19 : 所詮この世は顔と金
前回までのあらすじ。
元気に迷宮探索をしていたヴァイス一行「燕の旅団」。まず一層攻略と張り切っていた最中、口にした蛇肉でヴァイスが食中毒を起こし気絶して──?
走馬灯……ではなく、回想編その三。
ヴァイスの住む屋敷から南に下り、街を抜けて西に進むと鉱山がある。良質な鉄鉱石が採れる山で、町の人々の多くが働いている。そんな人々が寝泊まりする宿舎の隅に、彼らは並んで座っていた。
「──ってなわけで、協力してくれ。マンガン、ニッケル、コバルト」
そう言ってヴァイスは、オーバーオールに身を包む三人組に視線を寄越した。
マンガンと呼ばれた赤髪の少年、ニッケルと呼ばれたそばかす顔の少年、コバルトと呼ばれた癖っ毛の少年。三人はそれぞれ互いに顔を見合わせてから、ヴァイスの方を向いた。
「やだ」
「いや」
「無理」
「即答!!」
各々は顔を歪めて拒絶した。
「贅沢なワガママ言ってんじゃねぇよ羨ましい」
「俺らなんてもう親父の手伝いで鉱山入ってんだぞ付き合ってられっか」
「それより月祭終わったら女の子達と遊ぶんだよ女の子呼ぶためにもお前来いよ」
ごもっともな理由で反対する三人に向かいヴァイスは必死に訴える。
「頼む! このとおりだ、月祭の晩を逃したらチャンスは来年になっちまう。というか御令嬢と会わされたらもう逃げ場はない! お願いだ力を貸してくれ!!」
「何、そんな御令嬢ひっどいの?アレなの?」
「いや、普通にかわいい子」
「ざけんな死ね」
「でもコイツの言うかわいいはアテになんねえからな」
ヴァイスは昔から人の美醜に関して無頓着だ。「顔なんて所詮変えられるもの」と言い張っているのは、昔から顔で判断され続けたからだろう。
「羨ましー羨ましー。なんで女の子に好かれようと必死こいてる俺らがモテなくて女の子嫌いなコイツがモテるんだよー」
「顔と地位のせいだろ」
「よっしゃヴァイスお前の代わりに俺がアリエス家継ぐわ」
「お前にゃ無理無理」
「それなー」
三人はひとしきり笑った後、ヴァイスを見る。
「お前は今のままで充分だろ。なんでバカ見てえな夢を諦めねぇんだよ」
「そーだよ。昔なら応援できたけど、今はもう笑うしかできねえぜ」
「酒屋のウォッカも、郵便局のジンも、俺らもみんな働いてる。お前ももう大人になれよ」
身分や地位やに捕らわれず、昔から同じように遊んで怒られてきた友人達だからこそ言えることだった。マンガンはヴァイスの肩を叩く。
「御令嬢だって悪くねえかもよ? まぁお前女の子と話したら気絶するし、会うだけで大変だなぁ!!」
「………………だよ」
「あ?」
ヴァイスは小さな声で呟く。マンガンが聞き返すと、ヴァイスはもう一度その言葉を口にした。
「諦めるわけには、いかねえんだよ」
視線を下げ、唇を噛み締めて言う。その様子に、鬼気迫った何かを感じてマンガンは肩に回した腕をおろした。ニッケルとコバルトも空気を読んで口を閉ざす。
「親父も、お前らもそう言うけれど、俺はこの夢を諦めるわけにはいかねえんだ」
「……何が、お前をそこまでさせるんだよ」
ヴァイスは顔を上げる。澄んだ青の目、暗影の中でも眩い白髪、凛と響く声が辺りを震わせる。
「母さんとの、約束だ」
ヴァイスの母は、彼の夢を肯定してくれる数少ない存在だった。皆に笑われ、落ち込んでいたヴァイスに向かい彼女はよく笑って言っていた。
──いい? ヴァイス。あんたは一般市民からしたら、もうゴール地点にいるようなものなのよ。
──そんなあんたの夢は、デカくてナンボでしょ!
──私はあんたの夢を応援するからね。父さんは色々言うかもだけど、自由にするあんたを見るのが私は大好きなんだから!
──でも口にしたからには、絶対叶えるんだよ。叶えなくちゃ、夢じゃなくて理想だからね。母さんとの約束、忘れないでね。
「アリエス家に生まれた俺は、お前らの夢がスタートラインの俺は! 誰よりもデカいこの夢を叶えなくちゃならねぇんだ!」
一同は口を閉ざし、啖呵を切って胸を張り、真剣な表情を浮かべるヴァイスを見続ける。随分と長い沈黙が流れ、ヴァイスの顔が赤く染まっていった。
「…………」
それでも答えない三人組に対し、ヴァイスは顔を真っ赤にしたまま次の言葉を発した。
「協力してくれれば、女の子達と遊ぶときに俺の名前出していいぞ」
「っシャァァァァァやったるぞぉ!!」
「家出したら仕方ないからな! 俺らしかいなくても仕方ないからな!!」
「待ってろ愛しのベンジャミンちゃぁぁぁんっ!!」
「お前らマジ覚えてろよ」
大盛りあがりを見せる三人組を、冷ややかな目で眺める。客寄せのヴァイスがいないとわかれば当日キャンセルされる可能性の方が高そうだが、彼らはそこまで頭が回っていないらしい。
「で、どんな作戦なんだ? 俺らにさせるってのは」
「まさか俺ら三人共満月祭に予定が無いだろうから呼んだ、とかじゃねえだろうな」
「ホントは予定入ってたんだぞ。ベンジャミンちゃんにフラれたからフリーだけどよ……」
「確かにお前らは独り身で満月祭迎えるんだろうなって思ってたけどよ……。実は、もうある程度協力者に声はかけてるんだ。でもこの仕事は、お前らにしか頼めねえ」
コバルトがヴァイスの胸倉をつかみ上げる。
「おい前半なんつったおまえ」
それから、ヴァイスは作戦の概要を話し始めた。
数日後の夕刻。ヴァイスが最後の鍛錬を終えて立ち去る日を迎えた。
「今までクソ程お世話になりました。あんがとな、ババア!」
「迷宮に行く前に儂が殺してやろうか」
杖でぐりぐりと額を小突く。ひとしきり笑ったあと、ヴァイスはレーゲンの視線に高さを合わせて手を差し出した。
「ホントお世話になった。俺は必ず、迷宮に行くよ。もういろんな奴らに手回ししたから、絶対に行ける」
「ふん。死に急ぐなよ、ヴァイス」
その手を握りしめ、レーゲンは笑った。固い握手をかわした後、立ち上がりシュヴァルツを眺める。
「必ず来い。シュヴァルツ」
シュヴァルツは何も言わない。少し離れた位置で二人を眺める。ふんと鼻を鳴らし、顔を背けた。
「前も言っただろ。僕は行かない」
「作戦は伝えたからな! 絶対! 来い!!」
「行かないって言ってるだろ! ようやくお前と別れられてせいせいする!! じゃあな!!」
ヴァイスは歯噛みしながらも、二人の家を立ち去った。見えなくなるまでレーゲンに手を振り、森の中へ消えていく。残された森の広場で、レーゲンは小さく呟いた。
「行かないのか、シュヴァルツ」
「行きませんよ。師匠を一人にできないですし」
「……そうか」
そう言って、家の中に戻る。秋の近づく風を感じながら、シュヴァルツも家の中へと戻った。
「坊っちゃん、意外と大人しく従うんですね」
「あたりめぇだろ。もう無理だよ。お前がびったり付いてるしな」
アリエス家の屋敷、その一室。手紙の山に向かうヴァイスの背中を、ブラウはじっと見つめていた。
「……まあ、素直なのはいいことですが。御令嬢への手紙はどんな調子で?」
「こんなもんでいいか?」
「……まあ、いいのではないですか? 私には勝手がわかりません」
扉が開き、若い騎士が箱を持ってくる。中には真新しい便箋がびっしり。
「坊っちゃーん御令嬢サマから追加のお手紙でーす」
「うわぁ……」
「すごい量ですね」
「……勘弁してくれよ」
そして迎えた満月祭の日。祭りの準備で盛り上がる街を見下ろせるアリエス家の屋敷、その二階、ヴァイスの私室にて。
「────よし」
夕焼けが西の鉱山地帯に迫って消えていく。それを窓越しに眺め、ヴァイスは部屋の中を見回した。幼い頃から使っている机、戸棚、好きだった冒険小説。寝台の上に乗せた鞄の中身を確認し、机の上に置き手紙も忘れない。
「夜が更けるのが、待ち遠しいな」
「師匠、晩御飯はどうしますか……って、何見てるんです?」
お玉を片手にレーゲンの部屋を覗いたシュヴァルツは、レーゲンの手に握られた一枚の紙切れに視線を寄せた。写真だろうか、よく見る前にしまわれてしまう。
「ん、まあ、そろそろ言っても良いことかもしれんな」
疑問符を浮かべて首を傾げるシュヴァルツに、レーゲンは椅子を回転させ顔を向けた。多くの本や実験材料、何かを書き殴った紙切れ、それらに囲まれてレーゲンはじっと、戸棚の上に置かれた杖を眺めた。
「お前の両親の話を、してやろうぞ」
その金にも緑にも色を変える瞳が、少しだけ悲しそうに揺らめいた。