28 : 散々
入り口の大扉を二人で蹴破る。金のドアノブが弧線を描いて飛んでいった。この状況下、入り口の見張りも出払っているようだ。
「屋敷内のどこかに、女の子達が捕まっている! その子らは任せるわ!」
「俺に!?」
驚いて目を見開くヴァイスのこともお構いなし。ロートは一気に長い廊下を駆ける。彼女は屋敷の構造を熟知している。目指すのは二階、頭の部屋。最も悪趣味で、最も通いなれた部屋。階段を駆け上がる。焼けた煙の臭いが強まった。
「────!」
「──────!!」
奥から響く声を聞き、ロートはその方向へ突っ込む。獣の耳に届く息遣い、足音。走るロートの音に気がついた男達。残念ながらもう遅い。
ロートは上体を低くし滑り込む。そのまま背負っていた銃砲、そのベルトを掴み全力で振り回した。
ぐあ、だかぐえ、だかいう悲鳴。確かな手応え、ロートは力一杯銃身を叩きつける。重みが離れ、男達は吹き飛んだ。
それから階段を駆け上がる。向かってくる残党達を力任せにふるい落し、鬼神の如き立ち回りで薙ぎ払っていく。
暗視ゴーグルを付けたヴァイスは、誰にも知られることなく屋敷内を移動していた。ウィルオとウィスプを携えたブラウとロゼが先行して襲撃しているせいで、奴らの警戒対象は「青い炎」になっている。
──声さえ出さなきゃバレねえな。
明かりもつけられない屋敷の中、目立つ光を追いかけるのは簡単だ。その分、明かりもつけずに突入してきた侵入者への警戒は薄れる。ヴァイスは何度も男達とすれ違った。彼らの動きも、屋敷の構造も安々と見えるヴァイスにとって、避けることは簡単だ。
隠密しているヴァイスはとりあえず、ロートに言われた使命を果たそうと急ぐ。囚われているであろう女達の救出。
この組織が、王宮や貴族宛に女達を売り飛ばしているとは聞いている。正義感の強いヴァイスだ。その子達を救うことに、迷いなどある訳ない。
──ヴァイスがとんでもない女性アレルギー持ちでなければ、だが。
彼は走りながらも冷や汗をかいていた。囚えられている沢山の女性を見て、気絶せずにすむだろうかなど考えつつ、男の声がしない扉を開く。
ヴァイスは心の中で何度も繰り返した。大丈夫、大丈夫。今は真っ暗闇で誰も俺の顔をわからないのだと。明るいところで出会っても、きっとバレないと繰り返す。
その時耳に、男のものではない高い声が聞届く。ロートやロゼのものとも異なる、怯えたような声。一人や二人では無く、何人も。
ぐちゃぐちゃな思考を振り払い、その声に向かって走る。他のものとは異なる重厚な扉。閂がはまっており内側からは開かない仕組みになっている。周りに男達がいないことを確認し、ヴァイスは閂を引いた。
扉の向こうから現れる女、女女。歳は十代から三十代まで幅広い。皆、突然起こった騒ぎに怯えている様子だ。突然扉が開けられ、どうなるのだろうという不安で震えている。
無数の女性達にくらっとしながら、ヴァイスは声を振り絞る。
「あんた達を助けに来た。ここから逃げ出せ!」
暗視ゴーグルを付けたヴァイスからは、彼女達の困惑した表情もよく見える。突然明かりの落ちた屋敷内、唐突に扉を開放した人物、助けに来たと言われても、怪しく思うのは無理はないだろう。
さてどうしたものかと頭を悩ませるヴァイスの背後で音。突然闇が晴れ、かすかな月明かりが差し込んだ。廊下の窓を覆っていたカーテンが開かれている。窓から侵入してきたのはシュヴァルツだった。
「こちらから外へ。安心してください、外に出てくる男連中は皆捕まえます」
外に控えていたシュヴァルツは、白い炎、イグニスによっての索敵作業を続けながらも脱出経路を探っていた。
四人も中に侵入した以上、玄関以外の道も探しておいたほうがいいとの判断だ。流石に、壁や窓をぶち破っての脱出は気が引けるらしい。
「どうやって窓を開けたんだ?」
「三角割りって知ってるか?」
堂々と強盗の技を用いるシュヴァルツなのであった。
「今夜が満月に近くてよかった。カーテンを開けただけで視界がわかるようになる」
手前にいた女性の手を引き、シュヴァルツが廊下を指差す。
「さあ早く。皆さんが出たらカーテンを閉めますから」
それを聞き、女性達は次々と立ち上がり廊下を目指す。すべての女性達が窓を越えたのを確認し、二人はため息をついた。
「助かったぁ、シュヴァルツ」
「お前じゃ女の子相手は絶対に無理だからな。感謝しろ」
そう言ってシュヴァルツは窓の外を覗く。女性達が揃って逃げ出す姿を確認し、カーテンを閉めた。月明かりが閉ざされ、完全な闇に戻る。
「お前は上に行け。僕はここで追手が来ないか確かめる。ブラウさん達と合流して、とっとと屋敷を出るよ」
「なんで俺だけ……」
その言葉に、シュヴァルツはふんと鼻を鳴らした。
「好き勝手暴れるロートを、止めれるのはリーダーのお前くらいだろ」
ヴァイスはにやりと笑って、「そうだな」と呟き駆け出した。
男達は察しただろう。今この屋敷を襲う存在は、確実にこの組織を潰すつもりで来ているのだと。
慌てふためいた男達に、カーテンを開ければ良いという発想は出てこない。ただ武器を構え、姿を見せない侵入者に備えるだけ。
宣戦布告の鐘として、砲丸を撃ち込まれた二階大広間。凄まじい惨状の中で、黒髪の男は笑っていた。彼の座る長椅子は無事である。しかし目の前の机は粉微塵に、真横の壁は大破し月明かりが差し込む始末。
「これは一人じゃないぞ、一人じゃない。あの小娘、どうやって仲間を引き込んだ?」
孤独になるよう、仲間など生まぬよう、迷宮案内人にさせた。三年の時をかけて外堀を埋めた。それなのに彼女は今、仲間を連れて自分を襲いに来ている。
「実に、実に面白い」
愉快でしょうがないと笑い続ける。彼女の思考を知りたいと、今の彼女の目が見たいと渇望する。
その時、激しい音が響く。大破し吹き飛んだ壁の跡から差し込む月明かりに照らされ、装甲に覆われた脚がすらりと伸びた。
いつも無骨で、不要な装甲だと思っていた。あのような強い態度の女だからこそ、その強さをもぎたいと思う。装甲も、武器も奪って商売女の格好をすれば良い。そうとばかり思っていた。
「見つけたァ!!」
蹴破った扉の向こうから現れる、肩の当たりで揺れる真っ赤な髪。修道服をアレンジした戦闘着、その裾を翻す。背負った銃砲は黒く光り、銀の装甲は脚を彩る。
なるほど、と男は思った。ああ、これはよく似合うと。
「フォイア!!」
彼の名を駆け寄るロート。男は逃げることも、抵抗することもなく受け入れる。その目に、吸い込まれるように視線が惹かれた。
「アタシは! ずっと! あんたに!」
その時彼は──若くして破落戸集団のトップに至った男は、人生で最も高揚した。
探し求めた目と、願い続けた宝石と、ようやく出会うことができたと。
銀の月明かりに照らされてなお、輝き続ける金。自らを燃やす星のように、それそのものが光を放つ。燃え盛る熱が、凍てつく敵意が込められた瞳。
自分は何故か勘違いをしていたのだと気づく。彼はずっと、深い絶望こそが最高の目を生むのだと思っていた。だが本当は違ったのだ。
彼に向かって、振りか上げられる拳。
闇が暗ければ暗いほど、灯る明かりは眩しく見える。周りが汚れていれば汚れているほど、美しいものは美しく見える。
深い絶望の中で希望を見出した瞬間。それがこの輝きなのだと────
「こうしてやりたかったッ!!」
その目は、かつて彼を愛したたった一人の姉と同じ輝きをしている。その思考が晴れる前に、固められた拳は勢いよく彼の頬へ撃ち込まれた。
二階大広間に飛び込んだ俺が目にしたのは、月明かりを浴びて立ち尽くすロートと、床に倒れ込む黒髪の男。ここに来るまで、死屍累々に積み重なった男連中を見た。暗視ゴーグルを持ち上げる。
「生きてるのか」
「殺してない」
こちらを向かず、ロートは一言言い放つ。黒髪の男は完全に気絶しているようだ。それにも関わらず、何故か満足そうな笑みを浮かべていた。
「……あ」
風穴が開いた壁の向こう、眼下の路地に明かりが灯る。一つや二つではない。ゴーグルを下げて覗き込む。何人もの衛兵が、明かりを手にここを目指している。
「まあ大騒ぎしたしな……そりゃバレるか」
どっからどう見てもならず者集団なのに、倒された途端に衛兵達が駆けつけるというのは……。やはり、王宮と繋がっているというのは本当なのか。シスター・フランメが言っていたとおりだ。まあ確かに、黙認されてなきゃこんな屋敷は建てられないだろう。
「捕まっていた女の子連中、あの子達は……」
「ええ、売り飛ばされる予定だったのよ。王宮もしくは、貴族達にね」
衛兵達もその甘い汁を吸っているのだろう。今回の騒動を揉み消すためにも、元凶の俺達を囚えるつもりか。
「武器を捨てて降伏しなさい! 屋敷は完全に包囲した!」
外から声が響く。あいつらは……ブラウは確実に出ている。あいつは俺と一緒に牢屋に入ってくれるほど情に厚い奴ではない。シュヴァルツが逃げるのであれば、ロゼもついていくはずだ。となれば、残っているのは俺とロートだけか。
「どーする? ロート」
答えは一つだ。ロートはこっちを見て笑った。下から登る光りに照らされて笑顔が映る。
「地獄までついてきてくれる?」
「あたぼうよ!」
俺とロートは揃って、破れた壁から外へ飛び出した。石畳に着地すると、衛兵達は警戒して武器を持つ。
「武器を捨てろ!」
俺はトンファーを、ロートは銃砲を手放した。大人しく指示に従う姿に、衛兵達が困惑している。
「街の大掃除をしてあげたんだから、丁重に扱いなさいよ?」
不敵に笑うロートの笑顔は、彼らを震え上がらせるのに十分だった。
事件発生後、ロートとヴァイスが衛兵達に囚えられてから数時間後。
深夜、迷宮都市ゾディアックの北東──跳兎通りに存在する城。そこがこの都市を統べる者の居城、王宮だ。
その一室、静まり返る室内に一人の男が座る。座っていてもわかる長身。暗い室内で机に向かい、ランタンの明かりを頼りに書類を眺めていた。
「────! ──!」
騒々しい声が外から響く。男は眉を顰め、扉を見た。
「陛下、陛下! どうかお話を!」
飛び出してきたのは青い顔をした男。軽薄そうな色素の抜けた髪、横腹を抑えてもつれ込むようにして部屋に入ってくる。衛兵が止めるのも聞かず必死に叫ぶ。
「烈火団です、烈火団の者です。陛下に頼みたいことがあり参りました、我々は、二十年前からの付き合いでしょう」
その言葉に長身の男は手を上げ、衛兵を下がらせる。腹を抑えた男はほっと顔を緩ませた。
「何があった」
「へっ、へぇ……。実は先程、ある奴らがアジトに突っ込んできまして……。現在アジトは壊滅、頭もやられました」
長身の男が持つ書類がくしゃりと曲がった。
「襲った連中は?」
「首謀者の女とガキは衛兵に捕まってます。ですが多分仲間がいるかと……。こ、今回の騒ぎ、どうにか揉み消せませんか。あと、奴らに報復する許可を……」
いくら衛兵達に黙認されているとはいえ、このまま放って置くことはできない。近隣住民の不満が爆発し、暴動にまで至れば騒ぎは広まる。ゾディアック内なら誤魔化せても、その他の十二領に広まれば──間違いなく、ゾディアックの独立権は剥奪される。
たとえその甘い汁を十二貴族も吸っていたとして、「民衆の暴動を教えきれぬ未熟な国家」としてゾディアックはまた、十二貴族の支配下に戻されてしまう。
このゾディアックは、二十年前なんとかして独立を果たした弱小国家である。多くの苦労と努力の果てに、独立は勝ち取ったのだ。
「……わかった。手を回そう」
「ありがとうございます!! へへ……あと、その女に協力した連中のことも調べてもらえたら……。おそらく、冒険者です」
「……その女の、名前は?」
「へい! えっと、黒猫通りの教会、そこのシスターです。名前はロート、母親は宿屋をしていたとか──」
長身の男の動きが止まった。
「もう一度」
「へっ?」
「もう一度、名前と住んでいる通りの名を」
困惑しながらも、男はもう一度報告する。
「え、えっと、名前はロート。黒猫通り出身で、そこの教会のシスターをしています。母親は宿屋を営んでおりますが、父親は不明。母親はあまり人前に姿を出さねえんですが、近隣住民の発言からして名は──ツュンデン」
その瞬間、長身の男の目がランタンに照らされ金色に光る。指を鳴らした。扉からぞろぞろと衛兵が現れる。男の両脇を抱えて長身の男を向いた。
「へ、陛下?」
「その者を摘み出せ。侵入者だ」
あたかもはじめから何も知らないような顔をして、男は手をひらひらと振る。返事を返し、衛兵達が部屋を出るため動く。男が藻掻いて必死に暴れた。
「話がっ、話が違う! 女達を献上する代わりに、俺達列火団の味方をしてくれるはずだ! ずっと、ずっとそうしてきたのに! あの女達を、ガキ達を殺すんだ! おい、なぁ、陛下! 陛下ぁ!」
「黙れ、口を閉じろ。私はお前達のような連中の事は知らない。関わりを持ったともない。過剰な妄想も程々にしろ」
突然変わったその態度に、男も掌を返して豹変する。
「このクソが、クソが! 助けろ、俺達を助けろよ!」
「街の衛兵に早馬を送れ。街の穢れを払ってくれた者達に謝礼を渡し、このことを外に漏らさぬよう伝えて丁重に解放しろ。近隣住民への援助も忘れるな。これは王宮よりの命である」
「はっ! 了解であります」
暴れる男は連れ出され、扉は閉められる。一人部屋に残された長身の男は机に肘を付き、ため息をついた。頭の後ろでまとめた深い緑の髪が揺れる。金の瞳はゆらりと輝き、頭の上に生えた猫の耳は小さく震えた。
「やはりそうなのか、ツュンデン」
彼こそがこの迷宮都市ゾディアックを統べる、王である。
どうも夏野です。いつも読んでくださってありがとうございます。
列火団のこと、頭だった男フォイアのことなどに関しては、あまり深く語れていません。なのでTwitter上なりなんなりで掘り下げていこうと思います。一応いくつか設定があるので。気になる方はTwitterまで(ここと同じ名前でやっています)
ロートの過去に関してはかなり駆け足で行ったので後々修正する予定です。




