41 : 街に帰ろう
──三層突入から一ヶ月。
外では凍えるような寒さの中。俺達は、三層後半へと突入していた。
「やっとか……」
縦の図で表すと、真ん中より下の位置にある浮島に今俺達はいる。降りる橋さえ間違えなければ迷わない、とはいえ今までの「横の迷路」ではなく縦も交えた迷路のため、地図も複雑だし歩くのも難しい。
「案外早かったな」
最短ルートから外れ、遠回りすること十二回。先に進めない浮島にぶつかること三回。街に戻らず、野営を続けて一月を過ごした。ここから後半、三層の折り返し地点。先は長い。
「誕生日、おめでとーぅ!!」
上座に座らせた奴に向かって、俺達は声を上げる。その前に並べられるデメモコモコの幼体の肉、かぼちゃ芋のおやき、迷宮野菜のサラダなど。
「……こんなに渡されても食べれませんが」
それらを供物のように並べられ、上座に座る──ブラウは嫌そうな表情を浮かべた。
「食えよ食えよ、本日の主役ー」
「この阿呆を祝えなかったこと引きずってんだから、しっかり甘えときなさいよ」
「おめでとうございます! ブラウさん」
「いつもありがとうございます」
燕の旅路最年長、俺の騎士にして最強の護衛ブラウの誕生日。俺は自分の誕生日などには興味ないが、仲間の祝い事はしっかり祝いたい派だ。というわけで朝からのんびり座っている。
「……」
普段無愛想な顔ばかりして、楽しそうな顔など一度も見たことがないような奴だが、こういう日にくらい笑った顔が見たいものだぜ。
「なんか欲しい物とかありますか? 手に入るものなら用意しますが」
シュヴァルツの言葉。この迷宮内で渡せるものなど限られてるけどな! 何を渡すんだ。魔物の首とか?
「────ル」
「あ?」
よく聞こえねぇ。ぼそぼそ言うなよ、大声では言えねぇようなもんか?
「弟に会わせてください」
「解散」
わかってたよ畜生!
こいつにとっては俺達より弟なのだ。絶対に! ブレることなく!! 今弟と離れているこいつが欲しいものなど、弟以外にあるわけねぇ!
「もう一月ですよ。毎度毎度、会えたと思えば引き離されこの気持ちがわかりますか? 仕事で、職務で、わざわざ坊っちゃんの護衛をさせられているせいで、何故私が何故クヴェルがこのような思いをせねばならないのです。坊っちゃんに私達兄弟を引き離す資格があると思っているのですか? ……旦那様には恩がありますしあの方の司令なら従う他ありませんが、『一月街に戻らず連れ回す』というのは司令には含まれておりません。私の願いを叶えるというのなら今すぐ街に戻ってクヴェルに会わせてください一刻も早く。この国に来てからクヴェルといる期間は格段に減っています。先の休暇も、私は休めていないんです。ツュンデン氏や街でできた友人らがいたとしても、クヴェルはまだ八つです、家族は私しかいないんです。そんなあの子に心細い思いをさせ続けて、心が痛まないのですか? 私なら耐え難い。クヴェルのような誰にでも優しく見目も良い子供、いつどこで狙われるかわからないのですよ。私が側にいて安心させてあげたいのですわかりますかあなたにこの気持ちがわかりますかわかったのなら一刻も早く戻らせてくださいクヴェルに会わせてください」
「止まらねぇなオイ!!」
こんだけ喋っておいて、ブラコンじゃねえって言うのかよ。笑わせんな。
よっぽどストレスが溜まっていたらしい。確かに、この国に来てから三ヶ月と少しが過ぎたが、ブラウとクヴェルが一緒にいられたのは日付だと三、いや二週間ほど……あっただろうか?
「まあお二人がここまで離れるのは、今までないですしね……」
シュヴァルツが遠慮がちに言う。誕生日だし、流石に可哀想だし、あと探索もキリがいいし──丁度次の島へ続く橋の直ぐ側にいる──、今日は戻っても良いかもしれない。
「……戻るか? そろそろ」
「はい」
即答かよ。
「やったー!! 一月ぶりにベッドで寝れる!」
「温かいお風呂に入れますー!」
「やっとゆっくり休める……」
皆それぞれ疲れ果てていたようだ。貧弱な奴らめ。各々料理食べつつ雑談に花を咲かせる。
「一月も潜れば、素材の量も結構になるなー」
「工夫して押し込んでるとはいえ、限界はあるからな」
「持参の香辛料だったり、アタシの弾丸だったりの消費もあるし、長期潜入は一月が限界ねー」
ロートがおやきを齧りながら言う。
「シュヴァルツ様! 街に戻ったら一緒に市を見ませんか?」
「僕はいいよ。ロートと行って……」
「言ってあげなさいよ! アタシは後ろから二人を眺める仕事につくわ」
「俺もお供するぜ?」
俺の言葉に顔を歪めるシュヴァルツ。
「ぶん殴るぞヴァイス。というかお前! ずっとコキアさんとのデートすっぽかしてるだろ!」
「げぇ! 覚えてやがった! というかすっぽかしてはねぇ、お断りの旨は伝言した!」
伝言はした。……クヴェルに。
「断るな! というか伝言にするのも相当だぞお前!!」
「うるせーうるせー!! ってブラウもう食い終わったのかよ!」
「坊っちゃん達も早く食べ終えてください」
「どんだけ帰りたいのよ騎士サマ!!」
「ただいま──っ!!」
帰ってきた「二股の黒猫亭」。時刻は昼、帰還後すぐに大量の素材を売却してきた。
「ふん。元気そうじゃな」
カウンターに向かい、ナッツをかじるレーゲン。
「おっかえりぃ」
いつものようにカウンターに肘を付き店内を眺めるツュンデンさん。そしてカウンターの奥、サイズの大きなエプロン、三角巾をつけたクヴェルの姿。
「あにうえ!」
クヴェルは顔を輝かせて声を上げる。何かを作っている最中だったのか、手に絞り袋を握ったまま空いた片手を振った。
「おたんじょうびおめでとう! あにうえっ!」
「────────ありがとうございます」
いや今の間。顔はいつもの無表情を装っているが、中身は今すぐ飛び出したい気持ちでいっぱいだろう。
「無事なようじゃなクソガキ共め」
「まぁだ帰ってねぇのかババア!」
いつまでいる気だ。そう毒づけば弾丸のような勢いでナッツが飛んできた。俺は交わすが後ろにいたシュヴァルツに激突する。
「避けるな小僧!」
「避けるわ!」
「僕が流れ弾食らっているんですが!」
俺の不満もシュヴァルツの抗議も黙殺される。ツュンデンさんがそれを見て爆笑。嫌な大人達だ。
「クヴェルーなに作ってんだ?」
カウンターを覗き込み、クヴェルの手元を見る。そこには少し焦げたクッキーがあった。飾り付けをしていたのか、生クリームやチョコレートなどが散らばっている。それらをさっと腕で隠し、俺に耳打ち。
「あにうえのために作ってるんだよ。あにうえにはまだナイショ、ね?」
口に指を当てシーっと合図。
「わかったわかった。きっと喜ぶぜ」
喜びすぎてぶっ倒れるかもしれないけどな。
「はいはいあんた達皆、銭湯行ってきな銭湯! 二階のお風呂は今洗ってる最中だから」
手を叩きながらツュンデンさんが急かす。追い立てられるようにして階段を上る俺達の後ろで、ツュンデンさんは一つ目配せをした。
「向こうでお友達が待ってるよ」
「げ」
「え」
着替えと財布を手に、銭湯を訪れた俺達の目の前にいたのは、
「おうおう暇そうじゃねえかクソニワトリ野郎よぉ」
「お前こそお疲れ見てえじゃねえかクソ詐欺野郎が」
着替え片手に銭湯へ入ろうとしていた鷹の目連中だった。
「何してんだお前ら」
「リハビリがてら一層探索に行った帰りだよ。ツュンデンさんに銭湯行って来い言われてな。……こんにちはぁロートちゃん! ロゼちゃぁん!」
「おーちわちわ」
「こんにちは」
ニワトリ野郎は即座に飛び出し、ロートとロゼへ深々と頭を下げる。それをさらりと流して二人は女湯へ向かった。二人がいなくなったら直ぐに俺と睨み合う。
「こんなところで喧嘩はやめてよ? オランジェ君」
「そーっすよ。みんなで仲良く風呂でも入って、のんびりしようじゃないですか」
リラとゲイブの言葉に、二人揃ってふんと鼻を鳴らし、顔を背けた。こいつの顔見てたら休めやしねぇ! とっとと風呂に入っちまおう。
「俺が先だ!」
「馬鹿め! 俺のが先だ!」
「お二人共話聞いてたっすかぁ!?」