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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
8章 意志或いは不滅の思い
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134 : いってきます



 静まり返った二股の黒猫亭へ、手を叩く音が響く。唇を噛みしめたツュンデンさんが険しい目つきで俺達を見ていた。


支度(したく)しな」


 間髪入れずに声を張り上げる。


「迷宮に逃げな!!」


 いつになく、気迫ある顔つきだった。先生(ババア)の指示により、武器や荷物は全部一階に置いてある。支度という支度はない。身の回りのものより、心が追いついていない。


「……なんで、師匠、あんな」


 シュヴァルツが溢した。生まれたときから側にいたババアを失い、最も驚いているのはシュヴァルツだろう。ロゼさえも声がかけれず困惑している。そんな奴の前、ツュンデンさんはカウンターを叩いた。ベルが揺れて軽く鳴る。


「聞きたいのは私もだ。ここにいるみんな、聞きたいさ。でも、それより先にすべきことがあるだろう!!」


 そうだ。トルマリンは俺達を捕らえるように、と衛兵に伝達していた。何故居場所が暴かれているのかはわからない。一件が起こったのがどこかは把握できないが……それでも、時間の問題だ。


「素材や邪魔な荷物もそのままでいい! 帰還の楔持って一旦ジルヴァの集落へ行くぞ!」

「了解!」


 気づくべきだったのだ。ババアからの連絡、帰還の楔は役所に置かず持ち帰れ。荷物はまとめて一階に。全員揃って待っていろ。そんなの、すぐにでも出ていけるようにってことじゃないか。


「シュヴァルツ様も、早く」

「ありがとう、ロゼ、悪い」


 ボーゼンとしていたシュヴァルツも、杖を握り締め鞄を肩にかけた。支度という支度はない。俺はふとカウンターの上に置かれたベルへ視線が行った。何になるのか、と思いつつもそれを掴んで鞄に放り入れる。何か必要になる予感がしたのだ。


「部屋に何か重要なものは?」

「大したものないわよ。服とかは残念だけど……もう、全部終わるまで戻ってこれそうにないし」


 その時、部屋に置いていた()()()()を思い出す。皆に告げる前に階段を駆け上り、部屋へ飛び込んだ。とっ散らかった引き出しの中、木目に金の文様が施された筒。これは、ここに置いておくわけにはいかない。階段を降りる最中、脳裏にちらつくババアの言葉。


 ──なにがあっても……すべてを見るまで、帰ってくるな。


 あのときババアの言ったとおりだ。トルマリンが来たにせよ来なかったにせよ……俺達が深層を目指して進み続ければ、第二のゼーゲンを防ぐため、何かしらの妨害策は練られていただろう。それを止めるためババアは……。あんな、ことを。

 俺達は十二貴族が関わった組織をふたつ、潰しているのだ。人身売買を行っていた烈火団、不老不死の研究を担当していた銀月教。むしろ、今まで攻撃されなかったことが驚きである。親父が何かしらの根回しを? もしくは、この国の王──ツュンデンさんの兄だという男が手を回した? いや、今はそんなのどうだっていい。


 そうだ、あの男──ルフトは、ババアに何を言ったんだ? それを聞いてババアは納得していた。仲間を裏切った理由、それは一体。

 何より、トルマリンの言葉。不老不死そのもの、竜の血肉を食った魔女。なんだ、どういうことなんだよそれは! ああもう! 思考がまとまんねぇ!!

 ホールに飛び込み、ツュンデンさんへ問う。


「ツュンデンさん、どこまで知ってんだよ」

「知らないさ! 私は!!」


 その問いをかき消すように、ツュンデンさんは声を荒げた。カウンターに肘を付き、顔を手で覆っている。


「馬鹿なことをしようとしてるのは知ってたよ……でも、何も言わずに実行するなんて! ここまで馬鹿だとは知りやしない!! なんで……なんで……この子達を置いて勝手に進んだんだ……なんで、私に一言伝えてくれなかったんだ!!」


 ツュンデンさんは、肩を震わせ、声を震わせ泣いていた。ツュンデンさんもまた、同じなのだ。あのババアは、本人にしかわからない動機で進んだんだ。


「いいかい、お前達」


 顔を上げた。涙を拭い、凛と声を張る。


「レーゲンの言葉、全部忘れるんじゃないよ。お前達は必ず底へ行くんだ。底で、全部を知るんだ。そのうえで、その真実をどうするか──お前達自身で、決めるんだ。お前達自身で、選ぶんだ」


 奥から出てきた彼女は、俺の肩を強く叩いた。金の瞳に俺が映る。


「どんな結末になろうと、お前達の選んだ道。それを否定は絶対にさせない。私が、レーゲンが、必ず! どれだけ石を投げられようと、後悔だけはするな!」


 深層、そこには何が眠る? どれほどの真実が、そこにある? どれだけの覚悟を背負えば──それを受け入れられるんだ。


「レーゲンは深層で待ってる。また、必ず会える! だから、進め! 全てを知り、全てを決めるまで街には戻ってきちゃいけない! 何があっても、進み続けるんだ!!」


 ふと、違和感に気づいた。何故、ツュンデンさんは()()()()()()()()()()を告げている?


「ツュンデンさん、ツュンデンさんも、四層へ行けよ。そうしねぇと、絶対捕まる。命令を出したのはゾディアックの王じゃねぇ、トルマリンだ。十二貴族だ」

「そうよ母さん! 逃げなきゃ、この街にいたら捕まっちゃうわよ!!」


 ロートが悲痛な声を上げる。兄と交わした契約など、十二貴族の前では何にもならない。しかもあのトルマリンだ。ゼーゲンの一員など見逃しはしないだろう。

 俺とロートの懇願を前に、ツュンデンさんは笑った。


「馬鹿言うんじゃないよ。お前達が迷宮に潜る限り、私はお前達の帰る場所を守らないとね」


 涙で目の下を赤く腫らして尚、ツュンデンさんはウィンクを浮かべる。


「私がいる場所が、お前達の帰る場所さ。それに、帰還の楔を守らなきゃ、帰っても来れないだろう?」


 確かに、全員で飛び込んたところで帰還の楔を抑えられたらおしまいだ。自力で深層から這い上がってきたとして、迷宮の入口を手薄にするほど奴らも馬鹿じゃない。帰還の楔は誰かが手にし、身を隠さなければならない。それは、そうなのだが。


「嫌よ! 母さんだって狙われる……それをわかって、置いていけっての!?」


 ロートの伸ばされた手を、ツュンデンさんは掴む。よく似た母娘は向かい合う。


「お前達が私を置いていくんじゃない。私が、お前達の背中を押すのさ。なぁに、安心しな。私だって元冒険者、そうやすやすと捕まってやるほど安い女じゃないわけさ」


 そう言ってどう仕舞っていたのやら、カウンターの下から黒い棺桶のような形をした銃砲を取り出した。それを片手で擦り、俺達へ告げる。


「私がいる限り、お前達の家は私の元。大丈夫! 少なくとも近所のみんなは私の味方。教会や店やら酒場やら、逃げる場所ならいくらでもある。安心して進みな、安心して、前を向きな」


 俺は黙ってロートの肩を掴み、引く。彼女もまた、決意を込めて唇を噛みしめた。等に準備はできている。


「クヴェル、さぁ」


 ブラウがクヴェルへ手を伸ばした。少しその手を見つめ考えた後、クヴェルは横へ首を振る。


「ぼくも、ここにのこる」


 ぎゅっと、胸元を握り締める。ゲイブやリラが目を見開いた。ブラウだけが、真っ直ぐにクヴェルを見続けている。


「どうしてですか?」

「ぼくだって、強くなった。ぼくだって、戦える。ぼくだって──兄上たちの帰る場所を、守りたい」


 その瞳が、金から緑へ色を変える。ババアによく似た色、竜の力を宿す色。


「ぼくは、りっぱな兄上(きし)の弟。ゲイブやリラ、クライ兄の家族! ぼくも、だれかを守りたい!!」


 ブラウはじっとクヴェルを見つめ、それから、笑った。頭を撫でる。


「……立派に、なりましたね。クヴェル」


 手を離し、背後のリラへ手を伸ばす。リラも笑って、ベルトに指した鉄杭を抜いた。僅かな光とともに形状が変化し、クヴェルの体格に合わせた棒になる。それをブラウは、クヴェルの手に握らせた。


「クヴェル。私の弟、私達の家族。必ずツュンデンさんを──私達の帰る場所を、守り抜きなさい!」

「──はい!!」


 それから、力強くクヴェルを抱き締めた。立ち上がり、背を向ける。

 俺は握り締めた筒を、ツュンデンさんへ渡した。彼女はそれを見、はっとした顔をする。それは、ロートが烈火団のもとより手に入れた、この国の、独立権。その証書。それさえあれば、全てが終わったあと──()()と、戦える。


「任せる。ツュンデンさん」

「ああ……任された」


 彼女はそれを握り締める。これで、準備と別れは終わった。彼女らに背を向け、四層へ繋がった帰還の楔を握り締める。


「お前達」


 強く、背中を叩かれた。思わずつんのめって前に倒れる。振り返る暇もない。握り締めた楔が机に突き刺さろうとしていた。



「いってらっしゃい!!」



 その言葉、返事はひとつだ。

 体が溶ける浮遊感の直前、俺達は声を揃えて告げる。



「いってきます!!」



 俺達の視界は黒く溶けゆき──引き返せない、冒険の旅は始まった。




 ──────




 元気よく去っていたみんなを見送り、私は帰還の楔を抜き取って銃砲を背負う。証書の納まった筒を、銃砲内部に仕舞い込んだ。それから、棒を握り締めたクヴェル君の頭を撫でる。

 レーゲンの狙いも、何を考えているのかもわからない。それでも、彼女の覚悟を無駄にはしない。私はあの子達を見送った。あの子達はきっと最果てに辿り着く。だから、大丈夫。

 裏口の向こうから足音、扉を叩く音がする。


「ツュンデンちゃん! まずい、まずいよ!」

「ありがと。わかってるさ、支度はできてる」


 外にいるのは新聞配達人。配り歩く最中で衛兵の詰め所前を通ったのだろう。私がわかっていると言ったことに首はひねっていたが、はぐらかした。


「どこに逃げる?」

「ひとまず教会。フランメを頼る」

「それが一番だ。まだ来るのに時間がある。辺りの人を起こそう」


 この黒猫通りは私の味方。二十年前から変わらず、私達ゼーゲンを信じてくれる。黒猫通りにいる限り、どんな鬼ごっこも負けやしない。


「クヴェル君、ありがとうね」

「へへっ」


 すぐそこの民家の前で、配達人君が手を振っている。変装して路地裏を歩くより、建物から建物を通り抜けるほうが目につかない。私はクヴェル君の手を引き、民家の中へ飛び込んだ。



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