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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
3章 少女或いは乙女の誓い
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27 : 宣戦布告



「いやぁ、とんでもない暴れ猫でしたねぇ」

「想像以上の跳ねっ返りだったな」


 片付けを終えた部屋の中、黒髪の男はくつくつと笑いながらグラスをつきだす。それに酒を注ぎながら、大柄な男は笑った。


「それにしても、(かしら)、どうしてあの小娘にあんなにちょっかいかけるんですかぁ。わざわざ三年も時間をかけて……ホント、なんのために?」


 もう商売女もいない。大きな部屋の中には彼らと二人の見張り、合わせて四人だけだ。


「元々、あの教会の位置に大規模な娼館を建てる計画があった。先代の親父がくたばる前からあった構想だ。王宮やお貴族様相手に女を売り飛ばすだけじゃ、もうやっていけないからな。……後を継いだ俺が、先代の願いを叶えたいと思うのは当然だろう?」

「へぇ」

「そこで、あの小娘と出会った。小生意気にも、俺に噛み付く姿にふと思ったんだ──『この目はイイ』と」


 男は先刻、真正面から見据えた瞳を思い返す。舌で唇を湿らせて上機嫌に笑った。


「シスター長を事故にあわせたら、案の定あの小娘は俺に向かってきた。爛々(らんらん)と燃える鬱金色の瞳、あれはどんな宝石よりも価値がある。俺は、それに賭けた」


 どんな上玉の女を抱くより、どんな上等な酒を飲むより、「良い気分」が味わえるのではないかと。


「そのためにじっくりと土台を用意した。……冒険者ではなく、迷宮案内人の道を掲示した理由がわかるか?」

「いやぁ、俺にはさっぱりでさぁ」


 黒髪は指を立てて説明する。


「孤独だからだ。冒険者として野に放てば、やがて仲間を作るだろう。しかし一定期間、その時限りの関係をとっかえひっかえする迷宮案内人という仕事では……仲間など、できやしない」

「ほほぉ。親しくなったところで別れさせて、それを繰り返させるわけですねぇ。そりゃあキツイ! 誰にも頼れやしねぇ」


 見張りの男はなるほどなぁと声を出す。


「そういうわけだ。じっくり仕込んだ環境で、あの目は素晴らしいものに仕上がった。三年間の金はまあ、舞台装置を整えた駄賃代わりのようなものだな」

「酷え話だ! 結局あの小娘は頭の悪趣味につきあわされただけってのかい」

「悪趣味とは失礼な。お前も今度見るといい、あの目は金と手間をかけただけのかいはある」


 深い悲しみと激しい怒り、それらに希望を打ち砕かれた絶望が混ざり合い奇跡の調和を産んだ。涙の膜は極上の研磨剤、その宝石を彩るのに丁度いい。


「でもあの小娘、今後どうするんですかねぇ。とりあえずどうにか、来月の支払いは済ませてトンズラこくんでしょうか」

「さあな。しかしまあ払うにせよ、教会を捨て去るとは考えにくい。どうにかして建て直す費用を集めるはずだ」

「迷宮案内人は俺達の契約終了と共に辞めることになってるから……いよいよ、娼館行きじゃあないですかねぇ。もしくは冒険者?」


 迷宮案内人はあまり表舞台に浸透している職ではない。その元締めに、烈火団も少しだけ関わっている。


「はっ、奴が娼館送りになったら見ものだな。高いチップを持たせてやろうじゃないか」

「性格がわりぃわりぃ! ははは──────」


 その刹那、夜の闇を切り裂く光。壁が、窓が割れ爆風が吹き込む。激しい音を立ててその部屋は()()()()








「風向き良好、狙いの二階中央部へ命中」

「オッケーオッケー。スカッとしたか? ロート」

「サイコーよ。ずっと、こうしたかった」


 通りの真ん中に立ち、煙を上げる屋敷を眺めるのは二つの影。黒いローブに身を包んだヴァイスとロートだ。ロートは銃砲を弄くり、先端部を変更する。銃口を小さく変え、弾丸を確認。フードを下ろしたヴァイスは、隣に飛ぶ黒い炎を指でつついた。






穿(うが)て、イグニス」


 二階が狙撃されたことにより、騒然とする屋敷内。その様子を伺いながら、裏手にしゃがみ込むのはシュヴァルツ。ヴァイス達と同じような黒いマントに身を包み、闇に紛れて顔を隠す。言葉を発した瞬間、屋敷の一角から爆発音が響き、すべての明かりが落ちた。


 この街の明かりは火が主である。ガスの通るパイプを使って、建物内に明かりをつける。そして今、シュヴァルツはそのパイプを破壊した。流れていたガスが途絶えたことにより、火種を無くして火は消える。屋敷内の灯りが一斉に落ち、中の人々は騒然とした。

 近隣住民に被害がないのは想定済み。この屋敷のパイプは周りと分離されている。それはつまり、周りに人はおらず、いくら暴れても少々は問題ないということ。……流石に、派手に爆撃されれば時間の問題だろうが。


「いけ、みんな」


 シュヴァルツは闇の中で小さく呟いた。闇の広がる屋敷の中に、青い炎が揺らめいて。





「あかっ、明かりつけろ明かり!」

「馬鹿野郎! 今火つけたら大爆発だ!」


 騒然とする屋敷内。パイプの破損により可燃性のガスが漏れ出した今、下手に火をつければ爆発を招く可能性がある。暗がりの中、男達は慌てふためき大騒ぎ。


「……!? ありゃあ、なんだ!?」


 その時、廊下の向こうに青い炎が映る。はじめは目の錯覚かと思っただろう。次第にそれは近づいてくる。黒い影を背後に連れて────


「ぎゃあ!」

「何だっ!?」


 長い棒状のもので男達の腹が抉られる。激しい痛みと共に、男達はまとめて壁に打ち付けられた。かろうじて捉えた後ろ姿、黒いフードで顔を隠し布に包んだ長い棒を手にした長身の影。青い炎に照らされて、フードの下が少しだけ覗く。


「ヒィ!!」


 深い、緑と目があった。何の熱も湛えない冷めきった緑。倒れた男は震え上がり、大人しく床に身を委ねる。黒い影は青い炎を連れて立ち去った。








「お、おい、向こうから変な音がしなかったか?」

「何言ってやがる、ビビる前に、頭の元へ報告を──」

「おい騒ぐな、女達がこの騒動に紛れて脱走でもしたら……」

「その心配はございませんわ」


 男達の背後から響く高い声。振り返るとそこには青い炎。それに照らされる身を隠した背の低い影。声を上げる間もなく首筋に指が触れた。細く、白い指が男達の首を撫でていく。


不浄洗華(ふじょうせんか)


 そう呟いた瞬間、男達が苦痛の悲鳴を上げて倒れこむ。二度三度痙攣を起こして動かなくなった。その惨状の中、立ち尽くす小柄な影は不満げに呟く。


「全く。『酒は飲んでも飲まれるな』、ですわ」


 不浄洗華。この技は元々器の民が使いこなす解毒の技だ。体内に溜まった毒気や不浄を祓い、清める術。「蛇肉食中毒事件」の際にヴァイスを救った技でもある。


「元々は、回復の術なのですが……」


 しかしこの技には、一つ大きな欠陥があった。この技は、()()()()()()()()()()()()()()()。溜まった毒素の量に応じてその苦痛は激しくなる。


「お酒だって、体には毒ですわ」


 くるりと身を翻し、フードの下から微かに瞳を覗かせる。青い炎に照らされた、澄んだ紫水晶の瞳。


「ごめんあそばせ?」







 ロートとヴァイスは未だ通りに。屋敷の窓から時折覗く青い炎を見つめていた。


 下手に火を付ければ爆発を起こす状況下、シュヴァルツの使い魔である炎の精達は例外であった。魔術により構成された彼らは、実態のある炎とは少しずれた存在のため、このような状況でも変わらず灯り続けるのだ。


「作戦はうまく行ってるみたいだな」


 まずロートの砲撃、これが奴らへの宣戦布告。


「シュヴァルツ達が動いてくれてるおかげでね」


 続いてシュヴァルツがもっとも攻撃性の高い「イグニス」を用いて明かりを断つ。

 戦場を暗闇に持ち込み、「ウィルオ」と「ウィスプ」を携えたブラウとロゼが奇襲を仕掛ける。殺すことではなく、再起不能にさせることが最重要。


「姿隠しは?」

「バッチリ」


 皆闇に紛れる黒いマントやローブで身を覆っている。ブラウに至っては、槍から特定される可能性を案じて布で巻くという徹底っぷり。


 今回の目的、それは烈火団の完全な壊滅。売り飛ばされる予定の女達を解放し、組織の男達を再起不能にまで叩きのめすこと。


 奴らは王宮と繋がっている、それがどうしたとロートは笑った。


「ロート」


 ヴァイスはゴーグルを下ろしロートに視線をやる。身の丈程ある銃砲を担いで、ロートはその視線に答える。


「準備はバッチリ。そっちは?」

「いつでもオッケー。さあ、覚悟はできたか?」


 ヴァイスの手にはシンプルな作りのトンファー。ロートはそれを見てもう一度笑った。


「覚悟なんて、とっくの昔に決まってる!」

「そうかよ!」

「あんたこそ! 今更ビビッてんじゃないわよ!!」


 そして、屋敷の入り口へ突撃開始。



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