16 : この肉なんの肉
鷹の目との勝負から二週間。俺達は今、迷宮二層に向けて爆進中である。
「剛力の加護を!」
「助かるぜ! クイックリーパー!!」
「爆ぜろイグニス!」
「邪魔よ! 向日葵ぃ!」
「略式霊槍──氷雨!」
向かい来る魔物を流れるように打ち倒し、俺達は一層中心部を目指す。
鷹の目の勝負から五日後、あいつらはまた三層に潜ると言って宿を去った。
『俺らは先に深層を目指すから、せいぜいもたもたしてろ詐欺野郎が!』
などと言っていたニワトリ野郎の顔がちらつく。……思い出しただけでも腹立ってきたな。そんな奴らに負けていられないので、必死になって追いかけているということだ。
「掃討完了っ!」
迷宮四層までの地図は存在する。各階層を分ける階段の存在する場所、道順が描かれた地図はここ二十年で生まれたものらしい。五層以降は資料が無く難しいとのことだが。
「んでこの先を……?」
「右だな」
その地図のおかげで、昔ほど探索に時間はかからなくなった。「楽な世の中になったねぇ」とはツュンデンさんの言葉だ。奴等は半年前から潜り始めて、今三層だと言っていた。全力で、最短で追いかければ追いつける。
その結果、その翌日から迷宮内で野営しつつ進むことになった。わざわざ街に戻る時間を短縮してその分進む。何日も戻れない分大変なことも多いが、それに見合うだけの成果は出る。
「そろそろ日暮れだな」
「そーね。こいつらの死骸集めて、そろそろ野営の準備しましょ」
今日も毒々しい色合いをした木型の魔物や幻覚作用を持った息を吐く蛇、岩を投げつけてくる猿型魔物達と遭遇し撃破してきた。その他にも、多くの興味深いものに出会うことができた。
「ぎゃぁ──っ!! 血に手突っ込んじまった!」
「そんなもので悲鳴あげないでください」
まあなんやかんやあって、今日まで二週間街に帰らず進み続けている訳だ。
「はいご飯」
「さんきゅ」
器に盛られた具沢山の鍋を掻き込む。これはなんの肉だろう。なんだか身がぶにぶにしているような気もする。味は悪くないが。今日の飯当番はロートか。
「妙な歯応えだな。なんの肉?」
「美味しいですね! こんなお肉の魔物倒しましたっけ?」
「文句言わない」
いやなんの肉かって聞いてるんだが。まあ味は美味いので黙って食う。辺りは日が落ち薄暗くなっている。今日進むのはここまでだ。
「今どのくらいなんだ?」
「んー、二層への階段まで、距離は近づいてきてるな。結構進んだ。でもここから真っすぐで行けるわけじゃないから、あと三日はかかるかな」
「あと三日かー」
大体の冒険者が一層を突破するのに、一月半から二ヶ月かかるのだという。それと比べれば一月足らずで二層に進めるのは早いほうだ。ロートのおかげでもある。
「ふふん、感謝しなさいあんた達」
ぶにぶにする肉らしきものを飲み込み汁を啜る。いつもより香草が強いな、匂いを誤魔化そうとしているのか?いよいよ何の肉だったんだ。
「一層はまだまだ入口よ。二層からは凄いわよ?」
ロートが追加を注ぎながら言った。
「一層から二層へ移る、階層を跨ぐ階段はここの中心にある。十二箇所ある入り口から一層に入って、二層へ行くまでは大体みんな同じ距離を進むのよ」
俺達が入ってきたのは「黒猫通り」の入口から。この迷宮都市「ゾディアック」と言われる国には、迷宮を囲むように放射状の十二の通りがある。
「でもそこから、二層以降から次に続く階段はこの広大な迷宮のどこか。中心、とかいう決まった場所じゃあない。広大な空間の中で、より一層強くなる魔物達を掻い潜って、階段を探していかなくちゃあならない。そりゃあ大変よぉ」
「ロートは二層も進んだことあるのか?」
「ない」
「ねぇのかよ」
行ってもないのになんで知ったような口調で言うんだ。あとてっきり二層までくらいなら行っているのかと思っていた。
「二層を見たことなら何度でもあるわよ。潜ったことはないけどね。そういうのは、母さんから聞いたのよ。母さんの頃は地図も無く、みんながみんな手探りで進んでた。一つの階層を突破するのに半年から一年かかることもあったって。今みたいに魔物の研究も進んでなくて、夜になるたび一人は見張りが当たってたって」
ロートの目はきらきらと輝いている。幼い頃から、寝る前の読み聞かせ代わりに語られてきたのだろう。自分が生まれる前に、母親が経験した冒険譚。それはどんなお伽噺よりも興味深く、心躍るものだったのだろう。
「いついかなる時も気を抜けない環境下、緊張感のある戦いを繰り広げる。下層へ進むごとに広がる大地、異なる世界、侵入者を防ぐ仕掛け、力だけじゃなくて知恵も求められる大冒険! 各階層に眠る神秘の王、ライバルギルド達と手を組んでの大勝負! 未知の歴史に太古の秘宝! そりゃあそりゃあ、素晴らしいものが溢れていたって話よ」
手振り混じりに嬉しそうに語る。二十年前のツュンデンさん……今でさえも、ロートと並べば姉妹に見えるほどの若作り──若々しさを誇るあの人が、冒険者として名を馳せていた時代を想像する。
「母さんは凄かったのよ! 『猛銃』って呼ばれてて、ゼーゲンの銃士を努めてたって」
どんな経緯で冒険者になり、どんな冒険を経て最奥へ辿り着いたのか。あの人は自分で語りたがらない。
「……それもまあ、過去の話だけどね」
輝かしい英雄、ギルド「ゼーゲン」の末路。世紀の大噓つきと後ろ指をさされ、国を追われた彼ら。何故あの人は王都に残るのか、何故あの人は宿屋を営んでいるのか。何故あの人は、まだ冒険者に関わるのか。謎は深まるばかりだ。
「片付けが終われば火を消して、とっとと寝るわよ。やることある?」
「小便行ってくる」
「ついでにあそこの内蔵その辺に撒いといて」
「二人共、まだ僕ご飯食べてるんだけど!?」
シュヴァルツの文句は無視だ。俺は皿を置いて立ち上がる。
「ごちそうさまでした」
「皿洗えコラァ!!」
後頭部に下されるゲンコツ。やっぱりロートはツュンデンさんの娘だ。
「うぃ〜寒い寒い」
時期的にももう冬だ。早くも屋敷を飛び出してから二月が経とうとしていた。この国に辿り着くまでに一月、そこからツュンデンさんに出会い、熊に追い回され、ロートやブラウ、ロゼと出会い、ニワトリ野郎達というライバルもできた。
一層攻略までに一月、ロートも言っていたように、二層からは更に迷宮が複雑になる。五層以降となると、頼りにしていた地図も無くなる。最奥に辿り着いたとき、俺は何歳になっているのだろうか。
「ま、二十歳までには楽勝で親父のところに帰れるな」
誰に言うでもなく一人呟く。微かに灯った焚き木の明かり、野営地だ。まだ火を消さずに待っていてくれていた。シュヴァルツやブラウはもう地面に布を引き寝る支度を整えている。
「あ、帰ってきた帰ってきた」
「結構冷えるな。迷宮の中だってのに」
「安全のためにも火を消したほうがいいとはいえ、そろそろ厳しい時期ね。早く二層行っちゃいましょ」
二層なら大丈夫、みたいな言葉に首を傾げた。どういう意味だろうか。
「ま、暖かくして寝なさい。アタシももう寝る」
「……お前の格好で暖かくとか言われてもな……」
ロートは布を一枚愛用の銃砲に被せ、その上に乗って寝ている。試しに座らせてもらったが、硬い上に痛い。どうやったらこんな物の上で寝られるのかという居心地の悪さだった。あと寒い。
「あんた等が布敷いただけで寝れる方が驚きよ。枕変わると眠れないとか言いそうなのに」
「よくブラウやババアにはっ倒されて石畳の上で気絶してたからな!」
「よく師匠に家追い出されてたし」
「安心できる場ならちゃんと寝れますよ!」
「寝ないと死にますから」
皆口々に語る「酷い場所で寝た自慢」に対し、ロートは力なく微笑んだ。
「……うん、深く聞かないでおくわ」
そう言うとロートは銃砲の上に寝そべった。
「火ぃ消しときなさいよ」
「アイアーイ」
弱々しい火をあげている焚き木に水をかければ、辺りは闇の中。一層であればまだ月明かりがあるが、ここから下はどうなっているのだろう。
「早く寝るぞ、明日も早いんだから」
「わーってるよ。さむさむ」
「……ブラウさん、まだ眠らないんですか」
ブラウは少し離れた木によりかかり、体を起こしている。まだ寝ないらしい。
「……一応みなさんが眠るまでは、起きていようと思います」
腐っても騎士、そういう神経の張り方はあるのか。
「宿に残しているクヴェルを思っているので」
「おやすみ」
前言撤回だバカヤロー。これだけクヴェルと離れさせるのは久しぶりだ。二層についたら少し街で休むことにしよう。
目を閉じる。瞼の裏の暗闇を感じているとすぐに眠気が落ちてきた。
その晩あとから聞いた話だが、俺は夜分にいきなりうなされ始め、全身の痙攣を引き起こしていたそうだ。原因は夕飯の肉、昼間狩った蛇の肉だという。幻覚作用のある息を吐く蛇、その肉。
周りの胃が頑丈なのか、俺の体が少々弱かったのか、症状が出たのは俺だけだった。
そして、俺は夢を見た。正式には、一時的な昏睡状態で走馬灯を見たと言ったほうがいいだろう。
夕食時やその後に、色々深く考え込んでいたせいだろうか。二ヶ月前、シュヴァルツの手を取り、冒険者になるために飛び出したあの日の回想。俺が夢に向かって進みだした大きな転機を思い出した。
──いやこんな酷い回想の入り方ある?