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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
2章 冒険者或いは馬鹿の集い
22/157

20 : 君の夢を共に

 前回までのあらすじ。

 元気に迷宮探索をしていたヴァイス一行「燕の旅団」。まず一層攻略と張り切っていた最中、口にした蛇肉でヴァイスが食中毒を起こし気絶して──?

 走馬灯……ではなく、回想編完結。



 宵の口、屋敷の呼び鈴が鳴る。ブラウは弟のために休暇を取り、屋敷にいる騎士は一人しかいない。若い騎士は呼び鈴を聞きつけ、玄関まで急いだ。ヴァイスの部屋の警護は手薄になる。


「はい、なんでしょうか」


 扉の向こうにいるのは、目深に帽子を被った少年。肩から鞄を下げており、帽子のつばを引っ張り顔を隠す。


「あ、どーもぉ。郵便配達のものですがぁ、昼間に手紙を届け忘れたみたいでしてぇ」


 鞄に手を入れ探る動作をして見せる。



 ──まず部屋の前にいる騎士をどうにかしないとまずいんだ。



「あっれぇ、入れたんだけどなー。キレイなお手紙だったから、奥にしまっちゃったのかも」

「まあ、焦らないでいいですよ」

「すいませぇん」



 ──ここしばらく、例の御令嬢からの手紙がすごく届いてる。そのうちの一枚を郵便局のジンに渡す。それを持って、届けに来たってことで呼び出せばいい。それで俺の部屋への見張りはいなくなる。



「あ、あったあった。ごめんなさいねお待たせしちゃいました」

「お構いなくぅ」

「おおっと風が!」


 渡そうと伸ばした手の中から、風に吹かれて手紙が抜け出す。ひらひらと風に乗って庭に飛んでいく封筒。


「あぁあぁ! 手伝ってもらえませんか!?」

「は、はい!」


 わざとらしい声に、騎士は慌てて追いかける。ちょうど、ヴァイスの部屋があるのと反対側に。その時、屋敷の角から人影が飛びだした。鞄を背負った少年、ヴァイスだ。


 ──ありがとう!


 郵便配達員の格好をした少年──郵便局の息子、ジンは目深に被った帽子の下から視線を向けて、小さく親指を立てた。ヴァイスも親指を立て返す。それから門をくぐり飛び出していった。








「僕の……両親?」


 シュヴァルツは震えた声を出す。今まで、触れないようにしていた自分自身の過去。レーゲンは小さく頷くと、ぼつりぽつりと語り始める。


「お前の両親は、共に冒険者じゃった。特にお前の父親は……控えめに言って、とんでもない馬鹿じゃった。短絡的で無鉄砲、正しく今のヴァイスにそっくりな、な」


 懐かしむようにシュヴァルツを眺める。髪先から爪先までに視線を下ろすと、小さく笑った。


「見た目も中身も、あまりお前とは似ていない。儂が育てたせいかのぅ」

「師匠は……父さんと、母さんを知っているんですか?」


 父と母。シュヴァルツにとって、いないとばかり思っていた存在をそう呼ぶのには、躊躇が必要だった。


「知っているも何も、儂を冒険に連れ出したのは、あいつじゃ」


 懐かしむように目を細め、伏せられた写真を指先で撫でる。


「変なやつじゃった。何千年も生きている儂を敬わず、子供のように扱い、どんな強敵に対しても突撃し、ぼろぼろになっても笑っていた。……本当に、本当に馬鹿な奴じゃった」

「……………………」

「あいつは、本当にヴァイスによく似ている。あやつは、儂に向かって言ったんじゃ。『最高のギルドには、最強の魔法使いが必要だろ』とな」


 シュヴァルツの脳裏にチラつくヴァイスの言葉。

 ──最強の冒険者の相棒には、最高の魔法使いが似合うだろ?


「儂は、お前達を見ていると、あの頃をよく思い出す。……馬鹿な奴らと共に、無茶なことばかりした。迷宮の中で駆け回った。そんな、馬鹿みたいな日々が、宝物のように思い出せる」


 言葉の端々に残る過去形。きっと、シュヴァルツの両親はもう、この世にいない。


「シュヴァルツ。お前は、ヴァイスと共に行かないのか」


 レーゲンの再度の問いに、シュヴァルツは言葉をつまらせた。








 日が落ち、月が登り始めた頃。月祭はいよいよ本格化し始め、街は大きな盛り上がりを見せていた。その街に向かってヴァイスは走る。街の明かりが見え始め、ヴァイスはにやりと広角を上げて笑った。



 ──下手に町中を抜けて時間を食ったらまずい。だからこうしたんだ。もう声はかけてるし、準備もしておいた。



 民家の壁際に積み上げられた木箱の山。地面を蹴り、木箱を掴んで足をかける。(ひさし)、雨樋を掴んで登るのは──屋根の上!


「よし!」


 路地裏を通っても人目につく。だが、屋根の上はなかなか目につかないだろう。ヴァイスは笑うと、屋根の上を慎重に走り始めた。民家と民家の間をジャンプした際、下の路地裏から呼び止められた。


「ヴァイス坊っちゃん!」


 毎日顔を合わせていた、店屋を営んでいるおばさんである。


「坊っちゃん! 頑張って!」


 ヴァイスは声を出さず、無言で親指を立てた。彼女もまた協力者である。ヴァイスは今回の作戦のために、鉱山三人組以外にも、数名に声掛けをしている。


「ありがとう! みんなにも、伝えて!」


無謀で、バカみたいで、子供みたいな夢。それでも応援してくれる人がいるのは、ヴァイスの持つ人徳、もしくは人を惹き付ける()()があるおかげだろう。


 ヴァイスは笑って、また屋根の上を走り出す。おばさんは路地裏でずっと手を振っていた。





「あにうえ、あっちのおみせはなんですか?」

「待ちなさいクヴェル、先々急いではいけません。あと食べ物は数を考えて選んでくださいね。……?」

「はぁい! ……どうしたの、あにうえ」


 綿飴を齧るクヴェルは、突然黙って屋根の上を見始めたブラウに、不安そうな声を出す。ブラウは弟の不安げな様子を見て、即座に視線をおろした。


「あ、いえ。……先程、坊っちゃんらしき影が見えた気がしたのですが……。まあ、いいでしょう。今日は休みですから」

「いいの?」

「ええ。さあ、まだお祭りは終わりませんよ」

「やったぁ!」









「……前にも、言いましたよね。僕は、師匠を一人にするためにもそんなの行かないって」

「着いて行ってやれ」


 そう言って、戸棚まで椅子を運びその上に乗った。手を伸ばし、上にあるものを掴む。椅子から降りると、シュヴァルツにそれを手渡した。


「あいつは、お前が隣で抑えてやらなくちゃ駄目だ。何よりお前があいつらの息子なら……血が迷宮を求めるはずだ」


 いつもの古めかしい口調ではなく、程よく砕けた言葉遣い。少しだけ顔に笑みを浮かべ、レーゲンは続けた。


「お前は、世界一の魔法使いなんだから」


 シュヴァルツは手の中にある杖とローブ眺めた。レーゲンの身の丈ほどはある長さの杖はしっくりと手に馴染む。握りしめる心地はまるであるべき場所に収まったかのようだ。黒のローブは昔憧れた「魔法使い」の装束そのものだ。顔を上げる。


「し、しょう」



 シュヴァルツを見るレーゲンのその顔は、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。


「お前は世界一の冒険者から生まれ、世界一の魔女に育てられたんだ。胸を張れ、シュヴァルツ」


 杖を握りしめ、ローブを羽織り振り返る。


「ありがとう、師匠」

「礼には及ばん」

「……いってきます!」

「ああ、いってらっしゃい」


 駆け出していくシュヴァルツを見送って、レーゲンは長い長いため息をついた。天井を見上げて、ぽつりと呟く。


「ここまでしてやらなければ、行かんとはな」


 そして、机の上においた写真を取った。色褪せた写真に映る、五人の影。黒髪の青年に、金髪の乙女。獣の耳を持つ兄妹と、今より髪が短いレーゲン。そっと正面を撫でる。


「お前達の息子も、ようやく迷宮に行くぞ。──フル、ハイル」


 そしてそっと写真を本に挟み、仕舞った。静かになった家の中で、レーゲンは一人窓の外を見る。月は雲に隠れ、あたりは薄暗闇に包まれていた。









「来た来た! こっちだこっち!」

「へいへーいヴァイス!」


 街を抜けて西に進んだ先、高原の真ん中で三人が手を振っていた。ヴァイスはそれに駆け寄り、そこにあったものに飛び込んだ。


「確かに、()()使うなら俺らを呼ばないとだな」

「ああ、俺だけじゃあ勝手に動かせねぇ」


 コレ、と彼らは乗り込んでいたトロッコを叩く。これが、家出作戦の最重要部だった。

 屋敷を抜け出したことは流石に気づかれる。早ければ郵便配達員が帰ったすぐに見つかるだろう。そうなれば、街には捜索の手が伸びすぐさま橋は塞がれる。


「街から南へ下るには、あの橋を渡るしかねぇ──って、街の連中はおもってるんだよなぁ!」

「俺達鉱山の男からすりゃあ、楽勝だぜ!」


 このトロッコは、鉱山から伸びている。採れた鉄鉱石や負傷者をすぐに南の大きな街まで運ぶためのものだ。


「あの大橋以外に、鉱石を運び出すこのトロッコ専用の橋があるのに、大体の連中は知らないのさ!」

「でもお前らの親父達はわかるよな」

「タレコミしねえように口止めしてるよ。みんなお前を応援してんだぜ?」


 街を抜け出せばこれに乗り、一気に南の大きな街を目指す、これが家出作戦の大詰めである。


「……で、待つのか」

「ああ、あの月が雲に隠れている間……俺は、あいつを信じて待つ」


 雲に覆われた月を見上げ、ヴァイスはトロッコの中で腕を組んだ。三人は各々顔を見合わせ軽口を叩く。


「来るのかねぇ、シュヴァルツ」

「俺だったら絶対行かねぇな。だってヴァイスと二人旅だぜ?」

「なあそれよりベンジャミンちゃんへのプレゼント何がいいと思う?」

「もちっと緊張感持てねぇのかお前らぁ!」


 妙に気の抜けた三人組の会話にヴァイスが不満を漏らす。それを無視してマンガンはヴァイスの肩に腕を回した。


「ところでお前、御令嬢になんか言ったのかよ」

「そーだぞ、顔しか知らないのに何通も何通も手紙くれるほど惚れてくれてんのに、いきなり音信不通は可哀想だろ」

「今日手紙出した。『夢のために家出する、ほんとにごめん』って」


 そう言うと三人は皆嫌な物を見る目をして、女声を作って耳打ちする。


「やだぁこの男サイテーよ」

「顔と地位にあぐらをかいてきた男だわ、女の敵ね」

「何だお前ら……」









 走る、走る、走る。森を抜け、高原を駆ける。息が切れ、目眩がする。それでも止まらない、止まれない。


「──────っ!!」


 少年シュヴァルツは歯を食いしばり駆ける。師に託された杖を握りしめ、与えられたローブを翻し、全力で待ち合わせ場所を目指す。作戦の内容は、全て伝えられていた。それを、忘れもしなかった。


 空の月はまだ隠れており、それが再び姿を現すまでが猶予時間だ。騎士に追われるヴァイスとは違い、シュヴァルツは誰にも追われる必要がない。

 気にせず大通りを通過する。人混みを駆け抜ける杖を携えた少年に、街の人々は驚いたが、すぐに視線を和らげた。


 頑張ってね。

 坊っちゃんを支えてあげてね。

 無理しないで、帰ってきていいから。


 優しい言葉をかけられる。シュヴァルツは驚いた。みんな、ヴァイスが旅に出ることを知っているのだ。








「あ! 君、シュヴァルツ君だよね!!」


 駆けるシュヴァルツは呼び止める声に振り返る。黒い装束、星見の騎士だ。息を切らしてこちらに手を振ってきていた。


「坊っちゃんがいなくなって──君、その格好……」


 まずい、と思い逃げ出そうとするが逃げ出した方が怪しまれる。どうする、どうすると思考を走らせていたその時。


「はいはーい移動販売だよー!!」


 大きな声を上げて、二人の間を荷車が遮った。多くの果物やお菓子の積まれたそれに、子供達が叢がり道を塞ぐ。


「ちょっとぉ!? どいてもらえませんか?」

「あらやだごめんなさいねぇ。でも売り終わるまでは待っていただけませんこと?」


 老婦人はちらりとシュヴァルツを見、目配せをした。その意図を汲んだシュヴァルツは頭を下げて走り出す。


「まっ、待って君! シュヴァルツ君!!」

「お兄さんもまぁまぁ今日はお祭りよ? 楽しみましょうよ」

「いや、それどころじゃ……。あ、美味しい」








 真剣に空を眺めるヴァイスから少し離れて、マンガンニッケルコバルトの三人は小声で話した。


「街の奴ら、うまく騎士様を撒いてるかな」

「やってくれてるって。みんなに伝えたし」

「……女の子目当てで、動いただけじゃぁないからな」


 三人共、ヴァイスの覚悟に心動いたのは事実。自分の夢にかける思いに、その熱に、全力で答えてやろうと思ったのだ。


「あとは……シュヴァルツを待つだけだな」

「だな」









「まずい……時間くっちまった! まずは橋の封鎖を……」

「あっらぁ! オニーサン、お仕事かしらぁ?」


 ジュースを片手に路地裏を急ぐ若い騎士に、絡みつくのは栗毛の少女。華やかな服装、髪には一輪花など挿して。彼の左腕にしなやかな指を這わせる。たじろいだ隙に、右腕にも女の腕が絡みつく。


「ねぇーえ、お仕事も大事だけどぉ、お休みするのも大事じゃない?」

「私達と遊ぼ? 大丈夫、お酒は出さないからぁ」

「えっ、いやその……」


 たじろいだ隙に二人は腕を強く捕まえた。


「決まりぃ! ベンジャミン、いこっ!」

「はぁい姉さん」

「自分は、そのっ、仕事がぁ!」


 腕を引っ張り連れて行かれる姿を眺め、栗毛の少女──ベンジャミンは笑った。空を、未だ姿を現さない月を見上げる。


「あたしにできることは、これくらいかな」



 三日前、いつもいつも彼女に猛烈なアピールを仕掛けてくるコバルトが、いつになく真剣な顔で現れた。


 普段は締まりなくでれでれとしていたコバルトが、真剣な顔で手伝ってくれるよう頼んだのだ。「男の友情」、そのために力を貸してほしいと。


「……カッコいいかもね。コバルト」


 髪を耳にかける。その耳は微かに赤く染まっていた。


「頑張って、ヴァイス君」










「あ〜〜結局ヴァイスの名前出して女の子呼んで合コン作戦は無理になったしよー! 頑張っても旨みなさすぎだわ!」

「コバルト……今夜は飲もうぜ」

「未成年だろみんな」


 三人がわいわいと話している間も、ヴァイスは空を見続けている。こうしてゆっくりと待っていられるのも、三人の手回しがあったおかげだ。


「来年にゃあ酒も飲めるさ! でもクッソー、ヴァイスとは飲めねえのかなぁ!」


 元々ヴァイスが声をかけたのは郵便局のジンと、店屋のおばさん、それからこの三人組くらいだ。ヴァイスが屋敷に閉じ込められていた一週間の間に、三人組が必死に声をかけ協力者は今や街の全住民。街ぐるみでヴァイスの門出を見送ろうとしているのだ。


「俺らのおかげだぞー感謝しろ」

「やめろマンガン、俺らが必死にヴァイスのために頑張ったみたいじゃん気持ち悪い」

「てかヴァイス! もうそろそろ月出るぞ!」


 風が出始めている。そろそろ月を覆っていた雲は晴れるだろう。三人はトロッコに駆け寄る。マンガンが後ろに立ち、ニッケルとコバルトが乗り込んだ。


「諦めろ、ヴァイス。シュヴァルツは来ねえんだよきっと」

「……まだだ」

「考えても見ろよぉ! お前に着いてくなんて、そこらの奴じゃぁできねえぜ?」


 ニッケルの言葉に首を振り、ヴァイスは叫ぶ。


「きっと来る!」

「断られたんだろ! 諦めの悪い奴だな!」

「押すぞぉ」


 後ろから押され、レールが軋む。少しずつトロッコが動き始めた。ニッケルとコバルトが互いにレバーを握る。


「月が出た! 行くぞ!!」


 ヴァイスは答えない。二人がレバーを動かすと前に進み始める。マンガンが飛び乗った。


「坂まで行けば、もう間に合わねえよ」

「それまでに、絶対来る」

「お前の人徳の問題だ。諦めろ」


 がったがったと動き始めるトロッコから身を起こし、ヴァイスは街を眺める。ゆっくりゆっくりと遠ざかる街と、その向こうに見える屋敷。風を浴びながらそれを眺める。


「──────」


 その時、動く影が見えた。ヴァイスは目を凝らすが暗くて見えない、ゴーグルを下ろした。暗闇でも見ることができる。声を上げた、その声に三人が振り返る。


「シュヴァルツ────────ッ!!」


 身を乗り出してヴァイスが叫んだ。ニッケルとコバルト、両方がレバーから手を離すが勢いのついたトロッコは止まらない。シュヴァルツは息も絶え絶えで、今にも倒れ込みそうだ。


「手を取れシュヴァルツ! 俺と一緒に、来い!!」

「あっぶねぇヴァイスやめろ脱線する!!」


 羽交い締めにされても手を伸ばし続ける。トロッコが音を立てて揺れた。


「俺の隣に立つのは、お前じゃないと駄目なんだ!!」


 その手に、シュヴァルツも答える。必死に手を伸ばし、もつれそうな脚を叱咤して駆ける。


「行ってやるよぉ! ちくしょおぉぉぉぉぉぉ──!!」


 指先が掠め、確かに触れた。その手首を掴み、ヴァイスは笑った。シュヴァルツの足が地面から浮く。


「よく言ったぁ!!」


 シュヴァルツの腕をヴァイスが掴み、ヴァイスの腰をマンガンとコバルトが抑え込む。力いっぱい引き上げると、一瞬トロッコが大きく傾いた。


「うわあぁぁっ!」


 大きな音を立ててシュヴァルツの体がトロッコの上に乗り上がる。五人はもみくちゃになって折り重なった。


「やっぱり来た! 来たじゃねえかシュヴァルツ!!」

「やっぱりお前も変なやつだなシュヴァルツ! わざわざこいつと行く!?」

「それは僕が一番思ってるよ!」


 言い合いをする連中をよそに、ニッケルは大声を上げた。


「てか定員オーバーギリギリだー!! 降りろ降りろ!!」

「降りれるかぁ!」


 大騒ぎする五人を乗せたトロッコは、いよいよ下り坂に差し掛かる。


「どこまで乗せてってくれるんだ!?」

「最初は橋超えたら落としてやろうと思ったが……仕方ねぇ! 終点まで送ってやらァ!」

「下るぞ──! しっかり捕まれ!」


 がっこんと一際大きく揺れて、勢いよく坂を下り始める。激しい風を浴び、シュヴァルツの悲鳴とヴァイスの歓声が響き渡る。ぐんぐん通り過ぎて行く景色、迫りくる小さな橋。


「やっべえ、これ、もう戻れねえなぁ!」

「腹括れよヴァイス、シュヴァルツ! お前らのためにこんなに頑張ってんだから!!」

「そーだそーだ! 帰ったら親父の説教だわ!」

「絶対迷宮の奥まで行って、帰ってこい!」

「そう! みんなでベンジャミンちゃんの酒場で酒を飲もうぜ!!」


 三人の言葉に、ヴァイスは笑った。


「もちろんだ!!」


 夜更けの風と月明かり。それに見送られ、少年達を乗せたトロッコはがたんごとんと進んでいった。











「────ス、ヴァイス!!」


 頬を叩かれる感触と、呼ぶ声に俺は目を覚ます。目の前には、呆れた顔で見下ろしてくるシュヴァルツがいた。


「良かった生きてたか。ロゼに感謝しろよ、ロゼがいないと死んでたぞ」

「まさかあんただけが蛇に当たるとは……」

「水飲みますか」


 まだ頭がぐらぐらする。シュヴァルツ、ロート、ブラウ、ロゼ。四人の顔を眺めて暫く放心した。頭が回らない。ぼーっとしている俺を不安に思ったのか、シュヴァルツが目の前で手をひらひらさせた。


「生きてるか? おーい」

「まだ意識朦朧としてる? ロゼ、もう一発してあげて」

「はい!」

「…………な」

「ん?」


 気づけば、口から言葉が出ていた。シュヴァルツが聞き返す。今度こそ、聞こえるように言った。


「ありがとな、シュヴァルツ」

「は?」


 本気で意味がわからないという顔をしている。言ってから俺も首を傾げた。はて、なんでこんなことを言ったのだろうか。


「まだ毒抜けきってないな」

「よし寝ろ」

「寝なさい」

「治療しまーす」


 強制的に倒される。なんだか長い夢を見ていた気がしたが……何だっただろうか。とにかく、故郷を飛び出してから二ヶ月が過ぎた。早く、深層に辿り着きたいものだ。


「いでぇっ!!」

「あーちょっと痛いかもですねー。我慢してくだ……さいっ!」


 ロゼが人差し指と中指を鳩尾に突き刺す。たったそれだけのことなのに、全身の臓腑が雑巾絞りされたみたいな痛みが走った。


「まっ、痛、痛いって」

「ほらほら寝てなさいよ」

「大丈夫です治療ですから」

「やめっ、おいやめろコラァ!! 起きてるわ!!」



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