43 : ついていく理由
「お互いの、リーダーに対する不満を言ってみて」
「馬鹿」
「猪野郎」
「うーん、危なっかしいですかね」
「阿呆」
「女好き」
「短絡的思考」
シュヴァルツが二つ言った。グリューンはそれに頷き続ける。
「みんな同じようなもんだね」
各々好き勝手述べる意見を聞いて、グリューンは二度三度首を縦に振った。
「こんなふうに、僕らのリーダーはなーんか似てるんだよ。同じ十二貴族だったり、家出してたり、そんで二人共馬鹿。……それで、同じような馬鹿についていく僕らもまた、似てるんだよ。きっとね。
まだ僕がそっちのヴァイスと会ったのは数回しかないけど、彼と接してる君らを見てると思うよ。きっと、彼はオランジェとよく似てる。
ああ、同じように馬鹿とか猪野郎とかって言うんじゃないよ。そんなの誰でもわかる。うん、二人共、絶対ブレない芯があるんだ。あの馬鹿な勝負……覚えてるよね。あのとき確信した。
……オランジェってさ、知ってのとおり女好きの馬鹿じゃんか。男に厳しいし、好かれもしないのに優しくするし、あの通りなんだけどね。そんなあいつなんだけど、絶対容姿で差別はしないんだ。性別で差別はするけどさ。
あいつ、どんな人でもその人が女性ってだけで優しいんだ。歳とってても、子供でも、自分より尊いもので守るべきものって言って、優しくするんだ。女か男かを見極める目も凄くてね、一言、二言話せばもう判別できる。
ああ、ヴァイスは別。本人曰く、あいつは本能的に合わない、ってさ。ヴァイス以外に、あいつがひと目で性別を判断できなかったのは──ひとりしか、いないね。
外見は男でも、心は女の人にあったことがある。そんな人にでもオランジェは最初から、女の人に接するように扱った。
ごく自然なふうに、当たり前なように。女性は生きているだけで素晴らしい。俺なんかより価値のある存在なのだから、大切にされるのは当たり前だろ、って言うんだよ。あいつは。
リラ達と初めて会ったとき、刺されたって言ったけどさ。刺されて、血塗れになりながらあいつは言ったんだ。貴女の様な方が手を汚さなくてよかった。自分が刺されてるのにだよ? 自分が、死ぬかもしれなかったのにだよ?
オランジェは自分に価値がないと思っている。いつ死んでも構わないと思っている。子供の頃から刷り込まれた思考に支配されてなお、女性という存在を尊ぶべき大切なものだと信じている。
何度痛い目に遭っても、その思考は変わらない。……何度酷い目に遭っても、人助けを止めない君達のリーダーに、よく似てると思わない?」
長話が終わり、シュヴァルツ達は黙り込む。この会話から伝わる、グリューンからオランジェへの絶対の信頼。彼らのような信頼と深い絆は、「燕の旅団」にはあるだろうか?
「僕らはみんな、何かしらでオランジェに恩がある。だからこそ、何があってもオランジェに着いていくと決めてる。オランジェの願いは、僕らの願いだ」
真っ直ぐに、シュヴァルツ達を見る瞳。緋色の目に見据えられて、三人は息を呑んだ。
「……」
三人は確かにヴァイスへついているが、彼らのような「熱」は、無いのではないか。ここにいないブラウだって、きっとそうだろう。
己の命すら、願いすら預けられる絶対的な信頼を、彼らはヴァイスに抱いているのだろうか?
ヴァイスとシュヴァルツは十年来の幼馴染にして、友人である。口ではなんだかんだと言いながら、本当に嫌いならば、あの日伸ばされた手は掴まなかっただろう。
ロゼからヴァイスへの思いは浅い。彼女の同行する理由はシュヴァルツにある。彼に着いていくことが彼女の望みだったからだ。故にヴァイスへそこまでの恩があるわけではない。
今はここにいないが、ブラウはもっと酷いだろう。ブラウが燕の旅団にいる理由は、ヴァイスの父から命を受けたからだ。彼にとって大切なものは、主の命令と弟のみ。それらとヴァイスを天秤にかければ、ヴァイスを放り出す程には忠誠心も、絆もない。
ロートからみたヴァイスは、憧れである。自分の夢のために飛び出した彼のことが、眩しかった。羨ましかった。そして彼のおかげで、彼女は自由になった。そういう意味では、彼女にとってヴァイスは恩人なのかもしれない。
思い返して気づく、「燕の旅団」の脆さ。信頼と、絆の欠如。不意にそこを突かれたことで、彼ら彼女らに動揺が走る。それを見てグリューン、ゲイブ、リラは小さく頷いた。
「一度ついていくと決めたのなら、生半可な気持ちじゃ駄目だと思う。少なくとも、僕はね。
僕らがあいつらを信用してなくとも、あいつらは僕らを信頼している。その期待を、裏切ったらいけない。そのズレはきっと、やがて大きな溝になる。
そうなる前に──」
そこで、グリューンはぐっと腕を押さえた。包帯が巻かれ、三角巾で吊るされた腕。先の戦闘で負傷したと思われるそこを押え、弱々しいが笑顔を見せる。
「信じてあげて、支えてあげて。リーダーだけに背負わせることは、しちゃ駄目だ。
一人で飛び出すあいつらを、仲間達が止めなきゃ駄目なんだ」
グリューン達の胸にあるのは、後悔。三層の神霊との戦いで負傷したオランジェ。彼は、仲間達を庇うために前へ飛び出した。
自分達が守らねば、支えなくてはならなかったはずなのに、止められなかった。その結果、彼らよりも深い傷を彼は負った。
右腕を負傷し、頭から血を流すグリューンを、同じかそれ以上にぼろぼろになったオランジェが背負って逃げた。朦朧とする意識の中でも、グリューンは忘れない。リーダーの目指す場所に連れて行くことが、仲間の役目なのに。
「……覚えておくよ。絶対」
絞り出すように、シュヴァルツが呟いた。後ろの二人も頷き、それを見て鷹の目メンバーは微笑む。
「うん、お願い。そうしてあげて」
話が終わり、空気が弛緩する。穏やかな午後の昼下り。
しばらくの無言。その後、ロートがカウンター奥へ向かい、棚を開いた。
「なにか飲む?」
「じゃあ僕果実水で」
「私もお願いします」
「僕は水で」
「大丈夫っすよロートさん。自分でやるっす」
「いーのいーの。金髪君も眼鏡サンも紅茶でいい?」
立ち上がったゲイブを制し、ロートがグラスとカップをかちゃりと鳴らした。カウンター奥から突き出される三つのグラスと二つのカップ。
「ありがとう」
「ありがとうございます、ロートさん」
「ありがとね」
「ありがとうございますっす」
「どうもありがとう」
「いーわよ」
礼の言い方にも各々差が出る。ここまでばらばらな人物が、皆揃って誰かの下に着いている。彼らをまとめるヴァイスとオランジェ。リーダーとして、人をまとめる人物は皆、なにか変わっていないといけないのかもしれない。
「そういえば、ヴァイス以外にオランジェが見極めれなかった相手って、誰なんだ?」
ふと、シュヴァルツが言った。あの日のヴァイスは眠っており、酒も入っていてかなりおとなしかったため──いや、おとなしいとは言えないかもしれないが──、女と間違えたのも無理はない。
あそこまでの人物は、他にいるだろうかとシュヴァルツは疑問を呈したのだ。
その言葉に、あーとゲイブは言葉を濁す。リラとロートは顔を見合わせ、苦笑いした。ロゼはぱちくりと瞬きをし、グリューンは黙って目を伏せる。
「あー、それはっすね。まあ、いたんすよ」
「子供でも、体と心の性が異なる人物でも、見極めれるんですけどね。普段は。でもまあ、その時は間違えたっていうか……」
「あれよ、ヴァイスがアタシらには普通なように、例外があったってこと」
そう、とロートが指を立て、カウンターの上へ前のめりに。
「その話は置いといて、三層の話を聞かせてよ! 三層には詳しくないからね、話だけでも聞いておきたいわ」
「そ、そうっすね!」
急に話題が逸らされる。シュヴァルツは場違いな空気を感じていた。首をひねるシュヴァルツの肩に、ぽんとロゼの手が置かれた。
「何この空気……」
「シュヴァルツ様……少し、鈍いですわよ」
「へ?」
ロゼから向けられる生暖かい視線にたじろぐ。まだ訳がわからないようで首をひねるシュヴァルツに、グリューンはそっと耳打ちした。一言、二言声を聞く中で顔色が変わる。
「は?」
ぽかんと口を開き、大きく目を見開いた。ロートの呆れたようなため息と、ゲイブとリラ、ロゼの苦笑いを聞き、グリューンの冷えた視線を浴びてシュヴァルツは固まるのだった。
──そして話は現代、「燕の旅団」と「鷹の目」が銭湯にて再会した瞬間へ巻き戻る。




