38 : ゴーゴー探索珍道中
少し重い風が吹き付ける。冷たくはない。どちらかというと少し生温い風が頬を撫でる。
定例会議終了の翌日、俺達は宣言通り三層「飛翼の天廊」へ訪れていた。気候は良好。風も穏やかで気温も丁度いい。
「てなわけで探さ────」
「ちょっと待てコラ」
力いっぱいマフラーを引かれる。ロート、シュヴァルツの双方から引かれて首が締まる。ぐえと変な声が出た。
「ンにすんだお前ら!」
「ヴァイス、お前どこ行こうとした。地図をちゃんと見て、性格に無駄無く行かないとここはまずいぞ」
「そう、ここは一つ橋を渡り間違えると一発で迷うらしいのよ。そうなれば元の道まで戻るのも大変なんだから」
「今回お前は勝手に動くな。いいな!?」
返事を渋ると、思いっきり睨みつけられた。今回とか言うけれど、実際のところいつもじゃねぇか! 俺は勝手に動いているつもりはないのだ。何故か気がついたら遠い場所にいるだけで。
「お前が逃げようとしたらブラウさんに吊るしてもらうからな」
「わー!! やめろやめろ! じっとしとくから!」
俺はガキか!!
地図を見ながらうんうんと頭を捻る皆の姿を、後ろから眺める。リーダーなんだから道くらい選ばせろってんだ。方位磁針を頼りに進み出す。
「太陽の方向……はアテにならないからな」
「二層以降あるようでないようなものですからねぇ」
三層も、二層の空と変わらない。ここにいると、何気なく見えていた空が恋しくなる。妙ちくりんな植物の茂る中を通る。水晶玉みたいな果実──っぽい何かをつついた。つるつるしていて、少し弾力がある。
「これ、食えんのかな」
「わかんないわねー母さんのノートにも載ってないわ」
食べられる魔物や植物、またその調理法の記された帳面。使い古されて草臥れているが、中身は全く色褪せない情報ばかりだ。
「変に食って、またぶっ倒れたらどうするんだよ」
「食わねえよ流石に……」
蛇肉の件を未だに引きずられている。ムカつく話だ。
森の中をうろうろと歩く最中、上空からけたたましい鳴き声。見上げると、珍妙な形をした獣が空を飛んでいた。顔は鳥のように嘴があるが、胴体部分は四足の獣。手足の先には鋭い爪、背には大きな翼を持つ。
「なんっだありゃぁ!」
「鳥!? いや、鳥にしてはデカすぎるわよね?」
「待ってろ図鑑を調べるから……!」
「おっきいですわー!」
「……これは中々」
木々に遮られ、すぐに姿は隠れてしまう。図鑑をめくっていたシュヴァルツが、開いたページを俺達に見せる。
「こいつだよ!」
迷宮内の様々な情報が記された図鑑。迷宮研究所から発行されているそれは一年に一度更新され、最新の情報が揃っている。そのページには、さっきの鳥? 獣によく似た魔物の絵が描かれていた。
「『トリガシラ』……三層に住む魔物。鳥の頭部と獣の胴体が特徴。上層付近を縄張りとし、縄張りに入る外敵を空から見張っている。狩るのは困難。三層突入したばかりの冒険者は、見つからないように逃げるが吉。着陸地点の『入口大島』を抜けることをオススメする……」
「ノートによるともも肉が美味いって。……食ったの母さん達」
姿は見えないが未だ鳴き声は響く。俺たちは互いに顔を見合わせ、こそこそとその場を離れる。遥か上空からかっ飛ばれたら、俺達に勝ち目はない。まあ地上にいれば充分余裕だが!
「ここが一応入口大島、らしいですね」
「うん。今はとりあえず他の小島に降りるために、橋を探してる」
「橋というと……あの、上空から見た島と島を繋ぐ吊り橋ですね?」
「そう。この階層は浮島同士を階段みたいに下っていくようになってるからね」
面倒くさいことこの上ない、とシュヴァルツがぼやく。無数の浮島、大地から離れて空を旅する。俺からしたら心躍る体験だ。
「僕は高いところが大嫌いなんだ。正直言って階層移動もものすごく嫌だってのに……わざわざ何度も吊橋を渡らなきゃいけないだなんて、最悪だ!」
頭を掻きむしるシュヴァルツの肩をばしばしと叩く。
「まぁまぁ文句言うなよ〜シュヴァルツ〜」
「……ヴァイス、お前渡ってる最中に背中押して大声出したりしたら! 突き落とす! から! な!」
流石にそこまでしねえよ。……多分。
五人揃ってぞろぞろ歩く。今の所魔物は出てきていない。茂みの中を移動しているからだろうか。
「しりとりでもしよーぜ」
「暇なの? アタシからね『ライム』」
「やるんだ、『虫歯』」
「え、僕なの? ……ば? はでもいい? 『葉』」
「私!? えっと……『ハンデ』?」
「……」
「答えんかいブラウ!」
絶妙に緊張感のないまま進む。そんなことをしていたら、頭上の木からぼたりとなにかの塊が落ちてきた。しかも俺の顔面に。それから鼻に激痛。痛ェ!! 噛まれた!?
「わぎゃぁ!」
俺の上げた驚きの声に皆が振り向く。なんか付いてるなんか付いてる! なんか生暖かくて、もふもふしてるなにか! 爪らしきものが俺の顔面に立てられている。とにかく鼻が痛い!
「なにこれ!?」
ロートが引き剥がしてくれる。ボールを握るように鷲掴みにしていた。ぼたぼたと血が落ちた。鼻を押さえながら手の中のものを見る。
「猿?」
「ネズミ?」
薄桃色の体毛を持つ、手のひらサイズのなんとも言い難い動物だ。リスの様にも見えるが小さな角が生えている。丸っこく、強いて言うなら毛玉と言った風体だ。ぎょろぎょろとした目を四方へ向ける。
「なんか……気持ちわ」
「言っちゃだめよ」
そいつは威嚇するように口を開いて鳴き声を上げた。その口の中は、何段にも並ぶ鋭い牙を持っている。ファンシーなサイズ感に色、それに似合わぬ顔のパーツ。見ていて気分のいいものではない。
「危うく鼻もげるところだったわね」
ガーゼを鼻に当てテープで止めてもらう。噛まれた傷は浅いようだ。それでも結構血が出ている。
「魔物だな」
「魔物ですね」
「かわいいですね!」
「え?」
ロゼのセンスが怖い。シュヴァルツを好きだと言っていたし、やはり感性がアレなのかもしれない。
「ヴァイス、今滅茶苦茶失礼なこと考えなかったか?」
「いやーなんにも」
「とりあえずどうするの? これ」
ぎぃぎぃと鳴き声を発する獣。ロートが顔を顰めてこちらに向けてくる。やめろ。
「えーとえーと……『デメモコモコ』、カラフルな体毛と大きな目が特徴。一度噛みつくと、段々になっている歯で対象を磨り潰す」
「気持ち悪ッ!! てかそれに俺噛まれたんだけど!? 鼻無事? なぁ」
「体毛は桃色、赤、紫、青に変化し成体になると水色になる……こいつは幼体なのか。……肉は火を通せば食用可。幼体の肉は柔らかく美味」
最後の言葉に、ロートの顔つきが変わった。俺もじっとそいつを眺める。ふわふわとした桃色の体毛、相変わらずぎぃぎぃと叫んでいる。
「ロートさん? ヴァイスさん……?」
「締め上げろ! 人の鼻もごうとした報いだ!」
「悪く思わないでよね!!」
「うわ──ッ!! やめてくださーい!!」
ダガーを抜いた俺と首らしき部分を締めようとするロート、を止めるロゼ。
「可哀想じゃありませんか!? こんなに可愛いらしいのに……」
「こいつを可愛いと思ってるのは君くらいだろ」
シュヴァルツの言うとおりだ。ぎぃぎぃどころかぎゃあぎゃあと鳴き始めた。口を大きく広げ、細い触手のような舌を出し始めている。気持ち悪!!
「ロゼ、こいつは魔物だ襲ってきたんだ。仕方ないことなんだ」
「ヴァイスさんいつぞやの熊相手には悩んでいたじゃないですか!!」
「それとこれとは話が別だ! もう蠍か山羊か二択は嫌なんだ────ッ!!」
「いい? ロゼ! 迷宮では食うか食われるかよ!!」
もう俺らの頭の中には「美味い肉が食える」ということしかない。ロゼの前に手を出し、沈黙を保っていたブラウが前に出た。
「坊っちゃん、ロート嬢」
「お願いしますブラウさん! お二人を止めてくださいっ!」
ブラウは指を立てて俺達に忠告する。
「そんな美味な肉が一匹だけとなれば争いの元です。もっと探してきて仕留めましょう」
「おう!」
「そんなぁっ!!」
とりあえず毛玉──デメモコモコは捕まえたままにする。ロートが縛り付けて袋に仕舞い、銃砲へ括り付けた。
「探すつってもなぁ……」
あたりを見回す。上の木から降ってきたくらいだし、そのへんに根城があるのでは? 木の上にでも住んでいるのか。
「木を叩いたりしたら落ちてくるんじゃねえの?」
手頃な位置にあった木らしきものを叩く。ここの植物は変な形ばかりだ。なんだこの木、水色の毛が生えて幹を覆っているじゃないか。
「────あ?」
その時頭上から、ぎぎっ、という軋むような音がした。顔を上げる。そこで、目があった。
「あ」
遥か上から見下ろすぎょろりとした目。そこから伸びる首は長い。そこから胴体のような部分に繋がり、俺が叩いた幹のような部分は脚らしい。思わず、凍りついた。
「ヴァ、イス、お前」
からからころころと喉──らしき部分──を鳴らし、こちらを見下ろす。視線は移動し、ロートの持つ幼体へ向けられた。
「確かデメモコモコの成体は、水色の体毛になるとか言っていたよな」
遥か上方にある顔の部分、そこが大きく開き内部があらわになる。段々に並んだ歯、その奥から伸びる触手のような舌。発される奇声。俺達は駆け出した。
「成体って……デカすぎんだろ!」
「騎士サマの三倍はあるわよ!?」
「この毛玉が何がどう進化したら、ああなるんだ!」
「どこを狙うべきでしょうか」
「おっきくて可愛いです!」
やっぱり感性イカれてるぞロゼ!!
茂みを駆け抜ける。背後からばりばりと木々を折る音がした。追いかけてきているらしい。
「どこまでにげるんだ!?」
シュヴァルツの声。やはりコイツは甘い。これは、逃げているわけではない。
視界が晴れる。森を抜けた。開けた原っぱに躍り出る。島の端、崖まで来たようだ。そこで体を転回させ、腰のベルトからダガーを抜き取る。ロートも銃砲を構え、ブラウも槍を抜いた。
「うちのギルドは、狭い場所での戦闘に向いてねぇんだよ!」
けたたましい咆哮と共に、デメモコモコの成体が飛び出してくる。大きな体、高い背丈、恐れるに足らず!
「骨までしゃぶって食ってやらァ!!」
木々の上、枝に腰掛ける人影。影は何かの声に顔を上げる。どうせ、また冒険者だろう、とため息をこぼした。
木から毟った葉っぱを噛みつつ、影は遠くの空を見る。その空は、本当の空とは全然違う偽物なのだけれど。