148 : 肉と骨と火と脂
──Side Schwartz──
「いやーロートちゃんの料理はサイコーですね!! もう俺死んでもいいくらい!!」
「はっはーニワトリ君言うじゃない? でもそういうのはカノジョに言うもんよ?」
「ぶっふぉっ!?」
オランジェの軽口をいなしたロート、彼女の返答にオランジェは盛大にむせこんだ。それを見て笑うゲイブさんとジルヴァ。この七層へたどり着いてから早くも一週間が経過した。
本当はあの廃墟地帯にとどまっていたかった。あそこにいれば、高台からヴァイス達の起こした火や煙を探すことも可能だし、何より目印になる。リラさんやブラウさんが廃墟地帯を見つければ、必ずあそこに行こうと言ってくれるはずだ。
だが、あの地帯は凄まじい雷が降り注ぐ。なんとか丸一日あそこで張って見たが、何度も何度も雷が降り注いできた。このままでは命に関わると、少しずつ移動を始めたのだ。
一応、書き置きは残しておいた。「北に向かう」と。……まあその北も、役に立たない方位磁針が指すからアテにできないのだが。
最初は食べるものが見当たらず四苦八苦していたが、廃墟地帯を抜け、森のような場所にたどり着いてからようやく野草や山菜と巡り会えたのだ。肉は恋しいが、食べれるだけありがたい。
背の高い木々が夜空を切り取る。太い幹に遮られる影に、廃墟の灰色をした壁が見えた。相変わらず、地面には灰色の石に似た破片が混じっていた。
迷宮の動植物、その調理方法に詳しいロート。そして料理の腕前は店を営めるレベルのオランジェがいたおかげで、かなりマシな食生活は送れている。僕やゲイブさんも最低限の料理はできるし。
と、なれば不安なのは残りの五人だ。結局彼らとはまだ合流できていない。向こうのメンバーはヴァイス、ロゼ、ブラウさん、グリューン、リラさん。……前三人は料理ができないというよりさせてはいけない。グリューンやリラさんの腕前次第では、彼らと合流することは不可能になるかもしれない。
「安心してくださいっす、グリューンは肉の扱い上手いし……リラは俺らの食生活を支えてきた男っすよ?」
僕の不安にゲイブさんは笑いながらそういった。なら、大丈夫か。変な草や獣に当たってなければいいのだが。昔、蛇肉を食ってひとりだけ死の淵を彷徨ったヴァイスのことを思い出しながら、僕は山菜を齧った。
──Side Weiss──
分けて用意した焚き火の上に置いた鍋。その中には多めに油が注がれている。台の上に置かれた二脚分の肉。臭い消しと味付けはグリューンにやってもらった。俺にそういう知識はない。野草が足りないため、鞄の奥で枯れかけていたものばかりだったが……香草だから大丈夫とふたりで自身らに言い聞かせた。
「ねえ、これ何、なんか嫌な予感するんだけど……」
「奇遇だねグリューン。俺もですよ……。リーダー、これ一体何を……」
「……おふたりはご存知なかったですか」
「何回やっても私、慣れませんわ……」
四人は火から離れて見守っている。何かあったときに咄嗟に動いてもらうため、ブラウは槍を握りロゼは指輪をはめている。何も知らないグリューンとリラは顔を青くして様子を見ていた。水はある、非常時用にふたりもいる。
「あの……ヴァイスさん?」
「どうした?」
「何をされるつもりで……?」
遠慮がちにリラが聞いてきた。なんだか懐かしさもある。俺は記憶を探りながら言葉を選んだ。
「これは冒険者の初陣や、祝い事のときにだけ振る舞う料理と言われてるんだ」
「はぁ……?」
やっぱり返ってくるのは疑問符。このやり取りを思い出したのか、ブラウの口が微かに緩み、ロゼは思わず吹き出した。
「そうだけどまあ、ホントは猪なのに別の奴使ってる時点でルールも何もねえだろ。というわけで、やるぞ!」
「いやだから何を!!」
リラとグリューンの疑問を置き去りに、俺は肉を思いっきり掴む。
煌々と燃える火に、肉を手にした俺の背中が照らされているのだろう。四人は何も言えずその背中を眺めていた。 真剣な空気に息を呑む。張り詰める緊張感。圧を発しながら俺は体の向きを変え、火と向き合った。脚を踏み込み、大きく腕を振る。
「投・入ッ!!」
肉が宙を舞った。美しい放物線を描いて──鉄鍋の中へ飛び込んだ。油が飛び散り激しい炎が上がる。
「ええええええぇぇぇぇぇ──────ッ??」
上がったのはリラの絶叫。彼のここまででかい声は初めて聞いた。グリューンも目を見開き固まっている。
「何してんですかヴァイスさん!?」
「素揚げ」
「いや、そういう問題じゃ……! え?? なんでおふたりともそんなに落ち着いて……」
「知ってるか。大抵のものは火を通せば食える」
「知ってますが、あれ! どうやって取り出すんですか! 火柱ですよ!!」
めらめらと火柱が揺れている。グリューンが水を取ろうと走ったが、その前に俺はブラウ達を呼んだ。
「頼む!!」
「了解です」
「わかりましたわ!」
ブラウは槍の突起をひねり足を開いて構えた。ロゼは手を広げ指で照準を合わせる。
「略式霊槍、氷雨!」
「鏡花水月!」
ブラウの槍から放たれた冷気が鍋を冷やし、ロゼの技が地面ごと炎を消し飛ばす。急速に火を入れ急激に冷やす。これでオッケーなはずだ。
頭を押さえるリラと、呆れた顔のグリューン。俺は鍋の中を覗いて安堵する。我ながら上手いものではないか。
「本気で何かがおかしくなったのかと思いましたよ……」
「だいじょーぶだいじょーぶ、よーし食おうぜ!!」
塊の肉を人数分に切っていく。いい感じに火が入っているな。肉質も筋張ってなく柔らかそうだ。骨を割って分け皿に乗せた。
「ツュンデンさん直伝の迷宮料理! 完成!!」
「ツュンデンさん達、親子で火柱上げているんですか!?」
本来は猪肉の揚げ焼きだが、これは何肉なのだろう。まあ構うまい。啞然とするグリューンも、肉の匂いを嗅いで表情を変える。角度を変え、様々な方向からリラは皿を覗いていた。
「オランジェ君に教えたいですね」
「卒倒するよあいつ」
確かに、これはシュヴァルツ達にも見せてやりたい。俺が料理をできたことを、きっと驚くだろうな。
肉しか無い食卓という、非常にバランスの悪い夕飯だが仕方ない。俺らは移動し、元の焚き火の側に座る。皿を置き、手を合わせた。
「いただきます」
そのまま骨を掴み、一気に齧り付く。高温の油で焼かれて表面はほのかにぱりっとしており、中の肉汁が逃げていない。味付けは香辛料の節約のため質素なものだったが、気にならないほど凄まじいこの肉汁。血の滴る感じはあれど、臭みは全くと言っていいほど気にならない。流石はグリューン。
しばらくぶりの肉の味、俺は無言でかっ食らう。魔物がいつ来るかもわからないから、などという理由ではなく純粋に腹が減っていた。
肉を食うと生きている実感が湧く。それを知ったのは迷宮に潜り始めてからだ。
何があるかわからない迷宮。長い冒険の中で、食料不足に悩まされることは一度や二度ではない。その度に何かを奪い、糧にして凌いだのだ。外でぼんやりと生きていれば、俺は一生この感覚を知ることはなかった。
生きるために殺す。何かを殺して生きる。
人はそうして生きている。いや、人にとどまらず生き物は皆、何かを犠牲にした上で生きている。俺はそれを知った。学んだ。俺にとって、政治や外交よりよっぽど立派な知識である。
肉を食い尽くし、骨を咥えてしゃぶる。骨の髄まで食い尽くさねば、奪った命に失礼というものだ。皆それは同じなようで、全員口から骨をぶら下げている。
「明日はどうする?」
俺の問いに、全員顔を上げた。
「やはり目下の目標は廃墟地帯でしょう。あそこに行けば高台から見張れますし、火や煙を見逃さない。シュヴァルツさん達がそれを考えないとは思えません」
ブラウの意見に皆首を振る。同意だ。
「そこまでの道程で食料の確保もしよう。野草は相変わらず見当たりませんが、獣はいるようです」
食料調達は最優先、リラの考えにも皆反対は無し。腹が減っては何もできない。
「魔物についても調べたいね。あの死体以外にもいるのかな」
骨を噛み砕いてグリューンが言った。それも大事だ。あの死体の魔物がどうやって動いているのかもわからないし、調べる必要はある。シュヴァルツ達と合流する前に情報は集めなくては。
「不思議気候にも備えなくてはいけませんわね。明日の朝は大丈夫でしょうか……」
あの凄まじい雹を思い出す。ここまで到着するまでにも、何度も何度も不思議気候に晒されてきた。下手すりゃ合流前に死ぬ可能性もある。魔物に襲われて終わるのも嫌だが、気候でやられるなんてまっぴらごめんだ!
「よーし! 明日からも頑張るぞ!!」
俺はかっすかすになるまでしゃぶりつくした骨を口から引っこ抜き、空へ高らかに拳を掲げた。四人も続いて腕を上げる。それを眺めて俺は笑った。




