129 : あの日の風を超えて
燕の旅団本隊が六層を探索中であろう頃、俺達別働隊「鷹の目」は三層へと訪れていた。
以前の撃破から復活したハルピュイアが、暴れて手がつけられなくなっている。その被害は冒険者だけでは済まない。ジルヴァちゃん達「まつろわぬ民」、三層に住む彼らにも迷惑をかけているらしい。
そのきっかけが何かはわからないが、以前撃破したのは俺達。ならば、俺達でまた倒してやるべきだ。一年の修行の成果、ここで見せてやる!
「そろそろ──着くよ」
リラの声に全員臨戦体制に。俺は背中の鞘から剣を抜いた。木々の悲鳴、グリューンが先手を打って矢を放つ。風を切る弦の音、矢は真っ直ぐな軌道を描き飛ぶ。
あたりに響いた凄まじい咆哮。予め備えた耳栓のおかげで、完全に遮音とは言い難いが……脳を揺らす感覚は随分マシだ。一年ぶり、か。女性の上半身に鳥の翼と下半身を持つ三層の神霊、ハルピュイア! 籠手の下、左腕に刻まれた傷がうずく。
吹き荒れる風、地面を踏む足に力を込める。剣を握り、息を短く吐いた。一気に蹴る!! 前方への跳躍、ハルピュイアが口を開けた。風が来る。
「イグジスタンス!」
奴を囲むように出現する土壁。一瞬で現れたそれに対応が遅れ、ハルピュイアは眼前に迫った壁へ暴風を吹き付ける。一瞬で崩壊した壁、二度目の風を出すには一瞬の間がある! 崩れた壁の破片を蹴り、上空へ飛んだ。
「闇討ち!」
「一点牙釘!」
グリューンの魔力を纏った矢、ゲイブの凄まじい蹴りが奴の両翼を貫く。ゲイブが顔を上げた。目が合う。安心しろ、今ならやれる!
上空で体をひねり、勢いをつけて振り降ろす剣。魔力なんてなくても、俺はその分力を磨いた。この一年で、さらなる高みへ行ったんだ!!
「オーバースライトォ!!」
完全に肩から斬り裂いたと思ったが、その寸前で身をひねって躱されていた。しかし翼はざっくりと斬れている。次、当たれば倒せる!!
「油断はしないようにオランジェ君」
「言われなくても!!」
地面に着地、一気にハルピュイアへと駆け戻る俺にリラが言う。奴は走りながら無数の鉄杭を構えた。指の隙間から光る金属。土煙を上げながら地面を削り、腰を軸にして身をひねる。瞬きの間に両手から杭が放たれた。翼の先、爪、両足、髪の毛を射抜き地面へと縫い付ける。
唸り声、口を開けた。────来る!! 俺はグリューンの前へ躍り出た。ゲイブとリラは大丈夫、俺はそう信じている。
「もう腕は、くれてやるかよ!!」
目を凝らす。見えるはずだ、捉えられるはずだ。奴の口から放たれる、風の刃! それは巨大な刃が打たれるわけではない。一本の剣ほどのものが無数に放たれるだけ。
動きのすべてがゆっくりに見えた。揺れる風、たなびく髪の一筋さえも捉えることができる。俺とハルピュイアを結ぶ線、その中に入った風に煽られる木の葉が分断される。来ている、捉えろ、捉えろ!
空気の壁が、揺らぐ。いや、揺らぐのとは違う。空気の壁が切れる。そこにあった空間を、突き破るような何かが来ている。見えた、見えた! ならば後は────!
握り締めた剣で空を斬る。不可視の速度、音超えの世界へ。圧倒的な速さは空間を乱す。空間の乱れはそのまま、気流の動きへと繋がる。速ければ速いほど、鋭く、大きく!
圧倒的な剣撃は、風を生む! そしてその風は、弱い風を打ち消す!!
眼前に迫っていたハルピュイアのかまいたちが分断されるのを見た。俺は、超えた! あの日の風を!!
「僕を庇うとか────」
足音、振り返る前に通過する。弓矢を携えたグリューンが隣を走り抜けていく。
「マジでやめて。屈辱」
そう言い放ちながらの回転蹴り。かまいたちによって斬られた木がこちらへ向かって飛んできていたのだ。風を捉えることに必死で気がつくのが遅れた。
「カッコつけくらいさせろ! 俺にも守らせろ!」
「あ────ッ!! うるさい馬鹿!!」
速攻で引き換えしたグリューンが俺の手首と肩を掴む。そのまま力いっぱい振り回され、勢いよく打ち上げられる。流石力の民、見た目以上の力────ってなんでだよ!!
「こんなとこでやってる場合っすか!!」
地面から伸びた土の足場、それを飛ぶゲイブに怒鳴られる。うるせぇ。ゲイブは飛び上がり、真上──空を飛ぶ俺へと足裏を突き出した。奴の意図を察し、俺は空中で体を回し互いの靴底同士をぶつけ合わせる。
「奴はもう動けねえっす! 全力、ぶちかましてやるっすよ!!」
「ありがとう! ゲイブ!!」
ゲイブの足を踏み台にさらに跳躍。空中、舞う風に煽られる。見下ろす視界、地面に縫い付けられるハルピュイア。奴の屈辱そうな顔──いや、表情など読めはしないが。まあ構うまい。何度だって、俺はこいつを超えていく!
「これで、二度目だ!!」
急激な落下。それに身を任せ握り締めた剣を振りかざす。
「スマッシュキリング!!」
確かな手応え、響く断末魔。あの日穿てなかった眉間。俺の剣はようやく──それを打ち砕くことが、叶った。
三層に住むまつろわぬ民の方々に解体を手伝ってもらい、ようやく俺も神霊の素材を手に入れることができた! これでクソ詐欺野郎も超える立派な武器を作ってもらえるだろうか?
撃破せずとも良いという話だったが、まあ倒してしまっても構わないだろう! 次出てきたら、今回の素材から作った武器で完全撃破してやる。
「それで……ひとまず集落を辿りながら、二層を目指そうか。二層のセト神を抑えるのも任されてるし」
「おう! 今の俺達なら余裕だな!」
「また調子乗っちゃって……」
先日まで、弱り倒したところを見られている。俺はいつも情けないところを見せるばっかりだ。それでも、明るいときは笑っていたい。俺はお茶目で愉快な奴でありたい。
「俺も神造武装欲しいっすね〜」
以前はぶっ倒れた俺達に代わって役所の人間が解体してくれた。役所の人間はどこが使える素材でどこが捨てる場所なのかがよくわかっていない。しかし今回、魔物や神霊の生態に詳しい集落の方々が解体をしてくれたので、かなり多くの量を手に入れることができた。
「ゲイブのも作れるんじゃないか? でもお前武器使わないのにどうするんだよ」
「そこっすよね〜。俺は兄貴達みたいに槍や剣はあんまり……」
「具足とかは? 足につけてさ」
「おっ、グリューン名案っすね。ジルヴァさんの親父さんに頼んだら作ってくれるっすかねぇ」
「ほらほら雑談はそこまで。燕の旅団の皆さんに抜かれるよ」
リラが手を叩いて促す。俺達は肩をすくめて追いかけた。集落の方々が階層内移動のために躾けられた魔物を貸してくれたが……あまり落ち着かない上に、どうせなら修行代わりにすると断った。そのため移動が面倒なのが厄介か。四層への帰りは借りる予定である。
「リラの神造武装は眼鏡かな」
「ありっすね」
「ほらそこ無駄口」
「げぇっ!!」
──────
きぃきぃと声を上げる青水晶のような魔物。以前であった「コンペ」の色違いみたいな見た目だ。俺はロートに尋ねる。
「こいつも食えんのかな……」
「食えるっぽいわよ。青の『コペト』は塩みたいにしょっぱくて、赤の『ペンコ』はスパイスっぽい味がするんだって」
「へぇ〜」
帰還した際に購入した防寒着をごそごそ言わせながらノートを取り出し確認してくれた。ちなみに、今外の世界は思いっきり夏目前といった気候なので店主には凄い顔をされた。
そのコペトは金切り声のあと、尖った角みたいな部位からぱちぱちと氷を生んでいる。氷ってことは、火だろう。
「ブラウ! シュヴァルツ! 火!!」
「またお前は人を着火剤代わりにしやがって……」
「……略式霊槍、不知火」
燃え盛る炎で表面を溶かす──はずだったのたが。奴は一切異変を感じた様子もなくこちらに向かってきていた。
「氷なのに溶けねえのかよ!?」
「じゃあなんだ!? 何が効く??」
「私にお任せを!」
ばたばたする俺達を横目に、ロートが銃を構えて引き金を引いた。いつもの銃砲ではなく、二層の神霊セトから作り出した方の猟銃だ。それは一撃でコペトを貫いた。呆然とする俺達。
「コペトに効くのは雷。黄色のコンペは雷使い、効くのは炎。赤のペンコは炎使い、効くのは氷……全部、母さんのノートに載ってたわ」
手にしたノートを閉じ、ロートは笑った。
「さっすが母さん! ゼーゲン! この情報のおかげで、未知の階層も怖くないわね!」
そのとおり、俺達はロートに感謝しながら構えた武器をしまい直すのだった。