ちたりしてな。


「よし、無事」

「早く渡ってしまおう」


 そのとおりだ。俺達は先を急ぐ。






「さあさあこっちは肉があるよ! 魚と交換だ!」

「上等な毛皮と野菜を交換しないかい? こっちは野菜が足りてねぇんだ」

「珍しい鉱石が採れたよー! 布と食い物と交換だー!」


 森を抜けた俺達が目にしたのは、人々が集まる広場だった。テントが張られ、布が引かれ、イロンナ人達がその上でものを並べている。まるで、街の市場のような雰囲気だ。


「ここは迷宮の中だよな?」


 呆けている僕らの前に、丸々とした腹の男が毛皮を背負って歩いていく。男はこちらを見ると、人当たりの良さそうに笑った。


「おおあんたら、冒険者だね? ようこそ、『迷宮大市』へ!」


 大市? 首を傾げた俺達を良いカモだと思ったのか、すぐそこのテントまで手招きする。大人しく従った。引かれた布の上で胡座をかき向かい合う。


「驚くのも無理ないねぇ。ここは、冒険者達が開いた市なんだ」

「開いたって……なんでこんなところに!?」


 わざわざ迷宮内でしなくても。俺達の反応は想定内なのか、男は慣れた様子で解説する。


「俺達は元々、冒険者だったのさ。でもこの三層で心が折れちまってなぁ。俺達が現役だった頃には、今みたいななんだっけ、あれ、帰還のなんたら。あんなもんなかったからねぇ、ここから街に戻るのなんて、命がけだったんだよ」


 ツュンデンさんも言っていた。帰還の楔が生み出されたのは割と最近なのだと。確かにここから街に戻ろうと思えば、下ってきた島を上り、またあのセトが潜む広場を抜けて二層に行かねばならない。


「だから俺達はもう、ここに定住することにしたのさ。自分達が生きるぶんの物を集め、自給自足で暮らす。魔物にさえ気をつけりゃあ、住めば都よ」

「気をつけるったって……いつどこからどんなのが来るかわかんねえのにか?」


 今この瞬間空から襲われる可能性さえもある。


「そうさ。まあ幸い、同じような考えの連中が集まったおかげで、随分ここも暮らしやすい。人が来るたび、定住者が増えていく。犯罪者が逃げるために冒険者になって、そのままここで定住するのも少なくないからねぇ」


 脛に傷を持つ人間にとって、冒険者とは便利なものだ。偽名でも登録してしまえば、法の届かない迷宮まで逃げられるのだから。確かにここで暮らしていれば、捕まることも罰されることもないだろう。


「嬢ちゃん達も、無理だと思えば諦めてここにいりゃあいいのさぁ」

「俺は男だ。殴るぞ、おっさん」

「抑えろ、ヴァイス!」


 思わず拳を固めて掴みかかるが、シュヴァルツに羽交い締めにされる。止めるな!! 男は一歩下がりながら、慌てた様子で言った。


「わ、悪かったよ、兄ちゃん。まあとにかく、無理して進むことはねえのさ。無理に止めることもしねえがな。ちょっとした休憩がてら、市を見ていくといい。布や食料、武器まで何でも揃ってる。物々交換だから、そっちの素材と引き換えだがな」


 そう言って俺達の持つ鞄を見る。この一週間でもかなりの量が集まった。物々交換、確かにこんな場所では金を使うよりは賢いだろう。俺達はとりあえず、情報収集も兼ねて市を歩くことにする。



「おっとそこのアンタ、武器を見ていかないかい?」


 肉、野菜、などの食べ物の市を覗いて歩いていたら、向かいからそう呼び止められた。布の上に広げられた剣や槍、武器屋のようだ。


「こんな迷宮内で武器とか、どうやってんだ?」

「この市のそばに、鍛冶場があるのさ。迷宮内で採掘される石や素材を使って、この場で作ってるってわけよぉ」


 見せてもらった武器類は、地上の市で見るものと大差ない。無駄な装飾がなく、ただ敵を倒すことに特化した武器だ。


「残念だけど、武器は足りてんだ。何なら予備もあるしな」


 元々持っている二本のダガーに加え、いつぞやの鷹の目との勝負で手に入れたダガーもある。ツュンデンさんから渡されたやつは、少し刃渡りが他二本と比べて長いので、腰の後ろにさしている。予備だ予備。


「あー残念……って、ちょっとそれ見せてくんねえかい?」


 俺が見せたダガーに食いつく。なんだなんだと思いながらも三本とも渡した。ルーペをつけ、しげしげと眺める。


「アンタこれ……どこで手に入れたもんだい?」

「どこもなにも……。そっちの二対は故郷のババア──師匠から貰ったもんで、こいつは知り合いからもらった。安く譲ってもらったって」


 なんだその大袈裟な反応は。俺が首を傾げていると、おっさんはわなわなと手を震わせる。


「こっちの二対は、俺でも見たことねぇ鋼で作られてる! 非力でも持ちやすいほど軽く、無駄なく細い! ……その上で鋭く、硬い! 持ち手だって、吸い付くような触り心地……巻かれているのはなんの皮だ!?」


 思わず目を見開く。おっさんは持ってみろと、そこにあった適当なダガーを俺に渡した。持ってみる。どうにもしっくりこない。俺のダガーと、そこまで見た目に違いがあるわけではない。


「こっちのやつだって……これ、知り合いからもらったって……知り合いはなんと!?」

「な、なんか、鍛冶屋から譲ってもらったって……」

「どんな鍛冶屋だ!! 俺はこの道十数年、こんな業物と出会ったことはねぇ! こんな超逸品に囲まれりゃあ……価値に気付けねぇわけだ!」


 大盛り上がりしているが、どうにもピンとこない。二本の方は幼い頃から使っているものだ。ババアが投げて寄越したもので、今の今まで何も思わず使っていた。


 確かに思い返してみれば、今まで一切刃こぼれしなかったり、体がデカくなっているのに持った心地が変わらなかったりと違和感はあったが。


「ってそっちの兄ちゃん! アンタの槍、なんだいそりゃぁ!」

「私のですか?」

「とんでもねえ魔力が籠もってる! 何を使って作られたもんなんだよそりゃぁ!」


 ブラウがいつも持っている、「略式霊槍」とかいう奴だ。


「さあ、わかりません。貰い物なので」

「なーんか()()()()感じは否めねぇが、それでも相当だ……。そっちの黒髪の、アンタの杖もだが」

「そっちのダガーと同じく、師匠から渡されたものです」


 シュヴァルツの杖。先端に天球儀を模した飾りの付いた、結構な長さのある杖。


「これも、体内の魔力を極限まで外に漏らさないよう設計されている。とんでもねぇ……。……待て待てそっちの嬢ちゃん、その箱みてえなのはなんだ、武器か?」


 ロートの銃砲。でっかい棺桶みたいな、いつものあれだ。


「アタシの? 銃。母さんから譲ってもらったもんよ。母さんが知り合いに作ってもらったって」

「アンタらの縁者はなにもんなんだ!!」


 おっさんがルーペを放り投げて叫んだ。


 俺とヴァイスに武器をくれたのはババア。

 ロートの銃砲はツュンデンさんが使っていたもの。

 ババアもツュンデンさんも、伝説のギルド「ゼーゲン」のメンバーだ。相当なものを持っていても納得できる。

 しかしそれを俺らのようなガキに渡すなよ。

 ブラウの槍は一体、誰から貰ったものなのだろうか。店主のおっさんは頭を抱え、自信を喪失している様子。


「大丈夫かおっさん……」

「アンタら、ただもんじゃねえよ……。頑張れよ……」


 もうすっかり萎れてしまっている。俺達は軽く頭を下げてそこを通過した。




 市場はかなり広い。この浮島がそこそこ大きいせいだろうか。鷹の目も、ここを通過したに違いない。


「そういやぁ聞いたかい? 暫く前に神霊に挑んだギルドが、また向かってるって」


 そんなことを考えていたら、噂話が聞こえてきた。おそらく鷹の目についてだろう。三人組の男達が集まって話している。


「ちょっと、その話聞かせ貰えないか?」


 あいつらがいつ通ったかがわかれば、あいつらに負けずにすむ。俺は話をしている連中に声をかけた。彼らは少しびっくりしていたが、教えて欲しいと上目遣いに頼むと戸惑った後に話し始めた。


「ヴァイスって、女扱い嫌いな癖に利用はするんだよ」

「タチ悪〜」


 背後からシュヴァルツとロートの声が聞こえた。うるせぇ。


「構わないが……大した話はないよ。暫く前に神霊に挑んで、ボロ雑巾みたいになったギルドがついこの一週間前くらいに、ここを通ったんだ。神霊に勝つって息巻いて降りていったが……」

「へぇ、一週間前か……」


 案外大差ないな。


「暫く前に来たときも、俺達は止めたんだぜ? 神霊と真っ向からやり合うなんて無理だから逃げるべきだって。それなのに挑んでいって、あんなことに……」

「死んだと思ってたがなぁ。下から吹き荒れる風が、あそこの橋を揺らしたんだから」

「なんでも奴ら、二層の神霊にも挑んだらしいぜ」


 それは初耳だ。俺達でさえも逃げを選んだ相手だというのに。感心していると、俺の耳にとんでもない言葉が聞こえてきた。


()()()()()()()()鹿()()()


「────は?」


 思わず、低い声が出た。男達は聞こえなかったのか、話を続ける。


「神霊に挑むなんざ、馬鹿のやることだぜ。勝てるわけねぇのに!」

「全くだ。二層でも結局負けて、逃げて降りてきたんだろっての! こっちにも一回全滅まで追い込まれて、なんでまだ戦おうとするんだよ。馬鹿だよ馬鹿」

「学習能力がねえってことだろ! 今回は死んじまうんじゃねえか?」

「なんでそこまですんのかって聞いたら、『意地』だとよ」

「なんの意地だよ! お命一番だってのによぉ!」

「まだ奴の声が聞こえてこねえから、戦っちゃいねえだろうがな」

「市中で賭けがされてるぜ? 死ぬか、ぼろぼろになって冒険者引退かってな!」

「その前に逃げ出したんじゃねえのか? 市を出てからもう一週間だぜ?」


 目の前で響く、げらげらという笑い声。頭の中が、沸々と熱くなっていく。


「そんな馬鹿に付き合わされる仲間は、可哀想だなぁ!」





 俺の振り上げた拳が正面の男の鼻っ面へめり込むのと、シュヴァルツとロートの拳が残り二人の頬を抉るのは同時だった。

 派手な音を立てて男達がひっくり返る。



「悪い、手が出た」



 騒ぎを聞きつけて周りに人が集まる。ロゼは口元を抑え、ブラウはため息をついた。


「な、何しやがるお前らァ! いきなり、なんだってんだ!」


 シュヴァルツが殴った男が立ち上がる。俺やロートの一撃と比べ軽かったからだろう。案の定鼻血を吹いたり歯が折れたりしてぶっ倒れている。


「お前らは俺の、()()()()を笑った」


 鼻血のついた拳を振るった。中々血が落ちない。意味がわからないと怒鳴る奴の胸倉を掴み上げる。


「こんなところで留まってるような野郎に、あいつが馬鹿にされる筋合いはねぇ!!」


 男は爪先で地面を引っ掻きながら叫ぶ。


「ライバルだかなんだか知らねえが……! ボロ雑巾にされた相手に、また挑むってのは馬鹿のすることだろうが! 意地だがなんだか知らねえが、大した理由もねえのに──」


()()()()()()()()()()()()ッ!!」


 俺は叫んだ。声に怯んだ男を放り出す。


「負けて悔しいと思わねぇ奴がいるのか! 怖くて先に進めねぇってのが、情けねえと思わねえのか! 何が市場だ! 何が命が大事だ! 男なら、命張って勝負しやがれ!! 腐っても、冒険者だろうが!!」


 投げられた男が逃げようとするのを、ロートが脚で制す。周りに人が集まってきたが、皆遠巻きに見ているだけだ。その場にいる全員に響くような声で、俺は怒鳴る。



「テメェの命惜しさに先に進めねぇような野郎に! あいつを……オランジェを笑う資格はねェ!!」



 静まり返る広場、ちらりと一瞥して俺は市場を出た。後ろからシュヴァルツ達も続く。

 暫く歩いて、俺は振り返らず言った。


「悪い、騒ぎ起こした」

「いいよ。僕とロートも同罪だ」

「もう五、六発殴るんだったわ」


 それにしても意外だった。ロートはまだしも、普段あんなに面倒事と人情を嫌うシュヴァルツが暴力に走るなど。何かを心境の変化でもあったのだろうか。


「ご立派でした。シュヴァルツ様」

「ありがと」

「……これから、どうするのです?」


 ブラウの質問に、俺は答える。


「あいつらが市を通過したのは一週間前だと言っていた。ならもう神霊のいる島に付いてるはずだ。それに追いつく」

「今から急いで、島を超えますか」

「……」


 少し思案。それから、俺は仲間に告げる。


「明日、夜明けと同時に『ハルピュイア』の元へ向かう」


 どうやって、とシュヴァルツから質問が飛んだ。俺はそれに答える代わりに、にやりと一度笑う。市場を出てから俺達は、どこを目指していたと思うのだ。


 吹き荒れる風が橋を揺らす。シュヴァルツの顔が、かすかに引きつったように見えた。





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