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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
8章 意志或いは不滅の思い
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137 : 神樹



「そっち行ったぞ! 逃がすな!」

「言われずとも……真空波(しんくうは)!」

「まず逃がすんじゃないわよ! 鉄線花(てっせんか)!」

「後ろは任せた!」

「任されたっすよ!」


 冷え切った水晶窟に響く声。寒さをかき消すような大乱闘。俺達一行は、深層を目指して六層を駆け下りている。


 巨大な樹木とそれを覆う水晶で構成された第六層。かなり降りてきた今、ようやく大樹の全貌が明らかになろうとしていた。それに伴い水晶の足場に絡みつく枝も面積を増している。そのうち水晶の足場じゃなくて枝の上を移動するようになるだろう。

 目の前に広がる光景。めきめきと、めいっぱい枝を伸ばした大樹の幹が見える。このままずっと下、地面まで降りればいいのだろう。おそらく、この木の根元──(うろ)の中に大穴はあるはずだ。まあまだようやく霞む向こうに地面が見える、と言ったレベルなのだが。

 ふと、一層を思い出す。一層にも大きな木が生えていた。その虚の中に、大穴はあった。ここに来て一層を思い出させてくるのか。なかなか感慨深い。




「今日のご飯担当はこの俺だ! 感謝して食え野郎共!!」


 鍋を抱えたニワトリ野郎へ、男衆は適当なガヤを上げる。


「どうぞレディ。体が暖まる香草焼きです」

「うっしありがとーニワトリ君」

「オランジェですロートちゃん」


 奴は女性陣にのみ配膳をし手渡した。男衆には皿を押し付けてくるだけである。あの野郎。盛大な罵声を浴びせるが無視。うるさいとロートに叩かれた。

 木の上に巣を張っていた巨大なリスのような魔物、その肉をかじる。肉が脂っこくなくてなかなかイケる。口の端から白い息を吐きつつあたりを見回した。

 倒した魔物の素材を剥いで売りに行くことももうない。食べる分だけ取って後は地に返す。それなのに荷物は増えるばかりである。保存食を作るせいなのだが。


「このペースなら……あと一週間かそこらってところだな」

「そーだね。かなり好調だよ」


 おかわりをよそおうとしたジルヴァの皿を、ニワトリ野郎が流れるように手へ。そのまま乗せてやっていた。どさくさに紛れて俺も渡そうとしたが弾き返される。


「あれから三週間、ねぇ」


 もう三週間。たった、三週間。早いものだ。いつまでもメソメソしていられるほど悠長でもないが。今のところ追手の影などはない。逆にあったらすごい。


「足場を全部飛び降り回ったら追いつくだろうね」

「その前にひき肉ですわ……」


 さらりと恐ろしいことを行ってのけるロゼ。確かに、この六層は三層と同じく縦に長い。でも、それを考えると、その膨大な高さまで枝を伸ばしている木がとても恐ろしい。一体どれだけの年月そこに君臨しているのか。


「でも、こんな大きな木があって……何処に神霊がいるんだ?」

「確かに」


 神霊は明確な「巣」を持つ。二層のセトなら岩壁に囲まれた広間、三層のハルピュイアなら大穴を備える浮島。そういう広い場所は見当たらない。


「うーん……むかーし母さんから聞いたことがあるような……」


 ロートがそう言いながらノートをめくった。眉をしかめる。


「このあたりから……やけに塗り潰されてるのよね。食べるものとかは大丈夫そうなんだけど……」

「? あ、ホントだ。誰が塗りつぶしたのかなぁ」


 覗き込むジルヴァ。ほれ、と見せられたノートには確かに黒のインクで塗り潰された跡が見える。


「うーん光に透かせば見える……? いや、明かりが足りないわね……」

「火つける?」


 ジルヴァが髪に手をかけた。彼女は髪の毛を火に変換することができる。ロートはそれを断り、焚き木のもとへ向かった。ニワトリ野郎が皿を回収。そろそろ俺達も後始末を始める。


「お、気をつけるっすよ。引火しちゃまずいっす」

「ほんとだ、危ない危ない……」


 生木は燃えにくいとはいえ、無理に火をつけたら煙が出る。火の始末は慎重に、だ。ブラウ達が消火作業を行う。その間に俺達は食器の始末。このあたりは水を確保できる場所が少ない。四層から降り注いでいた水が落ちてきていたが、今はそこと真反対の場所にいる。切り傷から水が染みだす箇所や、水が湧く亀裂などはあったが、そこも多くあるわけではない。最悪魔法でどうにかなるか、と言えば微妙なところだ。

 魔法だって無から出せるわけではない。魔力を練り集める必要がある。水という本来有り余る物体、おまけに不定形な流動体の構成には、手間と多量の魔力がかかるらしいのだ。氷なら別らしいが。確かに、水をろ過する魔法はあれど、きれいな水を作る魔法はあまり目にしたことはない。リラの錬金術も限界があり、流石に石や枝を水に変化させるのは難しいらしい。

 というわけで水を確保できる場でなるべく補給、どうしょうもない場合はシュヴァルツに出してもらった氷を溶かす。といった方法でなんとか生活している。


「よーし、んじゃ、腹ごなしに探索再開と行くか!」

「りょうかーい」


 荷物をまとめ、より下を目指して進み出す。霞む大樹の根本、俺達はそのさらに下を目指す。




 ──────



 降り続けて五日か少し。俺は木の上から体を乗り出し下を見た。


「もう三層のあんときくらいの高さだしよー、飛び降りれるんじゃねえか?」


 三層、ハルピュイアと戦う鷹の目のために島から飛び降りた高さ、そこと同じくらいだ。重量軽減の魔法とブラウ、ロートがいればなんとか無傷で着地できた。今はジルヴァだっている。きっと大丈夫だろう。そう言いかけた俺の頬をシュヴァルツが鷲掴みにした。


「二度とあんな真似はしないと僕は言ったはずだけど……?」

「い、いいじゃねぇかショートカットになるし……」

「二度と! ごめん!! だ!!」


 そんなに怒るなよ……。文句を垂れる俺を置いてロート達は枝を降りた。もう水晶の足場ではなく、めきめきと伸びる枝の上を歩いている。幹のでこぼこに手をかけ、慎重に次の枝へ降りた。

 茂る葉っぱをかき分け下を覗く。本当に、もう飛び降りれないことはない。……シュヴァルツにじとっとした目で睨まれるためそれは叶わないが。


 下に見える大地は大樹を中心に円形だ。今俺達がいる場所が、時計でいうと六時の位置。そして二時辺りの位置、四層から落ちてきた水が、滝のように落ちているのが目視で確認できる。この六層は面積はそんなに広くない。あの水がどこに落ちるのかは覆い茂る枝葉のせいで確認はできなかった。しかし下の大地を見るに、水たまりになっていたりすることはなさそうだ。


「でも木の上に来たら来たで面倒ですね。これでは火が起こせません」


 ブラウの言葉。確かにそうだ。俺達だって無闇やたらに自然を傷つけたくはない。となれば、速攻で地上まで下るしかないだろう。


「てなわけで飛び降りようぜ」

「ぶっ飛ばすぞ!!」


 杖を振りかぶったシュヴァルツをゲイブが押さえる。そのとき、だった。

 グリューンがフードを下ろし視線を上げる。頭の上に生えた獣の耳が動いた。


「どうした? グリューン」

「いや……一瞬、何か」


 ロートも意識を向ける。獣の力を有する力の民は、嗅覚聴覚共に優れている。ふたりに並行してシュヴァルツも火の精を放った。


「なにか感じたか?」

「……声」


 ふたりは顔を上げる。その瞬間顔が引きつった。


「飛んで!!」


 迷う必要はない。ふたりが言うことに、間違いはない。シュヴァルツさえも迷わず木から飛び降りた。その刹那、先程まで俺達が立っていた箇所から、()が伸びた。あのまま立っていれば、真下から突き出してきた枝に吹き飛ばされていたであろう。びきびきと隆起し、鋭い先端を持ったそれは枝と言うには凶悪過ぎる。空中で一部始終を見、俺達は息を呑んだ。


「着地準備!!」

「わかってる!」

「離れないでください」


 近づく地面。それより早く迫る気流の乱れ。俺は即座に短剣を抜いた。気づいたのはジルヴァとグリューンも同時。俺とジルヴァの斬撃、グリューンの矢から放たれる貫突が、背後から俺達を狙い撃とうとした枝を吹き飛ばす。


「坊っちゃん!」

「構うな!」


 空中では思うように体が動かない。まずは一刻も早く、着地!


「重力調整! 衝撃緩和!」

「略式霊槍──真空波!」

「イグジスタンス!」


 落下の勢いを殺し、下への風で体を浮かし、地面の水晶を砂状に変化させ、なんとか無傷で着地する。間髪入れず体を起こし、身構えた。


「木が……光ってる……!?」


 そそり立つ大樹が青の光を纏う。びき、びきとどこかで家鳴りに似た音を立てた。壁から突き出した水晶に枝が絡まり、意志を持つように動いている。ゆっくりと、しかし強大な力を持って。


「思い出した────」


 ロートが呟く。悠然と動く大樹、その立派な幹の中心が──ばきり、と割れた。中から姿を現す。それは、顔のように見える仮面に似た()()()だった。



「六層の神霊────神樹(しんじゅ)ユグドラシル!!」



 その顔らしきものはゆっくりと、口に当たる部分を揺らした。 



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