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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
8章 意志或いは不滅の思い
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閑話休題 白と黒と雨と妖精 1/3



 ── 十三年前 ──



「近日街で子供達の()()()()が相次いでおりまして……妻は先日他界し、私はまた遠征。この子が万一行方不明になれば大事……どうか先生、うちの息子を託して良いでしょうか」

「他ならぬお主の頼みじゃ。無下にはせんよ。……しかし、うちは託児所ではないのじゃぞ」

「それは承知の上です。しかし、屋敷に残しても脱走、街に預けても脱走となるとここしか……」

「この森じゃて安心ではないんじゃがなぁ」

「そこをなんとか。ついでに、この子が自力で危険を跳ね除けれるほどの力を、身につけさせてもらえたら……」

「注文が多いのう。……まあ、よい」


 年若い少女の声に合わない、成熟した口調の影は腕を組み頷く。そんな彼女へ話しかけていた白髪(はくはつ)の男は、安心したように肩を撫で下ろした。そのまま振り返り、少し離れたところでしゃがみ込んだ少年に向かって声をかける。


「ヴァイス」


 地面に散らばっていた石を積み上げていた白髪の幼い少年は、名前を呼ばれ立ち上がった。石の塔が崩れるのを見て眉をひそめる。唇を尖らせ少年はポケットに手を突っ込み男を見上げた。


「なんだよ、とーさん」

「……父上と呼べ、馬鹿息子。──今日からひと月、この森にお前を預ける」


 少年は大きな丸い目をぱちりと瞬きした。それから目を見開き歯を見せて驚いた顔を浮かべた。


「えぇぇぇッ!?」

「この人は『レーゲン』先生。偉大な方だ、敬意を持って接するんだぞ。お前が女性を苦手なのは知っているが……ついでに克服してくれ」

「でもでもっ! とうさん! おれ、こんなもりの中こわいし……しかも! しかも!」


 少年は慌てふためき地団駄を踏みながら、男の眼前に立つ影を指さす。


「なぁにが『せんせぇ』だよ! おれとおなじこどもじゃねーか!!」

「……お前、この方は()()()なのか」

「うん」


 切り株に腰掛ける、濃紺の髪を持つ女──と、呼ぶには幼すぎる童女。見た目は八、九歳程だろう。背中の中ほどで揺れる髪をかき上げ、彼女は不機嫌そうに眉をひそめ、握った杖で地面を叩いた。


「誰が子供じゃこの小童(こわっぱ)が……」

「謝れヴァイス。この人は見た目こそこうだが……お前の何百倍も生きている。────私の恩人でもある」


 首根っこを掴まれたヴァイスは怪訝そうな顔でレーゲンを見た。


「じゃぁババアってことか?」

「アーベント! この阿呆はお前でどうにかしろ!!」

「あ・や・ま・れ!! ヴァイス!!」

「うわーんごめんなさ──い!! いたいいたい!!」


 男──羊領主にして、十二貴族の一員。アーベント・アリエスはヴァイスの頬を引っ張り説教。ヴァイスは頬を押さえながらレーゲンへ深々頭を下げる。


「ごめんなさい……『せんせー』」

「……アーベント、この阿呆、鍛えて良いのだな」

「頼みます。馬鹿息子で申し訳ない……」


 レーゲンは切り株から降り、家の扉を叩いた。奥から小さな足音が近づく。


「まあ丁度よい。ついでに()()()と仲良くしてくれ」

「ああ、そういえば……歳が近かったですね」


 扉から顔を出したのは、血潮のような赤い瞳を持つ黒髪の少年。アーベントを見て、頭を下げる。アーベントもまた、ゆっくり頭を下げた。ヴァイスの頭を掴んで下げさせる。


「シュヴァルツ君、久しぶり。覚えているかな」

「はい、アーベントさま。おひさしぶりです。……レーゲン先生、どうしました」

「うむ、シュヴァルツ」


 レーゲンはヴァイスを指し示す。ヴァイスは目をぱちくりと瞬かせ、シュヴァルツを見た。シュヴァルツもまた、レーゲンの背後からヴァイスを覗く。


「今日からひと月、こやつを家に置く。お前と同い年じゃ。面倒を見てやれ」

「え、え!?」


 シュヴァルツ少年はレーゲンとヴァイスを交互に見て戸惑う。レーゲンの服を引っ張りでもでもと抵抗した。そんな彼に構わず、ヴァイスはゆっくり前に歩み出る。その様子にアーベントは驚いた。困惑しているシュヴァルツに向かって、手を伸ばす。


「おれは『ばいす』! よろしくな、『しゅばるつ』!」


 舌っ足らずな発音で呼ばれたそれが自身の名前と気づくのに二秒。差し出された手が握手を求めるものだと気づくのに五秒。シュヴァルツはレーゲンを見上げ、アーベントを見上げ、それから恐る恐る手を差し出し返した。


「『シュバルツ』じゃなくて、『シュヴァルツ』。……ん」

「そっかごめんな、しゔぁる……、しゅば、しば……」

「むりなら言わなくても……」


 そんな彼らの様子を見て、見守るふたりは肩を撫で下ろした。


「戻ってきたら必ずお礼を。よろしくお願いしますレーゲン先生」

「うむ。……して」


 立ち去ろうとしたアーベントに、レーゲンは最後の質問をする。


「子供らが失踪したのは、()()か?」

「ええ、黄昏時です」


 その返答に頷く。アーベントは名前の呼び合いをするヴァイスとシュヴァルツを一瞥(いちべつ)してから深々と頭を下げ、その場を立ち去った。




 ──────



 レーゲンは少し街の調査に行くと言い残し、森の結界を出た。シュヴァルツは嫌そうな顔をしつつヴァイスを家の中に招く。あの後名前の発音で一悶着あり、呼びやすいあだ名で呼ぶことをヴァイスが決定した。……強制的に。


「ここがぼくのへや。きみもここでねとまりするけど、たなの中にはさわらないでよ」

「わかった!」

「ほんとかな……ぼくは今からべんきょうだから、じゃましないでね」

「わかった!」

「ほんとかな……」


 シュヴァルツは本棚から本を数冊抜きとり、机の上に積んだ。椅子に座り、二冊の本を並べて広げる。ヴァイスはしばらくベッドに腰掛けていたが、すぐに立ち上がった。


「なぁなぁ『ルッツ』!」

「……なんだよ『ヴァイ』」


 本を読んでいたシュヴァルツは、背後から肩に飛びついてくるヴァイスに嫌そうな顔を浮かべた。


「たいくつだよー! いえの中を『たんけん』させてくれよ!」

「いやだ。ぼくは本をよむんだ」

「本ならいつでもよめるだろ? おれはまだまだわかんないことおおいんだよ」


 椅子に座り、机に向かうシュヴァルツの襟を引っ張る。ヴァイスは目をきらきらさせていた。不満げな顔でシュヴァルツはそれを振り払った。


「はなれろよ! ぼくは本をよむんだよ!」

「うーん……それまでまつよ! だからおわったらたのむよ〜」


 駄々をこねるヴァイスを突っぱね、シュヴァルツは机に向き直す。ヴァイスはその後ろであぐらをかいて座った。しばらくは黙って座っていたが、それもあっという間のこと。ヴァイスはそわそわとした様子で部屋の中を見回し、立ち上がる。足音を立てないようにベッドへ近づき、棚を覗いた。触りたそうにするが、シュヴァルツの方をちらりと見て手を引っ込めた。

 シュヴァルツは小難しそうな本をぺらぺらとめくり、机の上に積まれた他の本と見比べている。ヴァイスはしびれを切らし、部屋を出ようとした。


「あ、おいなにやってるんだよ!」

「え、あ! ごめん……」

「じっとしてられないのかよ……」


 一言謝罪しつつも、ヴァイスは口を尖らせた。


「だって、何もわかんないし、いきなりこんなところに置いていかれたし……なにか、教えてくれてもいいじゃんかよ!」


 いきなり知らない同年代の世話を任され、勉強を邪魔をされ、幼いシュヴァルツ少年の容量は限界を迎えていた。彼はヴァイスへ指を突き出す。


「家の中は本をよみおわったらあんないしてやる! だからそれまで家の外でいろ!」

「え、いいのか?」

「じゃまされるよりマシだ! ()()()()()たんけんしてろよ!」


 ヴァイスはうんと頷き外へ走っていく。静かになった室内でシュヴァルツはため息をついた。




 ──シュヴァルツ少年は、ヴァイスという少年のことを侮っていた。結界内、小屋の周り。ヴァイス少年の好奇心がそんな狭い場所で収まるはずがない。


 シュヴァルツ少年は伝えることを忘れていた。いや、意図的に言わなかったのかもしれない。レーゲンの住むこの家は、森の中に張った結界の中にある。野犬や猪が潜む森の中では、結界が必要不可欠なのだ。

 そして、誤算はもうひとつ。


 ──だいじょうぶだろ、あぶなくなったらすぐ帰ってくるだろうし。すぐ「けっかい」に入れば。


 その結界は外から内に入るにはコツが必要だが、内から外に出るのは簡単。シュヴァルツはそれを知らなかった。彼は、ひとりで外に出たことがない。彼は本来、『家の周りから離れるな』と伝えるべきだったのだ。


 何も知らないヴァイスはひとり、好奇心の赴くままに外へ、外へ飛び出していった。



 ──────



 民家の戸口、涙を流す女性の話をレーゲンが聞く。


「……して夕暮れ時、少し目を離した隙に消えたのじゃな?」

「はい……どうかレーゲン先生、私の子供を……マンガンを見つけ出してください……!」


 泣き崩れる母親の背を擦る。レーゲンは目を伏せ、ため息をついた。


「まったく……厄介な『()()』共が……!」


 母親を落ち着かせ、彼女は次の犠牲者の元へ向かう。路地裏を抜け、被ったフードを引っ張った。見上げる空、日差しは強い。


「……小僧共、仲良くしておるかの」


 ぽつりともらした言葉。その同じ空の下──眩し過ぎる程の光が届かない森の中を、ヴァイス少年はひとり歩いている。


 彼女はそれを知る由もない。



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