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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
3章 少女或いは乙女の誓い
27/157

25 : 燦々



 静まり返る二股の黒猫亭。誰もいない一階ホール、そのカウンターで一人グラスを磨くツュンデン。グラスに映る自分の顔が、酷く沈んだ表情をしていることに思わず乾いた笑いが出る。


「似合わないね、ツュンデン」


 自嘲気味にツュンデンは呟いた。ロートとの、最後の会話。ずっと止めようとしていた行為が、自分を守るためのものだったと初めて知った。なんて馬鹿なのだろうと後悔が押し寄せる。


 ただ、元気でいてくれればよかった。

 ただ、笑っていてくれればよかった。


 国を追われる存在(こんな母親)の元に生まれなければ、きっと幸せだったのだろうか。いや、生まれたときからずっと教会に預けていれば、今頃素敵な人と出会っていたのかもしれない。

 ツュンデンは長い溜息をつき、グラスを置く。


「あの子達にも、悪いことしたね」


 ギルド「燕の旅団」。彼らは本当に、ロートを仲間として見てくれていた。かつての自分達を見ているかのような懐かしさで、胸が一杯になった。

 だからこそ、ロートとの別れは深く傷ついただろう。それでも、ロートを連れ戻したいと走ってくれている。そのことだけが、彼女にとっての救いだった。


「どうすればいいんだろうねェ……」


 ツュンデンは一人呟く。返事をする人も、聞き返す人もいない。カウンターに突っ伏し、彼女は言った。


「なあフル、あんたはどうやって()()()を引き止めた?」










「ヴァイス、そっちどうだ」

「異常ナシ。しばらくは大丈夫そうだ」


 ロートとの離別から一週間。俺達は今、迷宮二層に潜っている。ロートがああも拒絶した以上、俺達があいつを引き止める術はもうない。


「よし、僕は料理に戻るぞ」


 いつまでも街でぐだぐだするわけにもいかず、こうして探索を続けていた。今現在は、谷間の窪地で昼食の支度を行っているところだ。ブラウは水汲み、ロゼと俺で見張り、シュヴァルツが調理をしている。

 

 この二層は「砂塵の荒野」という名の通り、乾いた大地と吹き荒れる風が特徴だ。一層までのような軽装では行かず、俺達は皆大仰なローブやマントに身を包んでいる。


「あっつ……」


 外の季節は秋の終わり、ここは地下にあるはずなのに、じりじりと照りつける日差し。これは一体どういう原理なのだろう。上を見れば青い空と雲、気候も気温も滅茶苦茶だ。


 今回の潜入は階層突破を狙ったものではない。先日受け取った「帰還の楔」、この効果を試すのが目的だ。


「偽物掴まされてる可能性があるからな……」


 これを受け取った日、双子の指示に従い砦に持っていったところ、職員に奥へと案内された。奥には壁一面に棚と針山のようなクッションがあり、「燕の旅団」と札の置かれたものに突き刺すよう言われた。


「でもそれでもう一本を迷宮内で突き刺すと、街に戻ってこれるというわけですよね?」


 ロゼの言葉に頷く。とにかく、今回の目的はこれの効果を試すこと。数日間潜入し、すぐ街に戻るつもりだった。現在は四日目、日が暮れる前に楔を試してみる予定だ。


「これ、後ろのところ押しながら突き刺せって言ってたけどさぁ……。魔物や他の冒険者に引っこ抜かれねえのかな。街から戻ってきたら知らん場所にいた! とかねぇの?」

「見た感じ、気配消しと姿隠しの術式が入ってるらしい。多分大丈夫なんだろ」


 シュヴァルツが言うならそうなののだろう。生憎俺は術式とかそういう小難しいのは苦手だ。俺はババアが教えるのを諦める程、魔術(そっち方面)の才能がない。


「ほら、飯できたぞ」

「アイアーイ」


 ロートがいなくなってから飯当番はシュヴァルツになった。俺は料理をしたことが全く無い。


「なんでみんなそんなに料理できないんだよ……」


 ブラウは火を通せば何でも食えると思っているし──そもそも毒物を噛んで判断する奴に料理などさせれない──、ロゼは包丁を握ることも危ういレベル。


「仕方ないって! 『適材適所』ってやつだな!」


 となれば故郷で料理をしていたシュヴァルツにその役目が回ることになる。あのババアを約十年食わせてきた腕前だ、少なくとも他三人よりは全然美味い。しかし、


「また山羊か……」

「文句言うな。なんの肉がイケるかどうかわからない以上、下手な奴は食えないよ」


 二層に入ってから、中にいる魔物達の姿も大きく変わった。上にいたような猪型や虫型はもういない。分厚い蹄をした山羊のような魔物や、巨大サソリなどが現れるようになった。



 「前までなら、食べられる魔物をロートが教えてくれてたけどなー」

「仕方ないだろ。ロートがいない今、どれが大丈夫でどれが駄目なのかがわからないんだから。下手な奴を食べて、前みたいな──蛇肉食中毒事件のようなことを引き起こしたら、痛い目にあうのはお前だぞ」


 俺はなんとも言えない。サソリなんて、どうやって食うんだ。


「臭い取りやアク抜きを、どうすればいいかわからないしね」


 そこも課題なのである。いくら元々の腕前が良くても、迷宮の魔物となれば他の動物達と同じようにはいかないため、味付けや調理がかなり難しい。初日は中々酷かった。


「今までロートさんが調理担当だったことが大きいですね……」


 ロゼがしみじみと言った。


「やっとこさ調理ができたのは山羊だけってワケかよ……」

「まともに食えるようになるまでも結構かかったけどな」

「美味しいですよ、シュヴァルツ様」

「ありがと」


 ここは中央部からスタートし、二層のどこかにある階段を目指さなくてはならない。地図があるからゴール地点はわかるのだが、谷や坂などでかなり入り組んでおり一筋縄ではいきそうにない。


「早めにここ抜けたいけどなー」

「地図はありますし、坊っちゃんが道を間違えたり、変なことに首を突っ込みさえしなければ大丈夫だと思いますが」

「流石に大丈夫だろ。……多分」


 言い切れる保証は無い。


「嫌な間がありましたね」


 硬い肉を飲み込み、地面に広げた地図を見る。これを食べ終わったらまずこの谷を抜けて、上に出ないといけないようだ。そこまでいったらこの楔とやらを試してみることにしよう。









「案内人? 必要ないね」


 目の前の男はそそくさと立ち去った。賑やかな酒場の一席、アタシはひとり取り残される。行き場を無くした手を頭の上に持ってきて、髪を掻きむしった。


「早速フラれる、か」


 ここ数日、色んな新人に声をかけたが中々捕まらない。冬は冒険者を目指す人間が少ない、これだから冬は嫌いだ。嫌なことも思い出す。ようやく見つけたと思ったらあっさり断られたし、イライラする。


「馬鹿ばっかり」


 ぼやく声は届かない。本当に馬鹿ばっかりだ。慣れない初心者達だけで進めるほど、迷宮は甘くない。それに今の男、戦い慣れしてない動きだった。立つ、座る、歩く。それだけでわかる。


「ホンっトムカつくわ……」


 そこそこの家で、甘やかされて育った人間なのだろう。仕事もなく、なんとなくで冒険者を目指したに違いない。そういう奴が一番ムカつく。迷宮は、なんとなくで目指す場所じゃあない。

 ま、かく言うアタシも、結局はお金目的で何度も何度も入ってるからおんなじかもね。思わず乾いた笑いが漏れた。


「中々掴まらないのかい、ロートちゃん」

「駄目みたーい。あと少しなんだけどなー」


 店主のマークさんが果実水をサービスしてくれた。ありがたくいただくことにする。


 ここいらの人達は、アタシが教会のために金を集めていることを知っている。みんな破落戸集団(クソヤロー)のことは気に食わないが、奴らに噛みつく度胸は無い。アタシを応援こそすれ、手助けはできない。


「ありがとね」

「いやぁ、俺達が手伝えるのはこれくらいしかないから……」


 街の人達は嫌いではない。むしろ大好きだ。昔から、アタシ達母娘を支えてくれている。だからこそ、あいつらに手出しはされたくない。


「こんにちはー。ハーブ類のお届けです!」

「ああありがとうコキアちゃん!」


裏口の戸が開いて女の子が覗いていた。道具屋の配達のようだ。うさぎの耳を持つ女の子。華奢な手足に白い指、武器なんて握ったことがないような「女のコ」。アタシは顔を反らして、グラスの縁を指でなぞる。


 なんであのクソヤロー共は、アタシを「冒険者」じゃなく「迷宮案内人」にしたのだろう。冒険者としての方が明らかに稼げると思うのだけど。……クソが何を考えてるかなんてわからないか。


「ありがと、マークさん」


 ため息をついて立ち上がる。マークさんにお題を払って店を出た。外は薄暗い。もうそろそろ日が暮れるだろう。教会に戻って子供達の顔を見たら、他の酒場にも顔を出してみよう。一刻も早く掴まえなくては。



「寒……」


 路地を抜けて階段を登る。赤い夕日が燦々(さんさん)と、向こうから照りつけてくる。向かい側から二人組の男達が歩いてきた。二人は話をしながらすれ違う。


「なんか、煙臭くないか?」

「気のせいだろぉ、俺には感じねえぞ」

「お前は心の民だからだろ。なんか臭えって」

「知らねえって」


 その時、ふとアタシの鼻も異変を捉えた。何かの焼ける、焦げた匂い。この町でも、迷宮内でも、嗅いだことのある臭い。階段を登り終え通りに出る。臭いの元はどこからだ?


「────!」


 はっと顔を向ければ夕日の赤の中に、黒い煙が上がっている。火事だ! 冬は空気が良く乾く。この街でも数年に一度、冬には火事が起こるのだ。


 心臓が、大きくどくりと脈打った。風は冷たいはずなのに、何故か背中に汗が滲む。──()()()()()()()()()()()



 気がつけば、走り出していた。色んな人達が火事に気が付き騒ぎになる。それを押し退けアタシは走った。石畳を蹴りつける金属のヒール、アタシは跳ぶようにして駆け抜ける。積荷を飛び越え、階段なんて段飛ばし。ぶつかった人には謝る前に走り去る。


 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! きっと気の所為に決まっている。きっと、思い違いだ。大丈夫、大丈夫。きっと考えすぎなのだ。そんなことは、そんなことはない。()()()()()()()()()()()()()だなんて。



 走って、走って辿り着く。囲うように人が集まっている。それを潜り抜け、アタシはその現場を見た。



 赤い、赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い。真っ赤だ、真っ赤なんだ。これは夕日? 違う、これは、真っ赤な炎。真っ赤な夕日を背負って、真っ赤な炎が燃えている。



 アタシの帰る場所(教会)を燃やしながら、真っ赤な炎は燦々(さんさん)と。



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