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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
8章 意志或いは不滅の思い
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135 : いまだけは



 四層へ降りた俺達。混乱で茹で上がった頭を冷ます潮風にへたり込む。ババアが死んだ。殺された。そしてもう、すべてを知るまで街には戻れない。その事実が重く背中にのしかかる。ジルヴァが口笛を吹き亀を呼ぶ。亀が来るまでの時間、俺とシュヴァルツは互いにうつむいていた。


 ロートは銃砲に座り項垂れる。ロゼはシュヴァルツの三歩後ろで目を伏せた。ジルヴァはカタナを握り締めて海を見つめている。ブラウは辺りへ気を張りつつも集中しきれていない。鷹の目四人も沈黙を保っていた。

 時期に波が立ち大亀が到着する。ジルヴァの誘導の元島へ向かった。出迎えの面々も、俺達のただならぬ様子に困惑している。


「ボクがみんなに説明する。だから、みんなは小屋に行って休んでて」


 ジルヴァが俺らをそう促した。集落のそばに、修行の最中寝泊まりするために自力で立てた小屋がいくつかある。そこならようやく見も心も休められるだろう。しかし、ジルヴァひとりに任せるわけにはいかない。俺が前に出ようとしたところを、ブラウに止められた。


「私も向かいます。坊っちゃんとシュヴァルツさんは……今は、休まれた方が」


 その言葉の奥に籠もった「なにか」を感じ、俺は大人しく引き下がる。


「俺らは少しここにいる」


 ニワトリ野郎が浜辺に座り込む。他三人も同意なようで、そのまま置いて森の中へ入った。

 素人造りとはいえ、ババアの指示で立てた小屋だ。少々の雨風には負けてないし居心地もいい。一年前、ババアにしごかれながら石や木材を運んだことを思い出す。


「アタシ達は、こっちにいるからね」


 ロートが背を向けたまま、俺とシュヴァルツが入ろうとしたものから少し離れたところの小屋を指し示す。わざわざ離れなくてもいいのに、と思うがロートはロゼを連れてとっとと中に入ってしまった。俺とシュヴァルツは中に入って荷物を降ろす。

 肩の荷が下り、頭も冷めた。深く息を吸って、吐く。全身に酸素が回る清涼感。目を閉じれば、そのまま体が崩れ落ちた。地面にへたり込む。それはシュヴァルツも同じ。




『アーベント! この阿呆はお前でどうにかしろ!!』

『何故家の中におらなんだ! 結界から外へ出れば、そう簡単には戻れんのだぞ!!』

『────儂の弟子に、汚れた手で触れるな』

『師匠をババアと呼ぶ不届き者に、容赦などいるものか』

『動きが甘い! その油断が死を招くと思え!』

『シュヴァルツ。お前は、ヴァイスと共に行かないのか』

『無事で、よかった……』

『二度と……何も言わず、儂の元から消えないでくれ』

『二度と、儂をひとりにしないでくれ……』

『お前は、世界一の魔法使いなんだから』

『この世界を、ひとつに!!』

『愛しておるよ、お前達』




 脳裏に蘇る声、顔、表情。五歳の頃から、母さんが死んだ後からそばにいてくれた存在。

 強くて、めちゃくちゃ厳しくて、容赦なくて、子供っぽくて、すぐに手や杖を出してきて、それでいて絶対俺らを守ってくれて、支えてくれて、背中を押してくれる、師匠。


「────あ、あぁ」


 銃声、血を吐く音、地面に倒れる音。最後の言葉。ベルの向こうからした叩きつけられる音。師匠(ババア)はもう、ここにはいない。



「なん……っで、なんで、なんで、なんで……」



 顔を手で覆う。仲間の前では強くあろうとした仮面が落ちる。目の周りに膜が貼って、堰を切ったように落ちて困る。



「なんで……俺らを、置いていったんだよ……! せんせぇ……ッ!!」



 膝に顔を埋めたシュヴァルツの肩も、震えていた。俺はぼろぼろと溢れる涙を押さえもできず、格好悪く嗚咽をこぼす。



「────────ッ!!」



 止めどない涙が溢れて溢れて染みを作る。

 この溢れて落ちた涙のように、もう先生は戻らない。



 ──────



 少し離れたこの小屋でも、ふたりの声は聞こえてくる。どれほどの悲しみだろう。どれほどの衝撃だろう。どんなに仲良くしてたって、アタシ達はレーゲン先生について、あのふたり以上に知る由はない。

 目を閉じる。俯くロゼの肩に身を預けた。


「ロ、ロートさん……?」

「ごめんね、ロゼ」


 もう、街には戻れない。この先に進むしか、道はない。そう告げられても、受け入れられない。またいつものように迷宮へ行って、いつものように家に帰る。それが続くと思ってた。でも、そうじゃなかった。アタシ達はもうすでに、その段階を超えていたんだ。


「いまだけは、弱音吐かせて」


 甘かった。深層へ辿り着いた母さんを見て尚、アタシはまだまだ甘かったんだ。

 深層へ辿り着くということは、世界を敵に回すということ。世界中が隠していた真実を暴き、知ってしまうということ。全てが終わった後──どうなるかなんて、わからない。


「……決意が足りなかったなぁ」


 ヴァイス達の泣き声を聞く。それが止むまでは、感傷に浸ってても許されるだろう。それが止んだら、決意を決めよう。


 ──全部を知って、前に進む覚悟を。



 ──────



「大人になったね。オランジェ君」

「んー?」


 海を眺めるオランジェ君の背を叩く。ヴァイスさんとシュヴァルツさんの心中を察し、彼は距離を置いたのだ。別に、とオランジェ君は髪をかきむしる。


「詐欺ヤローを思って、なんて気色悪い理由じゃねえ。俺自身が考え事をしてぇだけだよ」

「考え事?」


 おう、と頷くと彼は砂浜をかき分け、貝殻を拾い上げた。少し眺め、それから海へ放り投げる。


「尊きレディの喪失……それから、クソ最悪な十二貴族(みうち)について、だよ」


 軽い波紋を生んで貝殻は波間に消えた。グリューンとゲイブは静かに頷き、俺たちは揃って口を閉じる。ヴァイスさん達が何をしているかなんて知らない。たとえ泣いて叫んでいても、浜辺の俺達には聞こえやしない。




 ──────



「……ヴァイス達、立ち直れるかな」

「まあ、ああ言われたからには、止まることはないでしょう」


 枝葉をかき分け進むジルヴァ嬢の後ろへ続く。レーゲン女史と共に過ごしたあのふたり、傷つくことはあれど、立ち止まることはあるまい。それ以上に、気になることがひとつ。


「ジルヴァ嬢、貴女はやけに落ち着いていますね」


 彼女は二十年前からレーゲン女史と知り合っていた、幼い頃に憧れを焼き付けられた。そんな存在が死したというのに、彼女はやけに落ち着いている。普段の彼女なら、もっと感情をあらわにしているはずだ。


 引っかかる言葉。不老不死そのもの、竜の血肉を宿す生き物。それは、一体。

 脳裏にちらつくは、遠い日の記憶。大切な親友、守りたい弟。彼らの心臓へ埋め込まれた──竜の眼。竜、竜、竜。


「……レーゲンは、死んでない。レーゲンは、()()()()んだよ」

「……は」


 確かに聴いた。ベル越しに聞こえた刺される音、銃声、そして谷間に落ちる音。迷宮と外の世界を隔絶する深い、底の見えない谷の底。彼女はそこへ落ちた。人が落下すれば、およそ人の形を保てるとは思えない高度だった。それなのに、生きている?


「あの男が誰かは知らないけど、言ってたことは本当さ。レーゲンは遥か昔、竜の血肉を喰った」

「待ってください。そもそも……竜が実在したなどという話、一体どれほど昔のことだというのです」


 ずっと、竜など物語にしか登場しない存在だと思っていた。クライノートを……「竜の眼」を宿した彼を見るまでは。しかしこの迷宮の中でさえも、竜などを見たことはない。ジルヴァ嬢を始めとするまつろわぬ民。彼らは竜の「因子」を宿すという。深い階層にて生活するもの程、その身に竜の特徴が現れる、と。

 だがたとえ、竜が実在していたとしても。それは正しく()()()()()────


「竜は、実在した。三千年前、世界がまだひとつだった頃。今では神話と呼ばれる遠い過去……竜は確かに、迷宮(ここ)にいた」


 ジルヴァ嬢は振り返る。我々で言う耳に当たる部分に覗く、ヒレのような部位。頭から伸びる深い赤の角。背で揺れる奇妙な形をした羽根。


「神話の時代、まつろわぬ民(ボクら)と共に生きていた竜は……外から現れた人間に襲われ、殺された。その後、中と外は完全に分かたれたんだ。そして……竜の死後、奪われたのが今、キミの弟の心臓となってる竜の眼、それから、右腕の指五本」


 迷宮の中と外に、人間が別れたのは神話の時代? そして、それより遥か以前、竜は実在していた? その竜は命を奪われ──今、弟を活かすことに繋がっている。まて、情報がまとまらない。ジルヴァ嬢の言葉。竜の眼だけではなく、持ち帰られたもの。竜の、指?


「レーゲンはそれを喰った。どういう状況だったのか、どういう理由だったのかはわからない。でもレーゲンは一片も残さず肉を喰い血を飲み干し──竜の力を、手に入れた」


 瞳のひとつ、たったそれだけで人を不死にする力を持つ。竜の大きさなど知らない。指五本、それだけを喰らえば。


「もたらされたのは永劫の命。傷ついても、多少ならば即座に回復する。たとえ──心臓が鼓動をやめたとしても、長い時間眠りに付けば、また鼓動は脈打ち始める」


 持ち主の意図など考えず、ただ「生かす」。それを可能にするのか竜の力。


「不死とはいっても、不老じゃない。ボクらも同じさ、歳をとるのは確実に遅い。キミ達と比べ物にならないくらいね。でも、確かに歳は取る。そして長い時間を生き続け……年老いたら眠りにつき、また肉体は()()()される。記憶を引き継いで、また新たな人間として生き返るんだ。レーゲンは、永遠に繰り返す特別な輪に取り込まれている」


 たとえばそれは、果てしない底に叩き落され肉体が原型を留めない程になったとしても、長い時間さえあれば。


「そうさ、レーゲンは生きている。果てしない()で、ボクらを待っている」


 ジルヴァ嬢は振り返った。その顔に悲しみはなく。


「悲しむ必要なんかあるもんか! 底に行って、レーゲンを迎えに行こう! すべてを知って、街に帰ろう! ツュンデン達が待つ、ボクらの家へ!!」


 そうだ。レーゲン女史の言葉、世界の真実、十二貴族の阻害。そんなの、気にする必要はない。難しく言う必要などないのだ。もっと簡単に、もっとわかりやすく解釈すればいい。


「……坊っちゃん達に、伝えましょう。レーゲン女史が、生きていることを」

「ああ、伝えるよ」


 そしてまた、村への道を歩き始める。だが私には、まだ引っかかることがひとつあった。


 竜が存在した頃には、人々は迷宮の中と外にわかれていた。何故外の人間は──竜を、殺したのだ?


 その答えも……この迷宮の果てに、あるのだろうか?



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