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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
8章 意志或いは不滅の思い
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閑話休題 白と黒と雨と妖精 2/3



「む、あの小僧はどこに行った?」

「へ?」


 夕暮れの森。本を読むのに夢中になっていたシュヴァルツは、背後へ投げかけられた声に素っ頓狂な疑問符を返した。椅子から飛び降り、扉の前に立つレーゲンの前へ駆け寄る。


「にわにいませんでした?」

「おらなんだが……なに、どこかへ行ったのか? もう日が暮れるというのに」


 シュヴァルツの顔が青く染まる。森の中に行っても、すぐに帰ってくるだろう。危険な動物にあっても結界の中へ入れば、すぐに逃げれば。そんな考えが頭の中を駆け巡った。


「うむ……シュヴァルツ、何か知らぬか? もし結界の外へ出ておれば、まずいぞ」

「えっ、ど、どうしてです? すぐにもどれば……」


 慌てる彼へちらり、と視線を寄越しつつ、レーゲンは上着を翻して戸口へ向かった。


「結界は外からの侵入は難しい。解読、解除、もしくは破壊。魔術の素養があるおぬしならともかく……あのような小僧が知るとは思えん」


 事の重要性を理解し、シュヴァルツははくはくと口を開閉した。止めなかった、むしろ、自分が行くように仕向けた。その事実がシュヴァルツに重くのしかかる。どうする、どうすると脳裏を駆け巡る思考。レーゲンの後を追って庭先へ飛び出した。


「ししょう! あいつは──」

「む!?」


 彼が口を開いた刹那、なにかに気づいたレーゲンは即座に手を構えて呪文を呟いた。解呪すらまどろっこしかったのか、結界を構成する地面の杭を一本破壊する。硝子が割れるようにして解けた結界、シュヴァルツはあっけにとられた。


 開いた視界の先。擦り傷と切り傷、打撲痕に塗れた体を擦り、鼻水を啜る白髪の少年──ヴァイスの姿が、そこにあった。


「おまえ!!」

「小僧!!」


 レーゲンがすぐさま駆け寄り傷を見る。ヴァイスはぐいと目の周りを服の袖で擦り、涙を堪えるように唇を噛んだ。


「何故家の中におらなんだ! 結界から外へ出れば、そう簡単には戻れんのだぞ!!」


 声を張り上げるレーゲン。ヴァイスは何も言わない。


「儂が伝え忘れておったのは悪いが……どうして何も言わず森の中へひとりで向かったんじゃ! 探検したいならシュヴァルツになにか言うなり、儂の帰りを待つなりすればよかったじゃろう!!」


 シュヴァルツの顔がこわばる。探検にでも行けと言ったのは彼だ。それがレーゲンに知られれば? 危ないと知っていただろうと怒られる。レーゲンに怒られる。

 唇を震わせたシュヴァルツは意を決して前に踏み出す。


「ししょ────」

「だまっていった!!」


 それを遮るように、ヴァイスが言い放つ。レーゲンがぴくりと眉をひそめた。


「おれが、ルッツにだまっていった」

「……それは誠か?」


 ヴァイスは大きく頷く。


「せんせーはまだかえってこないし、こわいし。ルッツにいったらとめられるとおもったから、ひとりで」


 レーゲンはヴァイスの肩を掴んだまま、長い長いため息をついた。気の抜けたように地面へへたり込む。顔を伏せたまま、彼女は呟いた。



「……二度と、ひとりで結界の外へは出るな」

「……はい」


 それを壊す無粋な唸り声。結界が破られたことを嗅ぎつけた野犬の群れが迫ってきていた。シュヴァルツとヴァイスが慌てる。レーゲンはそれらを横目に見た。



「──邪魔じゃ、帰れ!!」



 低く響く声色。小声で呪文を唱えた。辺りへ灯る光、眩い光弾が四つ出現する。それらは激しい光を放ち野犬へと飛んだ。あまりの光量と気迫に圧倒されて逃げ帰る野犬達。レーゲンはそれらを顔すら上げずにやってのけた。


「……怪我の手当をしてやれ、シュヴァルツ」

「は、はい!」


 そう言ってレーゲンは、結界の修復を急いだ。



 ──────



「……なんで、言わなかったんだよ」

「ん?」


 ヴァイスの怪我にガーゼを押し当てつつ、シュヴァルツはぽつりとこぼした。痛みに顔をしかめるヴァイスは目をぱちくりと瞬かせる。


「ぼくが行けって言ったって、なんでししょうに言わなかったんだよ」

「ん〜、じっさい、ふらふらあるいてったのはおれだからなぁ」


 ヴァイスは頭の後ろへ手を回しうーんと唸る。


「あと、せんせーにいったらおこられるだろ? おまえが」


 さらり、と告げられた言葉に目を見開く。シュヴァルツはぽかんと口を開いた。ヴァイスはそんな彼に驚きもせず、笑って言い放つ。


「おまえがおれのせいでおこられたら、おまえにきらわれちまう。おれがなーんもしらなくてってほうが、おこられねぇ! だからいちばんいいとおもったんだ」

「おまえ……ぼくにきらわれるのが、いや、なのか?」


 震え声で投げられた問いに、ヴァイスは不思議そうな顔をして振り返ると、もちろん! と溌剌(はつらつ)とした笑顔を返した。


「おれはおまえと、『ともだち』になりたいんだ!」


 目の前が、ぱっと弾けた。シュヴァルツ少年の眼前に瞬く光が、眩しい星が、煌めく。暗い夜空、手元の明かりだけしか頼りがなかった彼の世界に──星が光る。


「なんで、ぼく、なんだよ」


 脈打つ鼓動、唇が噛み締めないと震える。少年は初めて、「ともだち」という言葉を聞いた。


「ん? りゆうなんてあるか? おれがなりたいとおもったからだ!」


 一度、目を瞬かせて、目を閉じる。唇の端から笑いが漏れた。ヴァイスは意味がわからず、何が面白いんだよと驚く。


「へんなやつだな、ヴァイ」

「おまえもへんだろ、ルッツ」


 ヴァイスの鼻に刻まれた擦り傷へガーゼを押し当てながら、シュヴァルツは笑った。





 ──────



「しぬしぬしぬ! せんせー! こんなのむりだって!!」

「死なぬ死なぬ。ほらもう一丁」

「さいあくだ────ッ!!」


 響く悲鳴。短剣を構えたヴァイスがレーゲンに向かって叫ぶ。杖を振るう足元、土が隆起しその姿を現す。地面から伸びた手、土でできたゴーレムだ。


「ほれほれ倒せ。あと四十七体」

「いやだー!!」


 地面から次々に出現するゴーレムを即座に撃退し続けるという特訓、「ゴーレム百鬼夜行」。修行を初めて二週間、ヴァイスは渡された短剣二本を手に半泣きで励んでいた。


「ルッツ〜〜! たすけてぇ〜!!」

「いやだよ! ぼくだってていっぱいだ!」


 身の丈に余る杖を振り回すシュヴァルツ。火の玉で目の前に迫るゴーレムを吹き飛ばした。ヴァイスも必死に地面を転がりながら攻撃を躱し反撃に転じる。


「たすけてとうさ────ぁんっ!!」


 悲痛な叫びが森に木霊する。



 ──────



「では本日の鍛錬は終わりじゃ。儂は『事件』の調査に出る。戻り、儂じゃと確認が取れるまで扉を開けるなよ、よいな」

「はーい」


 街で起こる子供達の行方不明事件。それは、ヴァイス達が生まれる以前にこの羊領で起こった事件である。夕暮れ時、遊びから帰ってきてひとりになった子供が姿を消す。それはこの世界から少しズレた位置に存在する「妖精」の仕業であった。

 いたずら好き、無邪気で残酷な妖精達。当時迷宮都市を追われ、羊領まで逃げてきていたレーゲンが解決しなければ、さらに犠牲は増えていただろう。その恩義と謝礼のおかげで、レーゲンはこの森に居を構えていられている。


 既にさらわれたのは三人。ひと月前から順々に皆、夕暮れ時に姿を消した。妖精に接触する方法は少ない。実際さらわれるか、その現場に直面するか、その痕跡が色濃く残る場に赴くか、のどれかだ。故に調査といえど、聞き込みを終えた以上次の事件を待つ他に無い。

 二週間前、ヴァイスが預けられたその日に聞き込みへ赴いた以降、レーゲンは沈黙を保っていた。……のだが、次の事件は起こらなかった。動き出さない現状にしびれを切らし、本日街へ降りることにしたのだ。


「変に儂の部屋へ入るなよ、よいな」

「わかってらーい。いってらっしゃい!」


 立ち去り結界を抜けたその背を見送り、ヴァイスは家の中へ戻る。机に向かうシュヴァルツの後ろで彼もまた、本を抱えてベッドへ座った。内容もちんぷんかんぷんな本を必死に読む。


 正午を迎え、レーゲンの手料理──生活力に欠けるため、非常に味気ない料理である──を突きながら雑談をする。それからはふたりで庭に出て鍛錬をした。


「まだ『せーれー』? はつかわないのか?」

「うーん……『しょうかん』は済ませたんだけど……」


 ヴァイスの問いに、シュヴァルツは答えた。杖を振るい、その切っ先に青い炎を呼び出す。二対の炎、それは彼の周りをゆらゆらと飛んだ。


「どうすればたのみを聞いてくれるのかわからないんだ。ししょうは『そのうち、せいれい自体が自我をもってうごいてくれる』って言ってたんだけどね」

「でもつかえたらつよいよなー。わざわざ、『まほー』つかわなくても、かってにうごいてくれたらさ!」


 ふたつの炎の実態を解く。レーゲンの帰りは夜になると言っていた。日は既に傾き始めている。


「そろそろ、ばんごはんにするぞ。ヴァイ、かたづけよう」

「おう! なにてつだおうか?」


 鍛錬に使った的を片付け、ヴァイスは短剣を腰に、シュヴァルツは杖を小脇に抱え、ふたりは家の中へ戻る。


「うーん、せんせいのりょうりは味気ないしな……。ちょっと手をくわえてみよう。ヴァイ、しょくりょうこからマイマイ草をおねがい」

「おう!」


 台所に向かうシュヴァルツ。家の北側、食料庫を目指すヴァイス。ヴァイスはその時、裏口の戸を叩く音を聞いた。立ち止まり、扉を見る。シュヴァルツではない。結界がある以上、この家の扉を叩くのは自分かシュヴァルツ、レーゲンしかいない。


「ししょー?」


 呼びかけた声。少し間を開けて返事が届く。



「あけ、ろ」



 つぎはぎな、いびつな、変な声だ。これはまずい、とヴァイスは腰に指した短剣を確認する。修行を始める際にレーゲンがくれた短剣、やけに軽く手に馴染む一品。

 扉のノブが回る。結界があるため、裏口に鍵などない。それを防ごうと走り、扉に駆け寄る。その手がノブを押さえる刹那、扉上部につけられた窓が叩かれる音がした。それに気を取られる。見上げる高さの窓を叩いた、その手は黒く、細い。まるで焦げた枝のよう、少なくとも知っている人間ではない。

 押さえる手が緩んだ瞬間、扉が開けられた。強い、強い風が吹く。


「ルッツ!!」


 ヴァイスの叫びも、無慈悲な風はかき消していった。それに屈せず、しっかりと目を開け足を踏みしめながら叫ぶ。


「せんせーを、よべ!!」


 その風が止む頃、ヴァイスの姿はそこになかった。激しい風の音とヴァイスの声、ただならぬ魔力の流れを察したシュヴァルツが駆けつけるが、そこにはただ、風に揺れる裏口の戸があるのみ。


「ヴァイ────ッ!!」


 叫んだシュヴァルツは思考する。様々な思いが駆け巡る脳で絞り出した。どうする、どうする? レーゲンを待つ? いや、いつ戻ってくるかなどわからない。まだ風は吹いている、追いかける? 自分に何ができると言うんだ!


 悩み、悩むシュヴァルツの髪を風が揺らす。顔を上げた。


 ──おれはおまえと、『ともだち』になりたいんだ!


 風に揺れる扉、シュヴァルツは杖をしっかと握りしめ、そこに向かって飛び込んだ。

 視界が揺れる、視界が震える。吹き荒れる風の残滓は彼の体を飲み込み──消えた。



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