33 : やっと会えたね
「相っ変わらずこんのクソガキは人のことをババアババアと失礼じゃな!!」
「事実じゃねえかガキ扱いしても怒るくせにいでででででっ!!」
思いっきりほっぺたを拗られ悲鳴を上げる。俺より圧倒的にチビなくせして、力の使い方が上手いのだ。ふんと鼻を鳴らして手を離す。
「クソガキ共、わざわざ森から出てきた師匠に向かって何じゃその態度は。躾……いや、教育が足りなかったかのぉ……?」
「いやいや師匠、だってあの、あれ、今生の別れみたいな挨拶を……」
「しとらんわ。阿呆め」
色んな感情で顔を真っ赤にしてシュヴァルツが口籠る。どんな別れ方をしたんだこの二人は。
「てか、なんでババアがここまで来てんだよ! 何で……」
「またババアと……まあ良い。そのことじゃが」
「坊っちゃん達、何を騒いでいるので──」
奥から出てきたブラウが、俺の上に乗り上げて来ているババアを見て固まる。ババアがお、と声を上げた。
「若造か、その様子じゃとあやつから話は聞いておるか?」
「え、ええ……聞いております。レーゲン女史、あなたがまさか……」
動揺した様子のブラウ。なかなか珍しい姿だ。ババアはうむうむと頷くと、俺らのほっぺたを掴んで顔を向けさせる。痛いっての。
「うむ、アーベントの若造の使いじゃ。話がある、周りに話を聞かれぬような場はあるか?」
アーベント、その名前に声が引き攣る。親父が? なんで? ババアが親父の使い!? あのブラウの様子といい、何やら面倒な予感……!ふと気づく。俺は問うた。
「もう年は明けたか?」
こっそりと逃げ出そうとした首根っこを掴まれる。見上げれば死んだ顔をしたブラウがこっちを見ていた。または諦められない! 藻掻くが抑え込まれ担ぎ上げられる。
「お世話になりました」
と、店主のお婆さんに頭を下げて外に出る。嫌だ嫌だ嫌だ! 絶対面倒くさいことに決まってる! 往来を引きずられながら俺はひたすら藻掻き続けた。
「おかえ──ってどうしたのあんたら」
出迎えたのはロートとロゼ。いつものカウンターではなく丸机に座っている。その向かいにいるのは──
「あれ、『鷹の目』の……」
「グリューン」
「ゲイブっす」
「リラ。お久しぶりです」
クソ生意気ニワトリ野郎の仲間達。リラと言った眼鏡の男の膝にクヴェルが乗っている。クヴェルはブラウが見えると笑って手を振った。ニワトリ野郎は留守のようだ。
「ふん、運が良かったな!」
「まあ今のお前の状況はあまり見られたくないだろ」
しかしニワトリ野郎の留守より気になるのは、三人のぼろぼろ具合である。顔にガーゼ、頭に包帯両手脚のどこかにしらも包帯と見るからに怪我人だ。
「いえーい兄貴おひさっす!」
「何があったんですか皆さん」
金髪頭につなぎ姿の男、ゲイブがブラウに手を振る。俺はシュヴァルツに小声で「なんでブラウの奴、兄貴って言われてんだ?」と聞く。「黙ってろ」と一言。冷たいやつだ。
「まぁその、恥ずかしながら半月前程に……」
「三層の神霊にボコボコにされちゃってですね」
三層の神霊、その言葉に驚く。もうそこまで行っていたのか、ようやく追いついたと思ったのに! ……しかしまあ、俺達が一層二層を攻略していたのだ。そりゃ進むか。
「半月前に死にかけになって戻ってきたんすけど、そっからしばらく入院してたんっすよ」
「昨日ようやく退院。大変でしたよ」
「大丈夫なんですか? その傷」
ロゼが腕に巻かれた包帯を指さして言う。
「意外と平気っす。骨はくっついてるし怪我も痕は残らないっすね。俺も一応医者っすよ」
軽い調子で答えているから大丈夫なのだろう。しかしこいつらがここまでぼろぼろになるとは。
「ニワトリ野郎は?」
「あー……オランジェ君は留守ですね。怪我の治りも早かったんで」
ふん、どうせナンパにでも行ってんのか。ひとしきり会話が終わった後、ブラウに椅子の上に投げられた。
「簀巻きにはもうすんなよ!?」
「しなくて良いのですか?」
「逃げれるかこの状況で!!」
入口で固まっていたババアが入ってくる。皆の視線がババアに向いた。外見はクヴェルより少し歳上くらいの童女だ。怪しいことこの上ない。
「どうしたんです? そちらの方は……」
遠慮がちに聞くロゼ。ババアはホール内をじろりと見回り口を開いた。そういえばツュンデンさんがいない。奥にいるのだろうか。
「シュヴァルツ、こ奴らは信頼に値するか?」
「そう聞かれてもですね……。一応そっちのロートとロゼ、あと店主の人は、ヴァイスの家について知ってます」
「ふむ、じゃあそれ以外。そこの三人組。ここでの話は他言無用じゃぞ」
びしり、と初対面にも関わらず三人を指差す。グリューンは首を傾げ、ゲイブはブラウに尋ねる。
「兄貴、なんすかこのお嬢さん」
「お嬢さんという歳ではないです。彼女はあなたより遥かに歳上ですよ」
「へっ?」
「まあとにかく口を閉じよ。儂は大魔女レ────」
「ん、あんたら戻ってきたのなら早く言いなさいよ」
ババアの名乗りを遮って、奥からツュンデンさんが現れる。厨房で俺達のために飯を作ってくれていたのだろう。ババアが固まる。
「あ?」
ツュンデンさんも見慣れぬ小柄な影を不思議そうに眺める。その目が大きく開かれた。
「──────!」
ババアもぎこちない動作で振り返る。その目は激しい動揺と困惑に満ちていた。互いに視線が合う。ツュンデンさんが微かに体を震わせた。
「レェ──ゲンンンンンンン──────ッ!!」
「お主まさかツュンデ──んむぅ!」
カウンターを飛び越えツュンデンさんがババアを抱き締める。軽々と持ち上げられたババアはその胸に顔を埋め込まれ藻掻いている。
「生きてた、生きてたんだねあんた! よかった、よかった! やっと会えた!!」
「ぶはっ! お主こそ……無事だとは思っておったが、まさか小僧達の泊まっておる宿の店主をしているとはな……」
目に涙を浮かべてツュンデンさんがくるくる回る。その様子を呆然と眺める俺達。シュヴァルツもぽかんと口を開けていた。
「……どういうこと?」
かつて見せたことのない二人の表情。すっかり置いてけぼりの俺達は互いに顔を見合わせ首を傾げた。その様子に気がついたツュンデンさんがはっと止まる。
「と、とりあえず奥に座って頂戴……? 話はそこでするからさ」
促され各々席につく。ババアはカウンターの椅子に飛び乗り、ツュンデンさんも定位置に戻った。一つ咳払いをして口を開く。
「あんた達みんな、私がギルド『ゼーゲン』のメンバーだとは知ってるね?」
「お、おう……」
頭の中によぎった想像を振り払う。シュヴァルツは何かを察したのかずっとだんまりだ。
「この子供……レーゲンは、私の仲間。元ゼーゲンのメンバーにして太古から生きる魔女なのさ」
「互いに、とっくに死んだと思っていたがの」
二十年前、初めて最奥に到達したギルド──そして、その全てを嘘だと糾弾され国外追放された伝説のギルド「ゼーゲン」。ババアがかつてそこのメンバーだった?
「なんで言わなかったんですか! いや、冒険者してたとは言ってましたけど! なんか、匂わせはしていましたけど!! 僕らにゼーゲンのことは教えたくせに、なんで自分がそこにいたって言わないんですか!?」
「お前に関しては旅立ちの日にほぼほぼ言ったようなものじゃろうが!」
いやそんな会話してたんかい。
「明言してくださいよ!! ツュンデンさんだって、言ってくれても良かったじゃないですか!!」
「あんたらがもっと詳しく師匠とやらについて教えてくれれば、わたしだって早く感づいてたさ!! それを言わなかったのはあんただろうが!!」
シュヴァルツ達のしょうもない言い争い。
「ちょっと兄貴、ついていけないんすけど……」
「俺もです」
「僕も」
「アタシも」
「私もですわ」
みんなじゃねえか。
ええと、まずロートの母親でもあるツュンデンさんがギルド「ゼーゲン」のメンバーだった。これはこの宿に泊まってる時点で知っていることだ。
「そういえば」
俺とシュヴァルツとブラウにクヴェル、それ以外のメンバーはまずババアについてよく知らないのか。鷹の目のメンバーに至っては全く知らないはずだ。詳しく説明しなくてはならない。
「えっとだな、まずあのガキは俺らがよく言ってた『ババア』……シュヴァルツの育ての親にして俺らを稽古してくれた奴だ」
「彼女は見た目こそああですが、遥かに長い時を生きている魔女です」
「レーゲンさんはすっごいよ! いっぱいまほうを使えるんだ!」
皆がババアを見る。どう見ても童女だ。
「あれが??」
「あれが」
「あの子が、ババアババア言ってた鬼師匠なの?」
「そーだよ。マジで」
この会話を聞かれてたらあとが怖い。
「俺らは鬼師匠だなんだって話を知らないんすけど……そんなになんすか」
「そんなにです」
ブラウも頷くレベルだ。よく俺がぼろ雑巾のようになって帰ってきている姿を見ていたからだろう。
「そんで、あの方がツュンデンさんのかつてのお仲間……?」
「そう。つまり、ゼーゲンの元メンバー!」
「二人はそんな人の元で修行してたってわけ?」
グリューンの疑問に頷く。俺らだってまさかそこまで凄い人物だとは思っていなかった。まあ見た目クソガキであの強さ。親父直々に修行を公認されるレベルなのだ。只者ではないと思っていたが。
「……というか師匠。ちょっと僕気になることがあるんですが」
「うむ、しかしヴァイスの小僧にも伝令がある。どちらを優先させればいいのじゃ」
手は伸ばせないが気持ちだけは挙手して叫ぶ。
「はいはいはいシュヴァルツ優先で!! 俺の話はあとでいいから!!」
「お前は話聞きたくないだけだろ! 先延ばしにする意味はないぞ!」
「うるせえ先延ばしにすれば逃げ出せるかもしれないだろ!」
ババアはそんなに俺達を見てため息をつく。それからシュヴァルツに続きを促した。シュヴァルツはごくりと生唾を飲み込み、疑問を呈する。
「師匠はあのとき……森を出る夜に、言いましたよね。『お前の両親は共に冒険者だった』って」
それは初耳だ。シュヴァルツの親の話は触れたらいけないのだと思っていたから俺も聞いたことがない。しかし、何故それをババアは知っている?
「そして、自分を冒険に連れ出したのは僕の父さんだって」
へぇ〜そうなんだ〜……っておい。
レーゲンは元冒険者。
そしてレーゲンを連れ出したのはシュヴァルツの親父。
ツュンデンさんとレーゲンはかつての仲間。
そのツュンデンさんはギルド「ゼーゲン」のメンバー。
ツュンデンさんがまさか、と小さく呟いた。
「うむ、お前の父親は──ギルド『ゼーゲン』のリーダー。【竜鱗のフル】じゃ」