14 : 類は友を呼ぶ
「そちらの勝手に付き合わせないでください」
「ふざけんじゃないわよまったくもう……」
合流場所につくと、ヴァイスが説教されているところだった。往来のど真ん中ではないあたり配慮はしているらしい。
「そう言わずに手伝ってくれよ! アイツには負けられねぇんだ!」
「勝手にしてください」
「頭痛いから大声出さないでよ」
ブラウはクヴェルを腕に抱えてぶつぶつと言っている。クヴェルは僕らが見えると笑顔で手を振った。あの子も中々神経図太いな。
「何やってるんだよ……」
「シュヴァルツ〜こいつらが男と男の勝負をどうでもいいとか言うんだぜ〜?」
「その通りだろ」
勝手に人を巻き込みやがって。そう言うとヴァイスは無視してくるりと向きを変える。
「まぁとりあえず! 行こうぜ!! 迷宮!!」
「話聞け」
ブラウとロートの舌打ち、僕の不満を全部無視してヴァイスは出発した。なんだかんだ、みんながついていくあたり、こいつに甘いということなんだろうが。
途中宿屋でクヴェルを預け──ここでもブラウさんが抵抗したりと一悶着あったが──迷宮手前。今日の目的は散策ではなくキノコ探しということだが。
「この付近に群生地は大まかにして五ヶ所。大体そこに固まって生えているらしい。そこを回ればどうにかなるだろ」
迷宮を囲う広大な谷、そこを渡るための橋、の手前。冒険者の証明であるチャームを見せる砦がある広場の隅で、地図を広げて作戦会議。他の冒険者達がこっちを覗く。馬鹿につきあわされてキノコ狩りってなんだよ。
「昨日まで潜った場所より深い所にも群生地がある。ここは気をつけないといけないな」
「生えてる場所は決まってんだろ? それがあの馬鹿と取り合いになったらまずいな……。分かれるか……? でも、下手な魔物と出くわしても危ねえな」
ヴァイスは顎に手を当て思考する。ぱちんと指を鳴らしてよし、と一言。
「俺、シュヴァルツ、ロゼ。ロートとブラウ。それぞれで五ヶ所回ろう」
ちゃんとヴァイスが考えている……だと? どうせ「一人一箇所ずつ回れば一瞬だぜ!」とか言うかと思っていたのだが。
「おいシュヴァルツ、ブラウ、なんか言いたげだなお前ら」
ブラウさんも驚いていたらしい。
「今回の勝負はぜってぇ勝ちてぇ。なぁんか気に食わねえんだよあのニワトリ野郎」
綺麗な顔を歪めて舌打ちする。
「あいつに勝って吠え面かかせてやる。人のこと女扱いしただけじゃなくやれ絶望だのやれ悪夢だの好き勝手言いやがってよ……。それになんで俺はあいつと風呂入ってたんだ?」
「それはまあ思い出さなくてもいいと思うぞ」
頼むから思い出さないでほしい。
「じゃあ俺ら三人がこの……東側三箇所回るぜ。ブラウ達はちょっと離れている西側を頼む。合計の移動距離は同じくらいだからな」
「……絶対特別手当出しなさいよ」
「終われば即帰っていいですか」
「合流してくれよ!!」
とりあえず群生地を回り、終わったらこの広場に集合となった。ロゼが嬉しそうに腕にくっついてくる。
「ご一緒ですね! シュヴァルツ様!」
「くっつくなって……あ、予め僕に呪いかけておいてくれ」
「? わかりました」
加護をかけてもらう。速さ、力、体力を増してもらった。なんとなく、今かけてもらったほうが良いと直感が囁いたのだ。
「よっしじゃあ行くぞ! お前ら!!」
意気揚々と籠を背負って立ち上がり、橋に向かって振り返った瞬間──。
「あ」
籠を背負ったオランジェ、その後ろにつくグリューン、ゲイブさんにリラさん。ヴァイスがガンを飛ばし、睨み合いが始まる。
「なんだ今から出発かよニワトリ野郎。朝から飛び出しといて今まで何してたんだコラ」
「うっせえな詐欺野郎お前も今から出発だろうがあぁ?」
「おはよ」
「グリューンおはよー」
ロートとグリューンの挨拶。同じ力の民同士、僕らが待ちに来る前から知り合いらしいしそれなりに仲は良好なのだろう。
「兄貴朝ぶりっすね、おはようっす!」
「リーダーもこの勝負につきあわされてるんですね……」
「……馬鹿な主人を持つと苦労しますよ」
「兄貴も昔は割と猪やろ……痛い痛い痛い!!」
アイアンクローで黙らせている。たしかあの人素手で林檎潰せるんじゃなかったかな。
「お前にはぜってぇ負けねえからな」
「おうおうそれは俺の台詞だなぁ。ツュンデンさんからのご褒美キッスとパンジーちゃんと会話する権利は俺のもんだ」
「ご褒美キッスどころか罰ゲームだろそれ。パンジーちゃんだかなんだかはどうでもいいが、新品のダガーは俺がもらうんだよすっこんでろ」
よくよく考えるとこの勝負、勝っても負けても僕らには何も関係ないな。ツュンデンさんも、馬鹿を煽るなら周りの被害のことを考えて欲しい。
「行くぞお前らぁ!! この詐欺ヤローに一泡噴かせるんぞ!!」
高らかに腕を突き上げるオランジェと対象的に、他三人は暗い空気のまま文句を述べる。
「僕見る専」
「ふざけんじゃねえ! なんでアンタの勝負に巻き込まれなきゃいけねぇんすか!」
「馬鹿で短絡的な行動は慎んで。ほら、ごめんなさいしよう?」
「誰一人として俺を応援しねぇ!!」
もしかしてこのギルド、不仲か?
「はっ! 仲間に慕われてねぇとか憐れだなぁリーダーさんよぉ! てめぇら!行くぞ!!」
オランジェを笑ってヴァイスの宣誓。
「え、僕だって嫌だけど。お前で勝手にやれ」
「私はシュヴァルツ様ともっと色んなものが見たいのですが……」
「マジふざけんな」
「帰らせてください」
「すいません勝ったらお礼しますから協力してくださいッ!!」
まあ、ついては行くけれど。
「よし! 行くぞ!!」
そう言ったのはオランジェとヴァイス、ほぼ同時。互いに顔を見合わせる。すぐに目を逸らして走る構えを取った。
「ぜってぇ負けねえ!」
それも同時。再度顔を合わせて視線を交わす。
「真似すんなテメェ!」
同時。あ、これまずい予感がするなと思った瞬間だった。同時に石畳を踏み込み駆け出した。風のような速度で遠ざかっていく。
「このボケ! アホ! 女狂い! ニワトリ野郎!!」
「うっせーし女顔! 顔だけ!」
「んだとお前ここで寝てろ!!」
「お前がな!!」
頭の悪い言い合いをしながら爆走していく。残された僕らはその背中を眺めて、呆然とした。
「──って」
僕はロゼを抱き上げる。きゃっと言う声がしたがお構いなしだ。仕方ない。
「あの馬鹿一人で突っ込むんじゃな────い!!」
絶対、絶対面倒なことになる! ロゼに疾風の加護をかけておいてもらって良かった。体力のない貧弱な僕でも、ロゼを抱えて素早く走ることができる。
はるか向こうを走るヴァイスを追いかけて、僕は疾走する。
「お互い苦労するね」
「……まったくだよ」
いつの間にか隣にグリューンがいた。加護をかけてもらった僕と、素で並ぶ速度。息も切らさず、涼しい顔で僕に声をかける。きっとグリューンも苦労してきたのだろう。
「でも、付いていくんだよね」
「……まあね」
僕らも続いて、迷宮の中へ飛び込んだ。
「──うん、わかった。うん、ありがとう」
黒い炎、アグニに声をかける。意思があるのかどうかも定かではない存在ではあるが、感謝を言うに越したことはない。
「この先に川がある。群生地はその向こうだ」
あの後、迷宮にて合流する頃には僕はふらふらになっていた。よくよく考えれば、わざわざロゼを抱えなくても彼女めちゃくちゃ体力あるのだから走ってもらえばよかったのでは。
「よっしゃ渡ればいいんだな?」
「そうも行かない。結構大きな川だ」
「ふーん……よしロゼ、俺達抱えて飛べない?」
「最低かお前!」
ヴァイスの言葉にロゼは口元に手を当て考え込む。
「……試さないことにはですね」
「向上心を持たなくていいから」
まず一箇所目の群生地を目指す。地図を広げた。
「少し北に行ったところで倒木が橋になってる場所がある。そこで渡ろう」
「遠回りだな」
「まあね。でもわざわざ腰まで浸かって渡ろうとは思わないだろ」
ヴァイスも納得がいったようで、僕らはぞろぞろ移動する。小型の魔物は対処して、爪や牙などの楽に取れる素材をもらい、猪などの中型魔物は即座に逃げ出す。必要最低限は素材を貰わないと食い扶持を稼げない。
川のせせらぎが聞こえてきた。この先か。
「──イケるイケる、頑張れリーダー」
「お前マジふざけんなよ!?」
言い争いの声。木の間を通り、川辺に出た。
「大丈夫だよ僕はリーダーを信じてる。ほら、早く早く」
「お前ホンットこういう時だけでいきいきしてるよな……」
そこにいたのは、グリューンを背負った状態で川に入っているオランジェ。グリューンがこちらを振り返った。
「あ」
「は! お前らはせいぜい橋を探して遠回りするんだなぁ! その間に俺達が全部狩り尽くしてやるぜ!!」
「リーダー早く」
「あ、すいません」
そのままざぶざぶと川に入っていく。それでいいのかリーダー。
「畜生一箇所目はもう駄目だ! 二箇所目を目指すぞ!!」
「まじかよ」
「アイツらがキノコ毟ってる今が隙だ!! 二箇所目はどこにある!?」
「ここから北、ですね。川を渡る倒木を超えて、そこから北東に進んだところみたいです」
「行くぞ!!」
走り出すヴァイスを追いかけて、僕達も走り出す。
──────
「……グリューンさん」
「何」
「割とこれ、深くないっすか」
「うん」
「グリューン、お前自分で歩けよ。リーダーばっか濡らしてお前、何涼しい顔してんだよ」
「僕は仲間を濡らすまいと奮闘するリーダー、尊敬するけどなー」
「しっかり掴まってやがれ!!」
──────
「正直俺らは勝負とかどうでもいいっすからねー」
「リーダーと一緒にゆっくり話せるから丁度いいですけど」
「……そうですか」
爆走していった二人と異なり、アタシ達はゆったりゆっくりと樹海を歩く。
騎士サマと、金髪君と眼鏡サン。歳上で、顔も悪くない男達。役得だわ。二人のことは知っている。
「へへっ、こうして兄貴と歩くのは久しぶりっすね」
「……ロート嬢の前ではおやめください」
「ヒュー敬語の兄貴、新鮮! って痛い痛い痛いっす!」
騎士サマとは知り合いだそうで話が弾んでいる。……四人でいて三対一になることある?? 一応空気読んで少し後ろに下がってるけど、何なのこの微妙な空気。気まずい。
「ロートさんも、お互い巻き込まれて大変ですよね」
「え、あ、うん。全くだわ」
眼鏡サンが、私の横まで下がってくる。眼鏡の下から覗く切れ長の瞳。それだけ見るとキツそうな空気だが、眼鏡のレンズがそれをかき消し優しい雰囲気を醸し出している。
「それにしても、以前俺達が貴女を断った件は申し訳ありませんでした」
「あ、いーのいーの。あのあとすぐに見つけれたしね」
彼らが初めて迷宮に来てギルドを立ち上げたとき、迷宮案内人として商談に行ったのだが見事に断られたことを思い出した。あれが半年前。それから度々家──宿屋で見かけていたけれど、こんなに間近で見るのは初めてだ。
「今現在はリーダー……ブラウく……ブラウさん達のギルドでお仕事をしてらしたんですね」
「まあね、母さんの推薦で。全くハズレくじ引いたもんだわ」
「ご苦労さまです」
はーこの顔、ご飯食えるわ。私の好みは天使系美少年と歳上の渋めオジサマだけど、とりあえず顔のいい男は見ていてイイ。年上ってだけでイイ。普段お姉さんぶっている分、包容力がたまらない。
騎士サマとよっぽど親しかったみたいね。無理に「さん」ってよそよそしく呼んでるみたい。これは深く突っ込まないほうがいいわね。
「俺の顔に何か?」
「いや、なんでもないわ」
馬鹿コンビはなんか違う感じだし、そもそもほぼ同い年の歳下だし射程範囲外。騎士サマは肩書は最高だけれどブラコンだし愛想無いしなによりあの目。光がない、死んでる。クヴェル君は可愛いので最高。
「知ってました? ゲイブってブラウさんのこと兄貴兄貴と呼んでますけど、実際はゲイブの方が歳上なんですよ」
「そうなの!? え、マジで!?」
「マジです。俺の一個下なんですよ、あいつ」
ニワトリ君はあの軽さが良くない。おまけに歳下。金髪君は歳上なのに、子犬みたいな愛らしさがあって悪くない。眼鏡サンはもう最高。多分後十年したらどストライクの顔になる。間違いない。
「あ、あの辺りみたいっす」
「まあとりあえず、集めますか」
「そーね」
今はこの眼福逆ハーレム状態を堪能しておこう。