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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
8章 意志或いは不滅の思い
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閑話休題 白と黒と雨と妖精 3/3



 きゃはは、きゃぁ! そんな声がしてヴァイスは目を開く。森の中の広場、そんな場所だった。空が淡い桃色をしていて、彼のいた世界とは異なる場所なのだと気づく。彼は自身の体がなにかに拘束されていることを知った。身動ぎし、微動だにしないことを知ると舌打ちをする。その音に気が付き、声の主は姿を現した。


「ニンゲンが起きたよ」

「だぁいキライなレーゲンの子供が起きたね」

「どうしよう!」


 手のひらほどの大きさをした、羽根のある人間。やけに大きな三角帽を被った、ヴァイスの腰ほどの身長をした男。ずんぐりむっくりとした体型の妖精。姿は様々、彼らは皆ヴァイスを遠巻きに見ながら話す。ヴァイスを縛るのは魔力の縄、彼の力では解けそうにないし、短剣を使おうと切れやしない。


「レーゲンはぼくらに何をした?」

「レーゲンはわたし達が取ってきたものをぜぇんぶ奪ったわ!」

「レーゲンはぼくらが人間の世界に行く道を切っちゃった!」

「そうだそうだ、レーゲンのせいだ!」


 十年程前にも起こった妖精事件。それを解決したのはレーゲンである。その復讐のため、彼らはヴァイスを連れ去ったのか。


「連れてきた子供達は?」

「生きてるさ、レーゲンの目の前でいじめてやろう!」

「この子はレーゲンの家にいたよ?」

「だから大切だ! とっておきの準備をしなきゃ!」


 ヴァイスの以前にさらわれた子供達も無事、その情報は彼にとっても有益だった。さらわれて、いなくなった友達は生きている。自分が「とっておきの準備」とやらをされるのに、彼は恐れもしなかった。


「でもレーゲンはどう呼ぶの?」

「ぼくらが行かないとレーゲンは来れないよ? でもレーゲンの前にぼくらが行ったら消されちゃう!」

「じゃあレーゲンにバレないようにもっと子供をさらおう!」


 ヴァイスが目を見開く。街にはまだ友達がいる。あの家には、シュヴァルツがいる。


「せんせーはこねぇぞ! せんせーはもういない!!」


 声を張り上げ叫んだ。助けを求めるでもなく、自身に気を引かせるために。シュヴァルツの元へ行かせないために。妖精達が一斉に彼を向く。その硝子玉のような瞳に映され、彼は口腔の唾を飲み込んだ。


「レーゲンはいない?」

「どこにいる?」

「さあどこだろうな。おれもしらないよ」

「教えて? 教えろ、レーゲンはどこ?」

「もしかしたら、おれに『いやけ』がさしてでていっちゃったかも」


 ヴァイスは必死に嘘をついた。苦し紛れ、咄嗟のものだというのに説得力を持たせる堂々とした態度で吐き捨てる。


「レーゲンはいないの?」

「もうまちにもいないな。まちがいない」

「どうする、どうする?」


 妖精達は顔を見合わせる。ヴァイスは必死に口を動かした。レーゲンはいない、もしかしたらもう街にもいないかもしれない。だからどれだけ子供をさらおうと無駄である、と。


「だからおれたちをさらっても────」

「なら、この子を虐めれば来てくれるんじゃない?」


 彼の言葉をかき消すように、ひとりの妖精が言った。


「この子はレーゲンと一緒にいた大事な子だよ? この子が泣いて助けを呼ぶのを、あの森へ聞かせましょ! そうすればきっとここへ来てくれるわ」

「いいねいいね! レーゲンが来るまで、虐めてやろう!」


 妖精達が散る。ヴァイスは背中で縛られた手をぐっと握り締め、唇を噛み締めた。



 ──────



 森の中をレーゲンは歩く。事件の続報は無く、子供達を失った親はまだ泣いている。きっかけがなければ妖精達の住処へ干渉することも叶わない。親が泣く姿を見るのは、彼女にとっても心苦しかった。


「……む」


 違和感に顔を上げた。もう結界は目の前だ。中から感じた奇妙な感覚、レーゲンは走り結界の中へ抜けた。広場の中建つ小屋。違和感の元である裏口付近へ回りながら声を張り上げた。


「ヴァイス! シュヴァルツ! どこにおる!! 返事をせよ!!」


 辿り着いた裏口、扉が揺れている。そこには奇妙な風が吹いていた。レーゲンはひゅうと息を飲み込んだ。


「妖精共が……!!」


 結界内にいる限り、レーゲンの存在は妖精には察知できないはずだった。妖精は結界を抜けることは容易だが、結界の存在とその中の存在を認識することはできない。そのためレーゲンは街へ赴く際にも、自身の周辺へ簡易結界を張っていた。

 それなのに何故、奴らはここを知った? レーゲンの脳裏に蘇る記憶。二週間前、ヴァイスがここへ来た日。森の中へ消えたヴァイスを迎え入れるため、レーゲンは結界を解除した。すぐに結界は復元したが、その一瞬を嗅ぎつけられたのだ。

 妖精達が住まう世界とこの世界の流れは違う。向こうでどれだけの時間が過ぎているからわからない。風の中へ杖を差し込み、彼女は呪文を紡いだ。まだ間に合う、まだ妖精の残滓がこびり付いている。今ならまだ、奴らの元へ行ける。


「何故……何故、儂を────」


 その言葉は、風にかき消されていった。



 ────



「まだ泣いてないんだって!」

「しつこいね! しぶといね!」


 そんな声を聞きながら、シュヴァルツは木の上で杖を握っている。向こうの世界から飛んですぐ、気づかれないよう木の上へ逃げた。ヴァイスは群衆の中央に座らされている。あそこまでバレずに行くことは叶わないだろう。

 魔法を飛ばす? そこまでの威力はない。唯一頼れるとしたら精霊だけ、しかしどうする? シュヴァルツが飛び込んだところで、状況は変わるのか?むしろ、人質が増えるだけなのでは?

 レーゲンが戻るまで待てばよかった、と彼は後悔し──すぐにそれをかき消した。違う、違う。僕が助ける、僕が助けなければ、と木の上で立った。


 唯一威力を出せ、遠距離攻撃もこなせる技、それは精霊の力のみ。しかし彼は未だ精霊の力を発揮できない。シュヴァルツは歯噛みし、眼下の光景を見た。


「まだ呼ばないの? 子供ってすぐ泣くんじゃないの?」

「全然効いてないよ! もっとキツく虐めなきゃ!」

「もう面倒だなぁ、指くらい切っちゃいなよ」

「気絶したら呼ばないじゃん!」


 楽しげな笑い声。それにかき消されそうな弱い呼吸音。台の上に置かれた腕、その指先には何本もの針が突き刺さっていた。椅子に拘束されたヴァイスは、顔を俯け必死に呼吸を殺し痛みを堪えていた。


「腕はもういいじゃん! 脚だよ脚!」

「もう泣きなよ! レーゲン呼びなよ!」


 ヴァイスは顔を上げた。涙を堪え、痛みを堪えるために唇はすでに噛み切っている。それでも彼は叫ばない。無理矢理表情を歪め、笑顔を作った。


「おれは、よばない……! たすけてなんか、いわねぇ……!」

「もう! めんどくさいなぁ……おーい! 丸太持ってきて!」


 今度は脚を潰そうと、妖精達が動き出す。ヴァイスは必死に唾と言葉を飲み込み、声を張り上げた。


「おれの『ともだち』に、てだしはさせねぇ!! まるたでもいわでも、もってこい!! おれは、たすけなんか、よばねぇ!!」


 その言葉をシュヴァルツは、木の上で聞いた。実体化させた精霊を掴む。


「おねがい、ウィルオ、ウィスプ。ともだちをたすけて、ともだちをまもって。あいつらをもやして、あいつらをたおして!!」


 しかし青い炎は答えない。悔しげに唸ると、彼は居場所がバレることも構わず叫んだ。


「ぼくの言うことを聞け! ウィスプ、ウィスプ!! やつらをたおせ!! ともだちをまもれ!! もえろ! ウィルオ、ウィスプ!!」


 その声に顔を上げた妖精達。彼らが見たのは、燃え盛る青い炎の塊だった。

 響き渡る甲高い悲鳴。木の上から放たれた火球は群衆を襲った。魔力の炎が妖精達を焼く。その中に囲まれたヴァイスは、泣きそうな顔を上げた。


「ルッツ……!」

「ヴァイ────ッ!!」


 木の上から飛び降りる。魔力の炎は術者が命じたもの以外にとっては無害だ。魔力の縄を魔法で燃やす。火だるまになる妖精達を横目に、シュヴァルツはヴァイスの肩を担いだ。


「むりだろ……ルッツ、おまえ、ちからないし……」

「かんけいない! かえろう、かえるぞ! ほかの子たちをさがそう!」

「──────かかか、かかえ、帰さ、ない」


 燃える腕が、シュヴァルツの脚を掴んだ。


「れ、れれれレーゲンも、おまま、えらも、ゆるっ、ゆる、ゆる許さない。離さない。ずっとここで、ここに、閉じ込めて」


 かろうじて繋がった扉に飛び込み、ここに来ることはできた。しかし出口は今どこにもない。出口を生む方法も知らない。シュヴァルツはその手を振り払うことも、心中を駆け巡る不安をかき消すこともできなかった。

 どうやったら戻れる? どうすれば帰れる? ヴァイスだけじゃない。他の子供達もいる。レーゲンなら、レーゲンならば。シュヴァルツは震える唇を、かすかに開いた。


「ししょう……!」





「────儂の弟子に、汚れた手で触れるな」






 その手が、一瞬で塵と消えた。シュヴァルツの炎を上回る火力が彼らを襲ったのだ。断末魔のような悲鳴。シュヴァルツ達は顔を上げる。


「ししょう!」

「せんせぇ……」


 マントを翻したレーゲンはふたりの元へと歩み寄る。彼女が一歩進むごと、青の炎を真紅が塗り潰していく。その炎は彼女の歩みに合わせて割れていった。妖精達も彼女の歩みを妨げない。


「ふたりとも、生きておるか」

「はいっ!」


 だらだらと血を流すヴァイスの指先を見て、彼女は目を見開いた。杖を振るう。凄まじい風が吹いて炎をかき消した。そこに残るのは、真っ黒な染みと化した妖精達の亡骸のみ。妖精という生き物は不滅だ。どんな傷を負おうと、数年もすれば復活する。ここまでされれば数十年のときは有するだろうが。


「……だ」

「え?」


 思わず座り込んだふたりを見下ろし、彼女は言った。うまく聞き取れなかったふたりは聞き返す。


「何故……儂が戻るまで待たなかった!!」


 ヴァイスがいなくなったときも怒ってはいたが、その時とは圧倒的に異なる様子。彼女は泣きそうな顔でふたりへ叫ぶ。


「ヴァイス、何故すぐに助けを呼ばなかった! そうすれば、もっと早く気づけたというに……! シュヴァルツ、何故すぐに飛び込んでしまった! おぬしらだけでは、元の世界へ戻れんというのに!!」


 言葉を詰まらせるふたりを前に、レーゲンは俯き顔を手で覆う。それから、しゃがみ込みふたりの体を抱き締めた。その手は震えている。レーゲンが、震えている。



「無事で、よかった……」



 震えた声色、ふたりはレーゲンの肩口に顔を埋め、しゃくりをあげる。


「目を離してすまない、ふたりだけにして、すまない……。もっと早く来てやれなくて、すまない……」

「おれが、おれがとをあけさせたから……」

「おぬしが悪いわけではない。シュヴァルツ、おぬしもな」


 ふたつの頭を手で撫でながら、レーゲンは俯き言った。




「二度と……何も言わず、儂の元から消えないでくれ」




 いつもの気丈な彼女からは想像もつかない、弱い声だった。



「二度と、儂をひとりにしないでくれ……」



 シュヴァルツはそれに何度も頷いた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠すように、彼は何度も袖で拭う。



「ぼくは、ししょうをひとりにしません!」



 レーゲンはその言葉に何度も頷きながら──ふたりの体を強く、抱き締める。




 その約束は──十数年後。ふたりの弟子が旅に出るその日まで、破られることはない。いや、旅に出た後も、守られ続けただろう。




 時計の針は回る回る。そんな幼い出会いから、十数年の月日が経った。少年達は叫んでいる。必死に届かない手を伸ばしている。


 姿も見えないベルの向こう、その先で、魔女は血を吐き地に伏せる。心臓を貫いた凶弾、魔女は過去を夢想した。脳裏にちらついた記憶は、真っ赤な靄で薄れていく。



 ────シュヴァルツ、ヴァイス。



 そう名前を呼んだつもりだが、その声は彼らに届かない。



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