35 : 次期当主達
「あら、お二人共どうかしましたか?」
揃って固まっていた俺達は、サファイアの言葉にはっと気づく。まずい、怪しまれる。すぐさまニワトリ野郎がフォローに回った。
「いえ、お気になさらず。彼が少し古い知り合いに似ていたもので……」
「は、はは、奇妙な偶然があるものでお……自分も少し……」
ぎこちない笑いを浮かべる。サファイア嬢はにこにこと笑いながら言った。
「あらあら、不思議なことがあるものですわね。さあエメラルド様もあちらにおかけになって?」
「あっ、少し外の空気を吸わせてもらえますか? お恥ずかしながらかなり緊張してしまって」
「おっ……自分も、少し、外に……」
「あらあら、可愛らしい」
早足に歩きテラスの硝子戸を開く。きちんと外が見えにくいすり硝子になっている。騎士が続くがニワトリ野郎はそれを制す。
「護衛はいらない。テラスがぎゅうぎゅうになってしまう」
それでニワトリ野郎の騎士は下がったが、俺はブラウを呼びつけた。
「一人はつけておかないと、何があるかわかりませんからねぇ」
室内に頭を下げ、硝子戸を閉める。すぐさま周りを確認し、視界に入る範囲に誰もいないことを確かめる。いきなり屋根の上に人がいたりしたら堪らない。
「──────」
確認を終え、俺は手すりにもたれる。ニワトリ野郎も隣に並んだ。どこから覗かれても怪しまれないよう、適度な距離を開けて並ぶ。こうしていれば親しく話しているようには見えないだろう。
「では、私はこちらで」
ブラウは硝子戸の前に立ち、室内からの目隠しになってくれていた。しばしの沈黙。
以前会ったときのような覇気がない。友達と遊んでいるところを親に見られたような空気がある。立てていた髪も、すっかりぺたんと寝てしまっていた。正面から顔を見なければ、ニワトリ野郎だとは気づかなかっただろう。
「おい」
先に口を開いたのは俺だった。中に聞こえないように声を潜めて、俺は問う。
「なんでお前がここにいるんだよ」
「それはこっちの台詞だ」
「……まあ、ここにいる時点でわかりきったことだけどよ」
今この場にいる時点で、答えは一つである。互いに顔を合わせることもなくため息をつき、ほぼ同時に口を開いた。
「俺はアリエス家の次期当主だ」
「俺はタウラス家の息子だ」
気まずい沈黙。互いになんとも言えない空気になって目を逸らす。
「なんで言わなかったんだ……つっても、普通言わねえか」
「言わねえだろこんなこと。……お前の仲間達は知ってるのか?」
「知ってる。グリューンも、ゲイブもリラもな。その上でスカウトしたんだからよ」
「……じゃあ道理で、あいつらは俺が十二貴族だってわかってもあんまり驚いてなかったんだな」
ババアが来た日のことを思い出す。驚いてはいたものの、以前のロートのような反応は見せなかった。
「まさか……家を飛び出して冒険者になる十二貴族が、俺以外にいるとはな」
「俺だって思わなかったっての。まあ、俺はほぼほぼ十二貴族外の人間だけどな」
「はぁ?」
ここに来ておいて十二貴族外? 何を言ってやがるこのニワトリ野郎。奴はぼんやりとどこか遠くを見ている。
「今ここで言うのは、少しまずい。あー、あれだ、どこか、いい感じの場所を探してからにしよう」
「おう……」
歯切れの悪い言葉、俺は深入りすることもなく引き下がる。ニワトリ野郎が扉を開き、部屋の中に戻った。それに俺も続く。部屋の中の奴らは見向きもせず、各々集中している様子だ。──でも何してるんだコイツら。
その中でも唯一の女──サファイア嬢はこちらを向いた。
「外の空気は吸えまして?」
「はい、まあ」
俺に変わってニワトリ野郎が応答する。それから彼女は椅子に座るよう促した。指示に従い座るが、やはり落ち着かない。壁際に立つブラウにちらちらと視線を送るが見向きもしやがらねぇ。
「では皆さん揃ったことですし、自己紹介といきましょう」
サファイア嬢が手を叩く。俺達は思わず身構えたが、他の七名は気にした様子もない。
「……皆さん緊張しているようで。では私から、改めまして乙女領次期当主サファイア・ヴァルゴです。この中では最年長、四度目の参加となります。ご存知の通り乙女領は、十二領の中で唯一女性が当主になる領でございます。女だからといって甘く見ていたら、痛い目に遭うかもしれませんよ?」
着物の裾を掴み、軽く頭を下げる。にっこりと微笑む笑顔には何故か裏を感じて、少しだけ背中が冷たくなった。これは俺が女性不信だから、という理由だけではないだろう。笑顔に潜むしたたかさ、恐ろしさを本能的に感じ取った。
咳払いを一つして俺は立ち上がる。
「先程も申しましたが改めまして。私の名はヴァイス・アリエス、羊領の次期当主です。若輩故至らぬ点も多いと思いますが、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。ああこんな丁寧な口調、怖気が立つ! 一刻も早くこの礼服だって脱ぎ捨ててやりてぇ。シュヴァルツ達がいないだけ救いか。
「こちらこそよろしくお願いしますわ、ヴァイス様。ところで……本当に、噂に違わぬ可憐なお顔立ちですわね。私、嫉妬してしまいそう」
「御冗談を。これでもれっきとした男ですので、そう言われるのは不服ですね」
「あらあら失礼? お人形さんのように綺麗でしたので」
落ち着け、俺。これがそのへんの野郎相手だったら顔面ぶん殴って終いだ、だが、相手が女だなんだ以前にこの場で殴りかかりでもすれば全て終わりだ! とにかく堪えろ、堪えるんだ……!
机の下でわなわなと拳を震わせる俺の横で、ニワトリ野郎が立ち上がる。
「では続いて、重ね重ねになりますが私はエメラルド・タウラス。牡牛領の次期当主になります。皆様と会えることを心待ちにしておりました」
「こちらこそ、お会いできる事を楽しみにしていましたわ」
「貴方様のようなお美しい方にそう言ってもらえるとは光栄です」
「あらあらお上手だこと」
座りざまにちらりとこちらに視線をよこす。落ち着け、と言われている気がしてイラっとした。
「……」
サファイア嬢から向けられた視線を無視しきれなかったのか、彼女の正面に座った前髪の長い青年がため息混じりにこちらを向く。前髪の隙間から覗く目が俺とぶつかる。それからけだるげに口を開いた。
「僕はパール・ジェミニ。双子領次期当主」
それ以外は何も言わない、関わるつもりはないとでも言うようにまた俯いた。
その横の茶髪がこちらに顔を向け笑う。まさしく好青年ですよと言わんばかりの貼り付けたような笑顔、信用に値しない怪しさがぷんぷんしている。
「オレの名前はペリドット・レオ。獅子領の息子だよ。ヨロシク、ヴァイスクンにエメラルドクン」
「蟹領と天秤領には御子息がいないんですよ」
サファイア嬢の注釈。跡取りがいないとなれば、次の当主はどうするつもりなのだろうか。
それから彼女の視線が棚に向かう。そこには、棚の上に腰掛け足まで乗せている褐色肌の青年がいた。この中では割と若い方のように思える。ニワトリ野郎の一つか二つ上くらいだろう。
彼はこちらにちらりと視線をやり、すぐに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。なんだあの野郎。
「彼はトルマリン・スコーピオン。蠍領の次期当主ですわ。緊張しているのかしら?」
笑いながら言うが、そうとは思えない。あの人を見下す目、上っ面だけでも仲良くしようという意思が感じられない。
続いて本棚の前に立つ青年に視線が向く。彼に至っては手元の本から視線を上げもしなかった。なんて野郎だ。低い声で呟く。耳を澄ませなければ聞こえない声量だ。
「トパーズ・サジタリウス」
サジタリウスってことは射手領だな。これ以上の会話は求めない。部屋の奥にいる癖毛の青年は眠そうな垂れ目をこちらに向けた。
「ラピスラズリ・カプリコーン。山羊領の息子だよ、よろしくねぇ」
部屋の奥で何をしているのかと思えば寝ているらしい。……この状況で寝れるとはとんでもないな。
俺達が外に出た扉とは違う位置にある小窓から外を覗く青年。結った長い金髪を指先で弄ぶ。
「ガーネット・アクエリアス。水瓶領の次期当主」
またふいと外を向く。さっき俺達が並んでいたのは位置的に見えていなかっただろうが……不安だ。
自分の騎士と思われる男と並んでいた美少年がこちらを見て微笑む。柔らかそうな巻毛を揺らしてこちらに寄ってきた。腰を曲げて上体を低くし、上目遣いに俺達を見る。
「ぼくはアクアマリン・ピスケスでぇす! 魚領の次期当主だよ」
満面の笑顔を向ける。女顔と言うわけではない愛らしい顔立ちに小柄な体……でも俺達より歳上なんだよな。
皆が名乗り終え、また沈黙が戻る。サファイア嬢が変わらぬ笑顔を浮かべたまま俺達に声をかける。
「日の出ている間は基本この部屋の中でいてもらいます……というのはご存知ですわね。部屋の中の本を読んだり歓談してお過ごしくださいませ。そうそう、この階の図書室でしたら自由に閲覧、持ち出し可能ですわ」
このような応対にはなれているらしい。俺達はそれに頷きながら、ちらりと視線を交わした。図書室、そこならば怪しまれずに話ができるのではないか。タイミングを見て移動しよう。あまり一緒にいては怪しまれる。
狙いは昼食後、それまで堪えろ、俺!!
張り付いた笑みを浮かべる頬が、引きつって痛む。五日後の俺の顔は筋肉痛で動かせないのではないだろうか。そんなことを考えながら、ゆっくりゆっくり動く秒針を眺めるのだった。
こんにちは夏野です。
今回色々な次期当主達が出てきましたがほとんど名前覚えなくてもいいです。覚えてたら便利かなーくらいなのでご安心ください。
名前はお察しの通り誕生石から取っています。これにもわけがあるので次回をお楽しみに。




