↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
3章 少女或いは乙女の誓い
PR
32/157

30 : 砂塵の神霊



 ──ロート再加入から一月。様々なやり取りを経て、俺達は二層の終点を目指そうとしていた。その間街に戻ったのは二度。「道標の楔」は保証通りの力を発揮してくれていた。




「あんた達ー! 飯できたわよ!」

「アイアーイ!」


 ロートの声に俺達は見張りや鞄整理の手を止め、薪の元へ駆け寄る。今日の夕飯は蠍の鍋だ。


「また蠍かー」

「文句言わない。二層は食える魔物が限られてるんだから」


 ロートの再加入後、調理担当はシュヴァルツとロートの交代制になった。ツュンデンさんの帳面を頼りに、食べられる魔物を調べたのだが──この二層には、食える魔物があまりいない。

 荒野という環境のせいか、奴らは皆生態が変わっており人が食うのに適さないらしい。毒があったり、食う部分がほとんどなかったり。


「それにしても蠍が食えるのは意外だったなー。毒持ち代表みたいな感じなのに」


 魔物蠍の肉は、海老や蟹のようで美味い。調理の際、シュヴァルツがものすごい怪訝そうな顔で見ていたのは覚えている。


「もうそろそろ三層かー」

「案外早かったですね」

「どこぞの鷹とはちげえのさ! ははっ!」

「……あんたも根に持つわねー」


 ニワトリ野郎率いる鷹の目とやらは、半年かけて三層だと言っていた。今あいつらがどこまで潜っているのかは知らないが、まだ三層にいるのだとすれば、ようやくあいつらに追いつけるのだ。


「でもあいつらとあってからもう二ヶ月だろ? 流石に四層に行ってるんじゃ……」

「いんや、三層は中々複雑よ。二層(ここ)も高低差あって大変だったけど、三層はもっとやばいらしいわ」


 ツュンデンさんに聞いたのだろう。二層より更に複雑……どうなるのだろうか。俺は鍋の汁を啜りながら思いを馳せる。


「……ん?」


 ふとその時、乾いた風が吹いた。二層は砂漠の荒野という環境のためか、昼間は照りつける日に焼かれ夜になるとかなり冷え込む。夜の寒さは外とあまり変わらないだろう。


「やっぱり地下なのに青空と明かりがあるのっておかしいよな」


 ここでは夜明けや夕暮れというものがなく、突然火が消えるように暗くなり、火がついたように明るくなる。そんな中で一月生活していたためか、俺の日付感覚はおかしくなってようだ。


「そういや俺、こないだ誕生日だったんだな」


 俺がぽつりと呟いたその言葉に、ロートが手にした器を落としかける。シュヴァルツもスプーンを止め、あっと声を出した。


「忘れてた! 今日何日だよ!」

「あんたそういうのは早く言いなさいよ! 迷宮内だからそんな盛大には無理だけど……なんかしてあげたのに!」

「もうそんな時期ですか」

「おめでとうございま……ございました? ヴァイスさん!」


 皆が口々に言ってくる。俺は何気なく言ったつもりだが、皆はそうでもないのだろうか。


「いや、そんなに言わなくたって……。どうせ一つ歳くうだけ──」

「何歳? 十七? 夏まではアタシと一つ違いなわけね。シュヴァルツはまだ十六なの?」

「僕は秋口に十七歳になってる。丁度ヴァイスとゾディアック目指して放浪してた頃」


 シュヴァルツは一月と少し歳上になる。気に食わない。


「へぇ〜。騎士サマは?」

「まだ二十一です。年が明けて暫くしたらですね」

「私(わたくし)は一層の探索中に十六になりましたしね」


 そういえばロゼの誕生日は迷宮内で祝ってやったのだったか。出会って割とすぐの頃だった。


「今すぐは無理だけど、なんか欲しい物とかある?」

「ねえって。気にしなくていいっての、どうせ何日か前だし──」

「馬鹿ねぇあんた。こういうのは喜んで受け取るものでしょ!」


 ロートに指を突きつけられて呻く。人に指差すな。


「ま、街に帰るまでに決めておくんだな」

「そーしなさい。母さんにも言って盛大に祝ってやるわよ」

「楽しみですねぇ」


 ツュンデンさんの料理は楽しみだ。そこでブラウは、何かを思い出したように言った。


「…………そういえば、本来ならば坊っちゃんの誕生日に夜会が開かれるはずでしたね」

「いらんこというなブラウ!!」

「夜会ぃ〜? その話!」

「詳しく教えて下さい!!」

「やめろ女共!!」


 あの日家出しなければ、今頃は屋敷で閉じ込められた生活を続けていたのだろう。毎日毎日公爵令嬢サマと文通させられて、そして誕生日の夜会で婚約……怖気が経つ。


「家出してよかったぜ」

「サイテーなこと言ってるわよあんた」


 鼻水を啜って鍋を掻き込む。暖かい屋敷の中でぬくぬくと食う上品な料理よりも、こうして寒い寒いと言いながら掻き込む飯の方が美味いのかもしれない。そんなことを考えながら夜は更けていく。








「ついた──────!」


 大声を上げて顔を上げる。そこには、巨大な岩壁が立ちはだかっていた。地図によればこの向こうには、大広間が広がっておりその奥に三層ヘの入口があるらしい。


「この岩壁を越えるのか? 穴でも開いてるのか?」

「……この地図、広場に大きなバツ印がつけられてるぞ」


 きょろきょろと辺りを見回す俺の後ろで、シュヴァルツが小さく呟く。覗いてみると、確かにその先にはバツ印がつけられていた。


「どーいう意味だ?」

「わからないな」


 横から覗いてきたロゼとロートも首を傾げる。ロートもわからないのか。ブラウはあたりの警戒をしつつ岩壁を叩いていた。


「それは自分らが!」

「説明したりましょ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 いきなり背後から響いた声に俺は絶叫を上げた。シュヴァルツは大きく跳ねロートも叫び、ロゼはシュヴァルツへしがみつく。振り返るとそこには、いつぞや見た明るい髪色をした双子が笑いながら立っていた。


「兄(あん)ちゃん方早いですなぁ、もうここまで来なさったか!」

「凄いことでっせ? 胸ェ張りな」

「なんの用だよ今度は……」


 相変わらずの人懐っこい口調。にやにやと笑いながら肩を叩いてきた。女の方からは距離を開ける。


「いやまぁ、冬場は駆け出し冒険者も減りますからなぁ。二層の入口でずうっとおっても、仕事がないんですわ」

「やけん小遣い稼ぎにふらふらぁっと奥まで来とるんです。ずっとこんな不便なとこほっとかれとんや。ちょっとばかし出歩いたところで文句も言われへんわ!」


 けらけらと笑う。御役所の人間とは思えない身勝手さ、自由さだ。しかも二層を歩くことを「小遣い稼ぎ」と。……こう見えてこの二人、かなり強いのかもしれない。


「んで、や。……兄ちゃん方、この先行きたいんですかい?」


 ようやく本題に入った。猫のような目を開き、男の方が囁く。


「そのつもりだ。そうしねぇと、三層に行けねえだろ」

「はっはっは! 大抵の輩は二層で心折れてしまうか、もう諦めるもんやけど……兄ちゃん達は、違うらしいなぁ」

「うちは嫌いやないよ? 思い出すわぁ、何ヶ月か前に来た四人組」


 女の方が舌舐めずりをしながら言う。俺は言いようのない寒気を感じて一歩下がった。代わりにシュヴァルツが前に出てくれる。


「この先の入口はちゃあんとあるんよ。人一人が通り抜けれるくらいの穴やけどねぇ」

「入るんは簡単や。行くんは止めへん。うちは兄ちゃんらみたいな無鉄砲な若造、嫌いやないからねぇ。応援はしとるよ。でもなぁ」


 そこで、女は細い指を俺達に向けた。赤い唇が弧を描く。


「そ(・)こ(・)に(・)お(・)る(・)魔(・)物(・)とは、ぜぇったいに、戦っちゃあかんよ?」


 そこにいる──魔物? この先に、魔物がいるのか? それにしても何故戦ってはいけない。魔物がいるのならば、戦って倒せばいいはずだろう。


「この迷宮は七つの階層がある。七つの階層、つまるところ七つの世界があるんや。これは知っとるやろ? 一層の沈黙の樹海、二層の砂塵の荒野……これらはぜぇんぶ、『異なる世界』なんよ。気候、生態系、何もかもがぐちゃぐちゃなわけや」


 階層ごとに世界が変わる。それは、昔聞いたことがあるし肝に銘じている。だがそれと、「戦ってはいけない魔物」となんの関係が──?


「世界がある、てことはつまり? ……神(・)様(・)がおるんよ」

「各階層には、そこを統べる神様がおる。その名も『神霊』。奴らはただの魔物やない。神話の時代から各階層を守り続ける、本物のバケモンや」


 本物の、化物。俺は今までであった魔物を思い出す。それ以上に強大な魔物だというのか。


「普通の武器やと、殺したとおもても数ヶ月したら生き返る。まあ普通、傷つけることもできへんけどなぁ」


 神たる魔物──神霊。俺達の間に緊張感が走る。殺しても生き返る魔物、なんとおぞましく恐ろしいのか。


「だけどそんなの、一層には」

「一層に、クソでかい広場あったやろ。二層への入口があった大広間」

「あそこにも、かつてい(・)た(・)んよ。一層を統べる神霊が」

「そいつとあと一体だけや。完全に、復活せんよう倒されたんは」


 思い出す。二層への入口、大穴を持つ大樹の生えた広間。何故か魔物もおらず、穏やかな空気だった場所。あそこに、一層を統べる神霊がいた?


「神話の時代から存在するこの迷宮、七体の神霊がおって、完全撃破されたのはたったの二体。一体は神話の時代に討たれた一層の神霊。んでもう一体が……」

「五層の神霊や。二つのギルドが手を組んでようやく完全撃破できたんよ。確か二十年前のことやな」


 現在生命歴3760年。それだけ以上の年月があって、七体のうち二体しか倒せていないというのか。


「生半可な冒険者では、完全撃破など夢のまた夢。一回殺せたら、英雄やろなぁ」

「でもまあ、兄ちゃん達には無理よ。諦めな」


 さらりと飛び出る「一回殺せたら」という言葉。それが意味するところはつまり、殺せた奴はいるわけだ。


「俺らにもやれる、とか思ったらアカンで。あんたらが考えるのは、い(・)か(・)に(・)し(・)て(・)奴(・)ら(・)か(・)ら(・)逃(・)げ(・)る(・)か(・)ってことだけや」

「ええそうやな。奴らは基本的に各層にある大広間におる。そこから出てくることはないけど、広間に入れば即攻撃対象とみなされる……。次の層への入口に飛び込めば、攻撃されることはあらへんわ」


 一通り話したあと、女の方は俺達を見る。冷ややかな目線が、頭の先から爪先まで駆け抜けた。それから笑みを浮かべ、誘う。


「兄ちゃん達、ここで諦めはせんやろ? ほな行こか」


 こっち、と促して二人は歩く。岩壁の向こうを眺めた。この向こうに、神霊と呼ばれる魔物がいる。


「ヴァイス、お前まさか……本当に倒したいとか思ってるんじゃないよな?」


 シュヴァルツが小声で問う。倒したいか倒したくないかで聞かれれば、答えは決まっている。勿論倒してやりたいに決まってる。お前は無理だと言われて、大人しく引き下がることはできない。

 だが、


「今(・)は(・)、引き下がる。今は、な」


 その答えにロゼが笑った。シュヴァルツが溜息をつく。諦めが悪いと小言が聞こえた。俺が大人しく引き下がるわけがないだろう。


「今は無理でも、必ず倒しに来る。完全撃破、とやらが何かは知らないが、いずれやってやろうじゃねぇか」


 俺の言葉に、双子はくすくすと笑う。子犬が吠えているのを見る笑い方にイラッとした。


「ほな、抜け穴につくで。……自分らは忠告したからな? ええか? 奴とは戦っちゃアカン。どうにかこうにか隙をついて、大穴に飛び込め」

「御役所の務めは冒険者を死なさんことにもあるからなぁ。お務めは果たした訳や」


 風の流れが変わる。不規則に、様々な方向から吹いていた風が一つの流れになる。どこかから漏れ出すような流れ、俺は生唾を飲み込んだ。


「着きましたで」


 二人組が立ち止まる。そこには、風が吹き出す穴があった。俺とシュヴァルツが丁度通れるくらい、ブラウが少ししゃがむ必要があるくらいの高さだ。そこから強い風が吹き荒れている。


「この穴に入って抜ければ、その時点で見つかる。見つかるなってのは無理や。必死で生きろ、隙をつけ。……あと、この中で『帰還の楔』使うのはやめよ? 街まで逃げ出せても、戻ってきたら即死亡やからな」

「うちらが送るのはここまでや。生きて街に戻っておいで、兄ちゃん達」


 俺達は穴の前に立つ。皆の顔を見渡した。


 眉を寄せ、緊張した面持ちのシュヴァルツ。

 笑いながらも、こわばった表情を浮かべるロート。

 スカートの裾を握りしめ、唇を噛み締めるロゼ。

 無表情に、槍を握るブラウ。


 俺は頷く。覚悟なら決まってる。神霊がなんだ、神がなんだ。俺は最奥へ向かう。ずっと昔から、そう決めている!


「迷いは……あらへんな」


 二人は恭しく頭を下げて礼をした。上げられた顔には貼り付けたような笑みが浮かべられている。


「それでは! 冒険者評議会は皆々様の成功を祈っております。お相手は……」

「二層の神霊、吹き荒れる嵐と砂塵の神──『セト』!」


 俺達は、前に足を進めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。