39 : 生きることは食べること
「鉄線花!」
ロートの弾丸がデメモコモコの首を貫く。その隙に飛び出したブラウが槍を突き出した。
「略式霊槍──氷雨」
槍の刃先がきらきらと光り冷気を帯びる。深々と胴体に突き刺さり、その周辺から凍りついた。頭上から響く鳴き声。首を撃ってもそこまで弱っていない。というか血が出ていない。
「やっぱり狙いは頭か!」
しかし頭の位置は高い。ジャンプしたとして届かないだろう。その刹那、奴が長い首を振るう。即座にその場から離れる。ムチのようにしならせた首が、地面をえぐった。
「石頭かよっ!」
「言ってる場合か!」
シュヴァルツが炎の精を放つ。見る間に頭部へ接近した。
「爆ぜろイグニス!」
上空で起こる爆発。至近距離で起きた爆発にデメモコモコは叫び声を上げる。
「ロート!」
「任せて!!」
ロートが銃砲を構えて放つ。鋭い弾丸は奴の頭、こめかみ部分を捉え、貫いた。
「どうだ!」
一瞬動きが鈍ったものの、すぐにぎょろりとした目を向け声を上げる。効いてないのか、恐ろしい奴だ。また長い首を振り上げて、俺たちめがけて振り下ろす。
「かわせ!」
跳躍。飛び上がった視界に捉えたのは、槍を構えて突貫するブラウの姿。
飛び出した大きな目を貫く。一際けたたましい叫び声がして、その巨体を横たえた。槍についた血だが汁だかを振り払いながらブラウが言う。
「これみよがしに晒している部分には、何かしらの理由があるはずです。弱点かどうかは一部賭けですが──まあ、刺して血を流せば皆死にます」
淡々と。こいつは強いし頼りになるが、とにかく怖いのだ。クヴェルといるときが怖さ十だとすれば、普段の怖さは五十くらい──クヴェルといても怒らせた場合は怖さ百くらいになるが──になる。
「親かな」
「だろうな。こっちの幼体見て襲ってきたし」
ロートが袋からデメモコモコの幼体を取り出す。そのぎょろぎょろした目が俺達を見、声を発した。
不思議なものだ。「あの日」、熊を倒したあの日。おとこたちは金目当てで小熊を奪い、親熊を怒らせた。親熊を殺した際には罪悪感を抱いたものだが──今となっては、その感情は薄い。
生きることは食うこと。食うことは殺すこと。殺すことは命を奪うこと。
生きるために殺す。食うために命を奪う。これは、こういうものなのだ。
シュヴァルツが袖を捲り、用意した材料の前に立つ。
「さーて、調理していくぞ」
まだ昼には早いが、新鮮な肉が手に入ったので質が落ちないうちに済ませてしまうらしい。料理はシュヴァルツとロートの交代制、今日はシュヴァルツが担当だ。
俺、ロゼ、ブラウの三人は手伝いや見張りを任されている。「危なくて包丁を渡せない」とのことだ。失礼な。
今あるのは解体したデメモコモコの肉、持参した香辛料の類、それからツュンデンさんから渡されたとっておきの瓶。
「採れましたが……こちらでよろしいのですか?」
「あーそれっぽい。あんがと」
ノートに記された材料を集めに行っていたブラウが戻ってくる。腕に抱えているのは、土がこびりついた何かの実。見た目はでっかいくるみといった感じだ。でこぼこした硬い殻、叩いてみると鈍い音がした。
「かぼちゃ芋、だって。その名の通り二つのあいのこみたいな食感らしいわ」
「ネーミングセンス……」
迷宮内で図鑑に載っていない新種の魔物、植物を見つけた場合は迷宮研究所へ提出する義務がある。新種だと認められた場合、命名権が与えられるのだが──実際いい名前がつけられた奴は少ない。
「そう考えると初めにウシとかブタってつけた人は凄いわよねー」
「そういう人らには叶わねえんだよなー」
そんなことを言いながら、かぼちゃ芋の表面を洗う。土がついているということは埋まっていたのだろうか。このあたりはじゃがいもに似た生態なのかもしれない。
「ええと? 土を落としたら殻を割り、中をくり抜く……ヴァイス、出番だぞ」
「俺ェ!?」
いきなり押し付けられてもどうすればいいんだ。とりあえず様々な方向から眺める。中心部に大きく亀裂が見えた。半球状の二つの殻が繋がっている部分だろう。まな板の上に置き、その亀裂に包丁の刃を押し当てる。
「かった!!」
ぐっと力を込めてみても、少し刃が沈むだけ。これじゃあ駄目だ。意識を集中させ、魔力を込める。わざわざ呪文を言う必要はない。手先を通った魔力は、名を与えられず不定形のまま包丁にまとわりつく。
それから力いっぱい押し込む! 大きな音がしたが、かぼちゃ芋は真っ二つに割れた。断面はじゃがいもによく似ている。
「割れたぞ!」
「おー流石」
「ロート嬢ならばもっと早く割れたのでは」
「騎士サマァ? それはどーゆーこと?」
ロートはブラウの胸倉を掴み上げている。確かに、力の民なのだからわざわざ魔力を使わずとも割れるはずだ。……いや、力加減ができなくてまな板ごと割る可能性があるのか。
「はい」
「ん」
割れたものはシュヴァルツに渡した。ノートをめくりながらシュヴァルツはスプーンで中央部をえぐる。
「かぼちゃと同じで、真ん中付近にワタがある。これを取って、実をくり抜く」
「不思議なお野菜ですねぇ」
どう見ても断面はじゃがいもなのになぁ。
ワタを取り、殻から実を離したあと包丁を入れる。食べやすい大きさに切り分けたあと、さっと端に避け水に晒した。
それからデメモコモコの肉を切っていく。半分は保存用の加工をし持ち帰る用に。もう半分は油を引いた鍋で火を通す。香辛料はまだかけていないのに、香ばしい匂いが漂ってきた。
「よし」
火が通ったことを確認し、鍋に水を入れる。シュヴァルツはそれから、ツュンデンさんに渡されたとっておきの瓶を開けた。
中に入っているのは淡いオレンジのような半透明なスープ……コンソメスープだ。それを鍋に加えそのまま煮込んでいく。
軽く煮立ったところで、浮いてくる灰汁取りに入る。そこでロゼが手を上げた。
「私、それならお手伝いできます!」
「ん、じゃあ頼む」
せっせせっせと灰汁取りに励む姿を眺めていると、シュヴァルツに叩かれた。
「何すんだシュヴァルツ!!」
「黙ってみてないで手伝え」
渋々手伝いに移る。小鍋や包丁を洗ったり皿を用意したり。顔を上げればロートがブラウに絞め技をかけているところだった。
「何しているんだあいつら」
あとなんでブラウは動じてないんだ。ロートの力で技かけられたら絶叫すると思うが。
「そろそろいいな」
シュヴァルツがロゼを後ろに下げ、かぼちゃ芋を鍋に入れていく。味を確かめ、ローリエや塩胡椒などの香辛料を足していった。
「あとは煮込めばオッケーっと……」
「いぇー楽しみ!!」
「とっても美味しそうです!」
大はしゃぎする俺達を見て、シュヴァルツは気恥ずかしそうに顔を背けた。
「よしロゼいじってやれ」
「シュヴァルツ様っ! 照れていらっしゃるのですか?」
「おいこらヴァイスゥ!!」
鍋の蓋を開ける。もくもくと上がる湯気の中から、すっかり煮込まれたスープが姿を現した。鼻孔に突き刺さる香り、俺達は皆顔を突き合わせて鍋を覗き込む。
「デメモコモコのスープ……簡単だけど、凄く、美味しそうだな……」
普段「食になんて関心ないね。食えたらいいだろ」みたいなツラしてるシュヴァルツだが、実際のところは割と食うし選り好みする。美味そうなものには興味を惹かれているし、見るからにゲテモノは拒否するのだ。
「シュヴァルツ! そこどけ!!」
「作ったのは僕だぞ注ぐのも僕が一番先だ!」
「早いもの勝ちよ!」
ロートがお玉の主導権を握った。
「あぁっ! ロートさんずるいです!!」
「坊っちゃん肉ばかりよそってはいけません。私がよそいます」
「そう言って自分のガメるつもりだろーが! 譲らねぇよ!!」
「僕に! 譲れ!!」
大騒ぎしながらも取り分け、膝の上に器を置く。スープをまとってつやつやしたデメモコモコの肉に、程よく煮溶けたかぼちゃ芋。半透明なスープはまるで宝石だ。
「いただきますっ!!」
各々早口だったり小声だったりはしたが一様に手を合わせ挨拶。それから熱々のスープを啜る。
思わず溢れる大息。溜息ではない、体の奥に深く染み入ったとき、自然に口から零れ出る息。そこまで歩き回ったわけではないし、腹が空いているわけでもない。それでもやはり、スープとはいいものだ!
「ごぞーろっぷ、に染み渡るぜ……」
「ホントにこの肉、美味いな」
「鶏肉に似てるけどちょっと違う?」
「身がほろほろで美味しいですぅ……」
「かぼちゃ芋も中々」
あのあと、結局幼体もその命を奪った。毛皮も、肉も骨もすべてを分け、極限まで無駄なく解体した。生態の肉と共に、同じ大きさに切って鍋に入れている。
生きることは食うこと。食うことは殺すこと。
だからこそ俺達は、挨拶を忘れない。
皆一心不乱にスープをかき込み、食器を置いたのはほぼ同時。手を合わせ、声を上げる。
「ごちそうさまでした!」
「おーい! 早く渡れよー!!」
「ふっざけるなお前! 走るなイノシシ野郎!!」
「シュヴァルツ様大丈夫ですか……?」
「なっさけないわねタマァついてんの!?」
「そういうロート嬢も足が震えていますが」
浮島同士を繋ぐ吊橋。いくつかの綱で結ばれただけの板を風が吹き揺れる中渡りきる。手すり代わりのロープを掴み、シュヴァルツは子鹿のように震えていた。
「下見ろよ! こんなの、無理だって!」
下は雲が見えるような空、ここは三層の中でも最上部だから相当だ。浮島はここより少し下にあり、橋は斜めに傾いている。
「どうしてあんたは走れるのよ!」
へたり込みそうなシュヴァルツとロートを他所に、俺はさっさと先に進んでいる。もう次の小島に辿り着きそうだ。
「下を見るから怖いんだ! 上を見てればそんなに怖くねーよ」
「無理に決まってんでしょこの阿呆──っ!!」
ロートの絶叫を背に、俺は次の浮島に着地した。地面の感触を踏みしめ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「さーて、どうするか!」
あいつらが渡り切るまでにどれだけかかるんだ。うろうろしたいが、勝手に歩いてまた何かに巻き込まれたら物凄く怒られる。引き返して、おぶって橋を渡ったりしても烈火の如く怒鳴られるだろう。
悩みながらもぼんやりと、ぎゃいぎゃい喚く二人の姿を眺めていた。
──────!
その時、たしかに耳に響いた音。俺は背後の茂みを振り返る。聞き間違いじゃない、確かに聞こえた。
獣のような、鳥のような鳴き声。それから、子供のような高い悲鳴。
気づけば、俺は茂みに向かって飛び込んでいた。