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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
9章 仲間或いは友の語らい
152/157

147 : 晩餐



 ──Side Weiss──



 空が切り替わる度降り注ぐ(ひょう)や雷を駆け抜けて、崩れる廃墟の破片をかわし、俺達はようやく荒野を抜けた。地面を覆っていた短い草はいつしか、腰ほどまである高さの草に変わっている。草原、と呼ぶべきか。相変わらず石畳に似た奇妙な地面の破片や、大きな廃墟は続いている。


「なんとか一段落かぁ……?」

「見えていたより廃墟地帯までは遠いね。目視さえも当てにならないのか……」


 舌を出してバテる俺の横で、リラが難しいことを考えている。確かに、最初の地点から見えた廃墟地帯はそんなに距離が離れていなかった。半日も走れば辿り着ける距離だろうと思っていたのだが……。悪天候と呼ぶのも生温い最悪の天気を駆け抜けた期間は「一週間」。真っ直ぐ廃墟地帯を目指してきたはずなのに、辿り着いたのは草原地帯。


 体感で時刻は夕方か、そろそろ明かりが消えたようにいきなり日が落ちるし今日はここで休むとしよう。グリューンは廃墟を登り、目を使った遠くの調査、俺とブラウで周囲の安全確認と食料の確保。ロゼとリラで野営の準備だ。


「座標ぐっちゃぐちゃどころじゃねえってこれ……」

「同感です」


 遠くに霧でぼやけて見える廃墟地帯。座り込んでぼんやりそれを眺める。最初の地点から、目測の距離は変わっていない気がする。目測と実測が一致しないのは流石に勘弁してくれよ……。今感じているだるさは疲労感のせいだけではない。その時音を立てて腹が鳴った。


 食料確保とはいったものの。今までの階層では、出てきた魔物を狩って食料にしていた。これ食えるのか? という見た目でも、先人の知恵……ロートが持つ帳面に記された方法で調理すれば美味しく食べられたのだ。

 だが今回。出会う魔物は皆人の死体。骨が見え、肉が腐敗したそれら……流石にそれを食ったら終わりだろ!! どうしょうもなく飢え、それしかなくなったとき以外その選択肢はない。

 今日まで、六層から引き続き持っている保存食をちまちまと食っていたが……そろそろ限界だ。先日から食料確保と言って探し回っても、何ひとつ見つけられていない。


「アレ以外の魔物はいねえのかな」

「見当たりませんね」


 見渡す限り原っぱ。駄目だこのままじゃ合流の前に飢えて死ぬ。獣の一匹、果物のひとつあれば変わるのだが。食べれる草すら見当たらないのは謎だ。


「弱音を吐く前に周囲を調べてください」

「ブラウひでーよー」


 無理矢理首根っこを掴まれて運ばれる。食べるものはまだしも、水は必要不可欠だ。シュヴァルツがよく言っていた、「人間は食べなくてもひと月は生きていられるが、水を飲まなければ数日で死ぬ」と。四層から続き、落ち続けている水は遥か向こう。川や湧き水がある様子もない。

 以前まで水がなくてどうしようもないときは、シュヴァルツに出してもらった氷を溶かして飲んでいたっけか。大気中に漂う魔力を集めてひねり出した氷、現状腹を壊したことはない。

 錬金術と魔法は厳密には異なるらしいが、リラでも似たようなことは可能なのだろうか。


「できるよ。地下や地面から水を吸い上げるんだ」


 気になって問うてみれば、彼はさらりとそういった。やっぱり魔法はわからない。


「グリューンー、なんか見えるか?」

「ちょっと待って、今何か……」


 廃墟の上に届けた声はすぐに返ってくる。その声は尻すぼみに縮まり──次の瞬間、人影が降ってきた。


「うおっ!?」

「今、何かいた」


 廃墟の上層から飛び降りたグリューン、背から矢を抜き弓につがえながら走る。俺とブラウも慌ててその後ろを追いかけた。


「どこいくんですか!!」

「何かいたって!!」

「いってらっしゃいませー!」


 野営予定地で準備をしていたリラの疑問に軽く答える。ロゼの見送りへ振り返らず手を振り、俺は走った。グリューンが向かう方向、少し離れた位置、小高い丘に生えた木が見える。腰ほどの高さまで伸び切った草を掻き分け走った。


 彼女は走る脚へ一気にブレーキをかけ、引き絞った弦を放つ。緩い弧を描くこともなく、まっすぐに飛ぶ三本の矢。俺の目には何があるのかなんて見えない。よく伸びた草が茂るだけ。

 矢か向かった先で、ぎゃっ、だかぶぁっ、だか言ううめき声。獣の声だ。声のした方角、がさりと確かに茂みが揺れた。


「逃がすか!!」


 短剣を抜き、一気に放つ。だが、まっすぐに飛ぶ短剣を撃ち落とし飛んできた槍が茂みを貫いた。獣の悲鳴、草むらから突き出した槍。横に目をやれば、ブラウがふんと鼻を鳴らして立っている。俺が捕まえるはずだったのに!!


「何横取りしてんだ!!」

「あのような短剣では仕留められないかと思いまして」

「『しんぞーぶそー』も俺の目もナメんなよ!! あの程度なら一発だ!!」


 さらりと目をそらすブラウに突っかかり問うが、のらりくらりとかわされる。この野郎……! 歯ぎしりする俺を横目に、グリューンがざくざくと茂みを進んだ。

 いつまでも吠えてないで、とブラウに首根っこを掴まれ運ばれる。グリューンの背後、草をかき分けた彼女の足元を見る。


「大当たり」


 横たわった牛……だろうか。猪よりかは大きな茶色い体、長い尻尾、それはよく見る牛の特徴に当てはまるが……人を引っ掛けられそうなほど大きい角をしている。全体もなんだかいかつい感じだ。

 喉、心臓部、後ろ足の付け根に三本の矢が突き刺さり、土手っ腹を槍に貫かれている。まだ息があるようで、横たわる胸が上下していた。


「やろうか?」

「いや、俺がやる」


 俺は腰裏に指した短剣を抜く。ツュンデンさんから渡された、他二本より刃の長いものだ。恨めしげに、苦しげにこちらを見る獣の目と、俺の瞳が交差する。


 黙って一度、目を伏せた。構えた刃を首に添える。それから、一気に深く押し込んだ。






「ただいま〜! 捕れた捕れた〜!!」

「おかえ────ええっ!?」

「久しぶりの肉だよ」


 ブラウの槍に手足をくくりつけ、ふたりで棒を担いで帰還する。リラとロゼはふたりで目を剥いて驚いた。

 既に、ありあわせの木や布を使った簡易テントが組まれている。焚き火の準備もできていた。ありがたい。


「そ、それ何……」

「魔物にしては普通の見た目なんだよな。でっけえ牛かな」


 戻ってくるまでの道のりで軽く血抜きはしたが、まだまだ抜かなければ臭くて食えないだろう。ブラウと共にぶんぶん振る。リラ達は驚いた顔のまま固まっていた。


「いたんだね獣……」

「みたいだなー。荒野抜けたからかもな」


 毛皮も角もしっかり使えそうだ。今夜さばけるだろうか。水場が遠いのが難点だ。まあリラが大丈夫だとは言っていたが……。


「もうちょい血抜きしたらさばこうぜ、グリューン」

「オッケー」


 辺りは冷え込んできた。俺は肩をさすりながら日の側に寄る。久しぶりにまともな飯へありつけそうだ。






 血を抜ききった体に線を引くように、刃を通す。深く切り込むのではない。浅く、皮を剥ぐ。剥いだ皮、こびりついた脂を引き離す。この作業が難しい。昔は苦手でシュヴァルツに任せていた除脂作業も、いつしかできるようになってきた。内蔵を分け、食べれる部位の解体に。骨から肉を剥がし、こそげ取る。

 度々グリューンに手伝ってもらいながら作業を続ける。彼女のさばき方は癖があるものの、俺より遥かに上手かった。流石は狩人。随分大きな体なため、かなり時間はかかったが……なんとか作業を終えることができた。


「あー疲れたー! 腹減ったー!!」

「お疲れさまです」


 リラが用意した水で手を洗う。魔物の血や体液は、時間の経過とともに揮発するはずなのだが──こいつはそうはならなかった。作業の間流れる血はそのままで、手にこびりついた臭いも離れない。こいつは魔物では無いのだろうか。迷宮内でただの獣がいたなんてことは今までに無い。だが、こんな獣も見たことはない。


「ひとまずこれだけ保存用に……」

「早く食おうぜ!!」


 塩や香草で保存作業を行うブラウとリラを残し、俺、グリューンとロゼは支度にかかる。肉を洗って臭みを取る。酒があればいいのだが、貴重品だからやすやすと使えない。そもそも俺らの手元にはない。

 料理用具を複数個ずつ用意し、持ち主を分けていたのは正解だった。鍋や包丁も一通りある。食材は偏りが出てしまったが……仕方ない。

 獣から取った脂はこれからのために保存する。持っていた油の瓶を開けた。惜しみなく使うとしよう。


「そういえば、この中で料理ができるのは?」

「……俺、シュヴァルツに包丁以外握るなって言われた」

「本当ですかそれ……」


 普段六人で冒険していたときも、料理はシュヴァルツとロートが交代制で行っていた。別にふたりへ押し付けたわけではない。俺やブラウが料理をしようとすると、ふたりの方が止めてきたのだ。


「リーダーの料理の腕は知ってますからね……。何もしないでください」

「失敬だなリラ」


 リラが生暖かい目でブラウを見ると、ブラウは不満そうに眉間へ皺を寄せた。


(わたくし)は食器洗いを任されていましたわ」

「あ……はい、じゃあ、お願いします……」


 一度ロートが彼女と料理をしたのを見たが、その時の惨状を思い出し俺は目をそらす。


「こっちはオランジェかリラがやってたからさ。まあ、僕やゲイブもできるけど」

「グリューンも料理上手いでしょう。肉の扱いはオランジェ君も君から学んだと言ってましたし。ゲイブはまあ……」


 鷹の目は料理できる奴が多かったのか。ニワトリ野郎の料理が美味いという事実、毎回聞く度になんかムカつくな。


「俺だってできる料理あるぞー!」

「坊っちゃんに?」

「え、ヴァイスさんにですか!?」


 何だその心底驚いた顔!! 失敬だぞ失敬!!

 俺はふんと鼻を鳴らす。火はある、油もある。そしてここには肉もある。唯一、俺ができる料理。細かい味付けはロートに及ばないだろうが、俺にも食えるものが作れるところを見せてやる!


「よーし! 見せてやるぜ!!」


 俺は自分を鼓舞するように袖を──元々袖のない服だがフリだけでも──捲り上げた。



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