表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
2章 冒険者或いは馬鹿の集い
13/157

11 : REVENGE



 赤毛の魔熊、一層の黒猫通り入り口近辺に巣を持ち、多くの素人冒険者達に恐怖を叩き込んだ存在。 

 苦々しい冒険初日、僅か三時間程で撤退を余儀なくされた苦い記憶が蘇る。蘇ると言ってもほんの数日前の話だが。その魔物が再び、目の前に現れた。


「その子熊、どうして連れてきたぁ!!」


 繰り出される一撃を躱しながら叫ぶ。男の胸元からきゅう、と鳴き声がした。


「こっ、こいつを連れてきたら、高く買い取るってやつがいてよぉ……」

「必死で攫ってきたんだ!こんなところで死ぬわけにゃぁ……!」

「てめぇらの都合で人を巻き込んでんじゃねぇ!!死ぬならてめぇらだけで死ね!!」


 クソ最悪だ。熊は俺達のことも獲物だと決めたらしく、再び爪を振り下ろす。目前に迫った鋭い爪が、爆撃によって弾かれた。


「可哀想だけど──この状況、無事逃げ出せる程甘くないみたいよ」


 熊の叫び声。爪の一部が吹き飛び、怯んでいる。背後を振り返るとロートが煙を上げる銃口をこちらに向けていた。


「おいクズ共」


 ロートが言う。男達が震え上がった。


「その子熊を渡しな」


 ヒールで弾丸を入れ、銃砲を構え直した。


「そいつ連れたまま逃げれば、きっとこいつはあんた達を追うわよ」


 男達ははい、だかひゃぃ、だかいう情けない声を上げて立ち上がった。子熊を投げ渡す。ロゼがそれを受け取った。男達は必死になって駆け出す。二度と迷宮に来るな。


「今回ばかりは、俺の責任じゃあないだろ」

「そうだな。下がって、ロゼ」

「わかりました……」


 シュヴァルツが子熊を抱えたロゼを後ろに下げる。ここは下がらせるのが無難だろう。ブラウの長い溜め息が聞こえた後、奮い立たせるような咆哮が響く。爪を抉られ、怯んだ熊が再び立ち上がった。


「こないだは負けちまったけど……今回は五人だ!!」


 繰り出される爪を躱す、図体の分こういう動きはトロい。追いかけっこでは圧倒的なサイズ差で距離を詰められるが、今はリーチとパワーにさえ気をつければいい。

 左右に移動し攻撃の範囲を定めさせない。苛立ったのか、大きく腕を振りかぶり広範囲への攻撃へ移行した。


「爆ぜろ、イグニス!!」


 その瞬間に弾ける白い炎。俺に引きつけられている内に間近まで精霊を接近させたのだ。体毛を焦がしたに過ぎないが、一瞬の隙が生まれた。俺はその隙を逃さない。

 全身の魔力を手先に集中させる。俺はシュヴァルツのように魔法を使うことはできないが、こうして武器にまとわせることならできる。そして魔力を宿した武器は──鉄さえも穿つ刃となる!


「アイシクル……ファンク!!」


 魔法は口にすることに意味がある。不定形な魔力の塊である()()は、明確な名前を与えることで形を成し、威力を増すのだ。

 鋭い氷を纏った二本の刃が熊の腕を切り裂く。血が飛び、叫び声が響く。だかそれでも倒れない。腕の一本など気にも止めない。牙を剥き俺に向かってくる。


「略式霊槍──真空波(しんくうは)


 その声の直後風を切り裂く音がして、熊の頭が離れていった。飛んできた風の衝撃波が熊を弾いたのだ。

 しかしそれは弾いただけに過ぎない。すぐに向き直し向かってくる。顔の横から伸びた槍の刃先。ばり、と音がして目の前で青く弾けた。


「轟雷」


 さっき猪を麻痺させたあの技だ。やっぱりあの雷は槍の先から出ている。俺が使うような魔力を纏わせた技とは異なるらしい。その隙をついて後退する。


「あの猪を一撃で仕留めたみてえにできねえのか?」

「それには『轟雷』を全力で、体内から食らわせる必要があります」


 つまり、その槍を奴に突き刺さなければならないということだ。


「でもあの毛皮、相当硬いわよ!」


 ロートが牽制用の弾丸を撃ちながら言う。ブラウは一撃が重いタイプだ。その分素早さでは劣るし、槍を構える動作も必要になる。溜めて一気に抉るよりかは、抉りやすい傷をつけておいたほうが得策だ。


「ロート、シュヴァルツ」


 俺は二人を呼ぶ。


「あいつを抉る。すぐに接近して、槍ブチ込めるような傷を作るぞ」

「二分でできる。任せろ」


 シュヴァルツが即答する。ロートの笑い声が響いた。


「──了解よ、リーダーサン」


 それからロートは銃砲を構え直す。しっかと熊を捉え、引き金を引いた。


鉄線花(てっせんか)!」


 鋭い玉が撃ち出される。細く、研ぎ澄まされた一撃は熊の脚、その付け根を撃ち抜いた。熊の体が崩れ落ちる。一気に攻めろ!

 だがしかし、熊は今までとは異なる叫び声を上げた。大地をえぐり、木々を割る衝撃波と言ってもいいだろう。前に立ち塞がったブラウが槍を構える。


「真空波」


 先程熊を弾いたものとは、威力が異なる。槍の先端から生み出された風の衝撃波が熊のそれを相殺する。

 しかし周りの木々は抉られ、悲惨な有様だ。ブラウがいなければあっという間に挽肉になっていただろう。雄叫びがやみ、衝撃波も止まる。ブラウの後方にいた俺とロートは無事だったが、シュヴァルツとロゼは!


「こっちは無事だ!!」


 火の精による防護壁。修行の最中にあの壁は何度か目にしたが、ここまでの威力を防げるものではなかったはずだ。


「伊達に、信者を奮い立たせていたわけではありませんわ……!」


 ロゼが杖を握るシュヴァルツの手をしっかりと握っていた。二人の間で子熊が丸まっている。状況を理解しているのかいないのか、落ち着いたものだった。

 シュヴァルツが即座に手を振り払う。顔赤くしてやんの。


「お役に立てると宣言した限り、全力で当たります!」


 強化、増大の類だろうか。どちらにせよ頼りになる戦力だ。子熊を鞄に入れ、ロゼは目を閉じ、複雑な形に手を組み重ねる。三角の隙間から俺達を覗いた。


疾風(はやて)の加護を!」


 途端体にみなぎる力。体が軽い、何倍もの速さで動けそうだ。そこからさらに手を組み替え、言葉を続ける。


「鉄壁の祝福を!」


 呪い(エンチャント)の技だ。強化の一種で、当人の体内にある力や能力を引き上げる力を持つ。

 なるほど、これは頼りになる。何倍にも早く動く体で攻撃を加えることが可能になる。一時的なものとはいえ、これはかなり……良い!


「助かるぜ!」

「お役に立てれば!!」


 踏み込みの力も増している。一歩で空を翔けるように進む。地面を踏み込み空を跳ぶ。蹲る熊に、魔力を込めた一撃を放つ──つもりだった。


「んな……!」


 辺りから飛び出してくる獣型魔物の群れ。先程倒した猪などを始め、見たことない魔物も飛び出してくる。

 まるでこの熊を庇うように、守るように、突っ込んだ俺を招き入れる。まずいと判断したがもう飛び出した体は止まらない。


守護(まも)れ! ウィルオ、ウィスプ!!」


 炸裂音があたり一面に響く。青い閃光が魔物達を食い止めた。シュヴァルツだ。


「サンキュ!」

「倒したわけじゃない! 構えろ!!」


 言われなくとも。技の構えを取ろうとした瞬間に、背後から爆撃。俺諸共撃ち抜く気か!!


「上手く避けなさいよ! 鳳仙花(ほうせんか)!」

「覚えてろよてめぇ!!」


 対蜂戦で見せた素早い無数の弾丸を、容赦なく打ってくる。恐ろしい女だ。

 ブラウが槍で薙ぎ払う。彼の周辺にいた全ての魔物が分断され飛び散った。俺も負けてはいられない。

 猪にダガーで傷を与えるのは困難だが、小型魔物なら容易いもの。上体を下げ滑空する。返り血が頬を濡らした。口に入った血肉を吐き出す。

 がきぃんと激しい音を響かせて、ブラウが槍を払った。迫ってきていたネズミ型魔物がべちゃりと地に落ちる。


「不注意が目立ちますね」

「うるせぇ! 周りは任せた!!」


 脚を開き、上体を下げる。ダガーを逆手に持ち換え息を吸う。強く地面を蹴り上げ、跳ぶ。目指すは動けない熊の体。それを守るように飛び出してくる魔物達。


穿(つらぬ)けイグニス!!」

「鉄線花!」

不知火(しらぬい)


 放たれる白い炎、撃ち出される弾丸、燃え盛る火炎が魔物達を消し飛ばす。道が開かれた。俺はダガーを強く握り直し魔力を流し込む。そして、目の前の熊に振りかざした。


「────────!」


 目が合う。口から漏れる悲痛な声。先程までとの声とは異なる、悲しみと苦しみに溢れたそれ。一瞬、手が鈍った。躊躇をした。そうだ、こいつは子を奪われて怒り狂っただけなのだ。悪いのは、人間(おれたち)じゃないか。


 迷いが出る。考えるな! こいつはやがて、こうなる運命だったのだ。ただ、手を下すのが今日このとき、俺達だったというだけで。いずれ誰かがやっていたことなのだ。

 まとっていた魔力は技名という形を与えられず、明確な威力を発揮することができなかった。ブラウが踏み込む。両腕で構えた槍を、俺がつけた傷跡に突き刺す。摘まみを捻り、低い声で言った。


「略式霊槍、轟雷」


 最後に響いた嘆きにも似た叫びは、焼け焦げる臭いと共に消えた。






 数日前、俺達を追いかけ回し敗北へ導いた熊が、全身から血を流して地面に伏している。

 改めて思うがブラウとロート、この二人は強い。俺やシュヴァルツもまだまだだ。


 何より、俺の心は今ざわついている。子を奪われた親を、子の目の前で殺したという事実。シュヴァルツもロートも、とどめを刺したブラウも、皆気にした様子はない。俺だけが、迷っているのだ。

 ぐったりと伸びた熊の元へロゼが近づく。膨らんだ鞄の中から、ロゼは鞄から子熊を出し、地面に下ろした。子熊は親熊の死骸に近づき、舐めたり触ったりを繰り返す。それをただロゼは見ていた。


 俺達はしばらく解体作業をしつつ──小型魔物達の素材も取れば売れるのだ──見守ることしかできず、やがてロゼは子熊の頭を撫でた。


「──救われよ」


 小さく、それでいてよく通る声だった。





 救われよ 救われよ

 我らが人よ 救われよ

 求み願うは果ての楽園

 やがて通ずる救いの願い

 救われよ 救われよ

 やがて命は腹の中


 報われよ 報われよ

 我らが祈りよ 報われよ

 全てここより生まれ落ち

 ここに朽ちいる定めなり

 報われよ 報われよ

 我らの願いは闇の中


 許されよ 許されよ

 我らが罪よ 許されよ

 救い導く銀の月

 十七の夜に獣は満ちる

 許されよ 許されよ

 勇者が目指すは果ての空





 ロゼは、こちらを向くこともなく呟く。


「銀月教の、祈りの唄です。幼い頃から教えられた、迷宮を崇める唄」


 子熊は気持ちよさそうにロゼに頭を擦り付けている。こうしていると、到底魔物とは思えない。


「全ての命は生まれ落ち、消えゆく定め。ましてやそれが、多くの命を奪ってきたものなのだとすれば──どんな状況でその命が絶たれることになろうと、咎める権利はありません」


 視線の先は熊の死骸。


「裁きを、終わりを下したのがたまたま──(わたくし)達だったと言うだけの事」


 俺は思わず手を止めた。それは()()()()俺が考えたことだ。


「ここで親熊を殺したことにより、子熊が恨みを積み重ねてやがて人を襲うかもしれない。ここで親熊を逃して、やがて二匹で人を襲うかもしれない。もしかしたら、子熊が大きくなる前に衛兵達に殺されるかもしれない。もしもの可能性なら、いくらでもある。それでも……今回、この熊が負けたということは」


 そう言って、ロゼは振り返って俺を見た。その目を見て思わずぞっとする。紫水晶の瞳、それが一瞬銀色に見えた気がした。


「道は定められていた。はじめから。この熊は、ここで命を落とす定めだった。その定めに従っただけ──故に、貴方が気に病むことではありません」


 それから、力なく笑うのだ。俺は確信する。やはり彼女は、()()()()()()()()()()教祖になったのではないだろうか。祭り上げられたただの少女ではないのでは、そう考える。


「ところで、この熊はどうするのです?」


 いつもの調子で言った。先程までの緊張感は跡形もなく消え去り、無垢で天然な少女に戻る。呆けていたシュヴァルツが声を発した。


「皮も、肉も……流石に持って帰る気にはならないし、爪だけ取って、帰るよ」


 多くの冒険者を殺した熊だ。流石に店屋はお断りだろう。俺は歩み寄り、黙祷を捧げた。何もわからないような顔をしてこちらを見る子熊の視線が、何だか凄く痛かった。

 この熊も、昼食った猪も、道中で屠った無数の魔物も、全ては同じなのだ。ロゼの言ったことではないが、生まれたからにはやがて死ぬ定め。今俺達がやらなくても、やがて殺されていた。

 それでも俺は、一つのけじめのために頭を下げるのだ。







「あの熊を倒したのかい! やるじゃぁないか!!」


 二股の黒猫亭にて、ツュンデンさんは高らかに笑った。すべての素材の換金を終えて帰ってきたのだ。風呂に入り全身の凝りと魔物の体液を落とし、定位置のカウンターについている。


「なんか色々あったみたいだけど……とりあえず皆、よく無事に戻ってきたね。しっかり飯食って寝な!」

「ぅあーい……」


 カウンターに突っ伏した状態で、ちびちびとグラスを傾け水を飲む。あの熊の末期の声が、子熊の無垢な瞳が、頭から離れない。

 とどめを刺したブラウは、クヴェル相手に土産の猪肉を見せている。シュヴァルツは飯を持ったロゼに追い回され、ロートはその二人を見てげらげら笑っている。皆いつもどおりだ。


「ヴァイス」


 ツュンデンさんが肩を叩いた。


「何くよくよしてるんだい。私の飯が食えないってのか?」

「ちげえよ……ただ、色々あったから……」


 それから促されるままに、ツュンデンさんに全てを話した。


「こんな話、あいつらには情けなくて聞かせれねえぜ……」

「まあまあ。……でもまあ、ちょっとは情けないかね」


 言うんじゃなかった。ツュンデンさんは俺のグラスの横に、自分のグラスを置いた。


「例えばその熊が、なんの前触れもなくいきなり目の前に飛び出してきたら。目の前で男達を殺して出てきてたら、そんなふうには悩まなかったろ?」

「まあ……そうだけど」

「深く考えなくてよろしい。あんたもロゼちゃんも言ったんだろ? いずれ死ぬのが定め、それがたまたま今日そのときだっただけだって」


 グラス越しに水を眺める。


「何人も殺した化物が、最後に見た冒険者になれたんだ。胸を張ればいいのさ。食って飲んで寝てしまえば、明日になったら忘れてるさ」

「……うん」

「そうと決まればじゃんじゃん食いな、飲みな! 初日のリベンジの果たせた祝いさ。今日の代金は私のおごりだよ!!」

「いぇーい母さんサイコー!!」


 賑やかな声に、悩んでいたのが馬鹿らしくなる。頬を叩いた。そうだ、こんなことで悩んでる場合じゃない。小型の魔物は殺して良くて、大型は胸が痛むだなんて、なんて勝手な話だろう。

 ツュンデンさんの言うとおり、食って飲んで寝て、明日からまた探索だ。机の上のグラスを傾け一気に呷る。さあ飯でも食おう。……考えるのをやめたせいだろうか。なんだか、眠く、なって────。







「あの、ブラウさんの言う『略式霊槍』というのは、それですよね?」

「はい、この槍です。これを譲ってくれた師匠──いや、師匠ではないですね。()()が、技を出す際には必ず口にしろと言った言葉です。呪文のようなものだとか。何でも、そういう事で『これはあくまで借りている』ということをアピールしているとかなんとか」

「借りている? それは一体……」

「シュヴァルツ様! こちらのお料理も美味しいですよ!」

「なぁによぉ騎士サマもあんたも!しみったれたツラで話し込んでんじゃないわよ! ねぇー? クヴェル君?」

「えっ……えっと」

「……あとで聞かせてもらえますか?」

「……了解です」

「……そういえば、ヴァイスの奴が静かな気が」

「ヴァイスさんなら、カウンターでさっきまでツュンデンさんと話していましたよ?」

「あれ、話終わってるじゃない。おーいヴァイス──」






「ギルド『(たか)の目』のリーダー、オランジェ様が……ただいま戻ったぜェ────!!」

「恥ずかしいからやめてリーダー。生き恥」

「堅いこと言うなよグリューン! ツュンデンさん頑張った俺を労って〜!!」

「最悪」


 激しく音を立てて開かれる扉。中に飛び込んできたのは、トサカのようにつんつんした髪型をした青年と、フードを被り顔を覆った小柄な影。

 奇妙な無言の時間。お互いはお互いに対しこう思った。



 ────誰?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ