128 : 何千年も昔から
「集めた破片をまとめて熱して……」
「火力はこのくらいで大丈夫なのか?」
「もっと高く! ……それから溶けるまで放置」
「焦げませんか?」
「ちゃんとかき混ぜながらすれば大丈夫」
倒した敵の外殻や、粘度の高い中身を拾って鍋に放り込む。一応地面と接したところは避けたが、どちらにせよここの地面は水晶だ。熱消毒もするし構いはしないだろう。
「溶けてきた!」
「そのまま一塊になるまで……おまけに、水分を飛ばす、と」
「僕を火係にするなよな……ジルヴァがいるんだし」
「ボクひとりでこんなに温度上げようとしたら髪の毛なくなっちゃうよー」
かなりの温度だ。指示に従い練り上げ……確かに、水気が飛んでねっとりしてきた。粘度の高い蜂蜜? シロップ? そんな感じ。黄金色が鍋の中に広がっていた。
「粗熱を取ったら切った紙に適量を乗せて、形を整える! 冷めたら固まるからそれより早く……と」
「あちち! こ、こんなもんか?」
そんなこんなで、飴玉のような包みが十数個仕上がった。ロートは満足げに笑う。
「これが『コンペ』から作る、迷宮甘露飴! なかなか美味しそうじゃない!」
「あの魔物はコンペっていうのか」
出来上がった包みを早速開く。黄金色をした塊、飴とは違い少し柔らかい。でもとろとろとは違う。なんだろう、むっちり、もっちりしている感じか?
「危険なら吐き出せば良いだけでは」
「躊躇がなさすぎますわ……」
一同揃って口に放り込む。歯にくっつく食感、飴とは違うが、確かに甘い!
「すごーい! こんなに甘くなるんだ!」
「……私には少々甘すぎますね。クヴェルなら喜びそうですが」
「迷宮内での糖分は助かるね」
甘いものが苦手なブラウは渋い顔だが、俺ら若年層には好評だ。
「ここは寒いし、糖分補給はかなり助かる。しっかり備えておこう」
「さんせー! んじゃ、じゃんじゃん進みましょ!」
包みをまとめて乱雑に鞄へ投げ込む。極寒といえど多少着込み、魔力の断熱膜を張ればなんとかなる。脅威はさほどないとはいえ、倒し方に一癖ある敵……悪くない。俄然やる気が出てきた!
落下地点の場所を抜け、踏み出すは水晶に覆われた未知の洞窟! 一気に切り替わる足裏の感触に、俺達は皆息を呑んだ。
──────
六層の全体図は楕円状の球体だと思っていい。吊り下げられた球体の中、壁から伸びた岩盤によって立体迷路が構築されている。そんなイメージだ。つまり入り組みややこしいことこの上ない! 今までは三層が一番ややこしかったのだが、ここが一番になるかもしれない。四層、五層と落ちてきた水はまるで庭園の噴水のように足場から足場を落ちていく。
水晶に覆われた地面はよく滑る。転びかけて掴もうとした壁の突起がそのまま隠れていた魔物だったり、歩くだけでも落ち着かない。
「もっと慎重に動け! ヴァイス!」
「慎重にしててこれなんだよ諦めろシュヴァルツ!」
まるで凍った大地を歩くよう。雪とは違う緊張感が必要になる。
羊領は比較的安定した気候の領地だ。暑い夏や雪の降る冬はあったが、それでも程度が知れていた。だから極端な環境にはあまり慣れていないのだ。
「アタシもこんな寒いのは初めてだわー」
「耐えれるけど、ボクも寒いのは初めてだね」
「私も中々……」
皆、氷の上を歩くといった経験はしたことがない。実際は水晶の上なのだが、靴裏と噛み合う土の感触が恋しい。飛び出た鉱石を掴みながら生まれたばかりの子鹿や子牛のように俺達は脚を震わせる。
「あ、ボク草履を脱いだらいけそう! みんなも裸足になればイケるよ!!」
「足裏死ぬわよ!!」
ジルヴァがカタナを小脇に挟み、両手で草履を見せてくる。流石にここで素足になる度胸はあるか!! 暑さ寒さの影響が少ないとはいえ、あいつは元気すぎる。
「……皆様しっかりしてください」
「涼し気な顔してんじゃねーよブラウ!!」
奴だけは何事もないような顔して突っ立っている。歩くのも早い。なんでだ、あいつの足元は甲冑。かなり滑るはずなのに。
「私は蟹領、雪国育ちです。氷の上を歩くなど、造作でもありません。むしろ氷のように滑ってそのまま転がらないだけマシでしょう」
「氷より削れねえし溶けねえしやべえよ……」
慣れた様子で進む奴の背に全員で罵声を浴びせる。奴は頭を押さえた後、長い長い溜め息をついた。
「文句を言う暇があれば、少しでも早く脚を動かしてください。そして少しでも早く慣れてください」
「ひでぇヤローだぜ」
「騎士サマ冷徹ゥー」
金属のヒールを履くロートなんかは俺の上着を引っ掴んでくる。破れる破れる! 刃物を突き立てても全く傷つかないほど頑丈、こんなところで魔物に囲まれたら最悪だ。
ぷるぷると脚を震わせながら、なんとか進む。あとどれ位したら慣れるだろうか。
「鏡みたいに反射するのもやだけど、透明で下まで見えるってのも嫌よねー」
確かに。足元は透明な分厚い水晶、そのため岩盤は遥か下にある。まるで何もない空間を歩いているような心地でざわつくのだ。シュヴァルツが青い顔をしているのも納得である。まあ、俺達は三層で島から飛び降りるなんて真似もしたのだが。
「前途多難だよ……」
「頑張ってくださいませ、シュヴァルツ様」
杖に縋りつきながら、シュヴァルツは長い溜め息をついた。
それから進むこと数時間。日が差すこともないので今が何時かなんてわかりやしないが……魔物が出る度ブラウとジルヴァに頼りつつ、歩けない俺らは根を上げた。野営にはまだ早いが、対策を練らないことにはどうしょうもない。
「布を巻くのはどうだ?」
「いや、やめたほうがいい。下手な布だとより滑りそうだね」
「革はどう? 余ってるのがあるはず」
「それでいきましょう」
ジルヴァも、いつまでも裸足でいるわけにはいかない。余った革を巻き付けたり、靴底に打ち付けたり。試しにこすってみたが……うん、無いよりマシか。一応ブラウも付けて、より機動力を増す。これなら。
「でも……こんなに地面が硬いと、帰還の楔させないじゃない」
そこなのだ。この迷宮から街へ一瞬で戻れる優れもの、帰還の楔は何かしらに突き刺さなければ効果を発揮しない。こんな硬い地面と壁、ヘタしたらこの階層を出るまで街に戻れないのでは? 靴を試して歩きながら考える。その時、油断して脚を滑らせた。
ヴァイス、だのヴァイ、だの坊っちゃんだのと声がする。転ぶ瞬間、人は視界がゆっくりに見えるものだ。……って諦めていられるか! 必死に掴むものを探す。しかしあっても凹凸の少ない水晶の壁、どうする!
だがその手は何かを掴んだ。力強く脚を踏みしめ、転倒を回避する。一安心してため息ひとつ、だが、俺は何を掴んだ? 手に伝わる感触、紐にしては太く硬い。でこぼこした表面、これは一体。
「……ツル? いや、枝か……これ?」
水晶を突き破るようにして、なにかの枝が伸びていた。シュヴァルツが駆け寄ってくる。
「ホントだ、植物だ。でもこんな環境で……」
「しかも水晶突き破ってんだぜ? これすげえよ」
しげしげとその枝を眺める。刃物を貸せと言ってきたので、渋々腰裏に差した三本目を渡した。コイツは以前神造武装を触らせてくれなかったしな。そんな俺の些細な仕返しも気にせず、奴は枝の表面を軽く斬る。表皮の下から現れたのは、見慣れた木目。きっと輪切りにすれば年輪も見えただろう。
「……これなら帰還の楔を刺せる。どうやら、ずっと地下から伸びてきてるみたいだ」
鍾乳洞でさえできるのに果てしない時間がかかる。いくら神秘の迷宮とはいえ、この水晶が生まれるまでにどれだけの月日が必要だったのだろう。
遥か下から伸び、水晶を絡め取り、時には貫きながら伸び続ける大樹。俺は足場から身を乗り出し、下を見る。水晶の光にほのかに照らされるが、底は見えそうにない。
「この木は、六層に枝葉を伸ばしているんだ……。何百年も、何千年も、ずっと昔から……」
それはなんのために? 一体、何故この木はここにある?
木は答えてくれるわけでもなく。