34 : 定例会議
「ぼ、くが、リーダーの……息子……?」
「正式には、【竜鱗のフル】と【聖女ハイル】の息子じゃな」
「えっ、ちょっと!? はぁ??」
何さらっと超重要報告してるんだこの人は!!
待って、待ってほしい。ちょっと僕一人じゃ飲み込めそうにない。ほら見ろ! ヴァイス達ぽかんとしてるぞ! 頼むからちょっと待ってくれ。
混乱する僕の顔をツュンデンさんが掴んで向き合わせる。ゼロ距離に迫るツュンデンさんの顔。その金の目に僕の顔が映り込む。
「フルと……ハイルの……? そんな、まさか……」
首が変な方向に捻れている。ツュンデンさんは気の抜けた用な、安心しきったような顔を浮かべた。
「ホントだ……この目の色、ハイルとおんなじ……」
「顔は似とらんじゃろ。ひねた目元をしくさって」
「育ての親に似たんだろうよ。……あいつら、あのあとくっついたんだ……」
そこでツュンデンさんは手を離す。それから弱々しく微笑んだ。安堵と呼ぶには悲しげなその表情が脳裏に焼き付く。
「まあ、積もる話はあるが今は置いておくぞ。あやつらが完全に置いてけぼりじゃからな」
「ちょっとぉ!?」
今の状況で僕の話置き去り!?
「うるさいのぉ、そもそも儂はこの話をしに来たのではない。ツュンデンと再会するなど思うてもみなかったわ! ……儂はアーベントの使いじゃと言ったじゃろうが」
奥のグリューン、ゲイブさんとリラさんに視線を送ってからヴァイスの方を向く。嫌な予感、と言わんばかりにだらだらと汗を流してそっぽを向いていた。
「小僧! 四日後の朝、『藪蛇通り』にある宿に向かえ。詳しい場所はこの書簡にある。送れぬようにな」
「待て待てババア、おい」
「安心せい、ブラウがついて行くから一人ではない」
「そういう話じゃなくてよ」
ヴァイスの静止も聞かず師匠は続ける。藪蛇通りというと……迷宮を中心に時計で見たとき一時に当たる場所。王宮も近く高級な宿や店屋が並ぶ通りだ。親父さんからの使い、さらにそこに来いということはそれなりの用事と言うことだ。
「あ」
そこでふと、今日の日付を思い出す。ああ、なるほど、そういうことか。
「五日後の『定例会議』。小僧、お前も出席するんじゃ。アリエス家の時期当主としてな!」
「嫌だ──────ッ!!」
定例会議。それは三年毎、年の暮れに行われる各領主が集う会議のこと。十二貴族の面々がこのゾディアックに集い五日に渡ってこれからの行く末について話し合う。
「嫌、じゃあないわ! お主ももう十七じゃろうが!!」
「まだ十七になったところですぅ〜! 成人の儀を終えてないのでまだガキです〜!」
年齢はともかくあの言動はガキだな。
「十七を迎えた時期当主は行かなくてはならぬのじゃ! 駄々を捏ねるでない!」
「行きたくねえよぉ!! しかも親父と顔合わすじゃねえかこれ!」
「当たり前じゃ! 会って挨拶でもしてこい!!」
「家出してんだぞ俺は!!」
早速言い合いを始める二人を眺め、大きくため息をつく。二人共数ヶ月前と全然変わってない。
まだ頭の中が混乱している。僕の両親が、ギルド「ゼーゲン」のメンバー? ツュンデンさんや師匠と肩を並べて戦った仲間? 駄目だ全く実感が湧かない。……素直に喜べることでもない。
ギルド「ゼーゲン」は世間的に見れば世紀の大噓つきである。あの反応を見るからに──ツュンデンさんは、仲間達は生きていないと思っていたのだろう。
「駄目だ、考えることが多すぎる……」
頭を押さえる。ヴァイス達の言い合いも耳に入らない。
「大丈夫ですか? シュヴァルツ様」
「あ……うん。大丈夫、少し、混乱してるだけだから」
ロゼが心配そうに覗き込む。今は言葉をかけるよりも、そっとしておいて欲しい。師匠も師匠だ。説明してくれ頼むから。いや、説明したところで、か。
「まさかあんたも、アタシとおんなじだとはね」
ロートの声。そうか、ロートもまたゼーゲンメンバーの娘という立場。
「まああんたは、メンバー間の子らしいからもっと凄いわけね」
「……嬉しくないさ」
十七年の間全く知らされなかった両親。それなのに短期間でいきなり情報を与えられてかなり参っている。
「と・に・か・く!! 小僧、絶対行くんじゃぞ!? 任せたぞ若造!」
「承知しました」
「ちくしょー逃げ場ねぇ!!」
半べそ状態のヴァイスを見て思わず笑いが出た。ヴァイスがこっちを見、低く唸り声を上げたあと観念したように首をうなだれる。
「わーった、これバックレるのはやべえんだろ。……行くよ、行きゃあいいんだろ?」
ついに折れたらしい。ヴァイスの夢は迷宮最奥に到達することだけではない。民を導く正しい王になることも彼の夢のはずだ。ならば、これは避けては通れないと理解したのだろう。
「あークソ、クソ、クッソ……」
足を踏み鳴らしながらぶつぶつ呟いている。……本人は物凄く不満そうだ。
「ヴァイスさんとブラウさんが留守にするってことは……」
ヴァイスが呼び出されているのが四日後の朝。定例会議が始まるのが五日後、会議は五日行われる。今日から合わせて十日間あるわけだ。
「アタシらだけで探索……ってわけには、いかないわよねぇ」
ロートがにやりと笑った。ヴァイスは半ばヤケのようにして指を突き出す。人を指差すな。
「お前ら! 今日から十日間休暇だ!」
「やった──! ゆっくり子供達に会いに行ける!」
「シュヴァルツ様! で、デートしましょう! せっかくですから」
大盛りあがりする女性陣。休暇、その間に師匠から両親について聞き出そう。
「……なーんか俺らマジで置き去りっすけどね」
「話ついてけない」
「というかヴァイスさんは十二貴族だったんですね」
すっかり置いてけぼりな鷹の目三人衆。中々申し訳ない。後でブラウさんと一緒に説明しよう。彼らも暫くは宿にとどまっているだろうし、色々話を聞いてみようか。
「色々あったけど、今日はゆっくり休みな! レーゲン、あんた宿は?」
「ん、特に考えておらんかったな。アーベントの元に帰ろうかとも思っておったが」
その外見だったら自力で宿も借りれないだろう。
「うちに泊まりな。部屋は開いてる。何なら私の部屋に来なよ。聞きたいことも話したいことも、山のようにあるわけだしさ」
「……そうさせてもらおう」
「ええええぇ! ババア暫く居座る気かよ!」
「文句あるのか小僧!」
師匠が暫く宿にいるなら丁度いい。まだ教わっていない魔法も教えてもらえるだろうか。薄暗くなっていく外と対比して、宿の中は賑やかになっていく。
そして、四日後。
俺はブラウを連れて「藪蛇通り」の指定された宿まで来ていた。服装の指定はなかったが、一応小綺麗な格好はしてきたつもりだ。
「護身用の武器くらいいーだろ」
「駄目です。何故私がついていると思っているのですか」
かくいうブラウはいつもの黒衣に紋章のついた布をかけ、背には槍の入った包み。迷宮に潜る際の甲冑は外しているものの、ほとんど普段と変わらない服装だ。
「趣味わりい宿だな」
「そういうことは言わないものです。……まああまり良い趣味とは言えませんが」
北東の方は王宮があることもあって金持ちが多い。商団の中継地点として発展したそうだ。北から大鴉通り、この藪蛇通り、王宮のある跳兎通りとこの三つはかなり栄えている。
「あ、お二方、少しお待ちになってください」
宿の中に入ると係の者に止められた。まあこんな「お貴族様御用達」みたいな宿に不審なガキは入れないわな。
「これ、あります」
ババアに持たされた書簡を見せると、一変して表情が変わる。書簡には親父のサインが書かれていて、俺達のことは「来客」と説明されている。奥に通された。
「十二貴族の人間がふらふらと冒険者をしてる、なんて大っぴらにはけして言えないしな」
小声でブラウに言う。ブラウは何も答えなかった。俺達は来客としてここに来たわけだが……まあ、宿側の人間からしたら怪しいことこの上ないだろう。
宿の人が去ったのを確認して、扉を叩く。
「親父、俺だ。ヴァイスだ、来たぞ」
「入れ」
生唾を飲み込む。約三ヶ月ぶりの対面。以前会話だけならしたが……あそこまで啖呵切った以上、今更会うのは微妙な気分だ。扉の前で躊躇する俺に痺れを切らしたのか、ブラウが扉を開いた。
「やめろ! まだ心の準備ができてねぇ!」
「知りません」
豪華な内装がされた部屋、大きな長椅子に親父が座っている。親父はこちらに視線を寄越すと、向かいに座るよう促した。がちがちに固まりながら椅子に座る。ブラウはその背後に立った。
「……」
重々しい沈黙、俺は親父を直視できずに左下の方を向く。
「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな」
「……おう」
「あれから暫く、帰ってくるつもりはまだないんだろう?」
「当たり前だ」
即答する俺に親父はこめかみを押さえた。
「正直、呼びつけてもここまで来るかわからなかったが……レーゲン女史に任せて正解だったな」
「よくもババアを送りやがって。あそこまでしなくてもちゃんと来たっての」
「レーゲン女史が自分から申し出たんだ。護衛も兼ねて伝令役は引き受けよう、とな。……お前はこういう会議や外交は大嫌いだと思っていたが、そうでもなかったのか?」
「嫌いに決まってる。でも、未来の領主になるには必要だろ?」
そう答えてやれば、親父は眉を動かし反応した。
「言うようになったな、ヴァイス」
「日々成長してんだよ」
先に沈黙を破ったのは親父だったが、それからは流れるように口が動く。怒った様子もないし、穏やかな調子で会話が進んだ。
「さて、定例会議の参加だが……。話は聞いているだろう?」
「おう。十六を越えた次期当主は参加しなくちゃならねえんだろ? 俺が十六になったのが、丁度定例会議が無い年だったから、今年初の外交デビューと」
「そうだ、きちんと自覚があって安心した」
自覚ならあるわ。
「失礼だな」
「会議に出るといえど、お前達……次期当主達は、現当主が会議をしている間別室に集まってもらうだけだ。後ろから会議を聞いたりする必要はないし。ただ五日間王宮内で滞在してもらうだけになる」
それは初耳だ。てっきり同じように机に座ってクソ長え会議を聞かされるのだとばかり。
「それ、行く意味あんのか?」
「大いにある。五日間、日が登っている間同じ空間内で過ごし、他領の次期当主達と親交を深める。まあ、これも一つの外交だ」
それはつまり、
「……他の奴らと仲良くしろってことか?」
「けして粗相のないように。お前が何か揉め事を起こせば国際問題だ」
「自信ねえな」
「安心しろ。お前も含めて十人訪れる次期当主達の中で、女性は乙女領の令嬢しかいない。ついでに護衛にはブラウがつく」
「ならまあ、大丈夫か……」
女がいないってだけで安心だな。何かあれば便所ででもブラウに愚痴ろう。
「今日は明日の準備も兼ねてここに泊まってもらう。それから会議中の五日間、王宮から出られないが」
「仲間には伝えてる。あいつらも羽伸ばせて喜んでたよ。……まあブラウは、せっかくの休暇なのにクヴェルと会えないけどな」
「悪いことをしたな、ブラウ」
「──────いいえ、旦那様のご命令とあれば」
めっちゃ間が開いたな。今すぐにでも帰ってクヴェルといたいくせして痩せ我慢している。とりあえず一日どうすればいいのか。服装やマナーの確認は行うとして、結構時間はありそうだ。街を見て歩きたいがそれは許されるだろうか。
「ヴァイス」
親父が呼んだ。窓の外にやっていた視線を戻す。
「何」
「迷宮は、どこまで進んだんだ」
そういえば親父に啖呵切った日は、まだ仲間集めをしていたんだったか。
「丁度四日前に三層に入った」
「そうか」
それから親父は部屋の外に使用人を呼びに行った。俺を着飾る準備だろう。ごてごてと飾られるのは凄く苦手なのだが、耐えるしかない。
俺に質問を投げかけてきた親父の顔が、何故か頭から離れない。少し前のツュンデンさんのような、複雑な表情を浮かべていた。
翌日、ついに俺は王宮へと足を踏み入れた。
親父は最上階へ、俺とブラウは上階にある専用の控室に向かう。何度も何度も粗相がないようにと忠告された。今日来る次期当主達の中で、俺が最年少らしい。今回がデビューになるのは俺以外にも一人いるらしいが。
今の俺はばっちりキメた格好をしている。家に伝わる一級品の礼服、髪型もしっかり整えられたし、情けない風体ではないはずだ。……強いて言えばゴーグルがほしい。あれがあると安心する。
ブラウが扉をノックし、こちらに目配せする。それに頷き少し間を開けてから扉を開いた。
正面に座る着物を着た長い黒髪の女。
女と机を挟んだ長椅子に座る前髪の長い男。
その横に座る茶髪の男。
壁際の棚に腰掛ける褐色肌の男。
本棚の前で立つ中性的な青年。
部屋の奥にある椅子に座る癖毛の男。
窓を開き外を眺める金髪の男。
護衛の騎士らしき人物の横に並ぶ美少年。
俺が九番目のようだ。室内の人数と同じ数だけ部屋の隅には騎士がいる。部屋に入るとすぐに、着物の女が立ち上がった。ロートよりも歳上だろうか、もしかしたらブラウと近いかもしれない。
「あなたがアリエス家の御子息ですか? 私は乙女領の次期当主、サファイアです」
彼女はにっこりと微笑んだ。一瞬びくりと体が反応し、拒絶反応がでかけたが気合でそれを引っ込める。大丈夫だ、堪えろ。
「はい、お……自分はヴァイス・アリエス。五日間皆様と共に過ごせること、心待ちにしておりました」
「まあ嬉しい。でもそこまで畏まらなくてよろしくてよ。同じ立場同士、気を楽にして過ごしましょう?」
穏やかな口調に対してぴりぴりとした緊張感が伝わってくる。それが彼女から発されているのか、室内から漏れ出しているのかはわからないが、一瞬たりとも気が抜けない雰囲気が漂っている。
「ヴァイス様で九人目……全員揃ったら、まずは自己紹介と行きましょうか。ヴァイス様とあとは牡牛領の御子息様は初参加ですからね」
「まだ来ておられないのは?」
「丁度、その牡牛領の御子息です。他の皆様は以前の参加経験がありますから、顔見知りなんですよ」
同じタイミングで初参加。俺が最年少だと聞いているので、その時期当主は十八かそこらだろう。話しやすい奴だといいのだが。
「どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
彼女に案内され部屋の中に移動する。ブラウはもう後ろに下がってしまった。とりあえず空いていた椅子に座る。向かいに座る癖毛の男は顔を上げようともしない。
「……」
サファイアとやら以外は俺になんの反応も示さなかった。これはかなり嫌な雰囲気だ。早く終わらないかな。
その時ノック音が響く。少し間を開けて扉が開いた。
「牡牛領次期当主エメラルド・タウラス、遅れて申し訳ありません」
深いお辞儀と礼儀正しい挨拶。しっかり三秒お辞儀をしたあと頭が上げられる。
明るい色の髪は流され、深い緑色をした目とのコントラストが眩しい。きっちりした礼服に身を包み、マントを揺らして立つ姿に籠もる気品。そんなことより、俺はその顔から目が離せない。
「あ?」
「は?」
なんでお前がここにいる?
互いに素っ頓狂な声が出た。それは短い一瞬だったがとても長く感じられた。
その顔は、俺のライバルにしてクソ腹の立つニワトリ野郎──ギルド「鷹の目」リーダー、オランジェだったのだから!