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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
1章 旅立ち或いは夢の始まり
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2 : 母は強し



 がやがやと騒がしい店内。木のジョッキがぶつかる音。響く笑い声と怒号。僕らは思わず一歩も歩けなくなっていた。


「あらぁ、いらっしゃい坊や達」

「まだお昼よ? しかもまだ子供じゃない。おマセさんね」


 ひらひらとした服を着た大人の女性達が、お盆を手に僕らを見る。目のやり場に困る過激な衣装、思わず目を逸らすと横のヴァイスの様子が見えた。


「大丈夫かヴァ──」

「あば、ばばば、あば、あばばばば」


 大丈夫じゃなかった。今にも白目を剥いて倒れ込みそうなほど痙攣している。トラウマを呼び覚ます大人のセクシーな女性方、体を見せつけるような過激な衣装、獲物のように僕らを見る目。


「間違えましたッ!!」


 ヴァイスが限界(キャパオーバー)で絶叫を上げる前に、僕は酒場から逃げ出した。






 さて、今回は僕シュヴァルツが語り手を務めさせてもらう。今僕達がいるのは路地裏の階段、発作が出たヴァイスを介抱し日陰で涼んでいる。


 僕らはギルド立ち上げに向けて仲間集めをしている。様々な恩恵とロマンのために、情報収集をしに街に出た。

 「冒険者集めといえば酒場だろ!」という馬鹿の一言で酒場に訪れたものの、とりあえずと入った場所は明らかにオトナ向けの酒場だった。到底僕らが行くような場所ではない。

 不健康なもやしそのものの僕と、ぱっと見女子のようなヴァイスとでは、酒場なんて向いてない。そのヴァイスはまだ横で魘されているし。


「そういえば昨日、誰かが酒場やってるって言ってなかったか?」


 昨日のお使いの途中、たくさんかけられた声の中でそんなのがあったはず。確か……マークさんだったか。ヴァイスからの返事はない。酒場と言うワードに拒絶反応を示しているのか、微かに震えが見える。


「じゃあお前ここにいるか?」


 下手したら歳上のお姉さん方に捕まったりしてな、と付け加えると飛び上がって顔にかぶせていたハンカチを剥いだ。


「行こうぜ、シュヴァルツ」


 今すぐさっきの酒場に引き返してお姉さん方に差し出してやろうかと思った。







「こっちだろ」

「違うって、だってあそこ曲がったら鍛冶屋だろ?」


 指差す方向。真逆だ。


「違う違う、とりあえずは昨日の市場の近くだろ。あの側に店があるはずなんだから」

「だから逆だってお前が行こうとしてんのは!」

「あってるっつーの!!」


 先程の酒場から逃げる際、とりあえず離れようと闇雲に走ったため今いる場所がわからない。民家の軒下で言い合いをしていると、すぐ横の扉が音を立てて開いた。


「あっ!!」

「……あ!」


 思わず声を上げる。そこから出てきたのは、昨日ちょっとした縁で知り合ったうさぎの耳を持つ少女だ。二人組だったが今は一人のようだ。この街の住民だったのか。彼女は僕の後ろ──ヴァイスの顔を見て、さっと目を逸らした。かすかに頬が赤い。ヴァイスの喉が引き攣る音が聞こえてきた。


「このあたりの人だったんですね」

「あっ、えっと、その……私達昨日からここで、住み込みで働いてるんです」


 聞いたところによると、二人共故郷の為に出稼ぎ冒険者としてこの街にやってきたそうだ。しかし結果はあのザマ。その後冒険者はやめ、街で働く宛を探していたらしい。


「私達力の民ですし、住み込みで働かせてもらえるって言うから本当にぴったりで……」

「よかったですね」


 今は年寄りの店主が営んでいた道具屋を手伝っているとか。

 僕と話しながらもちらちらと背後を確認している。彼女に悪気はないのだろうが、僕からすると複雑な気持ちだ。ヴァイスは、本人は「女、絶対、無理」と言いつつ腹の立つほど女性に好かれる。



「何かお礼ができたらいいんですが……」

「大丈夫です」


 ヴァイスの方も残像が見える速度で首を横に振っている。こころなしか距離が離れた気がする。


「命の恩人なんです! 何かさせてください!!」


 ここで下手に僕が何かを言うのはどうなのだろうか。そう思いヴァイスを見るが、「断われ」とジェスチャーを繰り返している。さっきより距離が離れた。逃げるな。

 まいったことに、彼女が引き下がる様子はない。そこで僕は妥協案を提示することにした。


「それなら、このあたりで、ギルドメンバー集めにいい場所はありませんか?」


 マークさんの酒場に行くつもりだったが、またさっきみたいな酒場だったらたまらない。酒場では無い、何かいい場所を知れればそれに越したことはない。僕の問いに、彼女は少し首を傾げた後、「お婆さんに聞いてきますね」と言って家の中に入って行った。


「ヴァイス、大丈夫だぞ」

「おおおおおおおおおおおう、そそそそそそう、か」


 声の震えが隠しきれていない。呆れて思わずため息が出た。

 そうこうしている間に彼女が紙を片手に出てくる。ヴァイスは目にも留まらぬ速さで背後に下がった。


「地図描いてもらいました! えっと……私は今から配達で行けないんですが……」


 頬を赤く染め、潤んだ瞳で僕の──背後のヴァイスを見る。


「何かお手伝いできることがあったら、声をかけてくだされば……嬉しい、です」


 ヴァイスの倒れる音と彼女の悲鳴が、昼下りの路地裏に響き渡った。







 女怖い女怖いとぶつぶつ呟くヴァイスを引きずり、訪れたのは噴水のある広場。教会のある広場だった。

 子供達が走り回ったり、シスターがそれを見守ったりしている。はしゃぐ子供を、赤毛に猫の耳を持った女の人が追いかけていた。

 そんな光景の中に、腰から剣を下げた男だったり杖を構えた若者だったりが混じっている。そんな冒険者らしき人達は、教会から出てきているようだ。


 教えてもらったこの場所は、この辺の人に「出会いの広場」と言われているらしい。冒険者が祈りを捧げに教会に訪れるため、自然とこの場に冒険者が集まる。そこで独り者同士声をかけ仲間を集めるのだという。いい場所を知ることができた。ヴァイスもようやく落ち着いたのかげっそりとした様子でため息をついていた。


「……じゃ、探すか」

「ああ……」


 同じような目的なのか、この場にとどまっている冒険者は多い。彼らに声をかければ、二人くらい簡単に捕まるだろう。



 一人目、剣を携えた軽薄そうな男。


「仲間? ああごめん! 今僕は仲間を待ってるところなんだ。君達よりも強そうな仲間を、ね」



 二人目、戦士らしき鎧を着込んだ男。


「あぁ? 何だ嬢ちゃん連れて冒険か? ……って何だお前いきなり殴る気か!? おいやめ……っ! なにしやがる! おい!!」



 三人目、黒いフードを被った老人。


「儂は最強の魔法使いなんじゃぁ! なに?嘘っぽいとでもいうのか? なら見せてやろうぞ、究極まほ──ふごっ! ひ、ひればとってくえんか?」



 四人目、眼鏡をかけた魔法使いらしき女性。


「えへ、えへへ可愛い男の子達ですねぇ〜。わた、私なんかが仲間に入っていいんですかぁ? じゃ、じゃあそのそっちの子、その、目の色綺麗ですねぇ〜透き通るみたいに青くて、海みたいな。いいなぁ、欲しいなぁ、一個くれませ──なんで逃げるんですかぁ!」






「癖強いのか腹立つ奴しかいねえのか!!」


 またしても路地裏。階段に腰掛けてヴァイスは思いっきり石を投げる。人通りが全く無いため石は階段を転がり跳ねていった。

 腹の立つ男に断られるわ、女に間違えられるわ、爺さんに入れ歯ぶつけられるわ、女に目玉狙われるわ散々な目にあったからだろう。かなり荒れている。


「ああもう全然まともな奴がいねぇ……」

「お前だって傍から見たらまともじゃないだろ」

「んだとてめぇ!!」


 不毛な言い争い、頬を引っ張るヴァイスに対抗して髪の毛を掴んでやっていると、後ろから声がした。


「あんた達」


 強気な声、振り返るとそこには一人の女がいた。肩に届くか届かないかの長さをした赤髪、頭からはぴょこんと猫の耳が飛び出している。着ているのは修道服の様な黒い服。スリットの入ったスカートから、レッグガードに覆われた脚が顕になっている。

 背中に彼女の背丈ほどある大きな黒い箱のようなものを担いでいる。階段の上段で、その勝ち気な金の目で僕らを見下ろしていた。


「……僕らですか」


 歳は僕らと同じくらいか、少し上か。ヴァイスが「反応」を起こしかねないので僕が応対するしかない。彼女がその場から動かないため、僕らも動かない。


「あんたらが、二股の黒猫亭に泊まってるって言う新米冒険者?」

「そうですが」


 僕らのことを知っている。宿の近くに住んでいる人達には昨日の今日で随分と顔が知られたが、彼女のような人物に会った覚えはない。彼女は僕らの頭の先から爪先までに視線を下ろす。それから八重歯を見せて笑った。


「あんたら、仲間欲しくない?」


 突然の申しだてに目をぱちくりさせた。その反応が不満だったのか、彼女は口を尖らす。


「なによ、あんたらさっき広場で仲間集めしてたじゃない。だから仲間欲しいんじゃないの?」


 さっきの広場? ──あ! 子供達を追いかける女性。彼女と同じ赤毛に猫の耳をしていた。あそこにいて、話を聞いていたのか。


「シスターやってるだけじゃ食ってけないの。度々迷宮潜ってるから、迷宮探索のコツも教えられるし戦力にもなったげる。どう?」

「ありがたい申し出だけど……」


 答えに悩む。仲間は喉から手が出るほど欲しい。しかし戦力になるとはいったが、どうするべきか。


「いーぞ」


 答えに悩む僕を他所に、隣から声がした。ヴァイスだ。あっけらかんと、何も気にしてない様子で、いつもどおり、答えている。あのヴァイスが、歳の近い強気の女に発作も起こさず対応している!? 思わず僕はヴァイスの上着を掴んで耳元で問うた。


「大丈夫なのかヴァイス!?」

「おー、なんか大丈夫だわ。アレだな、多分あいつ俺に全く関心ないぞ」

「でもお前……あんなあっさり決めていいのか?」

「いーだろ。あいつ、多分強いぞ」


 あいつ、と彼女を指差す。指さされた彼女はん、と小さく声を上げた。


「何?」

「いや、こいつがお前がホントに強えのか気になるってよ」

「言ってないぞ!」


 ヴァイスの言葉に、彼女は眉をぴくりと動かした。


「何? あんた、アタシナメてる?」

「ナメてないです」


 怒らせたらまずいタイプの女だ。とりあえず原因を作ったヴァイスを叩く。


「んじゃ、アタシはロート。よろしくねー」


 伸ばされた手を取るために、ヴァイスが立ち上がり階段を登る。取り残された僕は成り行きを見守るだけだ。


「よろしく。俺はヴァイス、こいつはシュヴァルツ」


 そして、手を握る。固く握手した。



「商談成立〜!」



 彼女──ロートは、にぃと笑った。呆気にとられるヴァイスを置いて、ロートはけらけらと笑って見せる。


「アタシは迷宮案内人。報酬を受け取る代わりに二層到達までをサポートする仕・事! あっ、ギルド申請にアタシの名前は書かないでね。書いた途端案内人クビになるから」

「なんだとてめぇコラァ!?」


 ヴァイスが叫んだ。


「そのとおりだ! 結局無駄だってことじゃないか! 金だけ取って逃げる気か!?」

「失礼ね! 金貰う分一層攻略までは手伝ってやる仕事なの!」

「なんだその仕事──!!」

「でももう握手しちゃったしねー! これは取引成立しちゃったわー」

「詐欺師────っ!!」


 言い合いを続ける僕らの下、階段を降りた路地裏に人影があることに僕らは気が付かなかった。



「ロート……?」



 その声を聞き、ロートは固まった。視線が向けられると顔の色が青ざめる。


「ロートじゃないの──! 帰ってきてたなら早く言いなさいよ!!」


 僕らが振り返ると、籠を手にしたツュンデンさんの姿があった。ツュンデンさんは顔をほころばせ、階段を駆け上がってきている。


「え」

「ちょっ」

「心配してたのよ! 連絡は寄越さないし帰っても来ないしも──!! どこいたの!!」

「し、仕事で、今回の奴らは迷宮泊が多くて、契約宿が山犬通りで……」

「そんなクソ共放っといてうちの宿に帰ってきなさいよ!!」


 ロートに抱き着き、頬擦りして頭を撫で質問攻めにしている。何が起きたかわからず呆然とする僕らにようやく気がついたのか、ツュンデンさんは目を瞬かせる。


「あんたら、もしかしてこの子スカウトしようとしてたわけ?」

「え、いや」


 これは、面倒臭い予感がする。ツュンデンさんはぱちんと指を鳴らすと名案! と言ってから言葉を続ける。


「そーよロート! 迷宮案内人なんてやめて、この二人のギルドに正式加入しなさいよ!」


 そう言って、胸元から折り畳まれた紙を取り出した。それは、ギルド申請書だ。なんで持ち歩いているんだ!?


「ちょ、アタシは迷宮案内人だから……」 

「やめちまいなって言ってるだろそんなの! 大丈夫、金ならなんとかなるしなんとかする!」


 私は勘がいい方なんだ、と言いながら紙に名前を書いていく。ヴァイス、シュヴァルツ、それからロート。突然のことに固まった僕らに対し、ロートはぷるぷると震えて声を上げた。



「話聞け! ()()()!!」



 路地裏に叫び声が響き渡る。少し遅れて、僕らにその振動が伝わった。二人顔を見合わせ、全く同じタイミングで声を上げる。




「親子ぉぉぉ────っ!?」




 いや、薄々察しはついていたが。とりあえずここで声を上げなければならない気がしたのだ。





 二度の叫び声が路地裏に響き、黒衣を纏った青年は立ち止まる。空を見上げる。


「坊っちゃん……何処にいるのですか……」


 小さく呟いたその声は風にかき消されて消えた。




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