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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
4章 愚か者或いは英雄の決意
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37 : 蠍と羊



「それでは皆様、また三年後にお会いしましょう」


 サファイア嬢の言葉に、俺は内心ガッツポーズをしていた。


 会議開始から五日、ようやく俺はこの窮屈な檻の中から解放されるのだ! もう今にも踊り出したい心地である。

 各々部屋から出て親父達と合流する。城から出ればあとは自由だ。昼過ぎには二股の黒猫亭に帰れるぞ!



 段々と人数が減っていく室内。やがて残っているのは俺ともう一人だけになった。ブラウを連れて外に出ようとした俺の背中に声がかかる。


「ようやく外に出られて、嬉しそうだなァ」


 振り返ればそこには、行儀悪く机に脚を乗せてふんぞり返る褐色肌の青年がいた。蠍領次期当主、トルマリン・スコーピオンだ。釣り上がった目でじろりとこちらを睨んでいる。この五日間、まともに口も開かなかったのに、どういう風の吹き回しだ。


「身構えんなよ、センパイがコーハイに話しかけているだけだぜ?」


 ブラウが一歩前に出ようとする。俺はそれを制した。


「楽しめたか? 今回の会議はよォ」


 質問の真意も、考えていることもわからない。け、け、け、という笑い声が響く。彼の騎士は壁際から動かない。主人のこういう行動に慣れているのだろう。 

 悩み、警戒するが、当たり障りのない返答にとどめておこう。


「楽しめましたよ、皆様と出会えて──」

「ちげェ」


 食い気味に、そう言われた。何だこいつは、何がしたい。


「そうじゃねェだろ。()()()よォ」


 俺とブラウに衝撃が奔る。なんだ、何故、こいつは。そんな俺達を嘲笑うようにけけけと笑い声。


「まぁまぁそんなに驚くな。十二貴族の中で、知ってるのはオレしかいねェよ。いや、お前の親父サンなら知ってるか。ともかく、言いふらすつもりもねェ。ああ、後ろのコイツは気にすんな。どうせ自分で喋るツテも持ち合わせちゃいない」


 勝手に一人でべらべら喋りやがって。何が目的なんだ、何故俺を呼び止めるんだ。


「オレは冒険者と天秤領が大嫌いだ。だから『燕の旅団』の話を聞いたときは驚いたぜェ? まっさか十二貴族サマが冒険者なんてやってるとはなァ」

「……」

「しっかし、いざ話を聞けばおもしれェじゃねェか。化物熊引き連れて帰還した初潜入、行方不明事件の解決に熊討伐。爆速で一層突破に、破落戸(ならずもの)集団の撃破、壊滅……。んなこと引き起こしてるのはどんな大馬鹿野郎なのか気になって見てみれば、お愛想は完璧ときた!」


 楽しそうに語るが、俺は心底不気味で叶わない。冒険者と天秤領が嫌い? 冒険者を毛嫌いするのはともかく、天秤領というのは何故だ?

 俺達は互いに顔を合わせたこともない。何故「燕の旅路」リーダーがアリエス家の息子(おれ)だとバレている? 写真が出回る覚えはない。この街に来てからも、十二貴族だと騒がれたことはない。


「あァ、オレがお前の顔を知ってた理由? んなもん、簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()だ」

「──!?」


 そんなはずはない。俺は、幼い頃から外交が嫌いでずっと村にいた。領主同士が会う機会など殆ど無い。そんな機会は定例会議だけだ。俺の記憶力はいい方だし、忘れてると言うはずもない。


「け、け、け。まァ忘れてんのならしゃあねェよ。とりあえず、言いてェことは一つだ。()()()()()()()()()()()()。できれば仲良くしようぜ? オトモダチとしてなァ」


 差し出された手の意味を理解するのに時間がかかる。躊躇する俺が気に食わないのか、眉を少し動かした。それを見て恐る恐る手を伸ばす。奴は目を細めて猫のように笑った。それから力強く手を握り返す。


「オレ相手には、いつもの口調でいいぜ? あの牡牛領の奴相手のときみてェにな」


 何故それまで知っている? その疑問に応えるように奴は続けた。


「あのエメラルド? だったか? あいつ、()()()()()()だろ。オレはそういう勘がよく効くんだ。オレが騙されると思ってたってんなら腹立つが……まァいい。アレに関しては、冒険者だろうとなんだろうと気にはしねェ」

「……だ」

「あァ?」

「あいつの名は、オランジェだ」


 俺の言葉に、奴は口を閉じた。少しの間を開けて口を三日月のように開く。


「そーか、そーか、オランジェか、オランジェ。へェ、そりゃァ失礼」


 それから手を離す。俺は一歩下がり距離をおいた。


「これからもそうして話してくれよな。んじゃまァ、()()()()()()


 許可が降りた。素でいいってわけだ。俺は嫌いだという態度を隠しもせず、剥き出しにして鼻を鳴らす。


「二度と会いたかねぇよ、じゃあな」


 そのまま振り返り歩く。背後に響くけ、け、けという笑い声が気に食わない。それを無視して城内を歩いた。



 入口手前のホールに親父の影を見つける。駆け寄ることはせず、ゆっくり歩いてその横に立った。親父の横には、屋敷で俺がからかいまくっていた騎士、シュネーがいる。


「よっ! シュネー、元気か?」

「坊っちゃん……あんたのせいで俺は……」

「うん、わりぃ」


 項垂れるのを無視し、城を出る。親父はしばらく黙っていたが、階段を降りながら一言。


「一度宿に戻れば、そこからは自由だ。仲間達の元に帰るなり勝手にするといい」

「他の奴らに見つからねえかな」

「安心していい。私が取った宿の周りに十二貴族はいない」


 なら安心だ。俺は肩をすくめた。入口に止まった馬車に乗り込む。手綱を取るのはシュネー、中には俺、親父とブラウが乗り込む。ブラウが俺の横に、親父が向かいに座る。ゆっくりと揺れながら馬車が走り出した。

 親父がちらりとこちらを見た。目が合う。


「ん?」

「いや、母によく似てきたと思ってな」

「……そうかよ」


 男としては親父に似ていると言われたほうが嬉しいのだが。


「あと、お前がフッた公爵令嬢だが……」

「げ」

「あの後手紙が来てな。『夢を追うだなんて素晴らしい。いつまでもお待ちします』だと」

「マジじゃんそれ……」


 夢を叶えた後、彼女がいつまでもつきまとうんじゃないかと思うとうんざりする。適当な奴ら──マンガン、コバルト、ニッケルなど──でもけしかけてやろうか。



 それからの道のりは静かだった。宿に着き、馬車を降りて中に入る。荷物を回収し、堅苦しい礼服を脱ぎ捨てた。整えていた髪も搔き乱す。整髪料の匂いが気持ち悪い。


「あー、軽い軽い」


 ここに来るときに着ていた白いシャツに袖を通す。この楽さが落ち着くのだ。清々しい顔でもしていたのか、親父の含み笑いが聞こえてきた。


「じゃあな、親父」

「ああ」


 それで挨拶は終わりだ。これ以上の言葉は必要ない。俺とブラウは宿を出る。仲間達の待つ、「二股の黒猫亭」へと急いだ。














「ただいまー!」


 勢いよく扉を開ければ、すぐに皆が待ち構えていた。


「うっわ帰ってきた! いーところだったのにぃ!」

「もう少しゆっくりしててもよかったんだぞ」

「おかえりなさいませ!」

「となるとリーダーも戻ってくるじゃんうわ」

「おかえりっす兄貴!」

「お疲れ様」


 嫌そうな顔をする者、文句を垂れる者、様々だ。


「お前ら冷たくない!?」


 何だその出迎えは! 何日ぶりの再会だと思っているんだ。

 ニワトリ野郎はまだいない。もう時期帰ってくるだろう。奥からババアが顔を出した。俺の姿を見て、いそいそとカウンターの向こうから出てきて丸椅子に座る。よじ登るようにして座る姿が滑稽だ。


「おお戻ってきていたか」

「ただいまババア!」

「殴るぞ」


 まだ帰っていなかったらしい。その奥からツュンデンさんが出てきて手を挙げる。それに親指を立てて返せば、奥からたっと小柄な影が飛び出してきた。カウンターの仕切りから顔を出したと思えば、ブラウに向かって駆け出す。


「あにうえっ! おかえりなさい!!」


 そのまま、俺の後方にいたブラウへ飛びついた。花の咲くような笑顔を浮かべ、ブラウにしがみつく。


「────ただいま戻りました」


 顔顔。台詞は平静を装っているが、非常に名状し難き顔を浮かべている。皆苦笑いしてんぞこのブラコンが。


「さーて! 休暇は終わりだ、てめぇら!」


 俺がそう言うとロート、シュヴァルツからブーイングが飛んだ。何も言っていないがブラウも猛反対だろう。


 だが知らん! 無視だ!! なんてったって俺がリーダーなのだから!!


「年明けから三層攻略開始だ! 準備しろてめぇら!」

「早すぎるわ阿呆──ッ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐロート。無視! 明日から、とか言わないだけマシだろ。ちなみに、年明けと言ったら明後日なのだが。


「大変だねー」

「頑張ってくださいっす」

「お前らは探索再開しないのか?」


 宿を出たときと変わらず、包帯やガーゼ塗れな鷹の目連中に声をかける。メガネ……リラがひらひら手を振った。


「とりあえずオランジェ君が無事戻るまでは休暇ですねー」

「それから俺達の怪我治ってー」

「全部ぶっ壊れたから装備の新調も必要」

「ん? あいつもそろそろ戻ってくるんじゃねえの?」


 俺とほぼ同時刻に別れたのだ。そろそろ戻るだろう。三人は渋い顔をすると、少し遠くを見て言った。


「……うん、実はオランジェ君ね。本当は病院から出たらヤバいくらいの怪我だったんだ」

「は?」


 リラの言葉に変な声が出た。あいつが? 定例会議で見た奴は、そりゃあ少々ふらふらはしていたがそんな重症には見えなかった。顔だって体だって──そこで気づく。あいつ、肌を出してたか?


「三層の神霊にボコボコにされた訳っすけど、一番重症だったのはオランジェ君なんすよ。額は切れてたし、骨こそ折れてないっすけど両手も結構やられてたっす。背中なんて爪で斬り裂かれて、肋骨も二、三本やってましたね」

「その状態で、僕らを担いで逃げ出したんだ。あの馬鹿は」

「多分また病院に戻ってると思う。お医者さんにものすごく怒られてると思うけどね」


 悔しげに声を潜めるグリューンの言葉、穏やかな口調のリラの言葉がぼんやり響く。脳裏に映るニワトリ野郎の姿。普段は上げている髪を下ろして額を隠し、首から下を一切晒さず、怪我など微塵も感じさせなかった身のこなし。


 なんとも言い表せぬ気持ちが駆け巡る。これはなんだ?

 重症を察させなかったニワトリ野郎への尊敬? 心配? 涼し気な顔しやがってという不満? 何なのだろうこの感情は。


 頭の中にかかった靄を吹き飛ばすように首を振る。それから声を上げた。


「お前ら! 今日明日としっかり準備して休んどけよ!! 春までには四層突入を目指すんだから!」

「アイアーイ!」

「あ、あいあーい! ですわっ」


 ロートが声を上げた。遠慮がちにロゼも拳を上げて答える。シュヴァルツとブラウは不満げだ。

 とにかく、リーダーは俺だ。進む道は、俺が決める!


「まだしばらくクヴェルと共にいさせてください」

「僕ももう少し師匠に教えてもらいたいことが」

「うるせー! お前らも大人しく返事しとけやい!」








「やれやれ、あやつは人望がないの」

「それでも、なんだかんだみんなついてくんだよ。思い出すね、レーゲン」

「ふん、あやつとは似ても似つかんわ」

「そーかい? 私はあいつらをみていると……凄く、懐かしいよ」

「ふん、いらん感傷じゃな」

「よく言うよ」



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