42 : 笑える男
──突然だが、話はひと月前まで遡る。
丁度定例会議により燕の旅団と鷹の目、双方のギルドリーダーが不在していた頃の話だ。
皆揃って休暇、一階ホール部分でたむろしていた彼ら彼女ら。ツュンデンとレーゲンは店番を任せ、再建された教会へ出かけた。クヴェルは友達と遊びに行っている。その中でふとロゼが、一つの問いをなげかけたことから話は始まる。
「そういえば皆様は、どういった経緯でお集まりになったのです?」
その問いに、鷹の目の三人は同時に素っ頓狂な疑問符を上げた。
「な、なんでそんなこと気になるんすか」
「皆さんオランジェさんに遠慮がないですし、仲がよろしいようですから」
「アタシも気になるー! アタシらのことは話したんだし、次はあんた達のことを教えてよ」
丁度その前の日、ロートが迷宮案内人をやめたという話をしたのだ。その流れで、「どうして燕の旅団に入ったか」という話が始まってしまった。目をきらきらさせるロゼとロートの圧に負け、ゲイブはグリューンの影に隠れた。
「頼むっすグリューン!」
「僕なの? なんで」
「オランジェ君と一番長い間いるのはグリューンなんすよ〜」
前に押し出されたグリューンは、渋々な表情で口を開いた。
「どこから話したものかな……。とにかく、リーダー……オランジェについて話した方がいいよね。
うん、これ言っていいのかな。まあいいや。オランジェは十二貴族の人間だよ。牡牛領領主の息子、ヴァイスとはお隣さんだね」
「ちょっと待った」
シュヴァルツとロートがストップをかけた。机の上のグラスに雫が伝う。
「どういうこと? え、あいつも十二貴族?」
「そうなんだって」
「どんな確率よ! たまたま十二貴族の時期当主達が冒険者目指して、たまたま同じ宿に泊まってて、たまたまライバルになるって!!」
捲し立てるロートと反対に、ゲイブは腕を組みうんうんと頷いた。
「不思議な話だけど、それがあったんすよねー」
「俺達だって先日ヴァイスさんが十二貴族って聞いて驚きましたよ」
シュヴァルツはこめかみを押さえて呻く。
「家を飛び出す十二貴族の人間なんて、ヴァイスくらいしかいないと思ってたよ……」
「うん、僕らもそう思ってた。まあ、オランジェはまた別の事情があったんだけどね」
それから仕切り直し、グリューンの語りは続いていく。
「オランジェは双子で生まれた。十二貴族の家にとって、兄弟ならまだしも双子なんて最悪、らしい。父親は優秀な方に名前を与える、って言って二人に名前を与えなかったそうだよ。
案の定、オランジェは出来が悪くて弟が名前をもらった。オランジェはいらないやつになった。
それに耐えられなくて、家出したらしい。冒険者になるために、迷宮に来るために屋敷を飛び出して──僕に会った」
懐かしむように、恥ずかしがるように、グリューンは口元を隠している襟の部分をさらに持ち上げた。
「今でも覚えているよ。あいつと初めてであった日のこと」
グリューンはふっと視線を上げ、それから戻す。
「──上半身裸に素足で、野犬に吠え立てられながら木にしがみついていた姿」
「待て」
すかさずシュヴァルツが二度目のストップをかけた。
「は?? なんて? え?」
「上半身裸に素足で野犬に吠え立てられながら木にしがみついて」
「何があったわけ? あいつに、何があったわけ? 蝉?」
ロートが身を乗り出して問いかける。
「なんでも街で怪しい奴らに引っかかって、身ぐるみ剥がれたそうだよ。追いかけられて森の中に逃げ込んだはいいものの、野犬に追いかけられて逃げ場を無くしてたらしい。そこに、僕が通りかかったわけ」
「グリューンは森で狩人をしてたそうっすからね」
「何度聞いてもそのくだり意味わからないんですよね」
けらけらと笑うゲイブにリラ、シュヴァルツとロート、ロゼは絶句していた。
「そんな情けない格好で、あいつ言うんだよ。あんた俺を助けてくれないか? って。堂々と。それ見てさ、僕、死ぬほど笑ったんだよね。それまで生きてて、こんなに笑ったことないってくらい」
思い出しただけでも愉快なのか、グリューンは目元を緩ませた。
「そっから助けて、家に連れて帰ってやったんだ。その時の弓の腕に目をつけて、俺と迷宮に行かないかってスカウトしてきてさ。その時は無視してたんだよ。
家に連れて帰ってやったのも、面白いものを見せてくれたお礼のつもりだったんだ。人生で初めて、動けなくなるくらい笑ったからね。
……一文無しになったオランジェは、そっから暫く僕と父さんと共に暮らしてたんだ。役に立たなかったけど狩りを手伝わせたり、街まで毛皮を売りに行かせたり、たまに父さんに稽古つけてもらったり。
父さんは僕に弓を教えた人だけど、剣の扱いも上手かった。オランジェの剣の腕は、父さんに教えてもらったものだよ。あと定期的に無茶振りをさせてた。あいつ何をしても面白いから。
それで路銀ためて、色々あってから僕も同行したってわけ。……そっからまあ船乗り間違えて蟹領行って、二人に会うわけだけど」
「色々って何」
「どんな乗り間違いで蟹領行くのよ」
はいお終い、とでも言わんばかりのグリューンの締めに二人は不満を漏らす。
「とにかく、グリューンさんがオランジェさんに同行した理由って……?」
ロゼの質問に、グリューンは軽く首を捻り、それから答えた。
「あいつといたら面白いものが見れそうだから。それだけ」
納得いかないとでも言うようにブーイングが飛ぶ。眉をひそめてグリューンは呟いた。
「なんで不満そうなの」
「いや、なんかもう少し理由とか動機とかあるのかなーって。グリューンって旅に出たときまだ十五だったんでしょ? その歳でついてくくらいだから、よっぽどだったんじゃないのーって」
「いや。そんな理由はないね」
あっさりしたグリューンの返答に、ロートは小さく「そう……」と呟き引き下がる。ゲイブが軽く笑いながら言った。
「まあそんなもんっすよ。俺らだって、似たようなもんですし。
──俺も、思い出してきたっすね。オランジェ君と初めてあった日のこと」
目を伏せ、しみじみと言うふうに口を開く。ゲイブの言葉に、リラも軽く頷いた。マシな話が聞けるのか、とロートが座り方を正す。
「今でも目を瞑ればありありと映し出されるっす……」
目を伏せるゲイブの脳裏に映し出される、鮮明な記憶。
「リラに背負われて、オランジェ君が俺の働く病院に担ぎ込まれてきた日を──」
「はい止め」
本日累計三度目のストップ。シュヴァルツは、話しているだけなのに顔が疲れてきている。
「どういうことなんですか」
「なんでファーストコンタクトがそれで今いい風に話してるのよ」
「何があってオランジェさんはそんな重症を……?」
三人から問い詰められて尚、ゲイブはにこやかな笑顔を崩さなかった。
「まず港で間違えたぞ、ってなってさ。側にいたリラに声をかけたんだ、あいつ」
「そこで俺と話してたら、隣で男女が喧嘩を始めましてね……。逆上した女性が刃物を抜いて男性襲いかかろうとしたその瞬間、オランジェ君は飛び出して男性をかばったんですよ。脇腹を刺されて、大騒ぎ。下手なところに運び込むよりはって、ゲイブの働いていた病院に連れて行ったんです」
「働いてたつっても、下働きだったんすけどね。空いてた手術室ぶんどって、緊急手術したんすよ。いやー無事で良かったっす」
何食わぬ様子で話す三人に、シュヴァルツもロートもロゼも困惑する。彼らの出会いも中々に妙だったが、鷹の目の連中は度を越しているらしい。
「なんていうか……。オランジェは、ことごとくそういう星の下に生まれてきたのね。天性というか、運命というか、トラブルに巻き込まれる体質……」
「ヴァイスのトラブルを呼び込む体質と似たようなものだね……。十二貴族って、そういうのばっかり?」
二人の言葉にうんうんと頷く。
「俺らと会ってからしばらくの間、旅費集めに奔走してたっすけど……その間もトラブルにばっかり巻き込まれてたっすね。後始末大変だったっすよ」
「はは、そういうとこ、結構似てるかも。ヴァイスとオランジェが似てるように、アタシらとあんたらも似てるのかもね」
お互い大変、とロートが笑うのと一緒に皆が表情を緩めた。その中で一人、グリューンは呟く。
「きっとオランジェもヴァイスも、本質的なところが同じなんだと思う」
水を汲み、グラスを煽る。
「人を惹き付けて、離さない。そういう魅力が二人には共通してあるんだと思う。だからこそ、僕らみたいな連中が集まるんだ」
まだまだ、長い話は終わりそうにない。




