24 : 救い
「三年前、奴らは──この教会に押しかけてきて言ったのさ。立ち退くか、嫌な目に遭うかとね。そりゃあ拒否したさ。多くの子供達もいる教会を、クソ野郎共に譲れるか。
しかしそれから、最悪な嫌がらせの日々が続いた。チンピラ集団が毎日毎日、広場にたむろして唾を吐く。礼拝堂へやってきて、ゴミを落として帰ってく。もちろん子供達は外へ出せないし、シスター連中もビビっちまったよ。
そんな中でも、私は無視を続けた。いたずら程度じゃあ『自分達に関係ない。勝手にチンピラ集団が通ってるだけ』ってシラ切られる。
まあ奴らの後ろ盾は王宮関連だけ。私には冒険者のツテがある。報復する手段ならあったからね。どうするかって? 冒険者達を奴らのアジトに突っ込ませるのさ!
……立ち退かない私らを見て、痺れを切らした奴がいたんだろう。そいつらは、教会のトップ──私を狙った。
たまたま所用で馬車に乗ったところを狙い、車輪を撃ち抜いたのさ。崩れた車体は建物に突っ込み、大きな事故になった。この傷は、そこでついたのさ。
まあ生憎私は不死身だ! 死にはしなかった! でも、その報を受けて動いた人間がいる。それが、ロートだった。
あいつは母親の銃砲を抱え、一人ならず者集団のところに飛び込み直談判したのさ。……あの子、シスターの修行もしながら、銃砲の使い方や戦い方を学んでいたんだ。
あの子、なんて言ったと思う? ……『お前らが望むだけの金を出す。時間はかかるが必ず払う。だから教会に手を出すな』って言ったんだよ。
無茶苦茶するよ、ホントに。──んで、その結果ロートは勝った。あいつの訴えは認められた。三年間自分達の指定した仕事に付き、毎月決められた額を納め続ければこの教会から手を引くと、約束させたんだ。
なんでかはわからない。特に理由なんてないのかもしれない。ただ、小娘には絶対に無理だろうと思ってふっかけただけなのかもね。
まだ十五歳の女に、多くの報酬が得られる仕事なんて殆ど無い。ロートに提示されたのは娼館か、迷宮案内人かの二択だった。
知っての通り、迷宮案内人は危険な仕事さ。その分報酬はいいが、ただでさえ人の近寄らない迷宮に何度も何度も足を踏み入れなきゃならない。ロートを娼館に売り飛ばしてやることが狙いだったのかもね。
でもあの子だ。危険も恐れず迷宮案内人を選んだ。本人は元々冒険者に憧れていたから。そういうところ、私はやっぱり血だと思うよ。
そんでそれから三年間、あの子は死ぬ思いで金を納め続けている。迷宮案内人をやめれば即座に契約違反だからね。あの子は必死に戦った。
まだ恋人の手も握ったことがない華奢な腕で銃砲を振り回し、まだ恋人に抱きしめられたこともない体を魔物共の血で汚した。様々なギルドを渡り、別れる際には糾弾され酷い言われをされた。それでも、金を集め続けた。
……ツュンデンは知っているのかって? うん、知ってる。知って、即座に止めるようにこの教会に乗り込んできたよ。
でも、ロートは止まらなかった。ツュンデンが代わりに金を出すとしても限界がある。あの宿は知っての通り客が少ないからね!
ツュンデンは、ずっと止めようとしている。冒険者を目指して欲しい気持ちはあったが、こんな形は望んでいない。そんなことに従わなくても、私が元気になればそんなヘマは二度としない。ツュンデンはそれを信じていたからね。
まあ確かに、完全復活の私がいて下手な手出しはさせないさ。でも、ロートは首を横に振り続けた。自分は迷宮に潜る。お金を集めて、教会をクソ野郎共から解放させる。それの一点張り。
二人は、母娘として離れた期間が長すぎた。ツュンデンとロートの間には、互いに近いようで遠い奇妙な距離感が生まれてしまっていた。
ツュンデンはやめてほしいと願っても、力尽くで抑え込むことはできない。ロートは止めないでくれと思っても、強く拒絶することはできない。本心では二人共、お互いが大好きだからね。
そして月日が流れ……来月、ついに約束の三年目を迎える。その日を無事に迎えれば、晴れてあのクソ野郎共はここから手を引き、私達もロートも自由って訳さ」
語りを聞き終え、俺達は口を閉ざす。
ツュンデンさんとロート、「契約」に翻弄され、がんじがらめにされている二人。仲が良いとばかり思っていたが、あれは互いに譲歩した姿なのだ。
「それで、えっと、なんで昨日ツュンデンさんはあんなに沈んでいたんでしょうか。今まで、何度もロートが一人になって戻ってきた経験はあるはず……」
遠慮がちに聞くシュヴァルツの言葉に、シスター・フランメはああと小さく言った。
「伝えてしまったんだろう、きっと。ロートが交わした契約、その中に含まれる追加条件に……」
「追加……?」
彼女は目を細めると続ける。窓から差し込む日差しは時の流れと共に、徐々に方向を変えていた。
「あの子は、奴らの元から帰ってきて私にだけ言ったのさ」
──マザー、あいつら、アタシに向かって言ったんだ。
──「お前の母親は、宿屋をしているんじゃあなかったか」って。
「それだけで、脅しには充分だ。あの子は教会と宿屋、両方を人質に取られている。逆らえば、条件を満たせなければ、双方が攻撃される。
そのことを、ロートはツュンデンには言わなかった。言えなかった。宿まで対象にされてしまったのは、自分が乗り込んだせいなんだから。
あの子は遠慮をしながらも、母親を愛してる。大好きなんだ。だからこそ守りたいし、困らせたくないと思っている。不安を与えないよう、ずっと口を閉ざしていた。
昨日、ツュンデンが沈んでいたんだとすれば、ロートはきっと言ってしまったんだろうね。おそらく……ツュンデンはロートが、本当にあんた達の仲間になることを望んでいたのかもしれない。
だからロートが一人で帰ってきたのを見て、つい言ってしまったんじゃあないか?」
──お願いロート、あの子達なら信頼できる。だから、もう迷宮案内人なんてやめてしまえ。私はあんたがこれ以上傷つくのを見たくない。
──やめて、母さん。私は、私は────!
──母さんを守るためにも頑張ってるんだから!
「それぐらいしか、私には思いつかないね。そうもしなきゃ、ツュンデンがそこまで沈むわけがない」
俺達の思い浮かべるツュンデンさんも、そうそうのことで沈むとは思い難い。きっと、ロートが荷物を取りに戻った際に、何らかのやり取りがあったのだろう。
「私から言えるのは、ここまでさ。何か、さらに聞きたいことはあるかい?」
「いや、もう大丈夫だ……」
気軽に「救いたい」などと、言っていいものなのだろうか。彼女の事情に、口出しできる立場なのだろうか。たった一月程共にいただけ、そんな俺達が。
「イッテェ!!」
悩む俺の背を、二つの手が引っ叩く。激しい音と共に押し寄せる激痛。背中を押さえて振り返ると、むっつりとした表情を浮かべたブラウとシュヴァルツの姿。
「なぁにお前まで沈んでるんだ。らしくないぞ気持ち悪い」
「馬鹿みたいにお人好しで、馬鹿みたいに考えなしなのが坊っちゃんの美点でしょう。ならばやることは一つです」
二人の言葉に、悩みが吹っ飛んだ。俺はシスター・フランメに向かい直し言う。
「なあシスター・フランメ。もし、もしロートがクソ野郎共から解放されたら──正式に、俺達の仲間として引き入れていいか?」
「……解放されれば、ね」
含みをもたせた言い方で承諾してくれた。俺は早速立ち上がる。
「ありがとな! シスター・フランメ! 俺達がこの教会も、ロートも、解放して見せる!」
椅子に座ったままひらひらを手を振る彼女の姿を尻目に、俺達は部屋を出た。
「とは言ったものの……」
ロートどこ?
俺達は教会を出て路地裏を歩いていた。宿には戻ってこない、教会にもあまり顔を出さないとなると、いよいよどこにいるのかわからない。
「新しい冒険者を探しているんじゃないですか?」
「んーそうなるとどこだ……? 酒場か?」
できれば俺は酒場に寄りつきたくない。
「よしブラウ、ちょっと酒場覗いてきて──」
「嫌です」
「……そうかよ」
冷たいやつだ。弟を連れていたら断るのも納得だが、まだクヴェルは友達と遊んでいる。こいつは確か、元々酒場だったり遊ぶ場が好きではなかったか。さてどうしたものだろう。
「シスター・フランメに聞いておけばよかったかもなー」
四人でぞろぞろと路地裏を歩き、曲がり角に差し掛かったとき──
「あ!」
「ん」
物陰から現れたのは、身の丈ほどある銃砲を抱えた赤毛に猫の耳をした女──ロートだ! 俺達を見て、目を丸くしている。
「ロート」
「なによ」
俺は呼んだ。ロートは逃げようともしない。周りに人影はなく、民家の窓も開いている様子はない。ここでいい、わざわざ場所を移動させて逃げられたら面倒だ。
「お前のことを聞いた。ツュンデンさんの勧めで、教会の人から」
「……マザーから、ね。それで、何?」
腕を組み、一切動じた様子無く堂々と言う。相変わらず態度のデカさは俺並みだ。
「俺達にできることなら、何かさせてくれ。お前が俺達を助けてくれたように、今度は俺達に助けさせてくれ。お前は俺達の────」
「可哀想だからなにかしてくれるって? 冗談じゃない! 『助ける』なんて言葉、意味を理解して言いなさいよ! 上から目線で手を伸ばして、アタシはその言葉がだいっきらい!!」
ロートは、眉を寄せて怒鳴った。思わず言葉が引っ込む。腕の肉に爪が食い込むほど、しっかと力を込めて握りしめている。
「あんた達との関係はただの契約! それが終わった以上、もうあんた達と縁はない! たった一月側にいたからって、仲間ヅラしないでもらえる? アタシはこの三年間、色んなギルドと旅をした。あんた達はその一つにしか過ぎないの」
吐き捨てるように並べられる言葉に、ロゼがぎゅっとスカートの裾を掴んだ。それを見、苦々しそうな表情を浮かべ、さらにロートは続ける。
「助けるって、何をしてくれるわけ? 金を立て替えるのも、無理に決まってる。あんた達の装備をまとめて作り直すよりも多くの金を、一月で要求されてるのよ」
「金なんて払わなくても、教会を狙うクソ野郎共をぶっ飛ばせば──」
俺の言葉に、ロートは歯を食いしばり吼えた。
「無理に決まってるでしょ! あいつらは、王宮と繋がってる! アジトにも、多くの人間がいる。たった五人そこらで何ができるってわけ? 何より、そんなことしでかしたら速攻で牢の中よ。あんた達にそんな覚悟、あるの!?」
「あるよ」
迷いなんてなく即答。ブラウやシュヴァルツには後で殴られるかもしれないが、俺にはその覚悟があるのだから。
「お前は仲間だ。勝手に契約終了とかいって、大人しく引き下がると思うな。迷宮の深層を目指すくらいなんだから、牢の中くらい怖いもんかよ」
「……ほんっとうに、馬鹿」
一瞬、泣き出しそうな顔をした後、ロートはぷいと顔を反らした。踵を返し、俺の止める声も聞かず歩き始める。伸ばした手を振り払い、振り返らずにあいつは言った。
「話はしたから。その上で言うわ。アタシとあんた達は、もう何の関係もない。綺麗サッパリ、お別れよ。この問題はアタシ一人のもの、何もしないで」
「ツュンデンさんは、悲しんでいたぞ」
その言葉に、脚の動きが一瞬止まる。表情を見ることはできなかったが、きっと唇を噛み締めているのだろうとはわかった。
「……そう」
一言だけ言って、ロートは歩き出す。背を向けたままこちらに手を振り遠ざかる。
「さよなら、『燕の旅団』サン」
そして、今度こそロートは俺達の前から姿を消した。




